Tea-3 フランティック ロマンティック
ティーは、まるでティムに恋焦がれている女の子のようだ。
フランティック・ロマンティック(Frantic Romantic 半狂乱の甘美)を地で行っている犬かもしれない。
AKCでのランキングで、ヨークシャーテリアは二番目だそうだ。
人気があって値段も高い犬種なのに、ティーの最初の一年は幸せでなかったらしい。
ティーは拾われた時、首輪とリードを付けたままだった。
汚れてもいなかったので、「ワタチたった今、迷子になりマチタ」という感じだ。
ティーの迷子情報は、すぐに動物保護センターに伝えられ、インターネットにも載せられた。
それなのに誰もティーを捜していなかった。
今まで存在していなかったかのようだ。
だからティムを始めて見た時、「ついに、この人にめぐりあえた」と思ったのだろう。
とは言うものの、このまま諸手を挙げてハッピーエンドと言うわけでもなかった。
私たちは、この半狂乱とも言える(フランティックな)性格のティーを訓練しなければならない。
ティムも仕事の合間を縫って犬たちの世話をし、散歩に連れて行く。
ティーは、ティムと、はなればなれになりたくないから、私とは散歩に行きたがらない。
それはティーを車に乗せて出かける時も同じで、ティムが一緒でないと、
まるで世界の終わりでも来たかのように騒ぎ出し、ずーっと哀れな声を出して鳴き続ける。
私の車は、救急車のようにサイレンを鳴らしながら走っているようで、恥ずかしい事この上ない。
さらに、うちには先住の犬猫たちがいる。
彼らとも、うまく付き合ってもらわねばならない。
もっともタフィーの心配はいらなかった。(去勢してないオスだから)
そうしている内に、ティーは私たちとの生活に慣れていった。
ナナやタフィーの後を追って、外で用足しをするようにもなり、
外の世界が怖い所でないことも分かり始めた。
これが多頭飼いの利点だ。
訓練されていない犬は、他の犬が訓練してくれたりする。
それでも気掛かりなことがあった。
ティーは必ず、ナナのおしっこの上に自分もする。
それはマーキングなのだけれど、ティーはどんな結果になるのか分かっているだろうか。
ナナは気の強い犬だ。
そのうち問題が起こるのでは、と思った。
それにニッキーは、ティーにはイラッとさせる雰囲気があると言う。
確かに私も、ティーの周りにオーラの如く淀んだ空気が漂っているのを感じる。
そしてバトルが始まった。
ナナがティーを襲ったのだ。
ティーが来てから二ヶ月ほど経ってからのことで、
ナナとティーの間で、まさに血で血を洗うような喧嘩になり、
私は、「ついに来たか」という感じだった。
私は、攻撃された可愛そうなティーを守るため抱き上げナナを叱る。
私は、二匹を離す時、何度かナナに噛まれてしまった。
ナナは私を噛むつもりはなかったのに、私が離し方を間違えたからだ。
大型犬の時とは違い、小型犬だからと言って、安易に抱き上げるのは良くない。
しかもティーの方を抱き上げたのでナナが逆上し、私は火に油を注いでしまっていた。
そしてついに、ナナとティーは、共に生活できなくなってしまった。
外で散歩する時は、一緒に仲良く歩いているように見える。
ところが、一歩、家に入ると、ナナはティーを追い出そうと攻撃する。
この家は、二匹の犬のバトルゾーン(戦闘地帯)と化してしまった。
改善しようと努力するのだけれど悪くなるばかりで、私はほとほと困り果ててしまった。
小型犬とはいえ、噛まれれば痛い。
ナナとティーも、一歩間違えれば大怪我をするかもしれない。
私は、「獣を飼う」という意味を、つくづく思い知らされてしまった。
もはや素人に解決できる問題ではなく、ドッグトレイナーに来てもらうことにした。
ドッグトレイナーの観察で、先ず驚いたのが、
一番悪いと思っていたナナが、実は、さほど悪くなかったことだ。
ナナの私に対する依存度は高く、私はそれが原因だと思っていた。
もちろん、それも問題の一つだったけれど、
原因は、私たちが哀れに思っていたティーの方にあったのだ。
ティーは"Rude"つまり「無作法」だと言うのだ。(私はこの時、笑ってしまった。)
ティーは、犬としての社会性が全くない。
それを分かっているつもりだったけれど、問題は私の予想をはるかに超えていたのだ。
もしかしたら、ティーは子犬の時、母犬から早く離されたのかもしれない。
とにかくナナは、ティーの無礼さにうんざりしていた。
そしてついに、ナナの堪忍袋の緒が切れ、ティーを家から追い出すことにしたのだった。
人間社会でも、ありそうな話だ。
さらに驚いたのは、一番弱いと思っていたタフィーが、
実は精神的に一番安定していて、アルファーの気質を持っていたことだ。
タフィーは寛大に、ナナやティーに譲っていたらしい。
しかも、メス犬には譲ってもオス犬には譲らない。(下心があったからとも言える)
だからいつもにらみを利かせている。
時には憤然とオス犬に襲い掛かる。(こちらも結構危ない)
