表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/53

第8章 ふあふあの毛-1 子犬たちの幸せ

 お茶好きのティムは、次女の、ジャスミン(Jasmine)の名前を気に入っていた。 

ジャスミン・ティーとも言えるからだ。

子犬だったジャスミンは成長し、次第にヨークシャーテリアらしくなってきた。


 ヨークシャーテリアの毛は、子犬の時には黒い色をしている。

その毛の色は成長と共に変わっていく。

まるで毛染めしていた黒髪の下から、明るい色の髪が伸びてくる様な感じだ。

成長すると、頭とお尻の毛はゴールドやシルバーになる。

その色は、犬を暗い炭鉱で見つけるためだった。

「動く宝石」と言われるヨークシャーテリアの原石は、地下の奥深くで生まれたのだ。


 ジャスミンの頭の毛は、シルバーに近い美しいゴールド色だ。

ご主人様のジョイは、自分でジャスミンの毛をカットする。

ボブスタイルのヘアカットは、ジャスミンに良く似合っている。

ジョイは、ジャスミンの良く動くたれ耳が、彼女の表情をより豊かにしていると言う。

ジャスミンは、まさに「ティーンエイジャーの女の子」という雰囲気があった。

海岸沿いの街を歩く「イパネマの娘」のイメージだ。


 若い子が、バッグにこだわるように、

ジャスミンも、ピンクのバッグ型のおもちゃを気に入っていた。

その取っ手を銜えて得意げに歩き回る。

ジャスミンは、自分のお気に入りのバッグを汚さず、きれいに扱っていた。

だから、オス犬のリコに自分のお気に入りを触られるのを嫌がった。(リコは、ジョイが、少しの間、世話をしていたヨーキーだ)

ジャスミンは、デリカシーのない男の子に、自分のバッグを台無しにされたくないのだ。


 ところがある日、リコは、ジャスミンの目を盗み、そのバッグで遊ぶ。

そして取ってをちぎってしまった。

「しまった!」と思ったリコは、その上に座って隠そうとする。

そこへ、ジョイが、やってきた。

「ん?」と思ったジョイは、リコが何を隠しているのか調べてみる。

そうして壊れたジャスミンのバッグは見つかってしまった。

ジョイが修理したけれど、もはやジャスミンにとって、百八十度、同じバッグではなかった。

「ファッショナブルな女の子」の持ち物ではなくなってしまったのだ。


 時々、ジョイと私たち夫婦は、ワンコたちを連れて旅行やキャンプに出かけたりする。

ある夏の終わり、ジョイが知り合いの海の別荘に招待してくれた。

そして私たちは、皆で浜辺へ散歩に出かける。

空は曇っていて、霧が出ている。

青い空の下の海も素敵だけれど、霧の砂浜は、神秘的で美しい。

ジャスミン、ナナ、タフィーの親子がそろって前を歩いている。

その後ろ姿を見ていた私は、ちょっとジェラシーを覚えた。


 ナナの体の毛は、少しカールしていてアフロっぽい。(特に湿っていると)

タフィーは毛が多いので、ほうきが、足を付けて歩いている様にも見える。

ところがその娘ジャスミンの毛は、美しい黒髪のようで艶があり、スカートのように、ゆらゆらと揺れている。

おまけにシルバーゴールドの足の毛は、ふさふさのブーツを履いているようだ。

ジャスミンの毛質は、パパ・タフィーの親譲りなのかもしれない。(隔世遺伝)

ドッグショーで優勝するような犬の毛並みは、やはり違うのだろう。


 ジョイは、ブラッシングした時に抜けた、ジャスミンの毛を集めている。

後で、紡いで、糸にして編むのだそうだ。

手芸好きのジョイらしい。(それで、私も集めることにした)

飼い主のペットの毛で、バッグを編むビジネスをする人もいる。(猫も出来る)


 私は、ジョイが、ジョスミンのご主人様になってくれて、本当に良かったと思う。

ジョイは、それまで飼った犬の中で、ジャスミンは一番だと言う。

ジャスミンも、ジョイが大好きだ。


 ジャスミンを飼い始めた時、ジョイは、夫の介護をしていた。

そして、夫は、ジャスミンが一歳になろうとしていたころ、亡くなった。

その朝、ジョイは、娘の一人に夫の看病を代わってもらい、

ジャスミンと、ふたりだけで、小旅行に出かけようとしていた時だった。


 悲しみに浸る間もなく、忙しくしているジョイを手伝おうとして、別の娘が、

「ジャスミンを預かるね」と言う。

すると、ジョイは、

“Don’t take her! I need her!” 

