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第十六話(後編) 闇のサーカス団 


 ブチ切れて蹴り倒したニセモノは、図々しいことに生きてやがった。

 先生の偽物がいるって噂を耳にしてはいたけど、目の前に登場するとマジで殺意ゲージが振り切れる。クワルツさんが先生にガチ切れしていたのが、やっと骨身にしみた。

 ロックさんは倒れた耽美ヅラの傍らにしゃがむ。

「ってか、嬢ちゃん。こいつが持ってるじゃん」 

 ロックさんの指さした先には、指輪とクリス・ダガーがあった。

「『隻眼のオニクス』を騙るために、本物のアイテムを横領させたんですか?」

「その下半身……あんたも『妖精の取り換え仔』か」

 ポンポンヌは後ずさりつつ、わたしの下肢に視線を注いでいる。

「ライカンスロープ術です!」

「魔術師か! 奪いに来たってわけか」

「取り返しに来たって言ってるだろうが!」

 厚かましいな。このクリス・ダガーと指輪は、先生のものだっつーの。

 ポンポンヌは鞭を手に取る。

 皮を編み上げた一本鞭だ。

 一角獣に速さで勝てると思うなよ!

 わたしは鞭が振るわれるより早く、蹄で駆け、思いっきり鳩尾を蹴り飛ばした。

 ポンポンヌはわたしの一撃で気絶する。

 呆気ない。

 生気の無い姿で床に伏すポンポンヌは、サーカスの雰囲気と相まって、ピエロの等身大人形みたいだった。

「最初から暴力で解決した方が早かったですかね」

「それ、癖になっちゃうから、やらない方がいいよ」

「確かに。魂がチンピラ化しそうですしね」

「そうそう。手っ取り早いことばかり選んじゃうと、あったはずの選択肢をどっかに落としていく。じいちゃんの受け売りだけどさ」

 偽物が腰に提げていたクリス・ダガーを、ロックさんは外していた。

「綺麗……」

 蛇のかたちをしている柄は、今にも牙を剥いて噛みつかれそうだ。象嵌細工だと理解していても、触れるのを躊躇ってしまう。美という生命が宿っている。

 柄を握って、鞘から抜く。

 隕鉄の刃だ。

 天球音楽の響きの中を彷徨い、地球に墜ちた星の一片。

 黒い刃の煌めきを目に映しているだけで、心臓が高鳴ってきた。魅入られそうだ。

 わたしの魂が魔力に魅入られることはない。純粋な工芸美が、わたしの心を魅了しているんだ。

「……本物ですね」  

 この世にふたつとないクリス・ダガー。

 

 だけど。


「指輪は偽物だ」


 オニクス先生の声だ!

 振り向けば、暗がりにオニクス先生が佇んでいた。

「さっすが本物は格が違うな」

 ロックさんは口笛を吹く。

 先生の衣装は、ワタリガラスの仮面に、ムカデの手甲に、蜥蜴の杖、そして漆黒のローブとマント。

 まさに悪の大幹部そのものだからな。纏っている衣装が違うってだけじゃなくて、この衣装を着こなす威厳とスタイルが格の違いを見せつけているわけですよ。

 先生は悠然と歩いてくる。暗がりの闇を脱ぎ捨てるようなゆっくりとした足取りだ。わたしがクリス・ダガーを差し出すと、無言で腰の飾り帯に差し込んだ。

 うむ、完璧な悪の魔術師。

 大好き。

「先生。ご無事でなによりです」

「無様に逃亡して、精神的には参っているがな」

 先生は偽物の指輪へ顔を向ける。

 これ、指輪っていうにはでかいな。

 蠍のかたちをしているから、指に本物の蠍が這っているようだ。毒尾の部分は、爪を覆う指甲套になっている。蠍の胴体部分には漆黒の石が四つ、目のように嵌め込まれていた。

「良く出来ているが、私の【破魂】の指輪ではない」

 じゃあこのふたりをたたき起こして、もうちょっと詳しいことを吐かせるしかないな。

 わたしがそう思ったと同時に、ポンポンヌが小さく呻いた。

 意識が戻ったとは丁度いい。

「ポンポンヌさん。意識は大丈夫ですか?」

「……く、絶対に渡さないよ。これは」

 ポンポンヌが豊かな髪を振って、顔を上げる。

 先生の姿を視界に入れ、次の瞬間、硬直した。

 そりゃ悪の魔術師の権化みたいなひとが突然現れたら、固まるわな。

 

「副総帥閣下!」


 ポンポンヌの叫びは、歓喜に満ち溢れていた。

 副総帥閣下って……オニクス先生をそう呼ぶってことは、このポンポンヌ、ひょっとかしなくても闇の教団の残党? 

