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第三話 (後編) キャラバンは砂丘を越えて




「そういやさ、ソルの旦那の祖名って知ってる? おれみたいに祖名を添え名にしてるかも」

「あれはたしか孤児だ。祖名はないから、適当に名乗っているだろう」

「自分の生まれた村の名前とか?」

「出身地はバギエ公国の東南部らしいが、詳しい地名は知らん」

 先生とロックさんは話し合いを続けているけど、わたしは本格的に頭が重くなってきた。破壊神ってフレーズが頭の中をぐるぐるしているし、思考が動かない。 

 寝落ちする前に、お布団にもぐる。

 ぼんやりしていると、先生までお布団に入ってきた。

「ビギャ! まだロックさんいますよ!」

「あれは護衛だ。私がきみの魔法空間に降りる。幽体離脱中の肉体を護衛してもらわんとな」

「ほへ」

 わたしの魔法空間に?

 いいけど。

 わたしは目を瞑って、意識を下ろした。




 ゲーム機とディスプレイ。本棚には漫画や同人誌がみっしり詰まっている。

 わたしの魔法空間だ。

 ちなみにわたしはパジャマとカーディガンだけど、先生は悪の魔術師ルックである。

「きみは過去視を投影できるんだな。オプシディエンヌの時魔術詠唱は再現出来るか?」

「確認してみます。ムービーギャラリーに入っていればいいんですけど、そこらへんはコントロールできない部分なので」  

 ゲームの電源を入れる。

 ディスプレイに『モン・ビジュー』のタイトルが流れる。宝石がきらきら散るOPムービー。

 ……オニクス先生が隣でゲームやるの、すごい恥ずかしいな。

 ムービーギャラリーを選択。

 ちょっと見ないうちに、ムービー増えてんなあ。

「なんだ? この『夢魔の女王は斯く語りき』だの『悪の魔術師は絶滅危惧種』だのは」

「はいはい、あんまり長居するとMPなくなりますよ。えーと、『時空漂流』、これかな?」 

 わたしがコントローラーを押すと、ディスプレイにオプシディエンヌが映った。

 アニメーションだ。

 わたしの予知はゲームだし、過去視はアニメや設定資料集だ。なんでこんな形態なんだろ。オタクだからか。魂がオタクだから仕方ないのか。

 オニクス先生は、真剣に耳を傾けていた。

 オプシディエンヌが唱えていた呪文も鮮明に聞こえる。

「先生、もいっかい再生します?」

「いや、覚えた。それよりきみの使用した時魔術【遡行】の詠唱を頼む」

 わたしはムービーギャラリーの『裏切られた幸福』にカーソルを合わせる。

 雪の大山脈で使用した【遡行】の詠唱が響いた。

「ところで、この『裏切られた幸福』というタイトルは……」

「オニクス先生。あなたがこの後わたしにした仕打ちを覚えてて、それ聞いています?」

 

「そうね。最低だわ、置き去りなんて」

 

 会話の間に入ってきたソプラノは、歌に似たリズム。

 わたしと先生は、同時に振り向く。

  

「ごきげんよう、ちっちゃなお姫さまと隻眼のオニクスさま」 

 振り向いた先に、美人が佇んでいた。

 金と瑠璃の瞳。蜂蜜の色の膚。そして一点の曇りもないソプラノを持つ歌姫。

 ラピス・ラジュリさんだ。

「お久しぶりです!」

 って、ラピス・ラジュリさんは、わたしがポスターにしたんだよな。

 なんで復活してんの?

