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第2章 Romanov & Hapsburg-1 女帝野良とその子猫たち

 ロマノフ、ハプスブルグ、と言ってもヨーロッパの王侯貴族ではない。

うちの箱入り猫ちゃんたちの名前だ。


 彼らの母猫は、誇り高き野良である。

スラリとした灰色の毛長猫で、人間に媚びず品のある猫だった。

多産系で、生まれた子猫たちは人間の養育係りに任せるが、子猫の教育には手を抜かない、などなど、

オーストリアのハプスブルグ家の女帝、マリア テレジアにあやかる所があるかもしれない。(太目でないところは違うけど。)

女帝野良から養育係を仰せつかったのは、わたしの友人、ミンディであった。


 ミンディと夫は、猫のヒマラヤンを飼っている。

このヒマラヤンが、横になって優雅に外を眺めている姿は、実に美しく、高貴で、私は思わず「ほうっ」と息を呑んだ。

ところが何故か、外に散歩に出ると近所のアパートのゴミ箱の中を散策するのが好きで、

ミンディは困っていた。


 もちろん、女帝野良はそんなことはしない。

ミンディたちの家の裏庭は、広々としていて、芝生が美しく、その向こうは林やブラックベリーなどの藪が広がっている。

餌になる獲物には事欠かないし、

ミンディがキャットフードを用意してくれているので、ゴミ箱なんてあさる必要はない。

女帝野良から生まれた年上の猫たちが、緑のその広い芝生のあちこちに散らばって座っている様子は、

まるで宮崎*の世界だった。


 女帝野良は、ここ数年、生まれた子猫の世話は人間に任せ、

自分は帝国、もとい、テリトリーを守ることに勤め、

時々家の中に入ってきて、子猫たちに乳を与える・・・

という忙しい日々(?)を送るのが習慣となっていた。

そして今回もそのつもりでいた。


 ところが突然、ミンディたちは、遠くの州へ引っ越すことになってしまった。

ミンディは、「もう子猫たちの世話はできない!」と思っていたら、

嬉しいことに(もちろん女帝野良にとっても)引越しが数ヶ月延期になった。

これで、最後のグループを世話できる。

最後、と言うのは、子猫たちが乳離れをする頃、女帝野良を捕獲し避妊手術をすることにしたからだ。

そして再び、女帝野良は、ここに離される。


 ミンディは、ここが彼女にとって「一番ふさわしい場所だ」と言う。

たとえ避妊されたとしても、女帝野良には、そう思わせるほどの威厳があった。

ここで朽ち果てることになるとしても、彼女にとって、それが本望なのだ。

それに近所の人たちが、ミンディの代わりに、引き続き世話をしてくれるので心配はない。


 さて、子猫たちは、八月下旬に生まれた。

前の日は、女帝野良のお腹が大きかったのに、当日は姿を見せず、

翌日には、お腹がペチャンコになっていた。

どこか藪の中で生んだらしい。

とはいえ子猫は狸に襲われることもある。

特にこの季節は、野生のブルーベリーやブラックベリーを狙って、

いろんな動物がやって来るから、母猫は気が気ではない。


 ところが、ある夜遅く戻って来たミンディたちは、

ベランダに1匹ぽつんと、生まれて間もない弱っている子猫がいるのを見つけた。

どうやら、母猫、女帝野良に置き去りにされたようだ。

夏とはいえ、ここの夜は寒い。

ミンディはすぐに子猫を保護し、猫用ミルクに栄養剤を混ぜて与えた。

そして、介抱の甲斐あって、子猫は次第に元気になっていった。


 その子は初め、「拒絶」という意味の、

「リジェクト」(Reject)と呼ばれたけれど、

後で「ガス」(Gus)という勇ましい男の子の名前(元気に育つよう)に変えられた。

それからしばらくすると、女帝野良は、残りの子猫たちも連れてきた。

ガスは久しぶりに、兄弟姉妹たちと一緒に、母親の乳を美味しそうに飲んだ。

オス二匹、メス二匹の、計四匹の子猫たちだ。


 ガスは、いくらか元気になったものの、

まだ他の子猫たちより体が小さくて弱々しかった。

私が始めて見た時は、目やに鼻たれの顔はぐちゃぐちゃで醜く、

猫というより、貧相な新種のねずみかと思ってしまった。

その時、別の子猫も見せてもらった。

なんと、この猫娘は、美人コンテストに出ても良いくらいの可愛い子ちゃんだった。


 生まれた子猫のうち、三匹の毛色はグレー系なのに、ガスだけ白黒系。

そういえば、年上の猫たちもみんなグレー系だった。

ガスは隔世遺伝か、父親が違うのかもしれない。

遺伝学上も三対一で劣性だ。

それだからなのかもしれないけれど、

体が小さく他の子猫たちとのミルク争奪戦に生き残れない、と思った母親は、ミンディーに一縷の望みを託したのかもしれない。


 劣性ガスは、初めミンディの背中に乗ったりして甘えていた。

