ティーの子犬たち-3 フィニー(Finny)
お調子者のフィニーは可愛い。
優しい性格で、愛想が良く、誰とでも仲良くしたがる。
できれば、先住猫たちの、お友達にもなりたかったけれど、
猫の方は、犬、特に子犬と仲良くするつもりはないので、ふられてしまった。
フィニーは、犬のアルファになる気はない。
アルファは、偉くて、皆からも一目置かれたりする。(特に狼の世界では)
それと共に、皆の安全を守るという大切な責任も担っている。
ところがフィニーは、別に偉くなりたくないし、そんな責任も面倒くさいだけだ。
自分を世話をしてくれる人間さえ、しっかりしてくれたらOKで、後は、可笑しく楽しく過ごしたい。
そんなフィニーだけれど、変に頭が良いところがあった。
例えば、紐の付いた猫用おもちゃで遊んでやると、
初めは追いかけていたのに、すぐにそのパターンを読み取り、先回りしてキャッチする。
(ココは、まじめに後を追って遊んでくれる)
フィニーは、ひ弱な子犬ちゃんも演じる。
寒がりで、いつも誰かにくっついている。
また、ちょっとのことで、「キャーン!」と悲鳴を上げる。(それはパパ譲り)
そして、「人間の膝は自分のもの」と言わんばかりに乗ってきて甘える。
うるさくして、ティムに部屋から閉め出されようものなら、
いつまでも「フューン、フューン」と哀れな声で鳴き続けて同情を買おうとする。
哀れ声もいろいろで、「ヒュン・・・ヒェン」と、まるで蚊の鳴くようなのもある。
かと思えば、鏡や窓ガラスに写った自分を、よそ者と勘違いし、雄々しくしっかり吠える。
そんな、小ざかしい性格が、成長と共に膨らんできた。
まさに、タフィーパパとティーママの遺伝子を受け継いでいる。
その性格は、兄と妹が生家を去り、一人っ子になった時、頭を持ち上げてきたらしい。
次男坊のフィニーは、「我が家で一番可愛い子犬」という輝かしい座を得たのだ。
フィニーは、ナナに対しても低姿勢だ。
それで、ナナに怒られることなく、すくすくと育っていった。
ティーママの愛情を独り占めにし、遊んでもらい、一緒にお昼寝をする。
夜も、ママと一緒のケージの中で、ぴったりとくっついて寝る。
ティーママのお尻やお腹は、フィニーの枕だった。
また、ふあふあほうき毛のタフィーパパは、格好のテディベアで、寄り添って寝たりする。
ところで、生まれた時に真っ黒だったフィニーの毛は、(ヨーキーだから)
しばらくして、毛の根元が白っぽい毛に変わり始めた。
すると頭のてっぺんが、はげているようになった。
それで、あだ名は「ジャガちゃん」から「パゲ」に変わった。(子犬に「はげ」はかわいそう)
さらに伸びると、お皿が乗っかっているみたいで、「カッパちゃん」と呼ばれた。
さて、春になり暖かくなると、外へ出る時間も多くなる。
我が家の狭い裏庭は、子犬にとって草原となり、フィニーはジャンプしながら走り回る。
そして、大人たちと一緒に、フェンス越しに近所の犬に向かって吠える。(窓越しの時もある)
ところが、面倒な時には、人(犬)任せにして自分は吠えない。
ワクチンがすむと、皆と一緒にお散歩へも行く。
外の世界は面白くて、見るもの嗅ぐものがいっぱいだった。
そして疲れると、ティムに抱っこしてもらう。
こうして調子の良いお子ちゃまワンコは、自分の世界を広げていった。
フィニーの困った問題は、足拭きマットに、そそうをすることだ。
マーキングのつもりかもしれない。
うっかりすると、きれいなのに替えたとたん、振り返ると黄色いマークが付いている。
足拭きマットは簡単に洗えるけれど、カーペットは床に敷けなくなってしまった。
アルフィーは、この点、問題がなかった。
ところが、聞くところによると、アルファ気質をますます反映して、家を制覇しているらしい。
名前も、ご主人様によって「チューイ」に変わっていた。(Chewy)
所かまわず噛むのでその名が付いたそうだ。
子犬は歯が生え変わる時、あちこち噛んでしまう。
フィニーもいくらか噛むけれど、時々お泊りに来るココは、手当たりしだいに噛む。
ココが、高価な家具の足を噛んでしまった時、私はガックリした。
ラタン製のペットベッドの端を噛んで、飲み込み、吐き出したこともある。
しかも、ウンチのような形に絡まって出てきた。
その時に付いた鼻の傷跡は、治るのに、ずいぶん掛かってしまった。
さて、我が家では、人間が食べている物を、犬にお皿からやるのは、ご法度のはずだ。
ところがティムは、目で語ると言うヨーキー、特にフィニーのパッチリお目々を無視できない。
その弱みに付け込もうと、フィニーの頭はますます冴えてくる。
こうなると、人間 vs 犬の戦いだ。
ティムは、フィニーに食事を邪魔されたくない時には、「何とかしてくれー」と私に言う。
私は、何もしない。
蒔いたのはティムだから、自分で刈り取って欲しい。
その後、ティムは、再度その癖を直したのだけれど、犬たちは、しっかりと覚えている。(と言うか、前の時は本当に直したのかも怪しい)
