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こちらとら本編1000周の世界観推しだぞ



「気が付いたかい、ミヌレ」



  

 何故かわたしは、没入していたゲームの主人公になっていた。



 平凡な村の、平凡な家族の、平凡な少女。名前はミヌレ。

 なにひとつ特技もない代わりに、健康に育っていた。なのに、ある日、熱病に冒されて長患い。

 たまたま来訪していた医者に診察されたところ、高度な魔力を宿しているための魔力熱だと判明。相当量の魔力保持者として、王都の学院に編入することになった。

 はい、これ、わたしがプレイしてたゲーム『モン・ビジュー』の冒頭ですね。

 実際すっごく頭がくらくらする。

 そういえばゲームのやりすぎて、頭が痛かった。

 ひょっとしてこれは走馬灯というやつ………?

 このゲーム好きすぎて、死ぬ間際にこんな夢を………?

 

 マジか~、そいつはオタク冥利につきるな。

 

 最高やん…

 熱でふらふらしているところ、また寝かされる。まあ、これきっとゲームやりすぎの結果だ。どうせ目が醒めたらまた現実に戻る。けど、今は、この風景をじっくり味わっていたい。

 


 


 目が醒めても、ゲームの世界だった。

 おっ、やけに長いぞ。この夢。お得やな。


 

 熱が抜けて果実を食べていると、学院に編入するための服が用意されていた。

 ひとつはね、普段用のモノトーンのワンピース。ケープ付き。

 もうひとつはね、余所行き用の瑠璃紺色したワンピース。これこれ。スチルで1000回は見たけど、やっぱこのデザインは好き。シンプルだけどヒロイン感強い~

 どっちも比翼仕立て。お嬢さまって使用人にボタンつけてもらうから、ワンピースは背中ボタンなの。でも庶民だと利便性が優先でしょ。だから比翼仕立てで、前のボタンを目立たなくするってのが流行になってるんだって。

 主人公の髪が鉱石色だから、瑠璃紺に映えるなあ。

 ………触り心地、こんな感じなんだ。

 普段用はウールと木綿の交ぜ織り地なんだけど、余所行きのはタフタなの。手に取ってみると光沢が雲泥の差。

 ついにコスプレイヤーデビューか。

 


 馬車に揺られ揺られて、村から王都へ。

 馬車だよ!

 本物の、馬車!

 ヤバい。振動まで楽しい。

 初めて乗った。別珍が張られた座り心地を堪能し、内部の装飾も触る。

 あと硝子。透明な硝子が、鋳鉄の枠にはまっているの。手作業で作られた硝子は、表面が波打ってる。硝子越しに風景を眺めると、まるで動く水彩画。

 楽しいなあ、楽しいなあ。

 この夢は醒めないでほしい。

 お願いです。せめて学院内も、見せて下さい、このリアリティで!

 わたしが必死に祈っていると、天に通じたのか、学院に到着した。

 王都の郊外にある王立魔術学院スフェール。

 よくスフィールって間違えられてるけど、スフェールです。公式も一回間違えてたな。

 白漆喰の建物には、宝石細工みたいな窓ガラスが嵌められて、きらきらと日光を乱反射させていた。影まで極彩色で、白亜の壁に美しい色を描いている。

 おおぅ、拝むしかない。泣きそう。

 馬車の扉が開かれる。

 恭しく扉を開けてくれたのは、切れ長の瞳の男の子。わたしよりひとつ年上で、馬丁兼御者見習い中。ここまで連れてきてくれた。

 攻略キャラのひとり。名前はフォシル。

 本物のフォシルくんが、ここにいて、喋っている。感動だわ。推しじゃないけど!

  

 ………実は、攻略キャラに食指をそそられない。

 

 これさあ、口に出すとクラスタから叩かれそうだから呟けないけどさあ、このゲームの攻略キャラそこまで入れ込んでねぇし。そもそも乙女ゲーは好きじゃない。

 この、世界観が、好きなんだよ、わたしは!


 フォシルくんもいい子なんだけどね。

 一人の攻略キャラにつき、三種類ENDあるの。主人公のステータスや攻略イベントで変わってるけど、主夫になってくれるのこいつだけだから可愛いよな。

 あとの攻略キャラは、上級生のレトン監督生。

 冒険者のロックさん。

 騎士のサフィールさま。

 怪盗のクワルツ・ド・ロッシュ。

 まあ、全員のENDは一通りクリアしたから、恋愛系は置いておこう。

 そもそもこのゲームに求めてるのは、アイテムコレクション!

