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第三話 (前編) キャラバンは砂丘を越えて



 ロックさんまで【時空漂流】に巻き込まれていたのか!

 わたしたちはロックさんの元に駆け寄る。

「うわ、嬢ちゃん。久しぶりだってのに、ちっとも変わんないなあ。ねぇ、飯食ってる?」

「ロックさんは………ずいぶん変わりましたね」

 笑顔は同じだけど、髭面になっていた。

 髭はこの帝国の風習だ。成人男子なんだから、髭を生やす。だけど顔立ちが、大人っぽく精悍に引き締まっていた。日焼けもして、傷もあちこち増えている。新しい傷じゃない。古い傷だ。

「……ロックさん、いつから砂漠にいるんです?」

 先生は六十日も彷徨っていた。

 もしかしてロックさん、もっともっと長いこと砂漠に居た?

「三年だな!」

「……三年前ッ!」

「んー、正確には三年半かな? いきなり砂漠にいたときはビビったけど、今はキャラバン護衛や遺跡発掘で食いつないでるよ」

 ロックさんは笑う。

 すげぇ……

 元々、根無し草の冒険者とはいえ、よく分からん経緯で砂漠に飛ばされて、言葉の通じない異郷で三年半ひとりで生きて、この笑顔は晴れやかすぎるだろ。

「旦那も元気そうじゃん」

 ロックさんの笑みが、先生に向けられる。

「きみはますます祖父に似てきたな」

「そうそう。髭生やしてびっくりした。おれ、じいちゃん似だ~」

 ロックさんが嬉しそうに語る。

 そうだ、ガブロって先生の昔の部下だ。

 小説化された過去視で読んだ。

 戦争していたころに、部下だった『斑のガブロ』。

 初陣で片目を失った先生を、本陣まで引っ張ってきた命の恩人。先生が隊長代行になってからは、忠実な部下。負傷してからは名誉除隊して故郷の山に戻ったんだ。

「じいちゃんのこと覚えておいてくれて嬉しいよ」

「たまたま思い出しただけだ」

 先生はぶっきらぼうに言い捨てる。


 いや、先生が相手の名前をきちんと呼ぶ時点で、相当だぞ。

 わたしやオプシディエンヌと同じレベルじゃん。

 ………………

 え、それって相当じゃない……?


 キャラバンの商人さんも護衛さんも、こっちを見てる。疑わしそうにというか、興味深そうにというか。

 いきなり知らんひとが砂漠から登場して、まったく知らん言語で会話したら、胡乱な目を向けるわな。

 今までの会話言語は、ジズマン語なので。

 でもロックさんと穏やかに話しているおかげか、警戒を解いていた。ロックさん、隊商のひとたちに信頼されているんだな。

 偉そうなお髭のおじさんが、列の先頭からやってきた。

「このマンティコアはいかがなさいましたか……?」

「私が仕留めた」

 事も無げに告げる。

 凶悪無比な魔獣を倒したことで、向けられる眼差しが鋭くなる。警戒と羨望、疑惑と敬意、いろんな目だ。

「さっすが旦那だね。やっぱおっかな……いやいや、最強!」

 ロックさんが屈託なく褒めてくれる。

 針のように刺さってくる視線から、疑惑は薄らいだ。

「私は陪都ダマスクスへ向かう途中だ。マンティコアを売って、路銀にしたい」

「うーん。マンティコアの皮は、戦士の誉れだからね。金銭には変えられないよ。だからマンティコアを退治したら、お金じゃなくてお宝と交換してもらうんだ。宴席を設けてもらうとか」

