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第一話 (前編) 蜜月はお砂糖みたいに甘くない


 太陽がすっかり登った頃、次の街へと到着した。

「お店屋さん、たくさん開いてるんですね」

 空から見たとき、そんなに大きくない街だった。なのに大通りには、食べ物屋の屋台があちこち並んでいる。

「ここは遺跡と旧都の中間地点だからな。キャラバン向けに、食事を提供する業種が多いのかもしれん」

「遺跡街道宿場町ってやつですか」

 きょろきょろ見回す。

 一輪車にパンとか果物を積んで、歩きながら売ってる行商さんもいる。全身に白鑞をコップを付けてるおじさんがいるけど、あれは食器売りかな。

「水売りだ。山羊革の水筒を下げているだろう」

 わたしが疑問を発する前に、先生は答えてしまった。

 なんだよ。被衣しているのに、そんなに読み取られやすいか。

 わたしだってその気になったら、学院のお嬢さまたちみたいに、内心を読み取られないような慎ましやかな態度だってできるぞ。


 ぐきゅるるる…ん


 わたしの腹が鳴いた。空腹に訴えられたら、わたしの心が負ける。

「きみの腹の虫は、飼い主そっくりで正直だな」

 先生がパンを買って、わたしの被衣にも突っ込む。

 頬張れば、小麦と胡麻の香ばしさが広がる。うめぇ。

 先生が柘榴を買って、わたしの被衣にも突っ込む。

 啜れば、優しい甘酸っぱさで渇きが癒される。うめぇ。

「次はなんだ。肉か?」

 わたしはパンと果物があれば朝ごはんは十分だけど、先生はわりと食う方っぽいしな。

 お肉食べたいって言った方がいいかな?

 迷っていると、いい香りがしてきた。

 お肉の匂いを追ってみれば、おじいさんが炭火を仰いでお肉を焼いている。白っぽいお肉とか、赤っぽいお肉とか、いろいろだ。

 串焼き屋のおじいさんが、先生に気づく。

「どうだい、旦那さん。うちのシシカバブは絶品だよ」

 熟練の手つきで串を動かしながら、にっこり笑いかけてくる。

 涎が垂れてくるけど、肉汁ジューシー過ぎて被衣に突っ込めんな。

 わたしがそう思っていると、大通りの彼方から騒ぎが響いていた。地響きまで足の裏に伝わってくる。

 騒めきの中、先生が即座に【透聴】を展開させた。

「遺跡を盗掘した馬鹿どもを、憲兵たちが追っているようだな」

 この時代でも遺跡盗掘あるんやな。

 まあ、千年前だろうが千年後だろうが、お宝目当ての盗掘者は絶えないんだろうな。

 わたしに情報を伝えてから、先生は呪文を紡ぐ。 

「我は風の恩恵に感謝するがゆえに、呪を紡ぐ」 

 風属性の詠唱だ。

 【飛翔】でも放って、盗掘のひとたちを食い止めるのかな?

 でも現代魔術をここで使ったら、目立っちゃわないかな?

「大地が産む息吹を、海原が奏でる旋律を、雷火が轟かす音階を、我がなたごころに賜われ」

 先生の襟元にある黒翡翠が、魔力に呼応する。


「【擬音】」


 先生が魔術を展開した途端、爆発音だけが轟いた。

 風によって音を模す魔術【擬音】だ。

 催眠系の【幻聴】と違って、空気中に振動を起こしている。爆発音を作れば、それに相当する振動が伝わってくるのだ。偽りの爆発だけど、音は心臓まで震わせた。

 駱駝たちは狂乱して、乗り手を振り落とす。

「基本的に草食動物は臆病だ。よほど鍛錬した軍馬でない限り、大きな音で混乱させられる」

「ほへー」

「兵站を運搬する馬や驢馬には、効果的だ。これで捕虜や物資を、無傷で鹵獲でき………」 

 彼方の方で「首の骨が!」とか「死んでる!」とかいった叫びが聞こえてくる。 

 駱駝に乗っていたひと、災難だったな。

「肉は無事だな」

 オニクス先生は真顔だった。

 まあ、目的のものが無事なら問題はないんですがね。

「いやはや、盗っ人どもが死んだのかい。こりゃ今日の縛り首は静かだねえ」

 串焼き屋のおじいさんが物騒なことを言い出した。

「死んでるのに縛り首にするんですか?」

「当り前さ。遺跡から出土品は、水天使のご加護持ちて慈悲深き宰相閣下のものだって決まっているんだよ。そりゃ宰相閣下の御物に手を出したら、生きてようが死んでいようが縛り首さね」

 窃盗で縛り首か。

 この帝国って、刑法が厳しいな。

 いや、盗んだ相手が宰相だからって理由なら、身分制度が厳しいのか。

 エクラン王国も王族殺しは八つ裂きで、配偶者および血縁者は国外追放になる。でもそれはいのちを奪った結果だ。王族の私物を盗んでも、処刑までいかない。

「すまない。私たちは食事をしたいが、女性もゆっくり食事できる場所はあるか?」

「あ、ああ、それだったら、うちの軒先で休んでくださいよ。すぐ後ろがうちですよ。ほら、棕櫚の木が植わってるあの家です。今日はどうやら商売する日じゃないって神さまの思し召しですし、うちに来てください」