 呪符のアクセサリー、季節折々のドレス、愛らしいボンボニエール。胸がきゅんきゅんするデザインのアイテムが盛りだくさんなのだ。

 恋愛は求めておらん。


「おい。ぼさっとしてねーで、早く降りろよ」


 不愛想なフォシルくんのぶっきらぼうなボイス。

 ゲーム内で千回は聞いたけど、生はまた格別だよ。

 ああ、でもきっとそろそろ夢から醒めるんだわ。だいたい夢ってこういう素敵なシーンで閉幕だもの。

「ねえ。わたしのほっぺたつねって下さい」

 わたしの申し出に、フォシルくんったら素っ頓狂な顔になった。

「絶対に痛くないもの。だってこれ夢だわ」

「夢じゃねぇよ」

 フォシルくんは素っ気なく呟く。ちょっと迷った顔になったけど、指がわたしの頬に伸びてきた。働きもののカサカサした手だ。干し草や動物の匂いがする。 

「うぇ」

 引っ張られて、歯茎まで痛い。

 痛い?

「は? うそ? 夢じゃない?」

「夢じゃねぇって言ったろ」

 ………歯茎から剥がされる勢いで、ほっぺを引っ張られてしまった。

 思いっきり自分でも抓る。

 これは夢じゃない。

 待て待て待て………そんなことあるわけがない。

 まったく未知の異世界に召喚されたり転生したりってなら、多次元宇宙論的な意味で理解できる。並行宇宙が存在したってだけだ。でもこれは、わたしがプレイしていたゲームの世界だぞ。そんな世界が実際にあるわけがない。

 すげー嬉しいけど、ゲームに入って、はいそうですかって納得できるわけねェだろ。

 状況を整理してみよう。

 パターン1 痛みさえ夢。

 痛みでも起きない状態、深い昏睡状態。植物人間。ゲームのやりすぎて脳が切れるか詰まるかして、わたしの肉体は今頃、集中治療室。

 パターン2 並行宇宙

 ここは多次元宇宙にある並行宇宙のひとつ。今までプレイしていたゲームは、開発者が並行宇宙の歴史を受信したもの。もともとこの世界が先に存在している。わたしは並行宇宙に実在するミヌレという少女に、憑依している。

 パターン3 高次元

 神さまの気まぐれ。神みたいな全知全能の存在が、この世にあるゲームからもうひとつの世界を作って、わたしの魂を主人公にした。

 一番ありそうなの、パターン1だな。

 神さまの存在なんて、天空のティーポットほども信じていない。

 植物人間かあ。

 末期の夢ってやつね。

 ふむ。それならそれでいいのでは?

 この夢がわたしの死ぬまでの美しい泡沫なら、心行くまで享受し、謳歌するだけだ。   

「ありがとう、フォシルくん」

 わたしはほっぺの痛みを無視して、微笑んだ。 

 馬車を降りる。

「ミヌレ一年生、何をしているんですか? 時間厳守ですよ」

 こっちに女の人がやってきた。

 寮母さんだ。

 喪中の未亡人といった服装で、アッシュラベンダー色のヴェールをすっぽりかぶっている。大きな紫水晶のブローチだけが飾り気で、あとは刺繍もレースも何もない。生地は上等な絹だから、かえって厳かな印象を受けた。

 公式キャラブックにも経歴不明、アートワークにも素顔が記載されていない。まさに謎の未亡人だ。

 ヴェールの下を覗きたい衝動を押し殺して、淑女寮を案内される。

 瀟洒な建物だった。淑女寮は間取りが公式ガイドブックに載っていたけど、やっぱ本物すごいわ。

 特に窓がすべてステンドグラスだから、影に色がついてるの。白漆喰の壁に色とりどりの影。手を翳すと、影に色に染まっておもしろい。わたしは色んな色に手を翳して、遊ぶ。

「夢みたい」

 思わずつぶやくと、寮母が小さく笑った。

 夢みたいってのはおかしいかな。だってこれは実際に夢だし。

 寮母さんに案内される。

「一階は事務室や救護室、蒸留室、リネン室、浴室となってます。二階と三階が生徒の個室。屋根裏は使用人部屋となってます。注意しておきますが、裏階段は使用人のためのものです。仕事の邪魔になるので、大階段以外は使わないように」

 大階段を使って、三階まで上っていく。

「ミヌレ一年生。ここがあなたの部屋です」

 樫の扉に、真鍮プレートがついている。320って刻まれていた。

 開いた瞬間、歓喜で窒息しそうだった。

 色のついてない硝子が嵌められて、たっぷり採光されている。こんなに大きい硝子って、この世界じゃ飛びきり高価なんだから。ゆったりとドレープの垂れた窓覆いが、床まで届いていて優雅。

 それから半天蓋付きベッドがロマンチックなの。書棚付きの書き物机には、便箋やペンが揃っている。壁には大きな姿見。すべてが上品なアンティーク。

 部屋としては手狭。ベッドと書き物机だけでいっぱいなるくらい。でも洗練されたアンティークに心臓がどきどきしてくる。

「わたし、本当にここに居ていいかしら?」

「ええ。あなたがこの由緒ある学院のひとりとして、慎みある振る舞いと成績を持つならば」

 寮母は書き物机を指さす。

 上質な紙に何か書かれていた。

「規則はそこに載っています。夕餉までに覚えて下さい」

 辛辣なことをおっしゃいますなあ。

 ま、わたしは完璧のぺーですが。寮の規則なんてこのゲームやってりゃ基礎よ。

 でも一応ホンモノも見たい。

 

 ………おぅ。文字、読めねぇ。マジかよ。

 

 そういやこの国、ジズマン語って設定だったな。近隣の数か国が使っている言語。

 主人公の名前は書ける。そりゃ書けるよ、オタとして。でも流暢な読み書きは無理………

 

 このわたしが?