「旅支度一式を用意してもらうか。あとは換金性の高い宝石類だな」

 先生とロックさんが交渉している。

 他の隊商のひとたちは、わたしたちに駱駝や騾馬がいないことに不思議がっていた。

「駱駝を囮にマンティコアに喰わせて、その隙に倒した」

 先生は疑問に答える。

 実際に囮だったのは、わたしですけどね。

「若造。このキャラバンはどこに向かってる?」

「ダマスカスだよ」

 わたしたちはキャラバンと、隊商宿まで一緒に行くことにした。速度は劣るけど、オアシスの隊商宿で、マンティコアの死骸を物資と引き換えにするのだ。

 最後まで一緒にはいけないな。指名手配されるかもしれんし。  

「妻は驢馬に乗せてくれ」

 先生が偉い人にそう頼む。

 【飛翔】する方が楽だけど、驢馬に乗せてもらった。

 先生が女装に使った被衣を、日傘代わりに【浮遊】させる。日差しが遮られて快適だ。

 駱駝に跨り、優雅にゆらりゆられ砂丘を進む。

 うーん、めっちゃ観光気分。

「嬢ちゃんと旦那、結婚したんだ。良かった。図書迷宮のときから気にしてたんだよね~」 

 不意打ちの単語に、四肢が強張る。

「ま、待て、おい、待て。図書迷宮……まさか…ロックさん、き、聞いて…」

「冒険中にサカるのはよくあるからさ~。嬢ちゃん、いや、奥さんって呼ばなきゃだめだね。襲われてんのかと心配したけど奥さんがよがってたじゃん。ほっといていいかなって寝た」

「ピエエエエ……ッ」

 奇声が飛び出した。

 顔から火が噴くし、口からは奇声が出るし、もうどうしようもない。

「ねぇ、旦那さんが倒れてるけど、マンティコアで負傷した? 毒があるから、早く手当しないとヤバいよ」

「負傷させてんのは、おまえだよ!」

「温泉行きたい」

 メンタルに不意打ち喰らった先生は、砂に埋もれながら呻く。

「旦那。だったら『綿の都』って温泉地が超絶オススメ!」

「そういう意味じゃないですけどね!」

 ああ、顔が熱い。

 そうだよな。腕利きの冒険者なんだから、ダンジョンで熟睡するわけねーよな。ちくしょう。

 オニクス先生はよろよろと立ち上がって、死人みたいに歩いている。

「毒を喰らったわけじゃないの?」

「それよりロックさんは砂漠にいきなり飛ばされて、よくご無事でしたね。キャラバンに拾われたんですか?」

 話題を変える。

「いや、周り誰もいなかったよ。マジで死にかけたよ。水筒にも水がぜんぜん溜まらないし」

 だろうな。

 ロックさんの水筒には、水の護符を仕込んである。でも水魔術って周囲の水分を結露させる術だ。砂漠地帯じゃ水の溜まりが悪いだろう。

「命からがら街までたどり着けたから、まず娼館を探して入ったんだよね」

「馬鹿か」

 容赦ないな、先生の突っ込み。

「ジズマン語ができる娘はいなかったけど、モンターニュ語が少し分かるおねーさんがいたからさ、そこで言葉と地理を覚えて」

「まさか賢いのか」

「護衛の仕事にありついたけど、ここ美人のおねーさん多いからお金が貯まらなくて」

「馬鹿か」

「ええー、だって歓楽街は右見ても左見ても、おれ好みのおねーさんばっかりだよ。異国的な美人ばっかり。旦那だっておれの歳くらいは、やんちゃしてたんじゃないの? ねえねえ」

 闇の教団の副総帥してましたよ。

「旦那だって、調子に乗った若さゆえの黒歴史、ひとつやふたつあるでしょ」

 魔術史に刻まれるレベルの黒歴史でしたね。あれは一周回って金字塔ですよ。

 オニクス先生は反論できないまま、口許を歪めている。

「あっ、奥さんの前でこんなこと喋ってごめんね」

「別に先生の悪行は、おおむね知ってますから平気ですよ」

「旦那、いい奥さんじゃん」

 ロックさんは先生の肩を、にこにこ叩く。

 でもたぶんロックさんの想定以上に黒歴史だから、あまり触れない方が良いと思う。

「護衛の仕事でさ、奥さんに貰ったこのダマスクスの短剣が、役に立ったよ」

「業物ですからね」

「それもあるけどさ。この地方じゃ、ダマスクスの刃物って武勲を上げた戦士に与えられるものなんだって。腕利きの証ってやつ。これが身分証明になってくれて、護衛の仕事にありつけたんだ。ギルド無いから、ほんとこれのお陰で食いつなげたよ」

 ロックさんの腰には、ダマスカス鋼の短剣。それから形見の銀のダガー。予備のナイフは新しいものに変わっていた。

「バイタリティありますね」   

「奥さんのお陰だって。水筒も短剣も、奥さんから貰ったものだよ。護符とかもさ。ありがとな」

 パーティーメンバーを強化するのは義務だからな。

「……精霊遣いは?」

 先生が真顔でぽつりと問う。

 ブッソール猊下のことだ。

 わたしの脳内にポップアップする、雄牛みたいな赤毛のひと。賢者連盟の賢者にして、最強の冒険者ブッソール猊下だ。

「そうですよ! ソルさんは? 近くにいなかったですか?」

 ブッソール猊下も近くにいたはずだ。

 ロックさんまでも【時空漂流】に巻き込まれているんだったら、ブッソール猊下はどうなった?

