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第十六話(前編) 闇のサーカス団 


 市場の喧騒は、津波がきたってのに衰えてなかった。

 いや、ひょっとしたら衰えてるかもしれんけど、初めて実際に足を踏み入れたわたしには、目まぐるしいばかりの賑わいだった。


「さあ、バギエ公国の粉もの菓子だよ。揚げたて、ふわふわ、蜂蜜たっぷり。愛しいあの子におひとつどうかね?」

「仮面だよ。紙張り子の仮面だよ! 羽根付きから、真珠つきまで、なんでもあるよ! そらそこのお嬢様、薔薇柄はいかがかね」

「キビシス織り、キビシス織りはいかがかね? 蜂蜜色の娘が織った本物だよ。これさえあればコカトリスもバジリクスも怖くないよ」


 市場の奥へと進めば、あっちからもこっちからも叫びが響き、賑わしさに厚みが出てくる。

 強い訛りから、聞いたことのない言語まで混ざってきて、耳が痛くなりそう。

 賑わしさだったら王都の通りにも匹敵するけど、宵の口にここまで活気はない。王都は日暮れと同時に店じまいする。

 それにさまざまな衣装が行き交っている。

 エクラン王国の王都にもいろんな人種がいる。ラピス・ラジュリさんのような蜂蜜膚の流浪の民、オンブルさんのような褐色膚の海辺の民。他にも象牙膚の東方の民。珈琲膚の南方島嶼の民。

 だけど歌姫や俳優みたいな職種じゃ限り、身なりはエクラン王国の規定だ。

 ここでは流浪の民は極彩色の織物を纏い、海辺の民は海流を模した変わった刺繍の服を着て、東方の民は前合わせの衣に帯を結んでいる。それぞれの民族が、それぞれの衣装を纏っていた。 

 なんて楽しい。

 民族衣装の見本市だ!

 ひとりひとりにその衣装の物語を聞きたい。

 どうやって紡いで、どうやって織って、どうやって染めて、どうやって刺繍して、どうやって受け継いできたのか。

 楽しいけど熱気に当てられそう。日が暮れて涼しくなっているはずだけど、そよ風ひとつないんだもの。

「古着を扱ってる質屋はこっちだよ」

 ロックさんの案内してくれた先は、古今東西から古着を集めてきたようなお店屋さんだった。

 流浪の民の女の子が着てるようなワンピースがある。

 歌姫みたいに露出してない、慎ましいデザインだ。

 襟元から胸、そこから腰に至るまで、異国情緒漂う刺繍が施されていた。生地はくたびれているけど刺繍は綺麗だ。色糸をたくさん使っているのに落ち着きがある色彩センスは、ディアモンさんっぽいな。

「これがいいです」

 わたしが指さすと、ロックさんが店主と交渉してくれる。

 聞いたことない言語で。

「これってモンターニュ語ですか?」

「ミヌレの嬢ちゃん、よく分かったな。マイナーな山岳少数民族の言語じゃねぇか」

 ソルさんに感心されたけど、設定資料に書いてあるからな。

 ロックさんの故郷のすぐ隣が、モンターニュ地方なのである。だからロックさんも、挨拶とか買い物とかくらいならモンターニュ語を喋れるんだ。

「俺も勉強したいと思ってんだよな、モンターニュ語。近年まで没交渉だった少数民族だから、砂漠帝国時代から言語変化がほとんど無ぇんだよ」

 雑談している間に、ロックさんの値切り交渉が勝利に終わったらしい。

 わたしは宮廷正装から刺繍のワンピースへお着換えした。

 よし、これで目立たないぞ。 

 だけど【飛翔】を解除したら、小柄なわたしは人込みに埋もれちゃう。

 雑踏にもみくちゃにされそうになった瞬間、ソルさんがわたしを抱える。

「見ちゃいられねぇな。俺が肩車してやろうか?」

 頷くと、ひょいと担ぎ上げられた。

 なんて高い。

「うひょひょ、この市場でいちばん高いぞ!」

「嬢ちゃん。飛べる方がすごいだろ」

「肩車はまた別腹です!」

 ソルさんはとびきり背が高いから、人込みの熱気からも逃れる。落ち着いて市場を眺められた。 

 あ、ラピス・ラジュリさんに似た美人もいた。

 目で追ってしまう。

 ロックさんも目で追っていた。

 眼だけじゃなくて足までもふらっとついていきそうになって、途中で焼き菓子売りへと方向転換した。さも最初からお菓子を買いに来ましたって雰囲気で、屋台のおばちゃんと喋ってる。

