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     Tea-2 「拾う」の意味

 It was lost and it was found.

「失われていたのが見つかった」と言う意味だ。

拾われたのはフェニーではなかったけれど、 

なぜかフェニーのような境遇の、ヨークシャーテリアだった。


 その日ティムは、動物保護センターから高揚した声で電話を掛けてきた。

記録帳に、保護されたメスのヨークシャーテリアの情報があったのだ。

お店が並んでいるにぎやかな通りの駐車場で拾われたそうで、

そこはフェニーが目撃されていた場所からも近かった。

係りの人に連絡してもらうと、犬を拾った婦人がすぐに連れて来るので待つことにしたのだそうだ。


 やって来た犬はフェニーではなかった。

ところが、その時、ティムとその犬は、お互いに一目惚れしてしまった。

ティムはその婦人に、

"Do you think I can take her home with me?"(彼女を連れて帰ってもいいですか?)

と聞くと、婦人は、

"I don't mind."(かまいませんよ)と答える。


 その婦人は、この犬を自分の家には連れて帰れないないと言うのだ。(後で無理もないと思った)

係りの人も、ティムに引き取るよう勧める。

こうして拾われたこのヨーキーは、我が家にやってきた。

私はその時、この犬も、ロクサーンのように、飼い主が見つかるまでのチョットの間だけ世話すると思っていた。


 ティムは、その犬をティーと呼ぶことにする。

お茶の好きなティムらしい。(ジャスミンが子犬の時の名前だ)

ティムにとって、この犬は、朝目覚めた時の一杯の紅茶の清々しさを思わせると言う。

ところが実際は、清々しいどころか、とんでもない子だった。

そこが一目惚れの怖いところかもしれない。

時が経った今でも、彼らは、周りの迷惑をよそに熱々の関係だ。


 ティムとは反対に、私が見たティーの第一印象は

「エーッ? これがヨーキー!?」だった。

耳は立っていないし、痩せていて足もひょろひょろで、かかしみたいだ。

毛は短く散切りにされていて艶もなくみっともない。

ブラッシングは大嫌い。

感情的だし、大きな声で情けなく甘えるように鳴く。

おまけに、庭に出ることを極端に嫌う。


 特に夜は、全く外に出たがらない。

二月と言えば、まだ夜は長い。

と言う事は、その長い夜、用足しを家の中ですることになる。

では、ウイウイパッド(おしっこシート)か新聞紙の上でするのかと思いきや、そうではない。

家の中のあちこちで、垂れ流しだ。

しかも、タールのようなウンチで下痢気味でもある。


 それだけではない。

「おかしい」と思っていたら、数日後、ティーはタフィーを受け入れ始めた。

なんと!ティーは発情していたのだ。(おそらく、初めての発情)

急きょ、タフィーは、ペギー宅へ一週間のお泊りとなる。

もし飼い主が現れ、ティーが妊娠してしまっていては困るのだ。


 それにしても、ティーはいつもティムにべったりくっついている。

まるで、恋人から一刻たりとも離れたくない、と言わんばかりだ。

飼い主を恋しがる風でもなく、本当に飼い主はいたのだろうかと疑問に思う。


 次第に私は「ティーは見捨てられた犬なのでは」と思うようになった。

そうでなければ、盗まれたか何かで、変な扱いを受けたのかもしれない。 

とにかく普通の犬ではない。

どちらにしても、ティーを所有していた人は、犬の扱い方を知らないと言わざるをえない。


 以前に、カリフォルニアの動物園でコアラが盗まれたことがある。

数日後、コアラは動物園へ返され、全国でニュースを見ていた人たちも安堵した。

盗んだのは、ティーンエイジャーの男の子たちだった。

ガールフレンドへのプレゼントだったそうだ。(貰っても困るだけなのに)

おまけに、彼らはコアラの生態の知識が全く無かった。

哀れなコアラはひどい扱いを受けたのだけれど、無事でいてくれて本当に良かったと思う。


 このように、犬でも、ただ可愛いからと、縫いぐるみでも買うかのように手に入れて、

後でどうしてよいのか分からなくなったりすることがある。

犬は、人間に最も早く飼われた動物なのに、未だに扱い方を知らない人は多い。

とは言うものの、私だって知らない時もあった。

怒っても仕方がないので、できるだけ飼い主、そして犬の助けになりたいと思っている。




 我が家に来たころのティーの肉球は、フェニーのと同じように柔らかだった。

散歩に行ったことはないらしい。

もちろん、ティーは、外へ行くのが嫌いだから、散歩も行きたがらない。

それでも散歩に連れ出すと、とぼとぼと後ろを歩き、体力がないのかすぐにへたばってしまう。


 ところが意外な事に、小さな子供を見るとリードを引っ張って近寄ろうとする。

ヨーキーは、普通、子供を嫌う。

ナナとタフィーは子供に慣れているけれど、自分から行くことはない。

ティーは公園で三歳ぐらいの子供をバーン!と押して、尻餅を付かせてしまったことがある。

子供はびっくりしたけれど泣かなかった。(私は申し訳なかった)

