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第十四話(前編)  最強の冒険者がスポット参戦しました


 わたしは湖底神殿へ【飛翔】する。

 陸路なら乗合馬車で片道三日だけど、【飛翔】だったら一日で辿り着ける。

 顔面が治癒するのに程よい時間だし、ゲームなら一日飛んでいても不自由はない。システム的に処理されるだけ。

 しかし現実問題が発生した。

 予知では省略されてしまう現象だが、肉体を持っている以上は逃げられない枷もある。


 おトイレだ。

 あかんこれほんとダメ、我慢ムリ。


 眼下は広葉樹の森が続いている。

 どこに降りようかきょろきょろしていると、開けた場所が視界に引っかかった。あそこなら着地しやすそう。

 降りてみれば、灌木の茂みがたくさんある。

 わたしは花摘みに向いた木陰と灌木を探し、ベルスカートと何枚ものペチコートを悪戦苦闘させて、目的を達する。 

「ふぅ」

 ……そういやこのでっかいスカートだけを【飛翔】で浮かせれば、楽だったのでは?

 次からそうしよう。

 

「……ん?」 

 茂みの向こうから、男のひとたちの話し声がする。

 木こりさんや炭焼きさんがいるのかな?

 猟師さんだったら間違って射られないよう、声をかけた方がいいもんかな?

 覗き込んでみれば結構、ひとがいた。

 木々の間にテントをいくつも張ってるし、洗いっぱなしのシャツや靴下がロープに吊るされている。生木には直接、鏡やフックが打ち付けられていた。

 木箱や樽がいくつも並んでいるし、地べたの足跡からして、ここで長いこと生活してるってことか。

 こんな街道から離れた場所でねぐらを作ってるのは、おおむね後ろ暗い連中だ。

 山賊。 

 細分化すれば密猟者とか賞金首とか無宿人とか色々あるけど、ものすごく大雑把に言ってしまえば山賊だ。

 湖底神殿までの道を乗合馬車で行くと、高確率でエンカウントする。

 ザコ敵のわりに、お高い素材をドロップしてくれるんだよな~

 いや、ザコ敵とか言うな。彼らも人間なのだ。

 アイテムドロップは魅力的だが、余計なことにかかずらってる暇はない。

 スカートが引っかからないように気を付けよう。こういう状況って、だいたい余計な物音を立ててバレるってのが王道だ。静かに、静かに。


 わぉん、わぉんっ


 犬の声が響いた。

 山賊さんたち、凶悪そうな犬を飼ってたな! 

 吼えられたわたしに、山賊さんたちの視線が一気に集まった。

 わたしはたった一人だし、庶民の年収何年分もの宮廷正装ドレスを着てる。身ぐるみ剥いでシルクとレースに別けて売れば、出所が掴みにくいから、恰好の獲物だ。


「なんだ、こんなところにガキ?」

「ねぐらがバレたぞ」


 詠唱が間に合うか?


「ぅ、うわわぁぁっッ!」

 数名の山賊が、顔を青くする。

 ふへ?

 わたしの背後にでも幽霊がいるのかな?


「ゆっ……『幽霊喰いのミヌレ』だァアアアアッ!」


 森に悲鳴が轟いた。

 『幽霊喰いのミヌレ』って、ロックさんが広めたわたしの二つ名だ。

 わたしの顔を知ってるの?


 「あんなチビ娘が、あの『幽霊喰い』……」「本物を見たことがある。あの凶悪獰猛の赤猪を浮かせてやがった。間違いねえよ」「どうする?」「どうするったってガチの魔術師に敵うかよ」「ガチだろうが、ガキだろ?」「馬鹿。あの見た目に油断して、地獄に行く寸前まで叩きのめされた賞金首が何人いると思ってんだよ」「油断すると笑顔で刺してくる」「油断してなくても刺してくる」「あれは妖精の皮を被った魔獣」


 おい。こっちは聴覚がいいから聞こえてんぞ。

「あの小娘に、呪文唱えさせなきゃいいんだろ!」

 ナイフ片手に、ひとり突っ走ってきた。

 いや、不意打ちを実行するなら、わたしが顔を出したと同時に実行しないと。

 わたしの下半身はユニタウレ化している。

 ひゅるっと躱して、蹄で思いっきり横腹を蹴りつけた。山賊さんは大袈裟な悲鳴と一緒に、もんどりうって倒れる。すかさず唱えておいた【飛翔】をかけて、全員を空中に浮かした。

