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第十二話(中編) 宮廷デビュタント


 応接間を抜け出す。

 わたしは正式に王宮に招かれている。衛兵に見咎められてもひどいことにはならない。そして問題のプラティーヌは、中庭で王妃と口論中だ。チャンスだ。

 目的は武器展示室。 

 ストッキングと靴をポケットに突っ込み、わたしはユニタウレ化する。

 衛兵がいないのを見計らって、廊下を駆けた。

 王宮の間取りは設定資料にはない。

 たぶんプラティーヌがのさばってる影響で、わたしの予知が通らなかったんだろう。

 オニクス先生が記憶している間取りは、十年前のものだ。先生の追放後に王妃のために増改築されているから情報が古いが、わたしは脳内に図面を広げる。

 衛兵たちを避けて、吹き抜けを飛び降り、中庭の回廊まで進む。


「誰だね?」


 後ろから声をかけられる。

 知らない男のひとの声だった。

 振り無れば、文官っぽいひとがいた。五十代くらいかな? モブ顔おじさんだけど、ピンとした貴族的な口髭がついてるから、固有識別しやすいぞ。

 灰色のジレとキュロット。飾り立てていないけど、仕立ては申し分ない。最近はディアモンさんの影響で、紳士ものでも仕立ての良し悪しが一発で分かるようになってきた。これはすごく手の込んだ仕立てだ。

 身分は高くはないけど、漂白されたクラバットや靴の上質な感じからしても、金回りは悪くない役職ってことか。実入りの良い部署の宮廷役人っぽいな。あるいは実家が金持ちって感じ。

「ここは高貴な方々のお住まいに近い。下手に立ち入ったら罰されるよ。もしかして迷ったのかい?」

「はい!」

 好意的な勘違いをしてくれた。わたしは勢いよく頷く。

「はじめまして。騎士団所属輜重文官ストラスだ」

 ストラス……?

 どっかで聞いたことのある名前だな。

 名前を脳内で繰り返してみても、聞いたことあるって感覚が強くなるだけで思い出せない。

 どこで耳にしたんだ?

 髭のついたモブ顔さんとは間違いなく初対面だし、設定資料集には載ってなかった。同学年に同じ名前でもいたかな?

「輜重というのは、騎士団が必要とする物資のことだよ。食料から石鹸から武器から何もかも」

 わたしが首を傾げたのは、『輜重』の意味が分からんせいだと思ったらしい。

 ま、その単語も知らんかったので解説はありがたい。騎士団の物資の事務員ってことか。

「どちらの貴族のご令嬢かな。縁故ある小姓を呼ぼうか」

「わたしは平民です。スフェール学院の生徒なんですが色々ありまして、ジプス宮廷魔術師長にご挨拶する栄誉を賜りました」

「魔術師か。参内はもう何度も?」

「いえ。初めてです」

「初めての参内とは思えないほど堂々としてる。聡明な上に、胆力もあるとは、長いこと宮中にいるがこれほど素晴らしい令嬢を目にしたことはないよ」

 歯の浮くような褒めっぷりだな。

 これが宮廷の挨拶ってやつなのかな?

「宮廷に詳しくないのですが、大げさな褒め方をするのが礼儀なんですか?」

「大袈裟じゃない。目を見張るほど、あなたは特別だ」

 そんなのは知ってる。

 わたしは世界鎮護の魔術師(候補)だからな。

 でも誰だって、誰かにとっては特別だ。わたしは少し、その誰かが多いだけ。

「ご令嬢。ジプスさまのところまで案内役をさせて頂きたい」

「あの、その前に見学したいところがあるんです。ジプスさまはあと一時間は来られないからって」

「エスコートの栄誉を与えてくれて感謝するよ。どこに案内すればいいのかな」

「武器展示室です」

「そこならここから近い」

 上手くいきすぎている。もしかしたらこのひと、プラティーヌの【屍人形】かもしれない。眼を閉じて、視界を魔術レイヤーだけにしてみる。

 このひとも、普通の人間っぽいな。

 だけどプラティーヌの部下かもしれないし、背後は絶対に取られんようにしよう。フォシルみたいにいきなり【封魔】付けてきやがったら、殺すしかなくなるし。

 宮廷の正装はとにかくスカートがたっぷりで、ユニタウレになっていてもバレない。

 わたしは蹄の音をさせないように、輜重文官ストラスさんについていった。




 いくつか廊下を曲がって、武器展示室、通称『戦の間』に入る。

 細長く日差しが入る広間には、壁一面に長槍が掛かっていた。

 ハルバードだ。

 突き刺すための槍、断ち切るための斧、そして引きずり落とすための鉤、その三種が一体化した武器だ。長棹武器のなかでは、完成形とまで言われている。

 斧には透かし彫りの装飾がなされているから、儀礼用だな。血を吸わせるためじゃなくて、権力を誇示するための武器。

 硝子張りの飾り棚には、レイピア。

 王族の腰を飾ったレイピアだ。歴代王の人なりを反映していて、勇猛な王は軍馬や獅子の象嵌をし、敬虔な王は聖句が彫刻され、派手好きな王は宝石で飾り立てている。無数にちりばめられた赤珊瑚とターコイズ、それから信じられない大きさのカナリア・ダイヤモンド。