「連れて行かないでー! ジャスミンが必要なの!」

と叫んだ。

後で、ジョイは、

「ジャスミンがいてくれたから、辛い看病も乗り越えられた。」

と言った。



 三女のオリーブ(Olive)は、パピーカットをしているので、いつも毛が短い。

顔も毛質も、ナナに良く似ている。

一歳年上のお姉さんの、白いトイ・プードル、ポルシェと共に飼われていて、仲が良い。

そして、毎週グルーミングに行く、というリッチな家のペットになってしまった。(家にはプールもある)

後で、オリーブは、心臓障害の疑いがある、と言われてしまい、

シアトルのスペシャリストのところへ、検査に連れて行かれた。

結局、問題はなかったけれど、オリーブは、とても可愛がられている。


 オリーブは天真爛漫、弾丸のように猪突猛進で体系も丸くて子犬っぽい。

自分の体の大きさほどある、かえるのおもちゃが大好きで抱いたまま寝たりもする。(壊れた時のため、何個か買い置きしてあるらしい)

「まだ子犬よ」なんて言ったら、皆、信じるかもしれない。

オリーブの近くに住んでいるニッキーは、時々オリーブを見かけるらしく、

元気で無邪気な様子に「あの子は何も考えていない」と言って笑う。


 ナナが美人犬なので、子犬たちも、耳が立っていない美犬三姉妹だった。

パグを飼っている友人は、人間がその犬種に、手を加えれば加えるほど、

耳は垂れてきて、尻尾は曲がってくる、と言っていた。

猫の耳を触ると、ピンと硬く立っている。

猫は、より自然に近いのかもしれない。

大きさも、犬のように豊富ではない。

もっとも、猫に、セントバーナードのように、大きくなってもらいたくはないけれど。



 我が家を離れた三匹の子犬たちは、もはや私たちの犬ではない。

だから私は、飼い主のやり方に口出しするつもりは無かった。

それでも、あるジャーマンシェパードのブリーダーは、

飼い主が子犬をきちんと扱っていないと分かると、

お金を返して、子犬を取り戻したそうだ。

チャンピョン血筋の子犬を売るヨークシャーテリアのブリーダーも、

「それは当然だ」と言っていた。

このヨーキーの子犬たちは、日本円で数十万する。

たとえ、高額であっても、お金より、子犬の幸せの方が重要なのだそうだ。

ところが、まさか、私たちが、このような問題に遭遇するとは思ってもみなかった。


 フェニー(Fenny)は、小学生の子供たちがいる家庭に引き取られていた。

とは言うものの、それを決める時、私は心配だった。

ヨーキーは、あまり子供を好まない。

もちろん、きちんと世話すれば、子供のいる家庭でも充分に幸せに暮らせる。


 私は、ヨーキーの性格を説明したのだけれど、分かってもらえたのかどうか不安だった。

それで、母親に、図書館へ行って、この犬種について詳しく調べるように勧めた。

出来れば、諦めさせたかった。

母親は子供たちと図書館へ行き、調べたそうだ。

そしてますます、ヨークシャーテリアが好きになり、きちんと世話できると主張する。

「そこまで言うのであれば、譲りましょう」と、私は言った。

(それに、元気なフェニーは、この家族に合っているかもしれないと思った)

後で考えると、私も浅はかだったと思う。

出版されている本は、その犬種の良いところだけ、書かれている場合が多い。


 子犬を引き渡した後、私は、すぐに問題に気が付いた。

それで、ナナとタフィーを連れて、ちょくちょくそこへ寄って、裏庭で一緒に遊ばせ、

何とか、状況を改善できないかと考えた。

ナナは、フェニーを教育しようと、躍起になる。


 しばらくすると、その家の母親から、

「ナナが、フェニーに良くない影響を与えている。」

と言われ、出入り禁止となってしまった。

分かりきったことだけれど、私たちが訪問するくらいでは、どうにもならない。

この家族にとって、私は、おせっかいの迷惑人間だったと言える。

それは、飼い主の問題なのだ。

私は、しばらく、様子を見ることにした。


 実は、私たちは、子犬たちに、値段を付けていなかった。

私たちはブリーダーではなかったし、ティムが「値段を付けたくない」と言ったからだ。

それでもペギーは、

「子犬の、尻尾切りやワクチンの費用、えさ代その他を考えると、経費だけでも貰うべき」

と言う。

それで、相手の出せる金額を受け取ることにした。


 ところが、フェニーの飼い主からは、何も貰わなかった。

それでも、私たちは、気にしていなかった。

私たちが言い出したことだし、子犬を可愛がってもらえれば、それで良かったのだ。

そして、後になって、私たちは後悔した。

世間では、ただより高いものはない、と言う。

反対に、ただの物には、ただの価値しかない、と見なされたりもする。


 1年後、ナナとタフィー(フィニーの親)の元飼い主だったパムは、

「フェニーが、可愛そうだ。」

と私に言ってきた。

パムは、タフィーの子犬を欲しがっていたのだけれど、

残念なことに、引き取ることが出来なかったのだ。

それでも、子犬たちのその後を、気に掛けてくれていた。


 私は、ついに、フェニーを返して欲しいと申し出た。

ところが、父親は、「子供たちが可愛がっているので、このまま飼い続けたい」と言う。

それは、分かる気がした。

もし、これが、私の知らない人たちだったら、私は、フェニーを取り返していた。

この時、私は、フェニーより、子供たちの気持ちを優先したのだ。

私は、今でも、この責めを負っている。


 その翌年、2歳半になったフェニーは、やっと我が家へ帰ってきた。

そして、フェニーは、もはや、普通の犬ではなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