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第7章 ナナの子犬たち-1 命の始まり

 タフィーの、「待ちに待った日」が、やって来た。

ナナが発情したのだ。

と言っても、タフィーがナナと再会して、二週間後のことだから、

「案外早かった」とも言える。


 その時、私たちは、ナナを飼い始めて三ヶ月を過ぎたばかりだった。

当然、犬の妊娠や出産について、知るはずはない。

知っているのは、ナナの初めての出産は、生後十ヶ月だったことぐらいだ。

と言うことは、それから半年しか経っていない。

若すぎるような気もする。

それでも、タフィーとナナの子犬が産まれたら、

二匹の以前の飼い主に、子犬を譲ることを約束していたので、

「早くそれを果たしたい」という気持ちもあった。


 日本では、許可なく子犬などの動物を産ませ、譲渡したり売ったりは出来ないそうだ。

普通の人でも「動物取扱業の登録」をしなければならない。

違反すると、三十万円以下の罰金が科せられ「前科」になったりする。

私の住んでいる所では、このような法律はない。

それでも、ほとんどの犬猫は、(時には、うさぎまで)

去勢・避妊されている。

やり方は違うけれど、目的は同じで、

安易に子供を生ませて、不幸な動物を増やさないためだ。


 とにかくナナは、一回目の出産は無事だったし、良い母犬だった。

私たちは「大丈夫」と思ってしまったのだ。

もちろん、若すぎる出産は色々な問題を伴うので、勧められない。


 犬の妊娠・出産は、人間とは違う。

メス犬は、出血して、およそ一週間で発情し排卵する。

発情期は、七~十日ほど続く。

その期間中、卵子が受精できるのは、ほんの一~二日だけだ。

(精子は、子宮内で、一週間も生き続けられるから元気だ)

そして受精すると、排卵から六十三日で子犬が産まれる。


 メス犬の発情期は、年に一、ニ回ある。

ところが、オス犬には発情期がない。

メス犬の、甘く、誘い込む、いい匂いがすると、スイッチが押される。

オス犬の発情は、一生涯、スタンバイ状態のまま、と言うことだ。

そして、発情したメス犬の匂いを、数キロ先からでも、

さらには、家の中にいても、げると言う。

これは侮れない。

その度に、何が何でもメス犬の元に行きたがるオス犬は、様々な問題を起こしたりする。

これを避けるためにも、アメリカでは去勢する飼い主は多い。


 さて私が子供のころ、放し飼いにされていた犬たちは結構いて、交尾中の犬を見かけることもあった。

そして朝の校庭で、まだお尻をくっつけたままの犬二匹を、ランドセルをしょった子供たちが大きな輪になって囲んだりしていた。

自然界からの性教育だ。


 とは言うものの、当時は、まだ純潔や恥じらいを尊ぶ時代だった。

だから子供から質問された先生やご両親は、回答に困られたに違いない。

お尻をくっつけたままなのは、陰茎の根元が膣の中で大きくなるからで、

ほっとくと、自然に離れる。

なんてことを、子供に説明した大人がいたのだろうか。


 そして、我が家の二匹ワンたちも、

交尾の後、リビングルームで、くっついたままでいた。

私は、無視したい。

ところが、テレビを見ているそのまん前でやられると、目のやり場がない。

おまけに、二匹は、情けない顔をして私を見る。

自然に離れるようにした方が良いのだけれど、私は離してやった。

(後で調べたら、生殖器を傷つけることもあるので、しないほうが良いそうだ)

しかも、この二匹は、お盛んだったので、それが1週間以上続く。


 ある夕方、リビングルームにいる二匹は、

「またお願い~」

と、私を呼ぶ。

その時、私は、料理中だったので、知らない振りをした。

すると、足の辺りが、なんだかモゾモゾする。

なんと、そこに、二匹はいた。

「助けてー!」とでも言わんばかりに愛くるしい瞳で私に訴える。

くっついたまま、どうやって、ここまで来たのだろう…と、思わず笑ってしまった。


 その次の朝は、かなり寒く霜が降り、あたり一面真っ白で美しかった。

私は忙しかったので、二匹を用足しに外に出したまますっかり忘れてしまっていた。(一時間くらい?)

いつもはすぐ「寒いよー」とガラスドアをスクラッチするのに、それすら無かった。


 あわてて外を見ると、真っ白な裏庭のど真ん中で二匹のお尻は、くっついたままだった。

「ゴメンネー、寒かったでしょー!」とドアを開ける。

ところが二匹は、くっついたままこちらへ駆けて来てウッドデッキの階段を上るではないか。

ナナとタフィーの体の大きさは違う。

だから、ジャンプの高さも違う。

二匹はそこで、スポッと抜けてしまった。


 とにかく、こんな二匹だったから、私は、

「ナナは妊娠しているはず」

と思っていた。

と同時に、本当に子犬が産まれるのかどうか、疑心暗鬼でもあった。

最初の一ヶ月、ナナのお腹は、あまりたいした変化はなかったけれど、

それでも、さすがに、二ヶ月目に入ると、

お腹はパンパンになり、おっぱいも大きくなっていった。


 ワンコたちと散歩に行くと、なんだか変な音が聞こえてくる。

タップ、タップ、タップ、と歩くたびに音がするのだ。

はじめは、どこから音がするのか分からなかったけれど、気になる。

不思議なので観察してみる。

なんとそれは、大きくなった、ナナのおっぱいの揺れる音だった。

(タフィーの第二婦犬には、この音はなかった)