 カナリア色の内部には柘榴石が内包されていて、無限の虹色が滾々と湧き出している。

 光の泉みたい。

 レイピアに嵌め込まれている宝石は、すべて最高の護符だ。

「ああ、それが見たかったのかい。護符のレイピア。当時の宮廷魔術師が十年かけて作った護符だ」

 ストラスさんが説明してくれる。

 宮廷人なんだし教養あるんだろうけど、魔術方面にも博識なのかな。

 あ、騎士団所属の文官なら、護符にも詳しいのか。

「赤珊瑚は海の守り、水難を退ける。ターコイズは空の守り、雷撃を退ける。そしてダイヤモンドは光の加護だ。光属性最高位の護符【聖盾】は、滅多にみられるものじゃない。いや、あなたのような魔術師に講義するなんて失礼だったね。すまない」

「いえ、勉強になります。まだ一年生ですから」

「上級生かと思っていたよ。素晴らしいな」

 また美辞麗句が降り注ぐ。

 言うのはタダだしな。

 感想を言うのは素敵なことだけど、なんとなくこのひとの賞賛は空っぽだ。相手がわたしじゃなくても通じるような褒め言葉だもの。

 別に単調な感想が悪いわけじゃない。

 真心が籠っていれば、たったひとつの言葉でも人のこころに芽吹きを与える。

 でもこのストラスさんは、語彙と知識があるのに褒め言葉が空虚だ。

 【屍人形】だったラピス・ラジュリさんでも生き生きしていたのに。

「こっちは旧式護符の武具がある」

「ふわ、ファンタジーの世界ですね!」

 旧式護符って、現代の護符と違って宝石がおっきいの。そのおっきい宝石たちが、いくつも鎧に埋め込まれている。

 もちろん宝石の分は重くなるから、鎧はオリハルコン合金にして軽くしてあるのだ。

 いかにもファンタジーですよ!

 この旧式護符には過渡期の浪漫がある!

 しかも鎧の彫金が、精緻な芸術だ。

 王家の家紋もあるけど、茂る羊歯に絡む茨といった紋様もあれば、勇ましいグリフォンと美しいペガサスの彫金もある。どれもきらきらと輝いていて瞳が潤んできそうだ。

「こっちの鎧は、ピエール3世が即位の前に纏っていた鎧だ。鋼鉄にオリハルコン象嵌だよ」

「オリハルコン象嵌! 合金じゃなくて、あえての象嵌!」

 王や王太子が纏う鎧だもんな。

 そりゃ防御力より、美麗の限りを尽くすよな。

 わたし武具の芸術は眼中になかったけど、お目にかかると圧倒されてしまう。やっぱり美術品って興味なくても一度は本物を目にした方が、視野が広がるよな。

 ぅあ、感動のあまり涎が出そう。

 おっと。

 だめやん、鑑賞モードに入っちゃったら。クリス・ダガーを探さなきゃ。

 戦利品のコーナーにあるはずって、先生が言ってた。

「ストラスさん。わたし、戦利品のコーナーも見たいです」

「それならこっちだよ」

 案内いると楽だな。

 探すべきは隕鉄のクリス・ダガー。

 オニクス先生のサブウェポンにして、この世にたったひとつしかない魔術媒介だ。

 刃はクリス・ダガー。九曲がりの刀身は、うねる蛇を模している。うねっているせいで、切りつけられたら縫合できない。

 柄は螺鈿黒檀で、蛇頭を模している。眼球部分には、【耐炎】の護符である柘榴石が嵌め込まれている。

 闇の教団の副総帥が持つにふさわしい逸品だ。

 【幻影】で見せてもらったけど、早く実物にお目にかかりたい。

 飾り円卓の硝子の下に、蛇のクリス・ダガーが眠っていた。

 これか?

「……んん?」

 蛇の造形が雑だ。

 それに護符の柘榴石も灰色がかって、透明感が無い。

 こんな程度の稚拙な工芸が、闇の教団の副総帥の腰を飾っていたなんて許せないぞ。

「偽物……?」

 やっぱりプラティーヌにすり替えられていたのか。あの性悪女め。

 わたしが下見して正解だった。

 先生がここに潜入する必要はない。

「その短剣は不吉だ。関わるもんじゃない」

 ストラスさんが、わたしの肩を強引に抱く。 

 まるで駄々をこねる子供への態度だ。いや、それ以上に不快だった。

 ストラスさんから伝わってくるのは敵意でも殺意でもないのに、居心地悪い感覚がする。

「武器って基本、不吉なものでしょう」

 思わず手を跳ね除けた。

 失礼かもしれないけど、何故かすごい気持ち悪い。

「いや、そんなことはない。さっきの王のレイピアは素晴らしいだろう。護符が見たいなら、もっと面白いところを案内しようか。大噴水園はどうだい。アクアマリンの彫刻は一見の価値がある」

「でもそろそろ戻らないと、心配させてしまいます」

 ディアモンさんはとっくにわたしの不在に気づいて、蒼白になっていそうだ。心臓に悪い状態は早めに終わらせなきゃ。

「大丈夫。代わりに叱られてあげるから」   

「叱られるのはわたしの行動の結果ですから、構いませんよ」

「待つんだ」

 出ていこうとした途端、前に立ちふさがられた。 

 ……まさかこいつ、プラティーヌの息がかかった人間か?

 

 突如、勢いよく扉が開く。

 オニクス先生!

 なんで?

 わたしの報告を待つんじゃなかったのか?

 衛兵や役人に姿を目撃されたら厄介、って言ってたのオニクス先生だろ!  

 そう思った瞬間、先生は走ってきた勢いのまま杖を振りかざし、ストラスさんを殴り飛ばした。

 鼻血吹き出し吹っ飛ぶストラスさん。 


 えっ、なんで騒ぎが起こるようなことするん?


「久しぶりだな、横領役人」


 ワタリガラスの仮面から絞り出された声は、地獄のどす黒さだった。


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