ティーは小さい子を襲うつもりではなく、ただ嬉しかったのだ。


 おそらくティーの飼い主には、小さな子供がいたのだろう。

もしかしたら夫婦共稼ぎの家で、昼間はひとりぼっちだったのかもしれない。

寂しいので、そそうもする。

そして、家族が帰ってくると、うれしさのあまり騒ぐ。

おしっこも漏らすだろう。

しかもティーの騒ぎ方は異常だから、叱られ、罰として外に出される。

外は寒くて、寂しくて、ますます問題児になる。

それに飼い主が子供の世話で忙しければ、子犬を訓練するのは難しいかもしれない。


 子犬は、大人になるまでの二歳ぐらいまで、とても手間がかかる。

特にヨークシャーテリアは、その時期にきちんとした訓練が必要な犬種だ。

飼いやすい犬だけれど、扱い方を知っている人にだけ飼ってもらいたい犬でもある。


 ティーの場合、ヨーキーの性格を知らない人が購入したのか、

誰かにプレゼントされた犬だったのかもしれない。

私の知り合いに、クリスマスプレゼントでチャウチャウをプレゼントされた家族がいた。

子犬の頃のチャウチャウは、テディベアのように可愛い。

ところが、家族がちやほやしたのもその時だけ。

成長し、大きくなると、ただの裏庭の主になった。


 嬉しいことに、そこの裏庭は広く変化に富んでいて、犬にとって良い環境だった。

たまに脱走して、外の世界を満喫する。

人間を襲わないけれど、猫狩りをする。

近所の、億万長者の猫を殺してしまった時は、裁判沙汰になるのではと飼い主は心配した。

(猫の飼い主の方は、猫の死を悲しんだけれど犬を責めなかった)

犬が脱走する度に、飼い主は血相を変えて追いかける。

大きなチャウチャウを捕まえるのは大変だった。


 このようにして、十数年、その家族は、

プレゼントされた犬と付き合う羽目になってしまった。

それでも犬の方は幸せそうで、チャウチャウにしてはフレンドリーな犬だった。

私も、この犬を好きだった。

そうして、飼い主は、きちんと最後までその犬を看取った。


 とはいっても、世の中そんな甘い話ばかりではない。

クリスマスの後しばらくすると、保健所へ連れてこられる犬は少なくないらしい。

ダルメシアンはその良い例で、特質を調べなかった飼い主が、問題犬として手放すのだ。

特に、映画で人気が出た後は動物保護センターにあふれていた。

この犬種は、普通の犬とは性格が違う。

知らない人は、飼ってみて「あれっ?」と思うかもしれない。

もちろん、そこが、この犬種を好きな飼い主にはたまらない魅力でもあるのだ。


 ある時、私は半歳ぐらいのダルメシアンを保護し、

ダルメシアンを多頭飼いしている知り合いに世話してもらったことがある。

一週間近くして、飼い主が引き取りに来たのだけれど、

「動物保護センターに置いといてくれれば良かったのに!」と怒られたそうだ。

センターでは、一日ごとの滞在費用を請求される。(ペットホテルと同じくらい)

飼い主はそんなこととは知らず、ただで引き取れると思っていたらしい。

ダルメシアンの知識もなさそうだった。

おまけに自分の犬が彼女の家にいることを、数日前から知っていたようなことを言う。

自分の都合で、犬の世話をしてもらいたかった魂胆は見え見えだった。

それで彼女は、「はい、はい」とだけ言って、早々にお引取り願った。

このように犬の知識はなく、常識もない飼い主の犬はかわいそうだ。


 ロットワイラーの人気が出た時も、あるブリーダーは、喜ぶどころか心配していた。

ロットワイラーの特質を考えないで「人気があるから」とか「強そうだから」と、

安易に購入し、不幸になってしまう子犬が増えてしまうからだ。

彼女は「できれば人気の順位が下がって欲しい」と言っていた。

こういうブリーダーは、本当にその犬のことを考えている。

純血種を買うのであれば、こういう人から直接買って欲しい。 


 さて、アメリカでは、ヨークシャーテリアの値段は他の犬種より高い。

ティーを買った人も、お金に余裕のある人だったのかもしれない。

着けていた首輪も、ペット用ブティックで売っているような、

ピンクのハート型の模様の付いた首輪だった。

しかも、幅の広い大型犬用で短く切ってあった。

細い首に太い首輪は、ファッショナブルで可愛かった。

ところが、小型犬にとって全く迷惑な話である。

そんなお金があれば、トリミングにでも連れて行ってもらいたい。


 ティーを飼っていた人が誰であっても、犬の知識があったとは思えない。

飼い主によって問題犬となった犬は、飼い主によって見捨てられてしまったりする。

拾われたのは、そんな犬だった。

そして、ティムと私は、ティーの飼い主は名乗り出ないだろうと思った。


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