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第十一話(後編) 逢瀬



 朝の明るさが差し込むアトリエに、新聞が届けられた。

 わたしは新聞を受け取って、アイロンをかける。新聞のインクにアイロンかけるのは、王都特有だな。他の都市だと届く前にインクが乾ききるから、アイロンがけの必要が無い。

 学院からの課題の合間にする家事は、気分転換にぴったりだ。

 アイロンをかけ終わって、新聞がパリッとした。

 上流階級の女性向けの新聞だ。

 社交欄ではだれが結婚したとか破談したとか爵位継承したとか書きたてられているし、サフィールさまの勤務内容の記事もある。人気に火が付いたから、舞台役者みたいに取材されてら。

 ま、これで騎士団への敬意を稼ごうって魂胆かな。

 あれ?

 この前、クワルツさんは予告状出すって言ってた気がするけど、その話題がないぞ。

 実家で忙しくなったのかな。

 オペラも途中で帰っちゃったから、何か果樹園で問題が起こったのかも。

 あのひと、本業は大農園の跡取り息子だしな。

 一通り読んでから、わたしは手とアイロンを洗って朝食の支度にとりかかった。

 ミルクをふたりぶん暖めて、食糧庫の錫缶からサブレを出す。ジャムを添えれば完成だ。これじゃ寂しいので、買い置きの果物を切って添える。オレンジとか、グレープフルーツとか。

「ディアモンさん、ごはんですよ」

 わたしはアトリエに顔を出す。

 春のぬくもりが満ちて、色彩が洪水しているアトリエでは、わたしの宮廷ドレスが完成していた。

 ミントシャーベット色の宮廷礼装だ。

 胸には大きなリボン、袖口や胸元のレースは朝露みたいに繊細で、金糸や銀糸で花が刺繍されている。ミントと金と銀が輝いている。白より爽やかなドレスだ。

 仮縫いの時よりレースや刺繍が華やかになっている。

 しかし仮縫いまで仕立てられていたとはいえ、次から次へとドレスを完成させる勢いが怖いな……

 ディアモンさんはソファに腰を下ろして、クッションを縫っていた。

「服飾以外の小物作るの珍しいですね」

「これはプーフよ」

 帽子でもティアラでもラリエットでもない、頭に乗せる飾りとしてのクッションだ。

 頭に乗せるクッションって意味分からんけど、これが宮廷に参内するための正装なのである。

 中身は馬の尻尾の毛で、表面は絹張り。あとはエグレットを留めたり、ペガサスやグリフォンの羽根飾りとか、レースや真珠を縫い付け、飾り立てるのだ。

「宮廷に上がるとき以外は誰もつけない、旧態依然なファッションよ」

「これはこれで歴史を感じて面白いですね」 

「たしかに学術的な意味では興味深いわね。アタシも初めて作ったけど、勉強になったわ。チュールをつければ完成よ」

「羽根飾りじゃないんですね」

「羽根は魔術媒介になるから、アナタの身の回りにおくことを禁止されているの」

 どこまでもわたしを呪符から遠ざける気だな。

「参内までに完成してよかったわ」

 明日は宮廷魔術師長ジプスに挨拶に行く。


 間に合うだろうか。


 宮廷ドレスは間に合う。

 だけどわたしと先生の計画は、間に合うだろうか?


 チャイムの音が思考を断った。

 やってきたのは、オンブルさんだった。

「オリハルコンお届けにきました」

 めっちゃ貴重な魔法素材を、パンの配達みたいに言う。

「あと手土産のギモーヴ」

「やった! お茶淹れますね」

 暖かなお茶を淹れると、テーブルにはオリハルコンが輝いていた。

「こっ、これが砂漠帝国のオリハルコン!」

 ディアモンさんの歓喜が上がる。

 音符みたいな模様が彫金され、青空色のターコイズや夕日色のカーネリアン、そして夜空色の瑠璃がみっしりと埋め込まれている。

 高純度オリハルコン特有の艶やかさが、日差しを浴びて乱反射していた。

 だけど何だろ?