特にフィニーはあきらめていない。
そうしたある日、お気楽なフィニーが、なんと、
アメリカンピットブルに襲われる、という騒動が起こった。
その日、私たちは、郊外の、年配の日本婦人宅へ行き、
ティムが電気の付け替えなどの雑用をしている間、
私は、四匹の犬たちを連れて、近所を散歩することにした。
私たちは、通りから外れると、湖に向かう真っ直ぐな道を行った。
湖の近くで左に曲がると、道は湖に沿って、ゆっくりカーブしている。
そこに歩道は無かったけれど、車通りは少ない。
道から下の方に湖があり、湖畔には素敵な家々が並んでいる。
道の両側から、木々が覆いかぶさるように生えていて、初夏の緑が美しい。
木々の間から湖と家々を眺めながら、私たちは気持ちの良い散歩を楽しんでいた。
ふと見ると、湖畔の一軒の家の前庭に、繋がれていない大型犬と飼い主がいる。
少し離れていて、私たちに気付いていないようだし、そのまま通り過ぎる。
それからしばらくして、私は引き返すことにした。
元の道に戻るには、このまま行くより引き返した方が良さそうだった。
そして、私は、先ほど見た犬のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
かなり歩いたので、四匹分のリードは絡まっている。
私は立ち止まって、絡まったリードを解き始めた。
突然、犬たちが吠える。
振り向くと、あの大型犬、ベージュ色のアメリカンピットブルが、
私の真後ろに立っていた。
私は、手のひらを犬の方に真っ直ぐに向け「ノーッ!」と声を上げ、あとすざりする。
ピットブルは、動かない。
そして私は前を向き、サッサと歩き始めた。
すると、また犬たちが吠える。
ピットブルは、私たちに、ぴったり付いて歩いていた。
そしてピットブルは、突然、フィニーを噛んだ。
と言うより、くわえた、と言った方が正しいかもしれない。
それからピットブルは、"Now, what?"(えー、これからどうしよう)
とでも言うように私を見上げた。
犬たちが騒いでいたので、一番小さいフィニーをくわえたらしい。
フィニーは、もう怖くて、キャーキャー騒いでいる。
私は、ピットブルの首輪のチェーンを引き上げた。
犬、特に大型犬は、首輪を、頭の方に引き上げるように締めるとコントロールしやすい。
ピットブルはフィニーを放した。
ところが、今度は私が転倒してしまった。
私の足に、吠える犬たちのリードが絡まってしまったのだ。
ピットブルは、今度はフィニーのお尻の方をくわえた。
私は立ち上がると、すぐにピットブルの首輪をしっかり握る。
フィニーは再び自由になった。
私は、犬の散歩の時、リードを二つのカラビナに通し、それを繋いで出かける。
もし、犬たちがリードにつながれていなかったら、逃げてしまい、
ピットブルに追いかけられ、殺されていたかもしれない。
そうしている内に、やっと飼い主の若い女性が現れた。
彼女は、少し離れた所から自分の犬を呼ぶ。
私はピットブルの首輪を放すつもりはない。
今は大人しくしていても、次にどんな行動に出るのか分からないからだ。
飼い主も、こちらの犬が吠えているので、近付くのを躊躇している。
私は、「こちらへ来てくれませんか」と頼んだ。
とにかく、私は、知らない犬を信じたりしない。
ついに、飼い主は近付いてきたので、首輪を手渡す。
彼女は、少し離れると、振り返って、
「私の犬は、あなたの犬を襲おうとしたのですか?」
と聞いた。
私は、フィニーのお腹を調べてみた。
内腿に、牙でひっかかれたピンク色の擦り傷があっただけで、他に怪我はなかった。
「いいえ、きっと、私の犬と遊ぼうとして、騒動になったのだと思います。」
と答える。
私たちはそこを去ると、湖を後にし、真っ直ぐな道の歩道を足早に歩いた。
犬たちも不安らしく、真剣に付いて来る。
ティーは、いつになく緊張している。
フィニーもティーママの体にぴったりとくっついて、一生懸命に歩く。
遠くで、犬の吠え声が聞こえた。
ティーは、キッキッと辺りを見回し、安全かどうかを確める。
車通りの多い道路に近付くと、その騒音は、私たちの緊張をほぐしてくれた。
フィニーはやっと安心して、ママから離れて歩き出した。
自然界では、毎日のように繰り広げられている危険だけれど、
フィニーにとっては大冒険だった。
私も、転んだ時に、はいていたジーンズの膝が破れ、擦り傷で血もにじんでいた。
ティーは愛想の良い犬で、大型犬も好きだ。
ところが、アメリカンピットブルには近付かない。
我が家のお向かいさんがこの犬種のMIXを飼い始めたのだけれど、ティーは怖がる。
無理もないと思う。
ところが、フィニーは、すぐに立ち直ってしまった。
この騒動から数日後、近所の別の純血ピットブルが表に出ていると、
フィニーは、近寄ろうとするではないか。
私は慌てて止める。
そして「学ばないやつ」と思ってしまった。