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第十四話(後編)  最強の冒険者がスポット参戦しました



 うわ、懐かしい。

 図書迷宮前でエンカウントしたきりだった。

 次は湖底神殿前でエンカウントするとは。

 宝探し専門の冒険者って職業柄、ダンジョン付近で遭遇するのはありうる話なんだけどさ。

「ロックさん。どうしてわたしを襲ったんです? わたし、賞金首になってました?」

「違う違う! 賞金かかってんのは、あっち、あっち。あの山賊の方。遺跡荒しや馬車強盗してるの。人殺ししてないから、安いけど。見かけたから、ソルの旦那と一緒に行き掛けの駄賃にしようかって」

 狙われたのは、わたしじゃないのかよ!

 そっか、あのザコ山賊さんたちにも、賞金が掛かっていたな。 

「ねぇ、ソルの旦那! ストップストップ! おれの知り合いがいる!」

 ロックさんの呼びかけに、炎が瞬時に沈静した。

 火の粉ひとつ残っていない。

「マジかよ……」

 火属性は魔術でさえ制御が難しい。

 とにかく暴発しやすいのだ。

 しかも魔法ってのは本人の意識だけじゃなくて、無意識まで斟酌して発動する。無意識に干渉されやすい魔法を炎にして、ここまで制御できるなんて尋常じゃない。

 火属性の魔法なんて、発動した瞬間に九割の術者が焼け死ぬ。

 生き残った九分九厘は、大災害を引き起こすだけ。

 それを完璧に制御しているだと?

 どんなレベルの鍛錬つんだら、ここまで火属性の魔法を制御できるんだ。

 魔力も桁外れだけど、練度の高さも桁違いじゃねぇか。わたし程度の練度では、どれほどすさまじいのか理解できない。

「嬢ちゃん、顔にやけど痕!」

 ロックさんの悲鳴に、顔が治りかけだったのに気づく。

 うっすらとした火傷痕になってた。

「あっ、これは別件の火傷ですよ。お気になさらず」 

 半日前に暴発させた魔導銃の傷が、完全に治癒してなかったのか。ま、半壊した顔面が、やけど痕程度まで回復してよかった。

「塗り薬あるよ」

 荷物から大急ぎで、軟膏を出してくれた。

 わたしは自然治癒するし、ロックさんだってそれは知ってるはずだけど、いたわられるのは嬉しいな。

 塗り薬をほっぺに薄く塗っていると、雄牛みたいな赤毛のひとがやってくる。

 近くで見るとますますでかいな。

 年齢はわたしの祖父世代よりちょっと下くらいなのに、ロックさんより逞しいんじゃないかな。特に首の筋肉の太さは異常だ。丸太でぶん殴られても平気そうな太さじゃねーか。

「おい、ロック。そこの【飛翔】してたやつが知り合いか?」

 ガラガラと濁った調子っぱずれな声だった。イントネーションはこの国の発音じゃない。

 鼻眼鏡に翳された両目が、わたしを凝視する。

「……ん、てめぇはたしかミエルだか、カヌレだかって名前の」

「ミヌレです」

「思ってたよりちぃせぇな……小娘っていうより、幼女じゃねぇか」

 幼女じゃねえよ。

 チビなだけだよ。

 って、このひとにまで『幽霊喰いのミヌレ』って二つ名が伝わってんのか……

 ロックさんはどこまで広めたんだ、わたしが幽霊を喰い殺したエピソード。

 わたしのことを広めた元凶、否や原因は、にこにこしてる。

「嬢ちゃん、こっちはソルの旦那。『爆炎のソル』って通り名で、冒険者の間じゃすげー有名な超古代遺跡発掘師! あのバギエ公国の『星蜃気楼』の発見や、ヴィネグレット侯国海域の『太陰祭壇』を発掘したの、このひとなんだ! 最強の冒険者だよ」

 生き生きと語ってくれる。

 聞いたことのないダンジョンだ。外国にもいっぱいダンジョンがあるんだな。そりゃそうか。

 どんなダンジョンか聞きたいぞ!

