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     ふあふあの毛-3 「失う」の意味

 それは、十二月九日、土曜日、夜の十一時を過ぎたころだった。

ティムは、二階の寝室のベッドの上で本を読んでいて、

ナナとタフィーは、その横にいる。

そして、フェニーは、

ケージの中で、布製ベッドの中で丸くなり、気持ち良さそうに寝ていた。


 犬たちは、寝る前に、用足しのため外に出される。

私は、一瞬、フェニーを起こして、外へ出すかどうか迷った。

それでも、夜中に行くよりは、ましかもしれない。

“Let's go, Fenny.”(行きましょう、フェニー)

私が呼ぶと、フェニーは、その愛くるしい目で私を見上げた。


 フェニーはケージから出て来ると、ナナやタフィーと一緒に外へ出る。

私は、内庭の門を開け、犬たちを外庭の方に出した。

それから家の中へ戻り、ティムに、犬たちを家の中に入れてくれるように頼む。

そして、私がシャワーを浴びていると、ティムがやって来て叫んだ。

“Where is Fenny?!”(フェニーはどこ?!)

フェニーは、忽然と消えてしまった。

その間、数分しかなかった。


 私たちは、暗い夜道を捜し、いつも行く公園の入り口にまで行ってみる。

フェニーの姿はない。

初め、私たちは、フェニーが、外庭の垣根に穴でも見つけて、

そこから出てしまっただけだろうと思っていた。

タフィーもいなくなったことがあったけれど、しばらくして戻って来た。

フェニーも、そのうち戻って来るかもしれない。

私は、一階のソファで、ナナと一緒に寝ることにした。


 その夜、ナナは、一時間おきに外に出たがった。

そしてウッドデッキの端へ行くと、格子から顔を出し、宙に向かって吠える。

それは、力の抜けた、あてのない悲しい吠え声だった。

フェニーを呼んでいるのだ。


 次の日の朝も、公園から近所を回ってフェニーを捜す。

逃げたのであれば、家の近所は歩きつくしているし、帰り道も知っている。

それなのに、フェニーの痕跡すら見つからない。

私たちは、新聞に、写真付きで広告を出し、チラシもプリントして配った。


 数日後、嵐になり、二日ほど停電する。

私は、フェニーが、この暗闇で、どうしているのだろうと思った。

私たちには、何の情報もないのだ。


 突然、「小学生の息子が、フェニーを見かけた」と、父親が連絡してきた。

それは、フェニーがいなくなって十二日後だった。

その場所は、私たちの家から少し離れた、フェニーの知らない道だ。

その後も、フェニーを見たという人たちが連絡をしてくれる。


 私は、タフィーとナナを連れて、連絡をくれた人の一人に会いに行った。

その婦人は、フェニーを捕まえられなかったと話してくれた。

もし、道に飛び出したら、事故に遭うかもしれないと、あきらめたそうだ。

逃げたフェニーを捕まえられるのは、ナナだけだ。


 いくつか入る連絡をたどっていくと、フェニーが、南へ移動しているのが分かる。

しかも、以前の飼い主の家を、通り過ぎてしまった。

私は、フェニーが、私たちの所へ戻ろうとしているのだと思った。

ペギーやニッキー、そして他の友人たちも協力してくれた。

南へ移動しているのであればと、先回りもした。

それでも見つからない。

それに、私たちの家は、南の方にはないのだ。


 そのころまでに、私は、フェニーは盗まれたのだと気付いていた。

あの夜、門は閉まったままだった。

それに、もし、フェニーが外へ逃げたのであれば、真っ先に向かうのは、

近所の、犬を飼っている家だ。

そこのフェンス越しで、お互いに吠え合って、大騒ぎしていたはずだ。

ところが、その夜、そこの犬たちは静かだった。


 しかも、外に出たナナは、フェニーを捜そうとしなかった。

地面の匂いも嗅がなかった。

暗くて寒い真夜中、フェニーを捜す私の後を、おとなしく付いて回るだけだった。

そして、家々の屋根に添って消えていく道の方に向かって、何度も、何度も、吠えていた。


 「ナナは、フェニーが、ゲートのところで取り上げられ、車に入れられ、

連れ去られていくのを見ていたのでは」とペギーは言う。

ティムも、フェニーがいなくなった時、ナナとタフィーが吠えるのを聞いていた。

ナナは、知っていたのだ。


 それに、フェニーが逃げたのであれば、汚れているはずだった。

ところが、フェニーを捕獲しようとした婦人は「汚れていなかった」と言った。

フェニーは、嵐の夜、そして地面が乾くまで、家の中にいたのだ。

それなのに、フェニーを保護していたという人は現れなかった。

 