ところが、兄弟姉妹たちが来てからは、お兄ちゃんが良く面倒を看てくれて、

小賢しい(?)美形姉妹たちから守ってもらい、遊んでくれるので、

お兄ちゃんにベッタリくっついている。

ミンディは、ちょっと寂しかったけれど、忙しいので、そうも言ってはいられない。

それに子猫たちは、人間に警戒するように、しっかりと母親から教育された。

それだから忙しいミンディは、女帝野良の子猫たちがまとわりつかないので、世話し易かったのかもしれない。


 さてミンディたちは、子猫の引き取り先を血眼になって探すのだけれど、なかなか見つけられないでいた。

知人友人の間では、それ以前に生まれた子猫たちがもういっぱいで、空きはない。

ある知人宅にも、年上の姉猫とその半年後に引き取られた兄猫がいた。

この家族は猫を飼いそうな人たちと思っていなかっただけに、

「こんなところにも!」と、私はびっくりした。


 そこで私たちに、白羽の矢が立てらてしまった。

私たちにはフリスキーがいたので「この際もう1匹増やしては」と言うわけだ。

しかし、夫ティムは、猫のアレルギーがたまに出ることもあり、

 "I wish we didn't have Frisky." (フリスキーが、いなければいいのに)

と、ぼやくことがあった。


 本当は、そう思っている訳ではない。

男性は、あまり胸の内を明かさない。

女性は、あれこれしゃべって気を晴らすので、そこが違う。


 ティムの猫アレルギーは、フリスキーといる時は、さほど症状は出なかった。

ところが、疲れていたりすると抵抗力が弱まるらしく調子が悪くなる。

その辛さから、ついぽろっと弱音を吐いてしまっていたのだ。


 妻としては、アレルギーで苦しむ夫は気がかりではある。

とは言うものの、猫好きで優しいミンディの心の内を思うと、何とかしてあげたいとも思う。

それで、ティムに、

「1匹も2匹もそう変わらないかもよ(?)」なんて言ってみた。

そしてついに、ティムは、不承不承ながら、

「1匹なら・・・」と承知してくれたのだった。


 ところが、切羽詰ったミンディの夫は、

「二匹引き取っては」と言い出し、「子猫は2匹で飼った方が楽だ」と力説する。

とにかく、引越しの日は近付いているのに、

行き先の決まらない子猫たちが、まだ三匹もいるのだ。

私は「ティムに直接聞いてくれ」と答えた。

ミンディーの夫は盛んにティムに勧めるが、ティムはなんとも言わない。


 ついに子猫を引き取る日がやって来た。

とにかくティムは、一匹は仕方がないとしても、二匹は「問題外」と思っている。

それで、「せめて一番引き取り手の無さそうな不細工な子猫 (つまりガス)を」と言う。


 私たちは、ミンディの家でディナーをご馳走になり、おしゃべりをしながら、

客に戸惑う子猫ちゃんたちと遊んでいた。

その時、なんと、1匹の子猫が、ティムに気に入られたいのか、しなっとして抱かれているではないか。

しかもそれは、醜い子ガスではなく、美形お兄ちゃんだ。

その時、私もミンディも緊張しつつ黙っていた。


 ティムは、美形とか醜いとか関係なく(もともとそういう考え方が好きではない)

「みんなチョー可愛い」と思っている。

だから、どれがガスなのか見分けが付かない。

と言うか、すでに自分の言った事など、とっくの昔に忘れてしまっている。

そして、こう言った。

"We'll take this one." (この子を貰おう)

私は、透かさず答える。

"This isn't the one. We are suppose to take the ugliest one. ”(この子じゃなくて、一番醜い子を貰うことになっていたでしょー)


 しかし、すでに美形お兄ちゃんに心を奪われてしまっているティムは、

今さら、「醜い弟ガスをいらない」とは言えない。

しかも、その後タイミング良く、子猫たちは皆、本棚の後ろに隠れてしまった。

今となっては、もう、どうする事もできない。

一匹でさえ連れて帰ることが出来ないのだ。

それでテイムは、こう言わざるを得なかった。

"OK. We'll take two." (OK 二匹貰おう)


 次の日、ミンディは、二匹の子猫たちを、我が家へ連れて来てくれた。

そして「ロマノフ」と名付けれたガスはティムの猫になり、

お兄ちゃんは「ハプスブルグ」で、何故か、それが私の猫となってしまった。


 今さらながら、あの騒動は、いったい何だったのだろう・・・

ハプスブルグは、皆の心配をよそに自分でティムに取り入って、

「引き取り手探し問題」を解決したのだった。


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