 ……しかしそんな有名人に、わたしの名前が知られてるのもマジでどういうことだよ。

「俺はソル。発火型の魔法使いで、冒険者ギルドに登録しているが、本業は考古学者だ。古代文明紀の遺跡発掘をやってる」

 古代文明紀っていうと、砂漠帝国より前の時代だ。

 前っていっても、砂漠帝国とは比べ物にならないくらい前。

 ディアモンさんの専門である古代魔術は千年前。

 だけどこのソルさんの専門は、さらに古い。一億年前のレムリアやアトランティスの時代だもの。

 人類が両性具有の肉体を持ち始めて、汗じゃなくて卵で子孫を残すようになった頃。長頸竜エラスモサウルスとか風神翼竜ケツァルコアトルスなどの恐竜が、まだ繁栄していた時代の遺跡か。

「ミヌレです。魔法も使える魔術師です。魔法形態は予知、希望専攻は闇魔術です」

「よろしくな、『幽霊喰いのミヌレ』」

「そんな大層な二つ名は……」

「あー、謙遜すんなよ。ロックの護符を目にすりゃ、実力なんざ一目瞭然じゃねぇか」

 ソルさんはロックさんの護符を指さす。

 【硬化】や【耐土】は初歩だ。

 物理防御力UPと、あと土属性の耐性UP。【石化】や【遅鈍】なんかの土属性状態異常にかかりにくくなるのだ。

「初歩だが良質だ。護符ってもんは媒介が無い分、安定度が術者の魔力に左右される。さすが『幽霊喰いのミヌレ』だ」

「謙遜する気はないですが、その二つ名はこっぱずかしいです」

「『死の妖精』の方がよかった?」

「そこじゃないですよ、ロックさん」

「じゃあミヌレの嬢ちゃんって呼べばいいか?」

「それでお願いします」

 握手を交わす。

 ソルさんの手のひら、なめし革みたいに分厚い。日差しや鉄砂で鍛えられてきた手は、長年に渡って冒険してきた証か。

 一騎当千って単語が脳を横切る。

 その単語から、蜂蜜膚の軽業師を連想した。

 今は亡き歌姫ラピス・ラジュリさんの相棒、寡黙な軽業師ジャスプ・ソンガンさん。

「ロックさん! ジャスプ・ソンガンさんってどうしてます?」

 あのひともプラティーヌの作った【屍人形】かもしれない。

 わたしの存在が筒抜けになってしまう。

「ジャスプ・ソンガンなら湖底神殿の手前で別れたよ。どっかの旅芸人一座にもぐりこんだんじゃないかな? ……ん、ラピス・ラジュリのおねーさんのことは、オヤジさんから聞いてる?」

 ロックさんはいつもの笑みを浮かべようとして、失敗していた。半分くらい泣き顔になってる。

「不甲斐ないだろ。護衛だったのにさ」

「不甲斐なくない!」

  

 わたしの否定が響く。

 ロックさんは善戦した。

 そもそもラピス・ラジュリさんを殺してしまったのは、わたしなのだ。

 ロックさんに負い目を齎しているのも、わたしなのだ。

 

「あの一角獣は、わたしなんです」


 ロックさんから疑問を投げられるより先に、わたしはライカンスロープ術の呪文を詠唱する。

 隠しておくわけにはいかない。

 この懺悔はロックさんを悩ませるだけだろうけど、それでもプラティーヌとの追っ手と戦うには一角獣化は不可欠だ。中途半端な疑惑だけは避けないと。

 ミントシャーベット色のシルクは皺になり、リボンは歪み、金糸と銀糸の刺繍が軋む。

 完全一角獣状態へ、肉体の輪郭を変えた。


「え? 嬢ちゃん、一角獣だったの?」

「ライカンスロープ術だ。一角獣ってぇのは珍しいが」

 ソルさんが補足してくれる。

 わたしは蹄でステップ踏んで、ユニタウレの輪郭に戻った。

 呆然とわたしを見つめているロックさん。

「あの時は、初めて一角獣化して戻れなかったんです」 

 ラピス・ラジュリさんを噛んだのは殺したかったわけじゃない。ただ魔力を奪おうとしただけだ。

 でも、そこまで言ったら言い訳だ。

「嬢ちゃん。一角獣から戻れない嬢ちゃんが捕まっていたら、どっかの金持ちに売られていた。剥製にされてたかもしれない。無事で、良かった」

 ほんとうに?

 わたしの方が無事でよかったの?