 このゲームを散々やりつくしたわたしが?

 公式ファンブや、究極攻略ガイド、初回特典のアートワークブックも集め、もはや完璧だと思っていた、わたしが、まだ、知らぬとな。

 許せない。

 このわたしがこのゲーム知識で誰かを下回るなんて、絶対許さない。

 ふふ。今までのわたしは驕っていたようだったな………恥ずべきこと。

 覚えてやる。

 このジズマン語、自在に書けるように、してやる!

 


 この世界すべて夢だ。目が醒めたらすべて忘れるかもしれない。っていうか、忘れるに決まってる。

 でも人間いつか死ぬからって、そんな理由で怠け切ったりしないでしょ。

 忘却は、学ばない理由になったりしない。

  

 


 夕方になって、本館一階の食堂へと移動する。

 食堂って名前だけど、雰囲気的に晩餐室って呼びたい。

 晩餐室に集まっているのは、お上品な女の子たちが100人くらいと、育ちの良さそうな男の子たちが80人くらい。入学年齢は規定がないので、在校生は十二歳から二十歳くらいまでと幅広い。

 貴族や財閥だから、制服が無いの。この世界観好き。

 みんな普段着だけど、わたしより綺麗な服だ。

 でも派手じゃない。

 そう、意外にもデザインは全然まったく派手じゃなくて、むしろわたしよりシンプルだったりする。

 でも華やかなタフタや、艶の深いシルクは、燭台の光を映して煌めいていた。それに高価な紫や緋色の染料は、圧倒的に鮮やかだ。

 そもそも裁断と縫製が根本的に違う。高価な生地をバイアスで裁断してあるし、縫製はドレープをふんだんにとってある。デザインやスカート丈はわたしと似たり寄ったりなのに、使っている布地の量が段違いに豊かなの。

「みなさん。編入生を紹介します。一年に編入することになったミヌレです」

「宜しくお願いいたします」 

 頭を下げて、案内された席に腰を下ろす。

 隣に座っている子は、ザ・王子さまって顔していた。

「はじめまして、ミヌレ。ボクの名前はエグマリヌ」

 瞳は氷めいた淡い青で、肌は雪みたいな白さ。透明感のある容姿をしていた。ジレとキュロットという紳士物を身に着けていて、髪はバッサリ短い。 

 男装っこ。伯爵家の息女エグマリヌで、騎士を目指している。 

 このゲームに大事な友人キャラ。

 彼女との友好度を深めていくと、この子の兄の騎士サフィールさまとのイベントが発生するんだよ。騎士狙ってなくても男装っこ好きなんで、仲良くしたい。

「困っていることがあったら、すぐに教えてくれ。できる限り手助けがしたい」

「ありがとうございます。エグマリヌ嬢」

「………ボクが女の子だって誰から聞いたんだい?」

 あ。しまった。ネタバレしてる。

 だっていっつもマリヌちゃんって呼んでて、さすがに初対面だとアレだから、エグマリヌ嬢ってなったんだよ。

「いえ。名前は女性名でしょう。手の細さで女性だと判断致しました。嬢と呼ばれるのはお嫌ですか?」

「いいや、好きに呼べばいいよ。でもこの格好だから、騙されるかと思ったのに残念」

 悪戯っぽく笑う。

 イメージ通りの笑い方で、わたしは嬉しくなってしまった。

 このマリヌちゃんは、頼られるのが好きなタイプ。隠し事せずに素直に頼むと、好感度が上がっていく。

「初対面で図々しいことを申し上げますが、困ったことがさっそくあるんです」

「なにかな」

「読み書き苦手なので、簡単な教本はありますか?」

 周りがざわっとした。

 まあ、貴族だもの。読み書きは年齢が一桁のうちに済ませておくものよね。

「じゃあ規則は?」

「あ、少し読めますから、覚えました」 

 寮の規則を暗唱する。

「三十七番の羊皮紙の転売を禁ずるっておもしろいですね。これ羊皮紙の販売が、大学施設を優先するって法律があった時代からの校則なんでしょう。羊皮紙が廃れても、校則が撤廃されないんですね! それから三十八、私有林でのキツネ狩りを禁止する」 

 オタ知識をべらべら喋るの気持ちいいなあ。

「もう覚えたのかい?」

「はい! だってわたし、この学院生活、すごく楽しみにしてきたんですよ!」


 心の底から楽しい。

 わたしの本当の肉体が、集中治療室にいたってかまわない程度には。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんな大作を今まで見逃していたとは……! まだ二章の途中までしか読んでないですが、壮大な世界観や丁寧に作り込まれた魔法の設定や歴史や魅力的なキャラクター達に圧倒されております。語彙の限りを…
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