「ねえねえ、嬢ちゃんもこれ食う?」

「でかいなこのゴーフル!」

 ロックさんが買ったゴーフルは、ノートと同じくらい大きかった。キャラメルがかかってる。

 両手で抱えて齧る。ふわっとした小麦の風味が香ばしくて美味いぞ。

「旦那はゴーフルいる? 道中まったく食ってなかったじゃん」

「俺ぁ遠慮しとく。仕事中は三日三晩飲まず食わずで動けるよう、長いことかけて調整してんだよ」

「旦那、マジもんの冒険者だな」

「でもソルさんは魔法使いだから、無意識のうちに空気中の水分を吸収してる可能性があります。ロックさんは真似しないほうが良いと思いますよ」

 ロックさんはMP6だもん。

 魔法使いどころか魔術師になれないほど低い。

 しかしこのソルさんのステータス知りたいな。わたしの霊視、ステータス透視にならんかったんかい。

 わたしはゴーフルをもしゃもしゃ食べる。うめぇな、これ。


「レモネード! 甘くて酸っぱいレモネード! 甘美な味! 初恋の味! おお、あなたの喉に通らせておくれ」  


 喉が乾いたのを見計らったように、レモネード売りが通りかかる。

 初恋の味か。

 わたしの初恋はレモンみたいな恋じゃない。甘酸っぱいって言うより、ほろ苦いよな。いや、「ほろ」はいらんな。苦い。

 オニクス先生を想う。

 先生は怪我してないだろうか。

 早く合流したいな。

「嬢ちゃん、レモネードって皮入りと皮無しどっちがいい?」

「早ぇ、もう買ってんのか。わたしは皮無しでお願いします」

 すりおろし皮入りも美味しいけど、ごくごく飲みたいときには皮無しだな。

「……レモネードは初恋の味か。ラピス・ラジュリのおねーさんの初恋の人ってさ、おれとそっくりだったって言ってたな」

 リップサービスだろ。

「そりゃリップサービスだろ」

 わたしは内心で押しとどめたのに、ソルさんは容赦なく突っ込む。

 傷心かもしれないロックさんに、きつい言い方するなよ。

 わたしはむくれたけど、ロックさん本人は穏やかだった。

「真偽はどうでもいいじゃん。そう言った時のラピス・ラジュリのおねーさん、めっちゃ可愛かったから」

 曇った夕闇の中、晴れやかな笑みだ。

 あたりすべてが暮れなずんでいるのに、ロックさんだけ春の陽だまりに佇んでいるみたいだった。




 茜も途切れて、湖面は夜の紫になっていく。

 太陽がほとんど沈んだころ、アコーディオンの音色が耳に届いてきた。

 この音色、ゲーム中でもレトン監督生の庭でも聞いたことがある。

 クー・ドゥ・フードル曲芸団のアコーディオンだ。

 いや、曲芸団の皮をかぶった奴隷商の音楽だ。

「ねえ、嬢ちゃん。あれがサーカスのテントだよな」 

 ロックさんの指さした方向に、見たことがあるサーカステントが張られていた。

 魔術ランタンの青白い光たちが、名残りの黄昏と混ざり合って、不思議な影の色を作っていた。

 綺麗だけど、奴隷商って知っちゃった以上、忌々しさしか感じられない。

「俺ぁ辺りを探ってくる。ミヌレの嬢ちゃんを疑うってわけじゃねぇけど、確証は欲しいんでな」

 肩車してたわたしを地面に下ろして、行ってしまった。

 奴隷売買なんて物騒で繊細な話、初対面のわたしの証言だけで信じるわけないもんな。ロックさんの知り合いだから、耳を貸してくれたんだろう。

「ねぇ、おれらはどうしよう。サーカスでも見物する?」

「客席から下見したいってことですか」

「うんにゃ、暇つぶしに」

 は? 今までの話の流れを分かっていて、こいつ本気でサーカス満喫する気か……?