 だけどよく目を凝らしてみれば、ラピス・ラジュリさんは半透明だった。

 幽霊みたい。

「オプシディエンヌの【屍人形】か」

 剃刀じみた問いかけに、ラピス・ラジュリさんは唇だけで笑みを描く。

「鋭いお顔もセクシーね。さすが我が主の愛人だったひと」

「戯言は要らん。彼女の魔術に関して、どれだけの情報を持っている?」

「残念。ご期待に応えられたらよかったんだけど、あたくしたちは市井での諜報や煽動が担当よ。あたくしと占いお婆が情報を集めたり、民衆を煽ったりするのがお仕事。ジャスプ・ソンガンは護衛役ね。それ以外は素材を採取したり、一角獣を追跡するとかしてるわ。指示されたことに従うだけ」

「では他の【屍人形】は?」

「さあ? あたくしたち以外、どれだけ造っているかは存じ上げないわ」

「ミヌレを捕まえようとしていた理由も知らんか」

「はっきりとおっしゃらなかったけど、たぶんスペアの肉体にするご予定だったんじゃないかしら? 我が主は不死の研究がお好きだもの」 

 先生の予測通りか。

 不死のための器として、わたしをストックしておく。邪悪な魔女だ。

「我が主はお強いわ。立ち向かうなら覚悟してね」

 婀娜っぽい笑みが、さらに淡く薄く透けていく。

「ラピス・ラジュリさん。わたしから出ていくんですか?」

「あたくしに第三の死が始まったの……千年ぶりに死ぬのよ」

「なんで唐突に死が……」

「会いたかったひとに会えた。それだけよ」

 もしかしてオニクス先生か。

 ちらっと横に座ってる先生を見る。

「ハズレ。あたくし、我が主の愛人に横恋慕するほど、怖いもの知らずじゃなくってよ」 

 いたずらっぽく笑う。

「じゃあラピス・ラジュリさんが会いたかったひとって、誰です?」

「お姫さまには内緒」

 本当のことを言ってるのか、それとも隠し事をしてるのか、読めない笑みだった。

 曖昧で妖艶で、翻弄されたくなるくらい魅力的だ。

「祝ってちょうだい、お姫さま。あたくしは生まれ変わるのよ。【屍人形】だったあたくしの魂が転生できるか分からなかったけど、宇宙の彼方におわす女王さまが上手く処理してくれそうだし」 

 『夢魔の女王』がなんとかするんかな?

 うまく処理できるのかな?

 わたしの不安が顔に出たのか、ラピス・ラジュリさんは優しく微笑む。

「安心して。あたくしの知識は、あなたが吸収してる。あたくしが第二の死を迎えても、帝国共通語も喋れるし、色彩言語も読めるわよ」

「いえ、その……寂しくなります」

 敵として相対したけど、このひとは好きだ。

 恩義もある。

 クワルツさんの持つ【断末消滅】は、ラピス・ラジュリさんのおかげで作れた。

「あたくしは寂しくないわ。だって懐かしい風景も見れたもの。あたくしが【屍人形】になる前の記憶、ほとんど欠落しているのに、懐かしいって思えるのは不思議だけど」

 記憶の欠落。

 そもそも彼女に記憶が無いから、過去視の結果がミュージックディスクになったのか。

 ラピス・ラジュリさんは唇を開いた。



 千と一夜の寝物語

 あなたの腕を枕にして、語られたのは異郷の物語り

 ジャスミン茂る夜に、薔薇の香る暁に

 咲かせた笑顔を捧げてくれた


 あなたと過ごして千夜と一夜

 砂を踏んで、水に櫂して、旅をして

 恋の卵が孵って、慕う姿は雛鳥


 あなたと別れて千年と一夜

 赤い砂漠を過ぎ去って、黒い夜空へ独り旅立ち

 恋の欠片、刺さったまま


 キャラバンは永遠に往く

 時の流砂に身を委ね、あなたの旅路を追いましょう

 おやすみなさい

 また来世


 

