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     Frisky-5 外猫の条件

 私たち夫婦に子供はいない。

ところが、娘のようなニッキーというのが、ちょくちょく我が家にやって来る。

(注:人間 野良猫ではない)


 彼女は、ティム以上にアレルギーの症状がひどい。

動物は、ほとんどだめみたい。

ちなみに虫も全くだめな都会っ子だ。

ティムは虫は大丈夫。

子供のころは昆虫学者になりたかったそうだ。

それでも、蜘蛛はだめ。

なぜか、アメリカ人は蜘蛛が苦手だ。

と言うより病的に嫌う。

蜘蛛なんてどこにでもいるのに、と思うのだけれど。


 "They eat bugs."「虫を食べてくれるんだよー」とみんなに言って回ってもだめ。

私は、蜘蛛がアメリカ人の天敵とも言えるその理由を知りたい。

とにかく、しばらくすると、二人には抵抗力が付いてきたらしく、

さほど猫のアレルギーは出なくなった。


 ニッキーは、フリスキーの風格とその優しさが好きである。

外猫として生き残ってきた経験と実力がにじみ出ている。

さらに、少々の事では動じない野性的な魅力も兼ね備わり、

男性(雄)として実に頼もしい、等等。

こんなコメントをもらえるなんて、

初めて会ったころのフリスキーからすると考えられない。


 外猫として生き残るには、それ相当の関門を通らなければならないらしい。

獣医によると、野良猫や外猫、家を出たり入ったりする猫の平均寿命は、

たったの二〜三年だそうだ。

そういえば、近所で見かける猫たちは、

そのくらいで代替わりしているように思う。

交通事故、怪我、病気などがその理由だ。


 例えば、素敵な住宅街に住んでいる私の友人は、

十年間で三匹もの猫を交通事故で失った。

今のところ、四匹目は大丈夫そうなので飼い主も、

"Finally!"(ついに!)事故に会わない猫だと言っていた。

お気に入りの猫「プリンセス」が死んだ時は、

さすがにもう猫は飼わないだろうと思った。(犬も2匹いるし)

ところが、その後も次の猫はやって来た。(それが四匹目の猫)


 別の友人は、数年前に田舎町の通りに面した家に引っ越した時、

「WB」という名前の猫を心配していた。(WBはホワイトとブラックの頭文字から取っている)

そのWBは、十歳を過ぎた今でも健在である。

かえっていくらか交通量があったほうが、車に慣れるのかもしれない。

もちろん、学ぶまでに生き残れればの話しかもしれないけれど。 


 それで私は、フリスキーがどのように道を横切るのか、観察してみることにした。

我が家の表の道のあたりは、ちょうど坂道の終わりで、

たまにスピードを出した車が下りてくる。

住宅街の制限速度は25マイル(約40キロ)なのに、

30マイル(約48キロ)の速さになっているかもしれない。(見晴らしが良いためか、事故について聞いたことはない)


 フリスキーは、先ず、道の端の土手で立ち止まり、車が来ないかどうかを確かめる。

車の来る音が聞こえると、すぐに土手を降りて、車が通り過ぎるのを待つ。

その後、土手に上がり、再び安全を確かめると、サササッと道を渡って行った。

私は、その用心深さに「うーん」と唸ってしまった。


 しかしフリスキーが、いつもそうしているのかは知らない。

それに、外をふらついている気まぐれな猫を観察するなんて、簡単ではない。(彼らには、ちゃんとした理由があるのだけれど)

大抵は、すでに渡り始めたところを見かけるか、

道沿いの土手の上でじーっと座っているのを見るだけだ。

だから、いつ渡るのかなんて分からないし、

たとえ行動のパターンを把握したとしても、気が変わる事もありえる。

猫だし・・・


 さらに車通りの少ない住宅街で、フリスキーが道を渡ろうとした時、

たまたまスピードを出している車がやって来る、という状況が起こり得る確率を考えると、

「観察してみることにした」というのは、いささかおかしくはないだろうか。


 おまけに私は、観察したい表のリビングルームにほとんどいない。

テレビを見る時だけ。

家にいる時は、奥のキッチンで料理をしているか、

ヌックに置いた自分の机で、コーヒーか紅茶を飲みながら本を読んでいる。(漫画を読んでいることもある;ニッキー談)

だから、フリスキーが、いつ、どこで、何をしているのかは知らない。


 もっとも、机の前にある大きな窓からは、

フリスキーが垣根の根元、道の方からは隠れるように丸くなって昼寝をしているのはよく見かけた。

公園や学校が近いので人通りはあるし、犬と散歩をしている人もいるのに、

誰もそこに猫が寝ているのに気付かない、なんて見るのは面白かった。

フリスキーはいつも同じ場所で寝ているので、そこだけ草がはげていた。


 だからフリスキーが、どのように道を横切るのかを観察できたのは、

後にも先にもこれっきりだった。



 では、怪我はどうか。

以前の飼い主から、近所に去勢されていない雄猫がいて、

フリスキーをアタックすることがあるので気を付けるよう言われていた。(何をどう気を付けて良いのかは聞いていない)