 即時通報したいんですけど、賢者連盟の連絡先ってどこや。

 ディアモンさんのところだな。

 通報した瞬間に、勝手にどっか行ったわたしが叱られそうである。


「お戻りになられたのですね。不肖ながらこのポンポンヌ、この十年ずっと信じておりました。教団の再建のために、資金を蓄え、人を集めておりました! この汚らわしい世界と愚かな民衆を支配するのは、偉大なる副総帥閣下しかおりません!」

 全身全霊で喜びをあらわにするポンポンヌ。

 感動の再会というやつですな。一方的な。

 先生を横目で見れば、膝から崩れ落ちている。

 おっ、メンタル負傷したか?

「ねぇねぇ、副総帥閣下って何?」

 暢気に首を傾げてるのは、ロックさんだった。

「オニクス先生がやんちゃだったころに、そう呼ばれてたんですよ」

「波乱万丈だね」

 ロックさんは暢気だけど、ポンポンヌはヒートアップし続けていた。

「副総帥閣下! 今度こそ世界を真なる闇に沈め、無知蒙昧な民どもを正しき秩序へと導きましょう!」

 中二病全開な主張に、先生が頭を抱えている。

 先生のメンタル大丈夫かな? これ致命傷じゃない?

 確かにあんな悪の魔術師ルックしてたら、更生したなんて露ほども思わないわな。ふたたび世界を闇に染め変えるために、復活しましたって衣装だよ。その点だけはポンポンヌは間違ってないよな。邪悪ではあるけど。

「け、検体の充填班のひとりだな」

 オニクス先生はやっとのことで言葉を出す。

 辛うじて単語と文章になっていたけど、病的に掠れていた。

「副総帥閣下に思い出して頂けたとは、なんたる栄誉!」

 先生は忘れていたわけじゃなくて、メンタル回復するまでタイムラグがあっただけだよ。たぶんな。知らんけど。

「検体集めの経験とツテを生かして、今は人間の仕入れと販売をしております。副総帥閣下がお望みでしたら、どんな年齢性別人種でも用意して御覧に入れましょう」

 オニクス先生が諸悪の根源って感じである。

 いや、感じも何も事実だが。

「それより指輪だ。本物はどうした? これは良く出来た贋作だ」

「まさか……ストラスは本物だと。申し訳ありません。せめて副総帥閣下の私物を取り戻そうと手を尽くしておりましたが、この目が節穴だったせいでお役に立てず……」

 ポンポンヌが床に額を打ち付けて、土下座する。

 そうか。先生の元部下が、先生のためにアイテム集めていたのか。

 何から何までオニクス先生の自業自得である。

「きみも騙されていたか。しかしあの横領役人が用意する贋作にしては、精巧すぎる。これはかなり金をかけた贋作だ」

 オニクス先生は指輪の角度を変える。

 艶やかな光沢は、極上の黒曜石だ。譬えるならば澄み切った闇。美しいけど、魔力は込められていない。

「横領する前に、誰かが入れ替えていたのか」

 入れ替え。

 誰かなんて考えるまでもない。

 それが出来るチャンスがある人間は多くないし、それをする動機がある人間はさらに少ない。

 プラティーヌか。 

 

「そりゃ残念なこったな」

 

 このガラガラしたダミ声は、ソルさんだ。

 瞬間、オニクス先生が床を蹴って駆ける。

 漆黒の疾風みたいに、わたしの間を通り過ぎていった。


 何が起こっているか理解するより、先生の動きの方が早い。わたしもロックさんも事態を認識したときには、エストックが抜き放たれて、ソルさんの胸を貫いていた。

 血の惨劇になる。

 だけどわたしの予想と反して、ソルさんから一滴も溢れなかった。

「ずいぶんとまぁひでぇご挨拶じゃねぇか、蛇蝎のオニクス」

 胸を貫かれたまま、笑っている。

 次の瞬間、ソルさんの輪郭が歪んで、火の粉が舞い、焔が噴き上がった。

「は? ソルの旦那って焔の魔人だったの?」

 ロックさんから素直な感想が飛び出す。

「やはり本体ではないな」

 先生はエストックを抜き、間合いを取った。

 本体ではないってことは、幻影をどこからか投じているってこと?

