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     ティーの子犬たち-5 犬と飼い主

 アメリカでは、犬の避妊・去勢手術は普通に行われている。

メス犬は、出産の時、ついでに体内の掃除もするらしい。

出産しなければ掃除も出来ないので、避妊手術をさせたいと言う飼い主もいる。

最近では、手術の費用が負担な飼い主のため、安価で出来る手術専用の病院もできた。

うちのような中堅都市に二件あり、なんと、一ヶ月以上の順番待ちだそうだ。


 とにかく、ココは早々と避妊手術をすませ、ティーとフィニーも無事に手術が終わった。

レクシーも避妊手術を終え、やれやれだった。


 ただ、避妊手術の後、太る子がいたりする。

それだけの理由とも思えないけれど、ティーは太り始め、ココも可愛く丸みをおびてきた。

とにかく、メス軍団は良く食べる。(特にティー)


 元々、タフィーとナナには肥満の問題はなかった。

「米」ちゃんと呼ばれたナナも、避妊されていたけれど、太ってはいなかった。

だから、猫のようにチビリチビリ食べるタフィーのために、餌を出しっぱなしにできた。

そして、ティーが我が家に来ても、痩せていたので、この習慣はそのままだった。

その内ティーは、ニッキーから「デーブー」と(可愛く?)呼ばれるようになり、

肥満への道を一心不乱に進んでいた。


 ティーは、ウッドデッキで、隣の家の方を向いて座っていることが多い。

レクシーが裏庭にいるかどうかを見ているらしい。

お尻の丸くなったティーが座っている後ろ姿は、

まるで、とろろ昆布で巻かれた、三角おむすびの様だ。(体の毛はとろろ昆布色)

そして、当たり前だけれど、獣医にも「太りすぎ!」と言われてしまった。 


 とにかく、食事制限をする。

犬は、猫よりやり易い。

以前、ロマノフで苦労したけれど、犬の場合、一度で食事を済ませられるので楽だ。

と思ったら、ヤセマッチョーのタフィーを忘れていた。

毎回(朝と夜)タフィーに、「早く食べてー」と励ます。

見張っていないと、ふっと横を向いたその瞬間、ティーとココが、

タフィーに摩り替わって食べている。

そうしている内に、努力の甲斐あって、ティーは痩せ始め、ココも太らずにすんだ。


 ところで、「巣立ったはずのココが、なぜココに?」と思われるかもしれない。

実は、ココのご主人様が、初期の癌にかかってしまったのだ。

ご主人様は、治療と仕事で忙しく、ココに寂しい思いをさせていて、手放すかどうか悩んでいた。

ティムはココを取り戻したかったけれど、私は、飼い主の迷う気持ちも分かる。

とにかく、ココを預かって、飼い主の気持ちが定まるまで待つことにした。

そして数ヵ月後、飼い主から、「ココを返します。法的にもあなたの犬です」と言われた。


 私たちは、いつも、犬と飼い主たちを助けたいと思っている。

とは言っても、飼い主のやり方は様々で、個々の事情があるし、相手の感情も考えたい。

たとえ問題があるとしても、飼い主が「手放す」のでなければ、

警察でさえ簡単に取り上げることは出来ない。

もちろん、虐待した場合、飼い主は逮捕される。

だから私たちは、非難しないで、辛抱強く見守ることにしている。 

そうするのは、私も非難されたことがあるからかもしれない。


 私が、日本で両親の家に住んでいたころ、

犬好きの母に、マルチーズのメスの子犬をプレゼントしたことがある。

子犬の名前はカピ、「家なき子」の本に出てくる犬の名前だ。


 カピは、とても良い子で、寝る時も母と一緒だった。

そして、母がお風呂に入ると、いつも姿を消す。(私は二階にいる)

