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第九話 こんなイベント知らない!


 秋晴れが気持ちいい全休日。

 学院の馬車道には、いろんな馬車が生徒を迎えに来ていた。

 二頭立てや四頭立ての箱馬車が行き交う。

 ちなみに四頭立ては貴族しか許されていないし、六頭立ては王族と公爵、八頭立ては国王および王妃だけだ。

 レトン監督生を迎えにきた馬車は、二頭立ての遊覧馬車だった。箱馬車じゃない。遊覧目的だから屋根がなくて、お天気のいい日にしか使えない。しかもこれは瀟洒だから女性用なの。こういう非実用的、否や、お洒落な馬車は、馬車を何台も持っているおうちの特権だ。

「素敵なドレスだね」

「エグマリヌ嬢から譲り受けました」

 こういう華やかな遊覧馬車なら、いつもの服だと見劣りがする。ドレスで良かった。もしかしてエグマリヌ嬢は、レトン監督生が遊覧馬車に乗ることを知っててドレスを勧めてくれたのかな?

 でもスカートが長すぎて、馬車の段差がつらい。

「手を」

 レトン監督生のエスコートされて、わたしはすとんと馬車に乗れた。手慣れているなあ。

 遊覧馬車が走り出した。

 あ、厩舎のほうでフォシルくんが馬、引いている。手を振った。

「あの子は知り合いかい?」

「たまに街まで乗せて行ってもらうんです。わたし、馬車なんてないので。でも最近はエグマリヌ嬢と一緒に出かけますね」

 ガラガラと車輪が音を立て、街に向かう。

 遊覧馬車には、飾り細工が華やかなカンテラが下げられていた。

 乗り物にランプをつけなきゃいけないのは、どこの世界でも一緒。まだ光の護符が一般化する前の時代はカンテラだったけど、今では魔術ランタンが主流になっている。

 ちなみにカンテラは蝋燭を光源としているランプに限り、ランタンは光源が魔術でも油でも蝋燭でもなんでもいい。

「きみの作った護符、見せてもらっていいかな?」

 わたしは包みを解く。

 護符は常時発動の魔術だ。アクアマリンたちの表面には結露した水が滴って、濡れそぼっている。

 これを水筒の中に仕込んでおくと、水が枯れない。水差しに入れてもいい。

 レトン監督生は、真剣な眼差しで護符をひとつひとつ見ていく。

「良く出来てる。僕の実家も護符を扱ってるから、分かるよ」

「王都随一の宝石商だと伺いました」

 レトン監督生の実家は、屈指の宝石商だ。

 きっとレトン監督生の実家には、いろんな宝石があるんだろうなあ。彩りあふれた宝石たちを想像するだけで、胸がきゅんとなる。

「見たところ、冒険者には水の護符が売れ筋かな」

「ええ。命綱ですから」 

「貴族や財閥にも人気だよ。庭園に噴水を作るためには、巨大な水の護符が必要になるから」

 そういえば広場の噴水も、アクアマリンの原石で作られていたな。あれは馬の水飲み場や、火災用の貯水として国が整えている。

 しかし使用方法が、かたや命綱、かたや景観とは。まったく違う世界だ。

「貴族階級だと、持ち運びできる護符は何が売れているんですか?」

「安定した売れ筋なのは、【耐炎】の護符だね。小さな子供の護符として定番だけど、ご婦人方にも人気だ。自分のお気に入りのスカートを、暖炉の薪代わりにしたくはないらしい」 

 長ったらしいスカートを、暖炉に引っ掛けて焦がすのはこの世界でも同じらしい。

「光の護符がこれほど広まっても、暖炉は使うんですねえ」

「暖炉ならトーストできるし、お湯も沸かせる。なにより光の護符だと、白粉している顔が青白く見えてしまうからね」

 お洒落的な理由か。たしかにそれは大問題だ。

 火の反魔術が実用性高いか。

 水や光と違って、火は失敗すると大惨事だから、三年にならないと扱えないんだよね。

 それに創るとなるとガーネットが欲しい。となると死火山地帯か。遠すぎるな。

「ミヌレ一年生。きみは【水中呼吸】を作りたいそうだけど、生物宝石は労力の割に利益が少ない。時間を割くなら、利益率の高い石英系がオススメだよ。きみは魔力量が多いから、石英系を大量に作ると効率がいいだろう」

「確かに生物宝石は手間ですし、内陸国という点で原価が高くなります。でも、わたしは自分の作りたいものを作りたいんで」

「それでは利益は出ないよ」

 なに言ってんだ、こいつ。

「わたしが小銭を稼いでいるのは、作りたいものを作るための資金です。それじゃ本末転倒ですよ」

「将来を考えるなら、作りたいものだけ求めるのも考え物だ。エグマリヌ一年生と親しいなら、彼女とお茶会に出席するのもいいんじゃないかな。社交界に出席すれば、流行が分かるから」 


「流行………」


 うーん……

 それはオタクの考え方じゃないな。

 レトン監督生とは住み分けが必要かも。




 王都が見えてくる。

 ガダンッと、遊覧馬車が大きく揺れた。

 お馬さんがか細く嘶き、御者さんが慌てて手綱を御す。

「蹄の様子がおかしいので見てまいります」

 わたしも身を乗り出して、馬の足元を見た。

 地べたには薄く光る紐のようなものが横たわって、蹄に引っ付いている。微かに魔力が伝わってきた。

「【蜘蛛】!」

 獣属性魔術【蜘蛛】だ。

 わたしが叫んだ途端、白濁色の糸が馬車ごと覆う。馬も車輪も御者も、レトン監督生も足を絡め取られた。

 彼が呪符を入れている書籍型箱には、蜘蛛の糸が厳重に張り付いている。魔力のこもった糸があれだけ絡みついていたら、自分の呪符に干渉できないだろう。

 茂みからフード付きマントの人物が飛び出した。わたしを羽交い絞めにする。

 魔術師だ。

 腕力はそんなに強くないけど、ミヌレは全キャラ中、物理攻防のステータスは最低値。抑え込まれるともう動けない。蜘蛛の糸にぐるぐる巻きにされた。ぐぬぁ。せっかくドレス着てるのに!

