第十五話(後編) 正しい人魚の倒し方
水浸しになった市場のとば口。
避難を余儀なくされたひとたち。
元凶はわたし。
そんなわけで、ハイパーお説教タイム中である。
「ここに集まってる商人はギルドに属してねぇ。市場が流されちまったら、保証も何にもない。行商だったら、抱えてる品だけが財産だ。そんな場所で大規模戦闘を行うってのは、どういう了見だ」
ソルさんはこめかみに青筋立てていた。
言い聞かせる口調で荒くはないんだけど、怒りは犇々と伝わってくる。
完全にわたしの無配慮からの失態なので、頭を深く下げて反省するしかない。
「力を揮うってのは、いつだって力と同じくらいの責任を伴うもんだ。あれだけ力と度胸がありゃ、てめぇは敵無しだろうよ。だが思慮無く蛮勇を振りかざせば、いつか自分自身が敵になるぞ」
「おっしゃる通りでございます……」
――戦術的最善手を取らない騎士たちを、甘いと見下していた――
ソルさんに叱られながら、脳裏に過っていたのはオニクス先生の言葉。
あれは無限の鉱石たちが輝く、図書迷宮の第七層。
――味方ごと虐殺すればいい、包囲して燃えしてしまえばいい。だが今から思えば騎士たちは正しかったよ。彼らは政治的な視線を含みつつ、戦場で最善手を打とうとしていた。国家間の戦争とは勝利を目的とするのではなく、いのちを浪費する外交手段のひとつに過ぎなかったのだから。政治的配慮がなければ、戦後に勝利を活用するのは困難になる――
オニクス先生は「戦後に勝利を活用する」と語っていた。
あの湖面で人魚と戦ったことは、素材を手に入れるって点からは最善手だった。
だけど津波を起こしてしまったのは、最善手じゃない。
みんなに迷惑がかかるとか、綺麗ごとを今更言うつもりはない。わたしはそんな善良な性格じゃない。
ただあのまま人魚の髪を手に入れたとして、市場が津波にもみくちゃにしてしまったら、湖底神殿の周辺の人間たちの恨みを買う。そしたらわたしはサーカス団に辿り着けないだろう。
目的が達成できなくなる。
わたしは戦い方を考えなくちゃ。
戦闘そのものだけじゃない。
勝利した後の立ち回りが大事だ。
戦術ではなく、戦略で、戦いを判断しないといけない。
そうでなければオニクス先生に誇れる最善手にはならない。
今回の場合の最善手か。
1 山賊さんたちを餌にして、沖へ誘導。
2 食われている間に、人魚の髪を採取。
そうすれば自警団のひとたちもお仕事増えなくて、全方向に丸く収まるよね。
「俺もでかい口を叩ける人間じゃねえがな」
ソルさんは鼻眼鏡を掛け直す。
ため息が落ちた。
「あと俺が水霊召喚した件だが、黙っといちゃくれねぇか。俺は発火魔法使いで通している。奥の手はひけらかしたくはねえんだよ」
「はい。誰にも言いません」
発火魔法じゃなくて、炎の精霊を召喚していたのか。
どっちが制御しやすいか知らんけど、はた目には違いが分からんな。
でもサイコハラジック特異体質はレアだし、やっぱこのひと賢者連盟関係者じゃねーか……?
疑いがまた擡げる。
「そういや山賊ども、うまいこととんずらこきやがったな。今夜の宿代にしてやろうと思ってたんだがな」
ソルさんたちは行き掛けの駄賃に、山賊さんたち捕まえようとしていたもんな。
「ロックさんに期待ですね」
ちなみにロックさんは何をしているかというと、人魚の髪の毛を競りにかけていた。
わたしは自分の必要な量を確保している。
余った分を、飛び入りで競りに出したのだ。
週末の競り市。競りにかけるとわたしの知名度や市場の盛り上がり如何で、普通のお店に売りより高く売れるのだ。
「あの『幽霊喰いのミヌレ』が切ったばかりの人魚の髪! 目の前で刈り取ったんだ! この上ない本物だ! ホエール級の人魚の髪の毛! はい、200エキュからスタートッ!」
「220エキュ!」
「こっちは230エキュだ!」
「あれが『幽霊喰いのミヌレ』か。260エキュ!」
「280……いや、300エキュ出すぞ!」
水飛沫にまみれた市場が熱気にまみれている。
人魚の髪は貴重な魔術媒介だけど、湖底神殿の深くか、外国の海までいかないと採取できない。だから偽物が横行する。
でもこの人魚の髪は、みんなの前でわたしが刈り取ったから絶対的な本物だ。
場違いな宮廷正装しているわたしは、物珍しい看板として集客効果もあった。
金を持っている商売人たちが、競りに参加して値を釣り上げていく。
最終的に人魚の髪は、500エキュという相場の倍以上で買われた。
「思いのほか高値で売れましたね」
「ひと房だったから、逆に加熱したっぽいね」
競りにかけて交渉したロックさんが、手数料として100エキュ。切ったわたしが200、市場を護ったソルさんが200って話になった。
「やった~、久々におっぱい大きいおねーさんと遊べる。ダチからお勧めの娼館聞いてきて良かった~」
子供っぽい笑顔で、めちゃくちゃ素直に欲望を語る。
「俺ぁ遠慮しとく。うちのカカァたちに悪い」
「ソルの旦那って真面目だね。ここに奥さんいないでしょ」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
「ふーん」
ロックさんはよく分かってない表情で、わたしへと200エキュを渡す。
なんだか200エキュがやけに重い。硬貨なんだからそりゃずっしりする。でも手のひらに感じる重みじゃなくて、胸郭にのしかかるような重さだ。
わたしは目的の人魚の髪が手に入ったし、これは市場を護ったソルさんに譲るべきでは?