 歌に込められていたこころは、恨みも悔みも辛みもない、どこまでも透明で純粋な悲しみだった。

 澄み切った響きが終わる。

 ラピス・ラジュリさんは微笑みながら、窓の外を眺めた。

 その姿はさらに淡くなる。

 ああ……逝くんだ。

 ラピス・ラジュリさんはわたしの中からさえ、消えてしまう。

「死は、生まれるための儀式。新たなる旅路の餞に、どうか嘆きではなく祝福を」

 ほとんど透けているラピス・ラジュリさんは、わたしに対して膝をつき、頭を深く下げる。

「ミヌレ姫。いまは小さき御身ですが、いつか遥かにいと高きところに座す尊き御方。あなたが生まれた過去に、生きる現在に、そして未来に、限りなき幸いを祈ります」  

 わたしは言祝がなければ。

 それが女王として頭を下げられたわたしの責務だ。

「ラピス・ラジュリさん。あなたの来世に、まことの幸福を」

 女王としての言祝ぎに、微笑む歌姫。

 そしてラピス・ラジュリさんは消えていく。

 まるで泡沫の夢。

 魔法空間には、わたしとオニクス先生だけが残された。

「姫とはな。きみはずいぶんと評価されたものだ」

「ラピス・ラジュリさんは旅暮らしが長い美人ですから、ひとを見る目があるんですよ」

 適当に嘯く。

 ラピス・ラジュリさんはわたしの内側にいたから、未来を知っているんだ。 

 わたしがいつか時間の外へ行き、夢魔の女王として永久回廊に座すということを。

 果てなく白い永久回廊。

 時間から解放されたのか、あるいは追放されたのか。

「どうした、ミヌレ」

 案じるような問いかけに、わたしの意識が永久回廊からオタ部屋に戻る。

 今は先生が横にいる。

 いつかくる未来じゃなくて、今が大事。

「いえ、そうだ。わたし、あともうひとつ時魔術、使えますよ」

「きみはびっくり箱か?」

「先生が『オリハルコン賛歌』を勧めてくれたおかげです。【断末消滅】っていう護符で、即死すると肉体時間が巻き戻るんです。クワルツさんに作ったことがあるんですよ。不死鳥の羽根と、古代螺旋貝の化石の破片で」

 詠唱を説明する。

「もうひとつの時魔術【時間遡行】だけは、存在を知ってるだけで作れないんです。たぶん【遡行】の派生形だと思います」

 わたしは攻略本を開く。

 探さなくても、どこになにが記載されているか暗記してる。攻略本はわたしの過去視とか遠視とかの結晶なんだから、暗記っていうのも変だけどさ。

「【断末消滅】は肉体だけに関与する術で、【時間遡行】は時間そのものをほんの僅か巻き戻すタイプか。私にかけられた【遡行】は指定した箇所を巻き戻すタイプだな」 


 【時空漂流】…対象者をどこかの時間と空間に飛ばす。オプシディエンヌ使用。

 【断末消滅】…肉体の時間だけ巻き戻す。意識やMPはそのまま。攻略本掲載。

 【時間遡行】…時間そのものを巻き戻す。攻略本掲載。

 【遡行】…指定箇所を巻き戻す。ラーヴさまから教わった。

 

 時魔術を整頓すると、こんな感じかな。

 未知の分野だけど、なんだかんだって結構あるな。

「遡る術ばかりだな。未来に飛ぶ時魔術は持っていないのか?」

「持ってたら即座に出して、ぎりぎりまで観光しますよ!」

「それもそうだな」

 納得してくれた。

「あとは私の【境界融合】か」

 『図書迷宮』の鍵となる開門呪文ね。

 あれも時魔術に属するのか。

「時間に関与しないならもう一点、【尾咬蛇】って即死蘇生術があるのですよ」

 ムービーを再生するとネタバレになるので、攻略本を開く。

「これは体内の時間軸に介入するタイプか? 術式分解できるか分からんが、時魔術の呪文が六種もあれば、逆算できる可能性はある。きみはさきに休みなさい」

「お手伝いすることはないんですか?」

「今はない。そのうちこき使うかもしれんがな」

 わたしの頭を撫でる。

「枕を高くして眠っているといい。きみを必ず未来に連れていく」

「………はい」

 わたしの魔法空間から、先生は去っていった。

  


 ほんとうに一人ぼっちになった空間で、わたしはカーディガンを脱いでお布団に入った。

 未来か。

 わたしの未来。


 ――いまは小さき御身ですが、いつか遥かにいと高きところに座す尊き御方――


「いと、高きところ……」

 終わりなき永久回廊の終わり。

 窮極の間にある玉座。

  

 砂丘の旅が終わらなければいいのにと、そんなことを思ってしまった。

  

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