 っていうか、こんなイベント知らない!

 レトン監督生の妹のエランちゃんなら、誘拐と迷子のイベントあるけど。

 フード付きマントの人物は、レトン監督生を一瞥する。

「アスィエ商会の人間か」

 男が呟いた途端、レトン監督生が血相を変えた。

「その子は下級生だ。僕の妹じゃない!」

 いやいや、レトン監督生の妹と間違えられるくらい小さくはないぞ。妹のエランちゃんは三歳児じゃねーか。

 他に魔力の気配はない。

 この男ひとりだけか?

 浮遊石のペンダントは服の下に隠してある。だけど作った水の呪符は、先生に預けっぱなしだ。まだ装具が完成してないから。

 水の呪符さえあれば、こいつを溺死させられたのに。

 いや、待てよ。

 体内の魔力を練り上げ、呪符と呼応させる。

「我は大地の恩恵に感謝するがゆえに、大地の加護をひととき返上せん 【浮遊】」

 わたしが構成した【浮遊】に、男は微かな嘲笑を浮かべた。

 わたしの身体は糸でぐるぐる巻きだし、男は糸によって体を支えている。【浮遊】で逃げることも、足元を掬うことも出来っこないと、高を括っているのだろう。

 だけどわたしが浮かせたのは、水だ。

 水の護符から結露した、水の粒たちが浮かび上がった。

 男の口や鼻へと、水滴が張り付く。

「ごぶっ!」

 衝撃で男の手が緩む。

 よし。

 首を動かして、【蜘蛛】糸に口づける。寝違えそうになりながらも、ヒロイン特権のキスで解決。

 わたしの魔力が糸に干渉して、千切れていく。

 さすがに全部は千切れなかったけど、片腕は自由になった。レトン監督生と御者さんを助けなくちゃ。

 男の掌が、わたしへ向けられた。フード下の視線は、わたしの口許。

 反射的にわたしは利き手で、首をガードした。次の瞬間、【蜘蛛】の糸が絡みついてくる。

 ガードしてなきゃ、わたしは糸で鼻と口を塞がれていた。窒息を狙ってきたか。

 それならわたしも容赦しない。

 無重力の水で溺れさせてやる。

 空間に増えていく水の粒子。

 わたしに絡む糸が細くなっていく。

 この男の魔力が尽きようとしているからだ。あと少し。あと少しだけ息を封じれば、糸が途切れる。

 糸に、火花が舞った。

 火花?

 レトン監督生が馬車のカンテラから、火打石を持ってきたのだ。ひとつふたつの小さな火花で、溶けて千切れる糸。

 物理は魔術に従うが、魔術は物理にも従う。

 蜘蛛の糸は火に熔けるのだ。

「ミヌレ一年生、早く【浮遊】を解除するんだ。彼が死ぬ!」

 叫び声は、焦りに満ちている。

 たしかに誘拐犯は、溺死しかかっていた。

「解除したら、また襲われますよ」

「そういうことじゃない。きみは人を殺すつもりか!」

「人を殺すつもりはありませんが、わたしは自分が大事ですので」

 御者さんを解放すると、彼は荷物用ロープを取り出し、男を入念に縛る。 

 わたしは【浮遊】を解除した。

 襲ってきた男のフードを剥ぐ。知らない顔だ。ミヌレの父親と同じくらいの年齢で、きちんとひげは剃ってある。目立つ傷も無ければ、母斑もホクロもなく、耳も指も欠けていない。

 痙攣の症状を起こしていた。

 レトン監督生が心拍を確認している。

 いまさらそんなに血相を変えて何なんだ。わたしが羽交い絞めされた時より焦ってないか?

「心停止はしてない……が、乾燥溺水だ」

 さすがレトン監督生。治癒魔術師を目指しているだけはあるな。

「そうですか。【読心】をかけるなら、早めのほうがいいですね」

 レトン監督生から、驚きなのか恐れなのか分からん眼差しを向けられた。いつもの微笑はひとかけらもない。

 わたし自身が、ひどく悍ましいものになった気分だった。

 鈴音がする。

 いくつもの金属製の鈴の音が響き、物陰から誰かが飛び出してきた。襲ってきた男と似たような恰好だ。

 【浮遊】の呪文を唱える。

 だけど新しい人物はこっちを見向きもしない。気絶した男の胸倉を掴み、片腕で抱えた。そして森へと姿を隠す。すべてが一瞬のうちだった。

「仲間か?」 

 監督生が呟く。

 その場で殺さなかったところを見ると、襲撃実行犯は捨て石でもないのか。

「ミヌレ一年生。きみに予定があると分かっているが、まずは憲兵所だ。いいかな」 

「もちろんです」 

 


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