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     ティーの子犬たち-7 番外編 ペス

 私が子供のころ、読書をする子は多かった。

読書の時間は、児童たちがお目当ての本を読むために、

競って図書室へ向かったりもした。


 私も読書が好きで、買ってもらったシートン動物記の本は何度も読み返した。

この本は、私に動物を観察する楽しさを教えてくれたように思う。


 また、椋鳩十さんの本も好きだった。

有名な児童文学作家で、動物の話も多く、国語の教科書にも載っていた。

図書館長として尽力された久保田先生(椋鳩十)は、芸術にも高い知識があったそうだ。

余談だけど、文化講演会の会員だった私の母は、久保田先生の講演で、

「屁」の言葉が、二十五回も繰り返さたと言っていた。(数える方も笑える)

屁は、りっぱな自然の摂理で、犬も放屁する。(のを、室内犬を飼って始めて知った)


 古今東西、犬の話を好きな人は多く、「名犬ラッシー」のテレビ番組も人気があった。

私は、ご主人様と心を通わし、自由に野山を駆けるラッシーに憧れた。

お隣さんもラッシーを好きだったらしく、エリーという名のラフ・コリーを飼っていた。

エリーの、優雅に歩く姿は美しかった。

ところで、ラッシーのご主人様の一人に、ティミーという男の子がいる。(ティミーは愛称)

後で私は、子供の頃ティミーと呼ばれていた男性と結婚し、ちょっと笑ってしまった。


 さて、私が八歳の時、我が家に一匹の子犬がやって来た。

日本スピッツMIXのオスで、まるで白熊のカブ(cub・幼獣)のように可愛い。

子犬の名前はペス、それは母が子供のころ飼っていた白い犬の名前だ。

子犬のペスは、さっそく災難にあった。

少し大きくなったので庭で放し飼いにしたら、いなくなったのだ。

まだ小さかったので、門の隙間から外に出てしまったらしい。

迷子になり心配したけれど、近所の牛乳屋さんに保護され、すぐに戻ってきた。


 そして子犬のペスは、幼稚園児だった弟にも苛められ、迷惑していた。

後で、弟がペスをどんなに可愛がっても、ペスは私の方が好きだった。

弟は、「なんで!?」と私に聞く。

私は、「意地悪されたのを覚えているのよ」と、得意げに答える。

弟は、覚えていないと言う。

時々私は、犬の扱い方を知らない子供たちに、

「意地悪すると、嫌われるよ」とか、

「優しくしてね、とっても好きになってくれるよ」と言う。


 ペスは、お昼は、物置小屋の入り口に鎖でつながれ、

夜は、門を閉めて庭の中で自由にされる。

鎖を付けて、散歩にも連れて行く。

近所に空き地があり、ペスは、そこの背の高い草の中に入って遊ぶのが好きだった。

私はペスの鎖を外し、満足するまで、そこで自由に遊ばせる。

それがすむと、また鎖を付けて散歩を続ける。


 当時は、放し飼いの犬も結構いた。

その内の一匹、酒屋の雑種犬は、

いつも店の前で寝ていて、動きもよぼよぼしている。

私は、「この犬は老犬なのだろう」と、ずーっと思っていた。

ある日、ふっと、「こんなに長い間、老犬でいるはずがない」と気がついた。

穏やかな犬だったらしい。


 さて、それは、ペスが二歳の頃だったと思う。

散歩の途中で、ペスが、ジャーマン・シェパード・ドッグと、二匹の中型犬に襲わてしまったのだ。

私はまだ小学生だったし、怖くて、犬たちに石を投げるのだけれど、

そんなことで、喧嘩を止めさせることは出来ない。


 そのジャーマン・シェパードは、お風呂屋さんの犬で、

二匹の子分犬を従え、まるでチンピラの如く、いつもその辺をウロウロしていた。

そこは私たちの散歩コースで、襲われたのは、この時が初めてだった。


 ところで、近所には、肉屋のジャーマン・シェパードもいる。

肉屋の犬は、風貌が立派で、落ち着きがあり、お店の前で悠然と座っていることが多い。

その日も、ペスが襲われている様子を遠くから見ていた。

そして、すっくと立ち上がると、たったったっとやって来て、

二匹の子分どもを蹴散らし、最後に親分と対決した。

もちろん、肉屋犬の方が圧倒的に強かった。


 ペスは自由になると、鎖を付けたまま一目散にそこから逃げ出した。

そんなペスの後ろ姿に、私は「えっ? お礼は?」と思ってしまった。

犬にそう思ってしまうほど劇的だったのだ。

肉屋犬は、正義の見方、スーパーマンに見えた。

そして私は、スーパー犬に心でお礼をし、家へ急いだ。

ペスは縁側の下に隠れていて、怪我もしていなかったので、私はほっとした。


 その後、私たち家族は、父の転勤で、他県に引っ越すことになる。

新しい家は、借家で柵も無い。

両親は、ペスを保健所に連れて行くと言う。

弟と私は猛反対し、両親もペスを殺したくなかったので、

「一応、大家さんに聞いてみる」と言ってくれた。


 ペスは、父が木で作った檻に入れられ、前日に、荷物として駅に連れて行かれた。

そして私たちは、目的地に着くと、すぐにペスを受け取りに荷物受取所へ行った。

ペスは、私たちがそこにいるのが分かったらしい。

キャリーカートに乗せられ、運ばれて来るペスの声は、遠くからでもすぐに分かる。

私たちは、再会を喜び会った。


 それは夏で、檻の中の水の器はひっくり返り、空になっていた。(係りの人は、水を補給してくれていたそうだ)