 ゴブレットにしては、土台に比べて水を入れる箇所が小さい。不便だよね。

「帝国風ランプの下の部分ね」

 ディアモンさんが一発で看破する。

 やっぱ専門は違うな。

 受けの部分に入っている鉛玉を取れば、無音で浮き上がるランプの土台。

「なんて高純度。砂漠の宮廷ではね、モザイク硝子のランプの金具にはオリハルコンを使って、いくつも浮かべていたそうよ」

 砂漠の宮殿に、モザイク硝子のランプがふわふわ浮く。

 そいつは幻想的だな。

「この紋様もステキ。刺繍で再現したいわ! ホントに借りていいのかしら?」

「クワルトスは「盗み逃げ果せた時点で、事象は完結している」って、美術品はそのものには見向きもしないからね。たまに私の部屋に盗品を忘れていく」

「……こんな素晴らしい逸品は、愛でてあげて」

 ディアモンさんが真顔で言い切った。

「でもクワルトスくんが大事にしてないなら、すぐに返さなくてもいいのかしら。個人的に試したい実験もあるのよ」

「いいんじゃないかな。今、あいつと連絡取れないし」

「クワルツさんの実家が立て込んでいるんですか?」

「みたいだね。あいつは大したことは無いけど外せない用事がたまにあってね。断れない筋からの晩餐会出席とか、遠方の親戚の葬式に名代で挨拶しにいったりとかな」 

 親戚づきあいってやつか。

 ほんと面倒そうだな。




 ディアモンさんはオリハルコン金属に夢中で、昼飯を忘れていた。わたしが顔を出さなかったら、夕食も忘れるだろうな。

 わたしは自室で課題の消化中。

 学院から渡されている課題は、まったく減る様子が無い。目を離したら課題が産卵しているんじゃねーの。どれが親鳥だよ、絞めて食うぞ。

「『霊魂の境界数と、それに対応する存在を記しなさい』……綴りが分からんな」

 ペンを置いて、辞書をぺらぺら捲っていくと、窓からの日差しが紙を茜に染めていた。

 もう夕方か。

 闇の加護が強くなっている。

 わたしはそっと寝室の窓を開けた。

 窓辺に一足早い闇がやってくる。

 オニクス先生だ。

 まるでワタリガラス。

 わたしの周囲は賢者連盟の監視……じゃなくて、警備が整っているはずだけど、悠々とやってきた。

 尻尾掴まれてないかな。

 このひと、わりと舐めプするからな。

 サフィールさまとの最初の決闘のときも、さくっと終わらせて立ち去っていれば、カマユー猊下に捕まらんかったのではないかと思ってしまう……

 ま、それをわたしが言っても聞き入れてもらえるはずもないので、口には出さないけどさ。

「見張り、大丈夫でした?」

「夕暮れが訪れれば私の時間だ。魔術騎士団が三名、増えていたようだが大した相手ではない」

 魔術騎士が三名も外を見回っているのか。

「豪勢な待遇ですな」

「きみが小僧に監禁されるか弱い娘だから、賢者連盟も気をもんでいるのだろう。きみにか弱いという形容詞を使うなど、まったく居心地が悪い話だがな」

「先生と接触したのがバレたせいだと思いますよ」

「報告したのか?」

「バレちゃったんだから仕方ないじゃないですか。でも先生の目的は喋ってませんよ」

 オニクス先生の目的は、オプシディエンヌとの心中。

 賢者連盟が先に討伐してしまっては駄目なのだ。

「きみは顔に出やすいタイプだから不安だ。追及は無かったのか?」

「報告書を官能小説っぽく誤魔化しましたから、突っ込みは入りません!」

「……それが賢者連盟の文庫で、閲覧できる状態になっているのか」

「たぶんそうでしょうねえ」

 先生はわたしのベッドに倒れ込んだ。

「今日はディアモンさん、オリハルコンに夢中で夕食も取らないみたいですよ。さっさと計画を進められます」

「オリハルコンを用意できたのか?」

「はい。怪盗コレクションから借りました。いまはディアモンさんのアトリエにあります」

「闇の至宝石とマンティコアの毒も確認した。まさか手に入るとはな」

 時間障壁の彼方でドロップしたアイテムたちは、大山脈の岩室に隠してある。

 賢者連盟に取り上げられないように、奥深く掘って埋めたのだ。

「残りは媒介のみ。私のクリス・ダガーか」

 あとひとつ。 

 そのたったひとつがあるのは、プラティーヌの根城である王宮だ。

 時間外領域よりラスボス戦ありそうな予感がするぞ……

 わたしは先生に抱っこされて、【幻影】に包まれて【飛翔】を纏って、夕暮れの茜色を飛ぶ。



 


 


 日が沈みかけた都では、王宮が地上の光として輝いていた。

 銀の光と、金の光。

 あれは魔術の光と、蝋燭の光だ。

 直接は降りられない。

 霊視すれば、王宮を覆うように結界が張り巡らされている。蜘蛛の糸みたいな結界。間違いなくプラティーヌの糸だ。

「きみは構築式を読めるか?」

「防御でも捕縛でもない。探知系ですね。属性は複合式だから読み取りにくいですが、風系でしょうか」

「風と土だ。触れた途端に、蜘蛛に獲物の存在を知らせる」

 先生はゆっくり高度を下げていく。

 わたしたちが舞い降りた場所は、王宮からちょっと離れた王領林だ。鹿たちが暢気に草を食む森林は、王都が発展する前は狩猟林だったらしい。

 ここ数日、狩猟番小屋の床下から、【土坑】で掘り進めていった。

 これがわたしたちの計画だ。

 古典的ではあるが、効果的だ。

 深く深く、さらに深く。

 宮廷魔術師たちに感知されない深度まで掘って、進む。

 わたしは先生に抱きかかえられて進んでいた。ユニタウレ化してしまえば足元の悪さなんてへっちゃらなんだけど、足が汚れてディアモンさんに見とがめられたくはない。


「我は大地の恩恵に感謝するがゆえに、大地のひと掬いを返上せん 穿たれ、空虚に還り賜え【土坑】」


 かなり掘り進んで、次は上に向かう。

 この調子なら間に合いそうだな。

 わたしと先生の計画はこうだ。


 1 【土坑】で監視を潜り抜ける

 2 わたしが参内して、武器展示室にクリス・ダガーがあるか確認

 (※プラティーヌが場所移動、あるいは偽物にすり替えている可能性があるので)