私は、ドッグトレイナーから教わった訓練を必死にやってみた。
ナナとティーの関係は少しは良くなったけれど、それでも大きな進展はなかった。
ティーの問題は、深過ぎるのだ。
もし犬のBoot Camp(新兵訓練所)でもあれば、そこにティーを突っ込みたい気分だ。
一ヶ月ほどして、素人の私には、ティーの母犬の代わに教えるのは無理だと悟り、
二犬を対面させることにした。
ドッグトレイナーは、それも選択肢の一つだと言っていた。
しかし、これには危険が伴う。
それでペギーの家に連れて行って、裏庭で対面させることにした。
もし怪我をしたら、ペギーに治療してもらう。
そしてナナvsティーのバトルは始まった、かと思ったら、あっという間に終わってしまった。
ナナの勝利だった。
両者に怪我もなかった。
この方法が良いかどうかは、固体によって違うだろうし、状況にもよる。
ところがティーは、ジョイの家へ行くと、ジャスミンにはあっけなく降参する。
緊張するのか、おしっこを漏らすので、外で排尿させてから中に入る。
それはジャスミンが我が家へ来た時も同じで、ジャスミンの方は「だから?」という感じだ。
ジャスミンはといえば、ママのナナに従う。
つまり、ナナ>ジャスミン>ティーのはずなのに、ナナ>ティーではない。
結局、犬同士の順位は狼ほど厳しくはなく、案外テキトーなのだ。
飼い犬たちにとって、自分が何番目? と言うより、
人間が群れのリーダーなのかどうかが重要なのだそうだ。
それは家庭内のどの人間、例え子供であっても同じで、
我が家では、お客様にも、リーダーとして振舞うようお願いしている。
とにかく、やっと、ナナとティーは一緒に生活できるようになった。
未だに両者はお互いに嫌いだけれど、あまり喧嘩することもなくなった。
ティーは、基本的に優しい犬だ。
なぜか猫のタイニーが好きで、階段の踊り場で、よくタイニーと一緒に座っている。
タイニーも優しい猫になっていた。
さて、我が家の猫たちだけれど、
フリスキーとレディジェーンは、二匹の犬が三匹になろうといつものように一階に下りてくる。
フリスキーは、いつもひょうひょうとして我が家の犬たちには動じない。
レディジェーンも、一番小さいのに犬にはひるまない。
たまにナナに近寄り、スリッと挨拶をする。
マーキングなのかもしれないけれど、犬にとって猫の習慣はさほど重要ではない。
ミスティーは、相変わらず高椅子の上だ。
ロマノフとハプスブルグは、昼は二階にいる。
彼らは、ティーと言うよりナナとタフィーとの問題で、たまに追い掛けられたりする。
時々、猫たちは怒るらしく、糞がどこぞに置いてある。
時が過ぎ、ティーの毛も伸びてきくると見栄えが良くなった。
ティーは、不思議な魅力を持っている。
散歩に連れて行くと、ティーがいつも人々の一番人気を取る。
初めは、ブロンドヘヤーだからかなと思っていたけれど、ふとフェニーを思い出した。
フェニーも問題児だったのに、なぜか人気があった。
そして、ティーンエイジャーの子たちに、
「この犬を売っているの?」といつも聞かれた。
そのように聞かれたのはフェニーだけだった。
ティーンエイジャーが抱いている多感な気持ちと、どこか通ずるところがあったのかもしれない。
私は今でも、たまに、あのお店に張られていたフェニーのチラシを出して見る。
そのチラシを作ったシャミーラという人は、お店の人に、
「この犬がとても好きだ。
このままではもっと好きになってしまうので、もし飼い主が見つかったら、手放すのが悲しい。
だから、今の内に飼い主を捜したい」と言ったそうだ。
このチラシは一枚しかなく、その店以外では見つからなかった。
しかもそこは、私たちのチラシが張られていた場所のすぐ近くだった。
私たちがその犬を捜しているのを、シャミーラは知っていたはずだ。
それなのに連絡できないでいた。
もしかしたら、良心の呵責に苛まれてチラシを張ったのかもしれない。
そのチラシを見付け電話をすると、電話番号はすでに変えられていた。
シャミーラは、フェニーに心を奪われてしまったのだろう。
それもまた、フランティック・ロマンティックだったのかもしれない。
「そんなにフェニーが好きで、大切にしてくれるのであればフェニーを譲ったのに」と私は思う。
私が欲しかったのは、「フェニーは幸せ」と言う知らせだけだったのに。
それでは、私たちは、本当にフェニーを手放せたのだろうか。
ティムは、フェニーを取り戻しただろう。
だから私は、「これで良かったのでは」とも思う。
おそらくフェニーは、母親のナナがそうであったように、自分のご主人様を見つけたのかもしれない。
その気持ちは、私たちがフェニーを思う気持ちより強かったのだ。
私たちの思いに引き寄せられたのは、フェニーではなくティーだった。
ティーは、ティムに恋焦がれている。
生まれた時から、ずーっと、ティムに引き寄せられていたのかもしれないと思えるほどだ。
私の夫ティムがめぐり合ったのは、そんな犬だった。