すると、布団の中で本を読んでいる父の足の方に、小さなポッコリができる。

父は、犬を家の中で飼うのに少し抵抗があった。

それで、寂しくなったカピは、父に見つからないように、父の布団の端に入り込むのだ。


 そんな私たちの生活は、ある日、突然、変わってしまった。

母方の祖母が、くも膜下出血で倒れ、私たちは、夜中に車で二つ先の県にある病院へ行った。

祖母は生と死の狭間にいて、その後、昏睡状態が数ヶ月も続いた。

母は祖母に付き添い、父と私は仕事のため家へ戻り、週末に病院へ行く。

私を一番に可愛がってくれていた祖母だったから、私も辛かった。


 しかも、私の問題は、それだけではなかった。

祖母が倒れる少し前、私の仕事は、県外へ変わることに決まっていたのだ。

ところが、祖母の容態は二~三日おきに変化し、どうなるのか予測できない。

私は、先方に、引越しするのを伸ばしてもらっていたのだけれど、長くは待たせられない。

さらに、誰がカピの世話をするのか、という問題もあった。

私は、友人の一人に相談してみた。

そして、祖母が生きるにしても、死ぬにしても、母が戻って来るまで、

その友人が、カピの世話をしてくれることになった。


 引っ越した後、しばらくして友人に連絡するのだけれど、なんだか様子が変なのだ。

そして、やっと母が祖母を連れて戻って来たので、私は友人宅へカピを引き取りに行った。

すると、カピはそこにはいなかった。

友人は、「何も話したくない」と言い、

「獣医の所にいるから、そこへ行って」と、住所を書いた紙だけを渡された。


 獣医の所へ行くと、いきなり、私は獣医から「ひどい飼い主だ!」と罵倒された。

獣医の話によると、友人は具合が悪くなったらしい。

そして、「あんたの無責任のせいで、彼女は病気になった。犬を飼う資格は無い!」と言うのだ。

「犬はすでに、病院で働いている人にあげたし、あんたに犬を会わせるつもりもない」とも言う。

さらに、「どうしても返して欲しいのなら、一ヶ月以上の入院費を払え」と脅された。

獣医は感情的になっていて、カピを返してくれそうにもない。


 それで私は、カピにとって、何が一番良いかを考えてみた。

母は、後遺症の残る祖母を連れて帰って来て、これからつらい看病が待っている。

カピは、そんな母の心を癒してくれるはずだった。

とは言うものの、母は、カピの世話が出来なくなるかもしれない。

そうであれば、カピのためにも、今、動物病院で働いている人に譲った方が良いのではないか。

この女性は、間もなくそこを止めて、結婚し、神戸で新しい生活を始めるのだそうだ。

私は、「せめてその女性に会わせて下さい」と頼んだ。

そして、彼女に会うと、「カピをお願いします」と言った。


 私は両親の家へ戻ると、カピの帰りを待っていた母に、

「これからのことを思って、カピをきちんとした人に譲ることにした」と伝えた。

母は、がっかりしたけれど、どうすることもできない。

そして、私は自分の家へ戻り、一人になると、声を上げて泣いた。

友人と獣医との事もだけれど、カピにもう会えないことが悲しかった。

獣医がしたことは、法に反しているけれど、良かれと思ってやったのだ。

友人とも、それっきりだった。


 今でも忘れられないのは、友人宅で、最後に見たカピの目だ。

カピには別れが分かっていたらしく、目をうるうるさせて私をじっと見つめた。

その時、私は「少しの間だけよ、すぐ会えるからね」と心の中で言った。

あれから三十年近く経っているから、カピはもう死んでしまっている。

私たちは、二度と会うことはなかった。

たまに私は、母と、カピの話をする。

そして、私は、カピがどんな一生を送ったのだろうと思う。

知っている人がいたら、教えて欲しい。

私は、もしかしたら、あの時のカピの目を覚えているから、

犬とその飼い主の力になりたい、と思ってしまうのかもしれない。


 犬は、いつも、ご主人様と一緒にいたいと思っている。

ナナとタフィーをペギーに預けて日本へ旅行した時もそうだった。

二匹は、庭で遊ぶわけでもなく、裏ドアの近くに置かれたケージの上で、一日中、

私たちの去った裏門の方を向いて、私たちの帰りを待っていたそうだ。


 ジャスミンを預かる時も、初めはナナたちと遊んでいるけれど、

その内、窓際やウッドデッキで、道路の方を向いて、ジョイが迎えに来るのを待つ。

悲しいくらい、ずーっと、ずーっと待っている。


 犬の気持ちを分かっている飼い主は、犬が自分を待っているのを知っている。

だから、たとえ飼えなくなっても、保健所に渡したりしない。

保健所で、犬たちは、迎えに来ることのないご主人様を、今か今かと待っている。

そうして、見捨てられた多くの犬たちは、寂しい思いをしながら殺されていく。


 私とティムは、フェニーが盗まれた時にも、辛い思いをした。

犬を盗む人も、犬や飼い主の気持ちを考えたりしない。

フェニーは、外庭の、低い門の所で盗まれた。

だから私たちは、犬たちを外庭へ出す時は、かならず一緒に外へ出る。


 そうして犬たちと外にいると、周りの自然に触れる機会が多くなった。

季節の違いを感じ、渡り鳥たちの声も耳にする。

湿地帯とリテンションポンドに水が張ると、マガモたちがやって来る。


 マガモは大抵、番いだけれど、家族の時もある。

ある時、五羽ほどの家族の一羽が、急に頭を低くして首を真っ直ぐに伸ばし、

その先にいる番いめがけて突進した。

自分の家族を守るお父さんなのかもしれない。

追いやられた番いは、違う方へ逃れ、再び餌をついばんでいた。


 最近は、チャウMIXが近所をウロウロしているせいか、猫を見かけなくなった。

替わりに、ねずみがいるらしく、犬たちがあちこちで匂いを嗅いでいる。

ヨークシャーテリアは、昔、ねずみ取りの犬だった。


 ある日、私は、裏庭で、一匹のねずみが、芝生の間でじっとしているのを見つけた。

それで、ねずみを逃がそうとして、棒で突っつく。

なかなか逃げないので続けていると、ねずみは、ついに反撃に出た。

親指ほどの大きさしかないのに、両方の後ろ足でしっかりと芝生の葉をつかみ、中に浮き、

仁王立ちして私を威嚇する。(出来るだけ、大きく見せようとしたのかもしれない)

なんとも可愛いのだけれど、私は必死に「早く逃げて!」と、さらに突く。


 子ねずみが逃げた後、私は、外庭の先にある家庭菜園の方へ行った。

すると今度は、子ねずみの兄弟と思われる四匹が、草の間に横一列に並んで潜んでいた。

私は静かにそこを去り、犬たちをウッドデッキに戻し、内庭のゲートを閉めた。

さわさわと、ポプラの葉が揺れる穏やかな日だった。

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