フリスキーはもちろん去勢されている。

ここでは、ほとんどの犬猫は去勢されている。


 市が発行する鑑札ライセンスは、去勢されていなければ、かなり高くなる。(もちろん毎年払う)

つまり、出産させる目的のある純血種でないかぎり、

去勢させないのは、かえって費用が掛かることになる。

(高い鑑札代は産まれた子を売れば払えるが、雑種に至っては売れる可能性はほとんどない)

去勢のためだけの病院も用意されていて、安価に手術ができる。

野良猫は仕方がないとして、去勢したくないのであれば、

せめて他人、もしくは他猫に迷惑をかけないようにしてもらいたい。(例えば、発情期には外に出さないとか)


 私の友人は、彼女の猫(去勢されていた)が怪我をした時、年取った両親の様子を見に実家へ帰っていた。

その傷付いた猫は、外から戻って来るとベットの下の奥に隠れて出て来ない。

仕事で忙しい夫が気付いた時は、すでに遅く、

急いで動物救急病院に連れて行ったけれど、なすすべもなく死んでいった。

猫は喧嘩で怪我をして化膿した場合、その鋭い爪でできた小さな傷口はふさがり、死んでいくそうだ。

彼女は、何もできなかった事を今でも悔いている。


 フリスキーも時々、爪の傷を付けて帰って来る。

ある日、左の頬がはれて、目が細くなっているのに気が付いたので、

何事かと思い、よく見てみると、ほほの毛が膿でかぱかぱに固まっている。

切開して膿を出さなければならない。

すぐに器具を消毒し、フリスキーを横に寝せて、

膿で固まったほほの毛を、散発用のはさみでジョリジョリと切り始めたのだけれど、

耳のすぐ下までしっかりと固まっている。

爪などの異物が傷口に残っていないかどうかを確かめるため、

すべての毛の塊を除かなくてはならない。


 フリスキーはきっと怖かったと思う。

左の前足をのばし、その爪をマットにガッと立てて、微動だにしない。

おそらく助けてもらえると分かって怖いのを我慢し、じっとしているのだ。

驚くほど、膿は出てくる。

切開した所は、すぐにふさがるので何度も穴を開ける。


 次の日も膿が流れ出ているので、搾り出し消毒した。

そして数日間、家の中で休ませると、フリスキーはすっかり回復して外へ出ていった。

その後は、年に一回ぐらいだけれど、

化膿すると、ひどくなる前に私に教えるようになった。


 ある時、私は、横に座っていたフリスキーの目から長いまつ毛のようなものが突き出ているのに気づいた。

「えっ?」と思ってそれを引っ張ると、

それは目玉の奥のほうにまで入っていたらしく、長い麦の穂のような草の種が出てきた。

きっと藪の中で喧嘩したかなんかで、目の奥に入ったのだろう。

目がつぶれなくてよかった。

この時フリスキーは、何事もなかったかのように、さっさと外へ出て行った。


 FIV(Feline Infectious Virus、猫のエイズ)やLeukemia(白血病)などの、

感染症の検査を動物病院でさせたこともある。

それらは、病気をもった他の個体との接触、

つまり、喧嘩、交尾、水や餌を同じ器で取り続ける等々で移るらしい。

私たちはその時、他に三匹の猫も飼っていたので、

もし感染していたら、Put to Sleep(眠らせる、つまり殺すこと)しなければならない。

ティムと私は、かなり緊張して結果を待った。

幸いに感染していなかったので、早速に、そのためのワクチンを打ってもらった。


 ある日、テレビの医療番組で、人のエイズを扱っていた。

「感染しても発病は遅らせられるので、できるだけ早く検査をすることだけれど、

はじめから、感染を引き起こすような事を避けるのが一番望ましい」と言っていた。

人間は選択できるが、猫には選択できない。


 このように、フリスキーは、危ない橋を何度も何度も渡ってきた。

それでも、平均的な外猫のように早死にすることなく、

二〜三歳どころか、十六歳をとっくの昔に過ぎてしまった。

もう、おじいちゃんだ。

犬や猫などのペットは、大抵飼い主よりも先に死んでしまう。

ティムは

「フリスキーが死んでしまったら、自分の人生はもう同じじゃなくなる、永遠に変わってしまう」

と大げさに言う。


 それでも私たちは、ペットの死を経験していない訳ではない。

すでに「怖いおばちゃまたち」という愛すべき二匹の猫たちを看取っている。

さらに我が家の庭先で犬が盗まれたこともある。

彼女らのことを思うと、今でも心が痛い。(みんな女の子たち)

だから、できる限り、犬は犬、猫は猫として、

あるべき一生を全うさせてやりたい。



 はじめてフリスキーに会った時、

「外猫だし、単に餌と水を遣るだけだから、たいしたことではない」とだけしか思わなかった。

ところが「それだけ」ではなかった。

それどころか、フリスキーは、たくさんの幸せと、

その後の出会いを私たちにプレゼントしてくれた。


 あの時フリスキーを飼うことにして本当に良かった。

そして今日も、ティムと私は、

フリスキーの仲間たちと共に、ドタバタしながら、楽しく一緒に暮らしている。


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