 オニクス先生が攻撃したことで、ポンポンヌは鞭を構えて奮おうとしていた。

「下がれ」

 鞭より鋭い一言が、ポンポンヌに振り下ろされる。

「誰の許しで私の前に立っている?」

 隻眼の冷たい一瞥で、ポンポンヌはすっと下がった。

「物理攻撃は効かん。この男はサイコハラジック特異体質だ。精霊を自分に化けさせている」

「ああ。俺ぁ生まれつきの召喚魔法の遣い手でな。これは炎の精霊を依り代にしている。肉体はちっとばかり離れたところだな」

「旦那、焔の魔人のご主人さまなんだね」

「ま、そんなようなもんだな」

 雑に納得したロックさんと、雑に肯定するソルさん。間違ってはいないな。

 暢気な空気が漂いかけているけど、オニクス先生は武器の構えを解いていない。

 ソルさんが手を平たく振る。

「まずその物騒なもんを引っ込めな。俺ぁここでヤる気は無ぇよ。せっかくの湖が焼け野原になっちまうだろ」

 焼け野原。


 ――あれがオニクスと戦えば、辺り一帯が焦土になる――


 カマユー猊下の言葉がリフレインする。

 まさか、ソルさんって……

「ブッソール猊下……?」

「ああ、堅っ苦しいから好きじゃねえけど、そう呼ぶやつもいる。俺ぁ冒険者としての方が経歴が長いんだが、色々あって連盟に席だけ貰ってんだよ。月の蔵書が読めるからな」

「やっぱ賢者連盟の関係者じゃん!」

「なんだ。俺の適当な言い訳を信じまったのか?」

「地味に疑ってはいましたよ」

 クソ。

 もう強い魔術師は全員、連盟関係者だと思おう。

「精霊遣い、弟子たちの敵討ちでも来たか?」

 オニクス先生が問う。

「阿呆。あいつらは戦士として育てた。戦って負けて死ぬのは道理だ。今更、仇討ちなんてしねぇよ」

 それでいいのかと思うくらい軽い口調だった。

 恨んで憎んでそして割り切った果てなのか、それとも最初からそう達観しているのか、子供のわたしには分からない。ただ迂闊に口を挟めない事情だってのは伝わってくる。

「では何している?」

「ちっとばかり野暮用」

「余程の野暮用だな。金星の遺跡を発掘中だろう。発掘を投げ出して、地球に降りてくるとは」

「ま、とりあえず今はあっちの方をどうにかしねぇことにはな。肝心だろ」

 言いながらポンポンヌを一瞥した。

 奴隷商の方を片付けたいって意思表示だ。

「ふん。相変わらず正義の味方気取りか」

 悪の魔術師気取りよりマシだよね。

「そういやてめぇ、女王様みたいな魔女の愛人してたくせに、今度は幼女に手ぇ出したんだな」

「説教か? 貴様とて妻の他に、三人も愛人を囲ってるくせに」

「てめぇ、誰が愛人だ! 俺の女房は五人とも妻だ! 優劣なんて付けてねぇ!」

「また増やしたのか」

「とにかく俺ぁ等しく愛しているからいいんだよ。だいたい女房たちはまともに自立した女だ。その未熟な小娘と違ってな」

「黙れ。私とて彼女を正しく愛したかった」

 オニクス先生は吐き捨てて、己の言葉をかみ殺すように歯ぎしりした。

 正しい愛し方。

 

 ――周りの生徒と遜色ない教育を受けてほしい。怪我や病から遠いところで育ってほしい。きみが望む伴侶を得てほしい――

 

 ――きみという人格の幸福を熟慮すると、魔術師として生きることだと思い至った――


 先生に囁かれた言葉たちが、わたしの鼓膜より深いところで響く。

 わたしは先生の考える『正しい愛し方』なんかで、愛されたいと思っていないのに。

 そもそも正しい愛し方なんて、この世にあるんだろうか?

 ソルさん、いや、ブッソール猊下は微かに息を飲んだ。

「てめぇはずいぶん変わっちまったな。改悛ってやつか。カマユーの御大が怒髪天なわけだ」 

 独り言みたいに呟いて、鼻眼鏡を直す。

 炎の精霊を依り代にしているんだから眼鏡は必要ないだろうけど、本人の癖なんだろうな。

「まず不始末を片付けねえとな。チェンジリング絡みの奴隷売買ってことで、さっきテュルクワーズに風の精霊を飛ばした。そのうち来るだろうよ」

 テュルクワーズ猊下がやってくるのか。 

 温厚で気弱そうな元司祭さまだ。

 先生もテュルクワーズ猊下のこと誠実だって言ってたし、このソルさんが呼ぶってことは。こういう場合の信頼性が高いんだろう。 

「おい、ポンポンヌのねぇちゃん」

「なんだい?」

 つっけんどんに応える。

「奴隷はどこから仕入れてんだ?」

「王都の孤児が多いけど、村で引き取ることもあるよ。どこにだって持て余されているガキがいるもんだからね。そういうの引き取ってるんだよ」

「古典的な手だな」

 ブッソール猊下の皺が深くなる。

 オニクス先生とブッソール猊下がポンポンヌから奴隷売買のことを聴取して、サーカス団を解体するなり保護するなり拿捕するなりって流れか。ポンポンヌは先生のこと、まだ副総帥だって信じてるから舌は回るだろう。

 突然、テントに雨風が入ってきた。

 それと共に、漆黒の影も。


「怪盗クワルツ・ド・ロッシュ見参!」


 水晶色の髪に、黒仮面と、黒革の怪盗服。

 あまりにも唐突過ぎる怪盗の登場に、全員が絶句した。


 なんでおまえまで来た?



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