 串焼きを買って、軒先を借りることにした。

「今日の肉は、駱駝と駝鳥とワニですよ」

「わあ! やった! 食べたことないです!」

 食べたことない食材って、わくわくする。どんな食感でどんな味なんだろう。

 わたしたちは棕櫚の木陰で、あつあつの串焼きを齧る。

 うむ、美味しい。

 駝鳥は赤っぽいお肉で、全体的に砂肝っぽい。これはフルーツサラダに入れたい感じ。

 駱駝は獣肉って風味。牛でもない、羊でもない、とにかくこれは食べたことのない獣の味だ。つまりこれが駱駝。

 ワニは白っぽいお肉で、水っぽい豚肉に近い。水っぽいって言うと悪く感じるかな。淡泊。うん、そう、淡泊だ。

 そういえばワニって肉食なのに、美味いじゃねーか。肉食獣の肉はまずいって聞いたことあるけど、あれはワニ食ったことのない人間の発言だな。

 知らん肉を食べると、使っていなかった味覚が目覚めていく。

 幸せ。

 多幸感を噛み締めていると、おばあさんが奥から出てくる。

「蛇のから揚げ、食べるかい? 滋養はあるけど、あんまり若いひとは好きじゃないかね、蛇」

「頂きます!」

 白鑞の器に入ってた肉は、長細いぶつ切りだった。

 うん、まごうことなき蛇だな。

 一口食べる。


 ………これ、にんげんのたべものかな?


 かみきれない?

 いつまでわたしの口のなかにいるつもりだ?

 かたいわけじゃなくて、繊維がすごい弾力。

 一角獣より強いぞ。

 これが四肢のない爬虫のちから!


「蛇にはレモンを絞らないと」

 

 おばあさんはから揚げにレモンをかけてくれる。もう一口。

 すごい! なにこれ、全然違う!

 弾力が強い鳥肉っぽくなった。

 レモンかけただけで、圧倒的に違う。酸味が足されるっていうより、生き物の臭みを減らしてくれている。

 味の問題じゃないな。

 レモンプラスで、蛇が人間の食べ物になる。

 逆に蛇の美味しさに目覚めたら、レモン抜きでもいけるのかな。

 わたしは蛇のから揚げを、遠慮なく味わう。

 蛇とワニと駝鳥だと、ワニがいちばん淡泊で食べやすかったな。

 おばあさんはわたしの顔を見て、ちょっと眉を顰めた。なんだ? お行儀悪かったのかな?

「あら、両目の色がまったく同じなのかい?」

 身を乗り出してきた。

 砂漠のひとたちって、瞳の色合いが左右で違うものな。

 カマユー猊下みたいに濃淡の差くらいのひともいれば、ラピス・ラジュリさんの青と金のように鮮やかに違うひともある。両目の色がまったく同じひとはいない。

「可哀想に」

「………可哀想とは?」

「目の色がおんなじで、右とか左とかきちんと分かるのかい?」

「ご安心を。国いちばんのお医者さまも、問題なしって太鼓判ぼーんと押してくれましたしね」

 テュルクワーズ猊下に診察されたのは真実である。

 そもそもわたしの眼球には視力なんてない。霊視で補っているのが現状だ。

「ところで蛇がすっごく美味しかったです! これはおいくらですか?」

 話題を変える。

「いいのよ。今朝、お台所に這ってたから、ついでに揚げただけだもの」

「蛇って家庭でさばけるんですか?」

「コツさえ知ってれば簡単よ。とにかく頭の後ろを抑え込んで、切るの。で、切ってすぐの頭はまだ生きてるから、死ぬまで気を付ける。これだけよ。頭はまだ毒があるから、死んだらすぐ生ごみに入れるの」

 へぇ~

 いいこと聞いた。

 見かけたら、捌いてみよう。

「いい食いっぷりですな。お連れの女性は妹さんですか? 斜向かいさんの息子が嫁を探しているんですが、どうですかな?」

 天気の話題みたいに話しかけてくるおじいさん。

 ここのひとたちは未婚の女性がいたら、縁談をふっかけてくるのが礼儀なのか。そうなのか。いらんぞ。

「いや……私の……婚約者だ」

 小声で単語を絞り出す。

 事実だけど、先生の口からそう言われると、くすぐられている気分になるな。うへへ。

「なんと! いやはや、婚約者とふたりきり! 若いひとは違いますな!」

 騒ぎ出すおじいさん。

「いやはや、実はね、わしも女房と結婚する前に、一度、親に内緒で市場に行ったんですよ。ふたりっきりで。ありゃドキドキしましたなあ。しかし婚約者とふたりで食事とは、今時はすごいですな」

 すごいのか。

 実は二人旅ですって言ったら、たぶんドン引きされるな。

「私の地方では彼女とは年が離れているが、ここではそうでもないのか?」

「あんたたちが年が離れてるって、けったいな話ですな。子供をこさえられる年頃の娘さんと、子供を養える年頃の旦那さんで、ぴったりだと思いますよ」

 古代帝国だと、わたしたちの年齢差が一般的なのか。

 先生は微妙な空気を醸していたけど、目立たなくていいよな。

「ミント茶を淹れてきます。じいさんも手伝って」

 おばあさんが立ち上がった。

 奥のキッチンで、おじいさんと何か話している。

 やっぱり軒先に押しかけたのは、ご迷惑だったかな?

 お行儀が悪いけど、わたしはつい耳をそばだてる。

「じいさま。あんな瞳の色が揃った子、近所じゃあ見かけたことないよ。まさか駆け落ちじゃないだろうね」

「さあ?」

「さぁじゃないよ。駆け落ちだったらまずいよ。女の子の家のひとが怒鳴り込んできたらどうすんだい。律法家のひと呼んで、ほんとに婚約してるか確かめてもらった方がいいんじゃない?」

「ばあさまは心配性だな」

 わたしは老夫婦からそっと離れて、残った肉をさっさと平らげる。

「駆け落ちと間違われていますね」

「次の街に急ぐか」

 食後に供されたミント茶を飲み干し、駆け落ちした恋人みたいにそくささと移動した。

 お次は旧都カルコスだ。



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