「あの、申し訳ないので、これはソルさんに……」
「いらねぇよ。俺が貰った200エキュは市場を護った手柄だな。そんでてめぇの200エキュは、考えなしに無茶した結果だ。次はその金の使い方を考えて使え」
譲るのを断られてしまった。
考えて、使え、か。
競り市は、次から次へと売り物が運び込まれる。
「さあさ、本日最後の商品は、近年最大級の珍品! 古代砂漠帝国の陪都遺跡より発掘されたミイラだ。琥珀薫香を焚きしめた最高に身分の高い女ミイラだよ! 棺の副葬品を御覧じろ!」
砂漠帝国のミイラと副葬品?
予知じゃ登場しなかったアイテムに、わたしの意識が引き付けられた。
副葬品ってどんなのだろ?
ディアモンさんのお土産として、買えるお値段なら欲しいなあ。
「ありゃミイラじゃなくて火葬されてねぇか? 帝国は火葬しねえはずだぞ」
「偽物なんですか?」
「けど副葬品は本物っぽいんだよな。普通は逆だってのに。砂漠帝国は専門外だから、真贋は分からんな」
ディアモンなら判別できただろうな。
うーん。偽物っぽいなら手を出しにくいな。
首を傾げると、意気消沈している商人さんが視界に引っかかった。
熱気の渦中だから、落ち込みオーラは目を引く。それだけだったらお目当てのものが落とせなくてがっくりしているだけなんだけど、包帯が白くて真新しい。
あの商人さん、人魚のたまごの持ち主だ。
ゲーム中のスチルで、ヴィジュアル見たことあるもの。
包帯を巻き巻きした商人さん。
わたしはふわっと浮いて、怪我してる商人さんのとこに赴いた。
「えっ、『幽霊喰いのミヌレ』どの」
なんで知ってるねんって思ったけど、さっきまでめちゃくちゃロックさんに吹聴されていたからな。
競りに入っていた商人さんなら、わたしのことは記憶するだろう。
「こんにちは、馬車強盗に遭った商人さんですよね」
「ええ、はい、ご存じとは……?」
「さっき山賊から奪い返したものがあるんですが、照合させて頂いて宜しいでしょうか」
商人さんの略奪されたものを、ソルさんとロックさん立ち合いで、積み荷の内容と照らし合わせる。間違いなく被害に遭った商人さんだった。
「積み荷が戻ってきてくれて本当に……何とお礼を申し上げればよろしいのか……」
涙交じりに感謝してくれる。
「競り市に間に合わなくてごめんなさい」
人魚に夢中になってたけど、わたしがとっとと持ち主に戻していれば、この商人さんは大儲けできたのだ。
申し訳ないな。
「いえ、競売に間に合わずとも売る先はございます。ありがとうございました、『幽霊喰いのミヌレ』さま」
お礼のアイテムを贈呈された。
ちゃららーん。
ヴィネグレット侯国特産、人魚避けの香水!
秘伝の調合によって作られたこのアイテム。人魚が寄ってこない香りを放つのだ。
耐性があるわたしには不要の品。でも魅了が通りやすいロックさんをパーティーインさせている時は、お世話になったもんだ。
競り市も終わりだ。
もっと早く到着出来たら、競られる珍品アイテムをもっと見物できたのに……って、そもそも! 当初の目的!
クー・ドゥ・フードル曲芸団のポンポンヌだよ。
あの女ピエロから、先生の呪符とクリス・ダガーを取り返さないと!
「そろそろサーカス団に行きましょうか」
最初から忘れていなかったように、キリッとした顔を作る。
「ねぇねぇ、嬢ちゃんって着替え持ってる?」
ロックさんの問いかけの意図は分かった。
わたしは目立ちすぎる。
宮廷正装のままだもの。
曇天の薄暗さでも、最上級の絹は光沢を帯びている。ミントシャーベットの明るい色合いは、藻や泥に汚れていても、市場ではすっごく目立っていた。
「おれ、古着屋をひとつ知ってるよ」
ロックさんが市場の奥を指さす。
装備を整えるのも肝心だな。
わたしたちはさらに混雑する中心地へと向かう。
さあ、装備を整えて、奴隷商に殴り込みだ!




