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第七話 サブイベ


 

 試験休みが明ける前に、寮まで戻ってこれた。

 早く寝たい。とにかく寝たい。即行で寝たい。野宿はしばらく遠慮する。

 なのに、エグマリヌ嬢が待っていた。

 このキャラ好きだけど、さすがに死ぬほど疲れていると会話めんどくさいな。

 氷色の瞳でまっすぐ見つめられる。

「ミヌレ。兄に相談して分かったんだ。譲った石を売られたことが嫌だったんじゃないって。きみがどうやって浮遊石を作ったのか、それを聞いたときにモヤモヤした。クラスの子たちが、譲ったものを売るなんて使用人階級って言って………自分のモヤモヤも、みんなと同じだって思っちゃったんだ」

 非難されてんのか。

 すごくまじめな話されてる気がするけど、意識が「寝たい」以外に向いてない。この状態で寝たら駄目だろうなあ。

「まるで『落穂拾い』って言ってて………」

 へえ。育ちが良い令嬢がたは、悪口も清楚だな。

 落穂拾いって誰が言い出したか知らんけど、なかなか優雅じゃないか。落穂拾いは貧しい庶民がやることだけど、「立場が違えば落穂も大事なものである」という肯定的なニュアンスもあるからさ。

 あと『落穂拾いのミヌレ』って語感が可愛いよね。少なくとも蛇蝎とか隻眼とかより。

 ちょっとだけ目が覚めた。

「嫌だったのは、きみが外で採石してきたこと。嫌……というか、嫉妬だと、思う……」

 嫉妬? 

 思いがけない単語に、さらにもうちょっとだけ目が覚めた。

 エグマリヌ嬢は項垂れ、しばらくして凛と顔を上げた。

「ボクは……将来、騎士になりたいって思っている…できれば、魔術騎士だ」

「素敵な夢ですね」

 魔術騎士は、剣術と攻撃魔術、そのふたつを極めた騎士だけがなれる。

 賢者連盟直属の騎士団。

「そのために魔術と剣術の鍛錬ばかりして。でも! 今からだって冒険に出られるんだ!」

 あれっ? これってエグマリヌ嬢を雇えるようになる流れか?

「きみのように自由に行けばよかったんだ。なんで思いつかなかったんだろう! やろうと思えばやれるのに! どこへでも行けるのに!」

 エグマリヌ嬢がわたしの手を握る。

「次はボクも行く」

 脳内で効果音が鳴り響く。

 雇用料ゼロが仲間になったぞ!