「そんなつらそうな顔すんなよ、嬢ちゃんは悪くないさ」

「でも……」

「ラピス・ラジュリのおねーさんはもう、この世にいない」 

 ロックさんは一瞬、遠くを見た。

 実はわたしの魔法空間にいるけど、魔力を持たないロックさんにはこの世にいないも同然だ。

「そんで嬢ちゃんは生きてる。おれはそれを喜ばないと、嬢ちゃんに悪いよ」

 いつもの笑顔に戻る。人懐っこくて快活な笑顔。

 この一瞬で割り切ったんだろうか。

 それとも、わたしが割り切らせてしまったんだろうか。ロックさんが抱いている悲しみや悔いを。無理に。 

 黙っていると、風が吹いた。

 さっきまで炎に囲まれていたとは思えないくらい冷たい風だ。

「ねぇ。嬢ちゃんがここにいるってことは、湖底神殿でしか手に入らない素材があるの?」

 話題が変わる。

 ラピス・ラジュリさんの話の終わりを望むなら、わたしは唯々として受け入れる。

「今回は素材じゃなくて、どうしても取り戻したい品がありましてね」

「もし何だったら、おれがおつかいしようか? あそこは治安がまた悪くなってるってさ」

「ロックさん。ありがたい申し出ですけど、万が一にも偽物掴まされるとまずいんで、わたしが直に検分します。世界にひとつしかない品ですからね」

「へえ! どんなお宝?」

「千人の胎児を殺したクリス・ダガーで、隕鉄製の九曲がり刃に、握りは黒檀で蛇のかたち。柘榴石の護符が嵌め込まれています」

「「ヒェ……」」

 ロックさんと山賊さんから、短い悲鳴が合唱した。

「ねぇ、異名じゃなくて、マジでそんなおっかい短剣なの?」

「ええ。それがないと殺せない相手がいるので、どうしても必要なんですよ」

   

 脳裏に過るのは、プラティーヌの顔。

 必ず息の根を止めてやる。


「妖精の皮が剥がれかけてる……」

 山賊さんが小声で言ってるけど、聞こえてんぞ。


「クー・ドゥ・フードル曲芸団ていうサーカス団の座長が持ってるらしいんです」

「おれ見たことがある。女ピエロだろ。王都で公演してた」

「実は奴隷商やってるらしいんですよ」

 相手が奴隷商人なら、わたしに良心の呵責はない。

 どんな手段を駆使しても、オニクス先生のクリス・ダガーを取り返してやる。

「俺も一枚かませてくれや」

「ソルさんは湖底神殿が目的では?」

「まあな。でも奴隷売買がほんとだったら、見過ごしちゃおけねぇよ。力のある人間が、現世の因果のツケを払うもんだろ」 

 心身ともに余裕がないと出てこない台詞だな。

 わたしは山賊さんたちを見上げる。

 ちなみにまだ【飛翔】で、そこらへんに浮かせていた。

「ポンポンヌに急ぎの用事がありますけど、あなたたちはあなたたちで自警団に突き出しますね」

「姐御! ご勘弁を! そうだ、魔法使いなら良いお品がありますよ」

 リーダーっぽい山賊さんは、木箱へと視線を送る。 

「あれにはとびきりのお宝が入っているんですよ。人魚の鱗、イルカの鱗、ピポカンパスの鱗です」

「無ぇよ! 人魚に、鱗!」

 人魚やイルカやピポカンパスは哺乳類だぞ!

 海洋哺乳類!

 イルカや人魚に鱗はないってのは常識。

 だけど、騙されるひとがけっこういる。

 エクラン王国が内陸国だからかな。

 真珠貝の工芸を、人魚の鱗って美称している商人がいる。そこは理解できる。でも工芸品でもない安い貝殻の破片を、人魚の鱗って騙している悪質な商人もいるから厄介なんだよな。

 真珠貝なら獣魔術や水魔術の素材になるけど、心情的に貰えない。

 怪盗の獲物なら許容範囲だけど、山賊の略奪品は憚られるよな。

「人魚の鱗だって。嬢ちゃん好きそうだよな」

 そうそう。ロックさんも騙され枠なんだよね。


 選択肢1 それよりおなかが空きました!

 選択肢2 はい、大好きです。

 選択肢3 ああいうのって黒蝶貝とか夜光貝を加工してあるんですよ。


 わたしは脳内カーソルを、選択肢3に合わせる。

 2なら「人魚の鱗」が入手できるが、実は選択肢3が、いちばん好感度が上がるのである。

「あっ、じゃあ人魚が酷い目に遭ってないんだ」

 ロックさんは破顔する。

 野生動物の乱獲とか気にするタイプだから、この鱗は人魚じゃないって教えるのが最適なのだ。

「こいつぁ馬車強盗の戦利品じゃねぇか」

 ソルさんが木箱をこじ開けて、中身をチェックしている。

「人魚の卵まであるぞ」

「持ち主に返すとお礼の品が貰えますよ。予知で視ました」

 人魚の卵って、真珠と同じくらい貴重だからな。

 ちなみに人魚は卵生哺乳類である。

「じゃあ姐御、見逃して……」 

「それはそれとして彼らは自警団に連れていきましょう」

 山賊さんたちから、不服の悲鳴が上がる。

 うるせえ。

「オニクス先生だって罪を償ってたんだから、おまえらも償えや」

「誰です! それは!」

 山賊さんたちの突っ込みスルーして、わたしは全員飛ばした。



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