「化け物……ッ!」

 スカート下のわたしの蹄に、全員が怯える。犬にまで怯えられている。

 初見だとびっくりするけど、化け物とは失敬な。

 あと動物に怯えられると、なんか寂しい。

「失礼ですね。魔術ですよ。狼に変身できるライカンスロープ術ってあるでしょう。あれの応用みたいなものです。これのベースは狼じゃなくて一角獣ですが」 

 わたしは山賊さんたちを見上げる。

「ごめんなさい、あなたたちのこと覚えてないんですよ。わたしのことご存じなら、『引かれ者の小唄亭』でぶちのめした酔客さんでしょうか?」

「去年! 廃墟で!」

 ふたつの単語の絶叫で、わたしは彼らの事を思い出す。

 晩秋の廃墟。

 そこで遺跡荒らしどもを、浮遊酔いになるまでぶちのめして自警団にお持ち帰りしたな。こいつらから奪ったダマスカス鋼のナイフを、ロックさんあげたんだよ。懐かし。

 あの頃は人間をザコ敵としか認識してなかったから、容赦なく呵責なく魔術の餌食にしてたんだ。 

 しかし廃墟の盗掘団と、商街道の山賊って同じひとだったのか。てっきりグラフィックの使いまわしだと思ってた。 


「ロックさんと一緒に、ぶちのめした盗掘団の方々ですね。お久しぶりです!」


 笑顔で挨拶すると、全員、わたしへ頭を下げていた。

 わたし背が低いから、他人のつむじ眺めるの新鮮だなあ。

「ミヌレの姐御はどうして、ここに来たんですか……」

 リーダーっぽい男のひとが、視線をちょっとだけ上げて話す。

「湖底神殿に用事があるんですよ。そっか、盗掘団なんだから、売り先は湖底神殿ですね。じゃあ故買市に出入りしているんですね」


 突如、炎が舞い上がった。


 なんで火炎が広まってんだ?

 わたしは【飛翔】を詠唱。自分を含め、即時、山賊さんを炎から離脱させる。

 なんだ? この炎の広がり方は自然じゃないぞ、魔術か。

 いや、攻撃魔術特有の金臭い感覚がしなかった。それに森のどこにも燃え移ってない。炎が渦巻いているけど、燃えている核がない。

 物理現象を凌駕している。

 魔法か。

「姐御! 火! 火はヤバいですよ!」

「わたしじゃありません! 誰かの魔法です! つーか、わたしがいきなり森に放火する人間だと思ってんのか!」

 おっと、普段だったら押さえている心の声まで吐きだしちゃった。

 落ち着け、落ち着け。

「めっそうもないです!」 

 空中で手足をばたばたさせる山賊さん。

 

 ひょっとしてこの業火、プラティーヌの追っ手か。

 

 たぶん本人じゃない。

 理由は簡単、【蜘蛛】の糸と炎の相性が悪い。

 いや、耐炎製の糸とか開発していたら厄介だな。用心に越したことはない。


 炎が駆け上がってくる。

 わたしは【飛翔】して、炎を躱す。


 魔法使いはどこだ?


 瞳を閉じて、森を視る。

 現実は森の木々に遮られているけど、わたしの瞳が宿すのは霊視。眼球から物理レイヤーを除いて、索敵する。

 魔力の流れを感じる。

 炎に巻かれてない木々の下に、誰かいた。

 あれが魔法使いかな。

 大きく空中で迂回して、急下降した。 

 森に身を沈める。


 炎を纏う魔法使いは、屈強なおじいさんだった。


 おじいさんって括りに入れるには若いのかな? おとうさん以上おじいさん以下くらい?

 年齢が分かりにくいひとだな。

 雄牛めいた赤毛で、皺が刻まれた顔には鼻眼鏡。

 革鎧と革ブーツ、腰にはナイフとポーチ。

 軽装タイプの冒険者なんだけど、だらしない着方だ。シャツは開いていて、天然六角紅玉のペンダントが分厚い胸板に揺れている。あれは護符だ。【耐炎】の護符。

 プラティーヌの姿は見当たらない。

 ひょっとしてあの逞しいおじいさんが囮で、プラティーヌは姿を隠している可能性もある。王族は身軽に動けないけど、相手は魔女だ。どんな手を打ってくるか分かったもんじゃない。

 あのひとは堂々としているから、不意打ち係として誰かが茂みに隠れてんじゃねーか?

 他に誰かいないか?

 わたしが息を潜めて探す。

「……いた!」

 灌木の濃い陰に、人影がひとつ潜んでいる。

 わたしはそっと近づく。

 プラティーヌは【破魂】を手に入れるまでは殺せない。だけど四肢を蹄で砕いてやる。

 灌木に突っ込み、急襲をかける。


「嬢ちゃんっ?」

「ロックさんっ?」


 茂みに身を潜ませていたのは、冒険者のロックさんだった。



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