「心配しないでいいよ。ボクは昔っから兄とよく狩猟に出かけていたからね。野営の心得も仕込まれている。焚火も天幕張りも学んでいるから」

「心強いですね!」

「ミヌレ。次の全休日はどこへ行くんだい?」

 エグマリヌ嬢の瞳がきらきらと輝いている。凍った湖畔が、春の日差しを受けているみたい。

 いや、素材はめいっぱい補充できたから、しばらくわたしは護符作りと図書館通いに専念しようと思って………

 駄目だ。この瞳の輝きに抗えない。

「紫の洞窟っていう、媒介採取にちょうどいい穴場があるんです」

 媒介の素材も貯めておくか。




 ロックさん雇って、エグマリヌ嬢と冒険に出る。

 エグマリヌ嬢は剣の使い手だけど、伯爵令嬢だ。

 ゲームなら途中の野営がすっ飛ばされるからいいけど、実際に伯爵令嬢が同行すると問題起きるんじゃないかなって不安だった。でもわりとうまくいってる。

 今日は獲物も取れたし。

 老いぼれた雄うさぎだ。

 お肉ってちょっと日を置かないとお肉じゃなくて死体の食感なので、これは帰路で食べることになる。

「うさぎって耳がかわいさの元なんでしょうかね? 耳を掻っ切っちゃえば、妙な生き物に見えて気持ち悪いから、内臓抜いても罪悪感が薄らぎますね」

 耳をなくした老いぼれうさぎ。

 月明りと焚火を頼りにして、わたしとエグマリヌ嬢ふたりががりで、死体を食材にしていく。

 慣れているはずのエグマリヌ嬢は、腰が引けていた。

「………獲物の解体は、兄がやってくれてたから」

 顔を青くしながらも、真面目にうさぎを解体する。

 山慣れしているロックさんに、指導してもらう。

「オスを捌くときは、きんたま傷つけないようにな。きんたま潰れるとすげー臭いから」

「レディの前で下品な単語を使うな!」

 エグマリヌ嬢の抗議が響く。

 そんな口調で気を悪くしないかなって思ったけど、ロックさんはきょとんと首を傾げただけだった。

「えっ、じゃなんていうの?」

「睾丸では?」

「ミヌレ。それもレディが口にするには憚られる」

「じゃあなんて言えばいいんです?」

 さすがにわたしも疑問だ。

 エグマリヌ嬢は腕を組んで、苦虫かみつぶした顔をした。

「………睾丸で」

 ぎりぎりの妥協点だったらしい。

「で、そのうんこの穴までまっすぐ切って」

「肛門な」

 わたしが言い直す。

 ロックさんに見守られつつ、皮を剥ぎ、内臓を抜く。

「エグマリヌ嬢、そんなんじゃ魔術解剖学を選択できませんよ」

「いい、選択しない」

「わたしは取りますからね。解剖学」

「やだ、一緒に攻撃魔術コース行こうよ……」

 学院の三年間は、いろんな基礎を幅広く学ぶ。

 それから成績上位者だけ上級クラスに進級できて、さらに二年間、高度な魔術や法律を学ぶのだ。

「攻撃魔術の呪符って、卒業後に保持していたらめっちゃ課税されるじゃないですか。研究職か騎士じゃない限り、凄まじい課税額ですよ」

「ミヌレは研究職に進まないのか? きみは勉強が好きだし………」

「研究職もいいですけど、やっぱり解剖学を選択して獣魔術を学びたいなって」 

「そ、そうなのか。でもボクはこれを人間でやるのは………ちょっと」

 検体は死刑囚なんだから、可愛いうさぎよりマシだと思うけどな。

 わたしたちはうさぎを肉にする。

 生き物が死んで、食材になっていく。これもまたいのちだ。

 いのちってさ、生きてても死んでても、いのちなんだな。おもしろい。

「あと闇魔術も講義を受けますよ」

「ええっ、やだ! 解剖学と闇魔術って、ミヌレ、治癒魔術師を目指してるの?」

 闇魔術【睡眠】は、麻酔として使用される。治癒魔術師には必須魔術である。

「どうしよう……治癒使える騎士ってありかな………」

「そこまでしなくても。クラスが別れたって、エグマリヌ嬢は大事な友達ですよ」

「でも授業の話はできなくなるじゃないか」

「他にも勉強熱心な方、たくさんいらっしゃるじゃないですか。エマティットさんとか」

 級友の名前を挙げる。

「駄目だよ。彼女は勉強を面白いって思うなんて、不謹慎って言ってくるようなひとだよ。ボクの恰好にもあれこれ言ってくるし、授業の話は試験の対策ばっかりでつまんない」

「あとはフリュオリンヌさんとか」

「あの子は……ボクのこと…王子さま扱いしてくるから。王子さま扱いの勢いが怖い。成績は上位常連だけど、話題はお洒落とお菓子しかないし。別に嫌いじゃないけど、そればっかりはいやだよ」

「ヴァリシットさんは………」

「あの子は奨学生だから、成績下がると悲愴になるんだよ。どれだけ励ましたって、強迫観念で勉強している」

「えーと………スフェンヌさん………」

「彼女が口にする話題は、どっちの身分が上とか、家格かどうとか、相応しい結婚相手とかばっかり。彼女は男爵令嬢だろう。ボクが伯爵令嬢だからって理由で敬ってくるし、貴族じゃないクラスメイトがボクと親しくしようとしたら、身分が釣り合わないって怒ってくるんだ」

 成績上位者はことごとく却下された。

「スフェンヌさんってわたしには怒ってきませんね」

「ミヌレくらいの身分になると、いっそ口を出さない」

「なるほど。わたしは労働者階級ですからねえ」

 使用人と同じ区分ってことだ。

「ボクはきみを友人だと思ってるよ! 授業を楽しんでいて、ボクを普通の友人として接してくれるのは、ミヌレだけなんだ。ううん、他の誰かがいたってミヌレと友達になったよ。消去法じゃない! 冒険するの楽しいし、本当に貴重な…ともだちなんだよ……」

「エグマリヌ嬢は誠実で親切な方ですから、わたしの他にも良い友人ができますわ。そう悲観なさらないで」

「そうかなあ………」

 懐疑的な表情になる。

 肉を片付け終わって、エグマリヌ嬢が水の呪文を唱える。たらいに水が生じて満ちた。

「でもボクが魔術騎士になって、ミヌレが治癒魔術師になったら同じところで働けるかもね」

 エグマリヌ嬢は、たらいの水に映った月を見つめている。

 少し欠けた月が淡い輪郭を灯して、夜を優しいものにしていた。

「月で働けたらすごいですけど……」

 この世で最高位の魔術師たちは、月にいる。

 比喩でも童話でもない。この世界のリアルとして、月にいるのだ。

 二百年前、偉大な魔術師たちは七賢者と名乗り、どの国の支配をうけることも嫌って流浪し、最終的に月に象牙の塔を建てた。そして世界の魔術を監査している。

 初代七賢者の綴りは覚えた。歴史のテスト範囲なので。

「大人になったら月にも行けるかもしれないよ」

 えくぼを作って語るエグマリヌ嬢。

 そんなのずっとずっと先の話だ。


 ………それに、わたしの夢はそこまで続くだろうか?


「おーい、嬢ちゃんたち、飯できたよ」

 ロックさんは夕食が完成したみたいだ。

 冒険者ギルド印の乾パンを、脂身とスープでふやかしたもの。この乾パンは、小麦と水と塩だけで硬く焼いたパンだ。日持ちの代償として、味は保証されていない。

「学院の食事が恋しい……」

 乾パンを口に押し込むと、身勝手な意見が口から出る。

 堅苦しくて量の少ない学院の食事だけど、味に関しては一級品だからなあ。

「ボクは楽しいよ。兄が『頭痛製造パン』って呼んでた伝説のパンだから」

「おれの地方だとこの乾パンって、『歯くたびれ』って呼んでたけど、この辺じゃ『頭痛製造パン』って呼んでるんだね」

 スープでふやかさないと、食えない硬さだからな。ふやかしても硬い。

 焚火を囲んで食事する。



 今頃、オニクス先生はどうしているんだろう。何を食べて、どこで身体を休めているんだろう。

 先生はまだ図書迷宮の探索からは戻ってきていない。

 美味しいものを食べていてくれればいい。そんなことを願いながら、わたしはふやけた乾パンを齧った。



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