 それに、匿名の電話番号で、変な電話も掛かってきた。

若い男の子の声で、「新聞で、犬がいなくなったことを知りました。戻ってきたのですか?」と聞く。

私は、「戻っていません」と答える。

すると、「犬がかわいそうで心が痛い、捜すのを手伝いたい」と言う。

私は、変だなと思いつつ、「チラシをそちらの家へ持って行きましょう」と言うと、

「仕事中で、職場から電話をかけているので、後でかけ直します」と言って、電話は切れた。


 その時、私は、

「ああ、この子はフェニーと一緒にいたのだ」と思った。

そして、すでに、フェニーを失っているらしい。

もちろん、二度と電話を掛けてこなかった。


 フェニーは、捕らわれていた家のドアが開いた時、逃げ出したのかもしれない。

しかも、一度逃げ出せば、彼らには捕まえられない。

フェニーは、普通の犬ではないのだ。

電話を掛けてきた男の子は、逃げたフェニーに、自分で家にたどり着くか、

私たちに見つけて欲しかったのかもしれない。

それに、私は、この子に、会ったことがあるかもしれない。


 フェニーが盗まれた夜、近所で二件のクりスマスパーティーがあった。

そのうちの一件は、ティーンエイジャーの息子が住んでいる家だった。

そこには、以前から、毎日のように、友人たちが遊びに来ていた。

もしかしたら、その友人たちが、パーティから帰る途中で、フェニーを盗んだのかもしれない。


 私が、フェニーは盗まれたのでは、と思い始めたころ、

その家の前に、いつもの友人の車が止まっているのを見かけた。

車の中には、男の子たち4人がいる。

その家の子の帰りを待っているらしい。

私は、わざと、フェニーのチラシを、それぞれに渡してみた。

彼らは、何も言わず、ずいぶん長い間、チラシを見つめていた。

そして、それから、ぷっつりと、姿を見せなくなった。


 それに、私は、隣の家の入り口に、紫色の首輪が落ちているのも見つけた。

その首輪は、フェニーがまだ家にいたころ、すでに無くしていたものだった。

以前の飼い主が付けさせていたもので、外れやすかったのだ。  

それが、なぜ、今になって、ここにあるのだろう。

しかも、嵐があったのに、汚れていない。

その時、私は、はっとした。

フェニーは、以前から、狙われていたのだ。

前にも、誰かが捕まえようとして、首輪だけ外れてしまっていたのだ。

そして、今度は、その首輪を使って、他人に盗みをなすり付けようとしている。


 もしかしたら、あの電話の声の主は、私がチラシを渡した男の子の一人かもしれない。

そして、その電話の声から、後悔しているのが感じられた。

彼が、すでにフェニーを失っているのであれば、私にとってあまり意味は無い。

たとえ、謝ったとしても、彼はフェニーを返すことができない。

それでも、私は、許すことは出来る。

ところが、彼は、謝らないので、許されることも無かった。

そして、そのまま、後悔しながら生きていくのだ。

いや、後悔などしないで、忘れてしまうのかもしれない。

そういう大人になっていくのかもしれない。


 若い子たちが、些細なこと、と思っていたのに、大変な結果になることがある。

例えば、いじめで、級友を死なしてしまったりする。

私の知り合いにも、そのようにして、息子を亡くした母親がいる。

母親はとても感じの良い婦人で、息子も思いやりがあり、学校でも人気があった。

それゆえ、ねたみがあったらしい。


 その息子が死んだ時、級友たちがそばにいて、しかも不思議なことだらけだった。

ところが、その答えは無く、事件も明らかにされないまま、封印されてしまった。

本当のことは、今でも、その級友たちと、彼らの親たちの心の内にしまわれている。

それが良かったのかどうか、私には分からない。

その級友たちは、今は、あの時と同じ年頃の子供を持つ親になったはずだ。

彼らは、どんな大人になったのだろう。


 愛する人を失うのは、とても悲しい。

特に、人の手によって失われたのであれば、やりきれない悲しみがある。

奪った人は、その悲しみを知ることがあるのだろうか。

「失う」の意味が分かるのだろうか。


 私たちが失ったフェニーは、さまよい、この寒空の下で震えている。

それに、今まで、あまり良いことも無かった。

そう思うと、私は、悲しくて、悲しくて、涙が流れた。

ただ、不思議だけれど、私は、いつかきっと、フェニーに会えるような気もしていた。


 フェニーを失って二ヵ月が過ぎ、もう情報は入らなくなっていた。

ペギーは、フェニーがどんなに逃げ回っていても、飢えと寒さで、人に頼るはずだと言う。

すでに、だれかに保護されているのかもしれない。

それに、もしフェニーが死んだのであれば、死体が見つかるはずなのだそうだ。

飼い主の不明な犬の死体は、動物保護センターに連絡が行く。

ティムは、ほとんど毎日、そこに寄っていたから分かるはずだ。


 そして、フェニーがいなくなって三ヵ月後、幾人かの人から電話連絡があった。

それは、迷子犬の飼い主を捜している一枚のチラシについてだった。

私たちは、すぐに、そのチラシが張られている店へ向かった。

チラシに乗せられた写真は、ぼやけているけれど、フェニーだった。

急いでそこに電話する。

電話番号は、すでに変えられていた。


 ついに、フェニーが帰って来ることはなかった。

それでも私は、写真のフェニーに会えた。

今、私たちに残っているのは、最後の夜、フェニーが寝ていた、あの布製のベッドだ。

そして、フェニーがいなくなる前の日、ブラッシングした時、捨てないで残しておいた、

一つまみの、ふあふあの毛だった。

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