「ソルの旦那? 見てないよ。おれだって同郷には会いたいし、両目の色が同じ奴がいるって聞いたら会いに行ってるけどさ、ソルの旦那の噂は聞いたことない」

 三年以上、砂漠で冒険者やってたロックさんが、ブッソール猊下の噂さえ聞いていない。

 じゃあオプシディエンヌの時魔術に、巻き込まれていなかった………?

「とすると……本体がよほど遠距離にいたのか? いや、あれだけの精霊を操るなら、付近にいるはずだ」

「サイコハラジック特異体質なら、冒険者の間でも噂になってるでしょうから、【時空漂流】を免れたのでは?」

「いや、この砂漠帝国では、サイコハラジック特異体質は珍しくない。予知能力に次いである魔法形態だ。精霊遣いで探しても分からんな」

 魔術の特性に民族差があるのか。

「逆に『妖精の取り換え仔』はエクラン王国では珍しくないが、ここでは稀有だ。迂闊に一角獣半化すると目立つぞ」

「ういうい」

 それは早めに釘を刺しておくべきでは。

「……ねえねえ、もしかしてソルの旦那が見つかるまで、エクラン王国に帰るのおあずけ? せっかく帰れると思ったのにさ」

 その台詞にわたしは固まった。

 先生もだ。

 ふたりして硬直していると、ロックさんがきょとんと首を傾げた。

「ねえ? どうしたの?」

「まさかこの若造……三年以上経ってるのに、時代を理解していないのか」

「さすがにタイムスリップ概念は無いのでは……」

 ひそひそ話すわたしと先生。

 タイムスリップの概念がなかったら、砂漠の都市って意外と発展してるんだ……って考えちゃいそう。

 暦も違うし、砂漠の帝国に西大陸の情報なんてほとんど入ってきてない。

「絶滅したマンティコアがいるだろう」

「そもそも西大陸の一般の人は、マンティコアって知らないと思いますよ」

 ロックさんがマンティコアを知ったのは、砂漠に来てからだろう。

 絶滅種じゃなくて、ローカル魔獣だと勘違いしてしまえば、齟齬は起きない。

 オニクス先生はようやく納得したのか、ロックさんへと視線を移す。

「ここは千年前の砂漠の帝国だ」

「マジで?」

「追加情報として、あと半年くらいで亡ぶ」

「マジで!」

 ロックさんは空を仰ぐ。

「借金踏み倒してもいいのか」

「そこか?」

 先生があきれ返るくらい、ロックさんの悲壮感はゼロだ。

「えっ、でも千年前ってマジ? だってあちこちで遺跡発掘してるし、ラピス・ラジュリのおねーさんから聞いた通りだし、想像以上に発展してんだなぁって思ってた」

 わたしも最初そう思いました。

「あれは帝国の遺跡ではなく、アトランティス系の遺跡だ。帝国より一億年前の文明を発掘している」

「へぇ。どうりで知らない発掘品ばっかだと思った。じゃほんとに滅亡するのか」

「事態を理解しているのか?」

「してるよ。でも砂漠の帝国だけだよね、壊れるのは。千年前だろうが、とりあえず西大陸に戻りゃいいんじゃないの?」

「時魔術が完成しない。元の時代に戻るには、時間を制御する術が必要だ。そんな高度な魔術は、この帝国にしか存在しないからな」

「ふーん。ま、千年前の西大陸で生きるって手もあるなら、そこまで悲観しなくてもいいじゃん」

「冒険者ギルドありませんよ」

「いいよ、共済って掛け捨てだしな。仕事にありつけりゃ千年前でも生きてけるって」

 ロックさんは暢気に笑う。

 でも、それは駄目なんだ。

 わたしたちの時代に、世界鎮護の魔術師がいなくなってしまう。

 だから絶対に元の時代に帰還しなくちゃいけない。



 ……せめて、どちらか、ひとりでも。



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