 それはちょっと鈍感の度が過ぎるだろ。

 光と拍手が漏れる入口には、もぎりの男の子が立ってる。あの愛嬌たっぷりのそばかす顔は、シュガーボンボン売ってた子だ。顔見知りなら話が早い。

 もぎりの男の子もわたしたちを見つけて、元気よく微笑みかけてきた。

「お嬢さま! お久しぶりです」

 はち切れんばかりの元気さ。

 この男の子は、曲芸団が奴隷商ってこと知ってるのかな。

 複雑な気分になりながら、わたしは笑みを装う。

「こんにちは。座長にお話があって来たんですが、お会いできますか?」

「もうすぐ閉幕ですが、お話できる時間が取れるか分かりません。とりあえずこっちに入って下さい」

 わたしたちは、奥にあるテントに招き入れられた。





 女座長のポンポンヌは、すぐ面会してくれた。

 ピエロの化粧に、量の多い髪を金貨や銀貨や銅貨の色に染めていて、ポンポンいっぱい飾った道化衣装を纏ってる。

 舞台化粧って分厚いな。舞台裏で会うと、ホラー系に見える。

「これはこれはお嬢さま。こちらで出会えるとは思いませんでした。このポンポンヌに御用でしょうか?」

 愛想を振りまいてくる。

 彼女からしてみれば、わたしは大富豪アスィエ商会の関係者だ。とびきりの上客だから、愛想を絶やすわけにはいかないだろう。

「単刀直入に申し上げます。輜重文官ストラスから買い取った品を、返して頂きたいのです」

「……誰だい、そいつは」

 べったりとした厚化粧のせいで、表情は読みにくい。

 だけどストラスの名前を出した途端、素っ気ない口調になった。

 この感情の落差は怪しい。

 繋がりがあるのは間違いないな。

「ストラスはすべて吐きましたよ。エクラン王国の国法に反する行為も」

「あたしのサーカス団にいちゃもん付ける気かい。お帰り願いたいもんだね。お嬢ちゃんの寝言に構っていられるほど、座長って仕事は暇じゃぁ無いんでねぇ」

 わたしの後ろにいるロックさんを見やる。

「連れて帰っておくれ。いい大人なのに、こんなお嬢ちゃんの戯言に引っかかって、恥ずかしくないのかね」

「おれは本気にするよ。その子は『幽霊喰いのミヌレ』だ。おれよりよっぽど強い冒険者で、賢い魔術師の証言だしね」

 ロックさんは事も無げに言う。

 わたしのこと魔術師としてだけじゃなくて、冒険者としても認めてくれていたのか。嬉しいぞ。

「『幽霊喰いのミヌレ』……馬鹿な」

 ポンポンヌが呟く。

 おいおい。わたしの噂、どこまで広がってんだよ。

「クリス・ダガーと指輪、わたしは買い戻しに来たんです」

 ついでに奴隷商って証拠を抑えられたら、通報か殲滅する予定である。

「したり顔で何をぬかしてんだい。ストラスから聞いたってことは、あんたはあのクソ男の情婦かい?」

「あの小役人、横領がバレましてね。わたしの婚約者が、殴り飛ばして痛めつけて下さいましたよ。そしたらおまけに奴隷売買もよく喋って下さいました。あのクリス・ダガーと指輪はどこにあるんですか?」

「あれはあたしらのものだ!」

 ポンポンヌは真鍮のベルを鳴らした。

 即座にやってきたのは、四十路くらいの美中年。片目に大きな傷があるけど、耽美な面持ちだ。

 ああ、体格からして、サーカスで剣舞を披露していた男のひとだな。用心棒ってことは実戦でも強いんか。

 力づくで黙らせにきたのか。

 話し合いを終わらせるなら、わたしもユニタウレ化してそれなりに対応しよう。

 それなりといっても、傷つけないように拘束しなくちゃな。

 奴隷売買の証拠はない。

 ストラスの証言だけだ。

 事情を知らない自警団がやってきたら、わたしたちが押し込み強盗だ。戦術ではなく、戦略を忘れずに。

「彼を誰だと思う?」

「ヒーローショーでサフィールさまの役やってたひと」

 わたしの即答に、ポンポンヌは唇を歪める。


「聞いて驚け、彼こそあの飛地戦争の英雄『隻眼のオニクス』だよ!」 


「死ねェヤアアアッ!」


 ユニタウレ化した蹄キックが、四十路耽美顔の額を叩き割った。

 血を吹き出しながらぶっ倒れる『隻眼のオニクス』の偽物。

「なに騙ってんだ! 殺すぞ!」

「ぅえっ、これまだ死んでないの?」

 ロックさんがわたしの後ろで叫んだ。


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