 3 本物の場合、夜間に先生が奪い返す


 オニクス先生は王宮から追放されてるので、敷地内に踏み入っただけでも反逆罪である。

 わたしが位置とか本物かどうかチェックすることで、先生が発見される危険度を減らすのだ。


「そういえば【土坑】対策って、されていないんですかね」

「されていない。普通はこういう使い方は不可能だからだ」

「魔力が切れるからですか?」

「いや、それは交代人員を用意すれば解消する点だ。問題は風の加護が無くなって、呼吸ができなくなる」

「できてますよ……?」

 わたしの呟きに対して、隻眼が眇められた。

「きみが無意識に、風の加護を引っ張ってきているから呼吸できるだけだ。普通は窒息するぞ。でなければ私がオリハルコンを使って【土坑】を制作している」

「無意識で魔法を使ってたんですね」

「生命維持に関することは、無意識で魔法が発動するパターンが多い。幻獣の魔法の使い方に近いな」

 ペガサスやグリフォンが風の魔法で空を駆けるように、わたしは風の加護を自分のところにまで導いていたのか。

「きみは古代史は学んでないな。上級生しか古代史は受けられないはずだが、こっそり聞いていたりするか?」

 首を横に振って、【土坑】を放つ。

「まだ魔術が確立する前、魔法使いしかいなかった古代文明紀の時代、ウィツ王国では子供を集めて、太陰太陽暦で三年に一度、閏の日に生き埋めにしていた。月への大供物と呼ばれる儀式だ」

 それは初めて知った。

「才能があれば、風が呼べるからですか?」

「無意識の生存本能でな、風と水を呼ぶ。千人にひとりくらいは生き延びたそうだ」

「魔法使いひとりを育てるのに千人の犠牲って、国家的にコスパ大丈夫ですかね?」

「大丈夫ではないから亡びたんだろう」

 自明の理として語る。

「魔法は偉大だ。千人殺して魔法使いひとりを育てる価値はある」

「あるんだ」

「システム的には正解だが、人間が実行すると地獄になる。すべての制度はそうだがな。結局、人間は己にとってマシな地獄を見つけて、そこで生きていくしかない」

 悲観的すぎやしないか、このひと……

 わたしは「幸福はひとによって違う」だって思ってるけど、先生は「何を地獄に感じるかひとそれぞれ」か。

 そして先生にとっていちばんマシな地獄が、オプシディエンヌとの心中だ。



 雑談をしているうちに、【土坑】は望みの場所まで貫通する。

 真っ白い月明りが降ってきた。

 無事に蜘蛛の巣を潜り抜けられたぞ。

「王宮オランジェリーの近くだ」

 春の柔らかな月明りの下、風景式庭園が広がっている。

 月の輝きを纏っている硝子張りの離宮、あれが王宮オランジェリーか。その近くに人口湖と人口洞窟、そして湖の彼方には小さいお屋敷があった。

「可愛いお屋敷ですね」

 煌びやかじゃないけど、すごく可愛らしいお屋敷だ。

 二階建てで、ショコラ色の石造りに、クリーム色の窓。ガトーショコラみたい。

「あれは離宮だ。ジョワイヨー3世が公妾プレニットのために建設させた宮廷内離宮で、それからは公妾に下賜される習いになっている」

 

 なら、オプシディエンヌもここに住まったのだろうか?


「そうだ」

「何も言ってませんよ!」

「きみの表情を読み取れないほど愚鈍ではない。オプシディエンヌも公妾だったころに下賜されていたし、私はここで彼女から魔術の基礎を教えられた」

 

 オニクス先生はあの離宮で逢瀬を繰り返して、闇魔術とか何か他にも色々と習ったんだろう。

 先生は離宮を眺めている。  

 懐かしむように隻眼が細められたのは、わたしの気のせいだろうか。

 東の方から空の紺色が和らいで、白んできた。

 春が萌え息吹いてくたびに、暁は早くなっていく。

 闇魔術が使えなくなる。

「……夜が明ける前に、きみを帰そう」

 わたしを無造作に抱きかかえ、【土坑】で造られた道を帰っていった。



 早く戻らなくちゃいけない。

 ディアモンさんにわたしの寝床が空だと知られる前に。

 でも戻りたくはない。

 眠りにつくなら、ここがいい。

 先生の腕の中がいい。 

「疲れたのか? 眠っても構わんぞ」

「ありがとうございます……」

 夜が明けなければいい。

 朝が来なければいいい。

 馬鹿みたいなことを考えながら、わたしは先生に抱き着いた。

「先生。わたしが何を考えているか分かります?」

「暗くて分からん」

「良かった」

 永遠にふたりで闇を歩いていたいなんて、そんな薄暗い望みは闇の底だから生まれるんだろうか?

 わたしは目を閉じ、先生の体温だけを感じた。

 

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