新しい家に着くと、ペスは水を洗面器一杯に飲んで、木陰でほっとした。

大家さんも、犬を飼うことを許可してくれた。

農家の大家さんは、趣味の菊造りで、なんと県で優勝したことのある人だった。


 そうして、私たちの新しい生活が始まった。

たまに、ペスの鎖を放す。

そしてペスは、野山を駆け回る。(母は、ペスが、大切な菊の鉢におしっこを掛けたのを見た時、肝を冷やしたそうだ)

私たちは、そこに一年七ヶ月ほど住んだ。

それはペスにとって、黄金時代だったかもしれない。

ガールフレンド犬もいたから、子犬も生まれていたはずだ。(ペスはいつも、ガールフレンドに、自分の餌を分けてやっていた)


 再び転勤になり、自宅に戻る。

そしてペスも、塀の中の生活に戻った。

それでも庭は結構広く、前庭と裏庭に分かれていて、悪くは無かったと思う。

そうして数年が過ぎ、私たちの地域は区画整理をすることになった。


 私は、すでにアパート住まいだったし、

両親は、区画整理から家の新築が終わるまで、仮住まいをすることにした。

そこには柵はなかった。

ペスは立派な犬小屋を作ってもらい、そこにつながれた。

私は家へ寄って、ペスに会う。

ペスを子犬の時から可愛がっていた祖母も時々やって来る。

ペスの鎖を外して、自由にしたりもする。

そんな生活が、しばらく続いた。

そして事件は起こった。


 祖母がたまたま来ていた日、ペスが怪我をして戻ってきたのだ。

他の犬に襲われたらしい。

祖母が手当てをし、その晩は玄関で横にならせる。

次の日、起き上がった。

ペスはその日、玄関の前に座り、石段の上から、辺りを眺めていたそうだ。

そして夕方になり、とことこと、裏の犬小屋へ行った。

祖母は忙しかったので、後で様子を見に行こうと思った。

一時間後、行ってみる。

ペスは、犬小屋の中で死んでいた。


 私が覚えているペスは、十三歳とは見えないほど若々しい犬だ。

いつも元気に走り回っていた。

母が道にいるペスを呼ぶと、一目散に家の前の石段を駆け上って来る。

それでも、嬉しそうに走ってきたペスの息使いは、荒くなっていた。

母は、「ああ、年を取ったのね」と、悲しく思ったそうだ。

それから間もなくして、ペスはその一生を終えた。


 ペスの鎖を外して自由にする時、危険はいつも背中合わせだった。

当時、去勢手術されたオス犬は少なく、喧嘩はありえることだった。

自然界ならば危険は当たり前だし、ほとんどの動物は寿命を全うしない。

だから私は、ペスを失って悲しかったけれど、納得もしていた。

もしかしたら、ペスも他の犬に怪我をさせていたかもしれない。

番犬のように家を守り、縄張りを作り、自然に近い生き方をしていた犬だったのだ。

そのようにして、ペスは、十三年の命を使い切った。


 その後、リードの規制が設けられた。

リードを付けることは、人と犬の安全と糞尿の衛生のために勧められている。

それは犬が悪いと言うよりは、飼い主のマナーの問題なのかもしれない。

実際、リードを正しく使える飼い主は、犬とのコミュニケーションが良い。


 安全と言えば、夫ティムは、犬が原因の自動車事故に巻き込まれたことがある。

犬が公園から道路へ飛び出し、三台の車が接触し、ティムの車は大きく破損した。

ティムは、皆に死んだかと思われたけれど軽症ですんだ。


 犬は獣だから、人が犬と生活をする限り、どうしても問題は起こってしまう。

そして、飼い主が思ってもみなかった行動をすることもある。

一旦、犬の事件が起こると、飼い主の多くは「自分の犬は、襲うような犬ではなかった」と言う。


 知り合いのドイツ人女性は、目の前で、自分の犬が近所の大型犬二匹に殺されたそうだ。

彼女はその犬たちを知っていて、「良い子たちだった」と言っていた。

そして、「失われた命は取り戻すことは出来ないし、これ以上、犬たちを不幸にしたくない」

と言い、訴えもしなかったし、見舞金も受け取らなかった。


 最近、私が行くキャンプ場でも、小型犬が大型犬に襲われ大怪我をしたそうだ。

そこは犬を連れてキャンプする人が多いので、人も犬もキャンプに慣れている。

それでも、うっかりすると事故は起こる。


 動物が苦手なニッキーは、犬を散歩に連れて行きたがらない。

うちの犬たちが問題なのではなく、よその犬を信用できないからだ。

ニッキーは、自分が連れている犬を守れないのを知っている。

そして犬たちも、自分を守ってくれない人間をリーダーとみなさないから、指示には従わない。


 私は、ペスが、犬として良い一生を送れたのではないかと思っている。

もう、ペスのような飼い方は出来ないけれど、

私たちが、もっと犬を理解し、上手く付き合っていければ、

犬たちは、もっと自由になれるのかもしれない。

そして、リードを付けて散歩することも、

人と犬たちを優しく扱う方法の一つと思っている。

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