 ところで私自身は子供を生んだことが無い。

ナナは二度目なので、彼女の方が先輩だ。

それにナナは安産型らしい。


 ナナが、初めて出産した時、ご主人様のパムたちは、

まさか今日、この日とは思わず、一時間ほど買い物に出かけたそうだ。

帰って来ると、ナナとタフィーがいつものように、玄関でジャンプしながら出迎える。

家の中へ入ると、何だか変だ。

あたりを見回すと、ベッドルームの入り口に、小さな黒いものが落ちている。

それは、なんと、生まれたばかりの子犬だった。


 ベッドの上には、お産の後があった。

ナナは、そこで子犬を生み、ご主人様たちが帰って来る気配がするので、

子犬をくわえてベッドを降りる。

玄関のドアが開くと、子犬を床に置いて、玄関へ向かった、

と言うわけだ。

ご主人様たちは、慌ててナナと子犬を産箱に入れると、

まもなく二匹目が生まれた。

 

 さて、出産経験のない私ではあっても、

友人の帝王切開に立ち会った事はある。(注;人間)

友人が、いつもの定期健診へ行き、緊急入院して、

お産を促すことになってしまったのが、事のはじまりだった。

ハワイに住んでいる母親と妹が、手伝いに来るはずだったけれど、

もう間に合わない。

突然の事なので、友人たちの中で、時間の融通が利いたのは私だった。


 やっと、陣痛が強まり、夜中に、無痛分娩の麻酔を打つ。

ところが、その後、陣痛は強まらず、朝になると陣痛が止まり胎児は戻り始めた。

緊急に、帝王切開をしなければならない。


 その間、彼女の夫は生きた心地がせず、もう二日も睡眠を取れないでいる。

とにかく落ち着こうとして「コーヒーをゲットしに行く」と言って部屋を出た。

なんと、病院の地下にあるカフェテリアへ行ってしまったのだ。


 ところが夫が、妻のいる五階に戻ろうとすると、

突然、二つあったエレベーターの一つが故障してしまった。

皆が残った一つを使うので、待てど暮らせどエレベーターは地下の階に降りてこない。

大きな病院なので、エレベーターは他にもあるし階段もある。

とはいっても、もはや彼には、そんな考えは浮かばない。

 

 一方、五階にいる私たちは、いなくなってしまった夫を探して、右往左往していた。

時は緊急なのに、夫は、手術の書類にサインをしないまま、

忽然と消えてしまったのだ。

「事実は小説より奇なり」というけれど、

こんなことって、本当にあるのだ。


 やっと帰って来た夫は限界だった。

それで私が、帝王切開に立ち会うことになってしまった。

午前九時過ぎ、めでたく、男の子が産声を上げる。

その感激の瞬間を見せてもらったけれど、とてもきれいな赤ちゃんだった。


 そして今度、私は犬のお産に立ち会う。

犬のお産は、人間より軽いものの、ちょっと不安だ。

それで、動物看護師のペギーに聞きながら準備をした。

お産の日の目星は付いている。

ナナは、前日から

「はっ、はっ、はっ」

と、時々、息遣いが荒くなった。

ついにお産が始まったのだ。


 ツルンと出てきたのは、

袋(pouch)の中に入った、爬虫類のような代物だった。

「まるでSFだ」と私は思ってしまった。

ナナは袋を破き、我が子をただひたすら嘗める、嘗める、嘗める。

するとその子犬は、産声を上げた。


 ところが二匹目がなかなか出てこない。

前のお産では二匹目はすぐに出て来たと聞いている。

ペギーは、三時間経っても出てこなければ、

救急動物病院へ連れて行くように言う。


 そして二匹目は、二時間四十分後にやっと出てきた。

三匹目も、時間が掛かるのかと思ったら、すぐに出てきた。

どうやら、二匹目と三匹目は、出口でふさがっていたらしい。

ナナが子犬を出そうと、何度も、グーっと手足を伸ばして踏ん張る姿は可愛かった。


 テイムが、仕事から帰ってきたのは、

最後の子犬が産まれるちょっと前だった。

ティムは、自分の手のひらに、生まれたばかりの子犬を乗せる。

子犬は、真っ黒で、体はwiggle(左右に振る)するし、シッポはヒルみたいに、うねうねしている。

ティムは「動くcharcoal(木炭)みたい」と言った。


 生まれたのは、

あの、美しいヨークシャーテリアとは程遠い、

何とも奇怪な、子犬たちだった。


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