Frisky-3 こまったちゃん
フリスキーは、はじめ家の中に入りたがらなかった。
外で飼われているペットが家の中に入りたがらないと困ることがある。
例えば、祝日のJuly 4thは、ペットが迷子になりやすい日らしい。
その日は花火大会があるが、住宅街でも花火が上げられる。
外にいる動物たちは、その音と光に驚いて逃げ回っているうちに、
自分がどこにいるのか分からなくなってしまったりするそうだ。(その日、全米で一万匹が迷子になったとテレビで言っていた)
私たちが住んでいる市では、住宅街で花火を上げるのは禁じられている。
ところがどこ吹く風、お構いなしに大きな音を立てて、あちこちで上げられる。
だから暗くなる前に、フリスキーを家の中に入れなければならない。
もうひとつは、ハロゥイーンの日だ。
悪魔への犠牲に捧げるために他人のペットを狙う、という不逞の輩がいるらしい。
本当にそんな事が、私たちの周りで行われているのか分からいのだけれど、
用心するよう言われたので、フリスキーは前日から家の中に保護される。
ただ本人にとっては、えらい迷惑な話だ。
私たちが、
"It's for you." (それは、あなたのためなのよー)
と言ってみたところで、猫に理解できるはずもなく。
フリスキーは、「出してー!」と言わんばかりにドアをスクラッチし、
私たちに熱い目を向けて訴える。
が、それは無視される。
雪の日も家の中に入れる。
特に寒い日は、親切にもテレビなどの天気予報で、
「動物を家の中に避難させましょう」と警告してくれる。
ある年の冬、珍しく雪の日が続いた。
警告に従い家の中に囲われていたフリスキーは、ひじょーに退屈していた。
猫じゃらしなどで遊んでやるのだけれど、一日中というわけにはいかない。
雪の日はとても静かで、生きているものすべてが白い綿毛に包まれて、
夢でも見ているかのように思えてくる。
薪ストーブも静かに燃えている。
そのガラス張りの小さな窓から中を覗くと、炎が赤く黄色く揺らめいている。
その熱は気持ちよくて暖かい。
だから外がそんなに寒いとは分かりにくい。
"Let me out!" (外に出してー!)
と、あまりにもフリスキーが煩いのでドアを開けてやることにした。
ところが外は寒くて一面真っ白!
フリスキーは外へ一歩も踏み出すことなく、あきらめて引返していった。
自分のテリトリーは気になるものの、この状態ではどうしようもない。
私は、
"I thought you wanted to go out." (あら、外へ出たかったんじゃなっかったのー?)
と意地悪く言ってみる。
その言葉を無視するフリスキーのうしろ姿には、荒野の浪人のような哀愁が漂っていた。
そしてそれを次の日も同じように繰り返す。
だんだん暖かくなってきても、なかなか雪は解けない。
窓から恨めしそうに外を見つめる1匹の猫。
数日後、ついに痺れを切らしたフリスキーは、自由を求めて、
まだ雪の残っている外の世界へと出て行った。
そんなフリスキーだったけれど、次第に、家の中に入って来るようになってきた。
ティムにもっと撫でてもらいたいらしい。
寒い日とか夜とかは、外だと少ししか撫でてもらえない。
幸いな事に、ティムのアレルギーの症状はあまり出ていない。
それに私も、フリスキーをブラッシングしなければならないので、
家の中の方がありがたかった。
フリスキーは私たちに構ってもらいたいので、家の中ではいっそう愛想をふりまく。
「ニャ~」と鳴いて、こちらへ歩いて来ながら少し背伸びをする。
そして、「ゴン!」椅子の下で頭をぶつけた。
猫も案外馬鹿なものだ、と私は、笑いたいのをこらえながら思った。(猫にも自尊心がある)
さて、ある年の夏、私たち夫婦は意を決して、古い樫の木の床を磨いてワックスがけをすることにした。
ベッドルームから廊下、そしてリビングルームに至るまで、
私たちの時間が空いた時にやったので、二ヶ月以上もかかってしまった。
その間、家具や荷物は家の中をあちこち移動し、キッチンは物で溢れ、電気サンダー(研磨機)も壊れたりした。
ワックスがけをする間、フリスキーは入家禁止。
私たちもトイレへは壁につかまり大きく跨いで行く、
などなどの困難を乗り越え、やっと荷物を元に戻した。
出来上がりは、まずまずだった。
フリスキーは久しぶりに入家を許され、
今日こそゆっくり撫でてもらえると嬉しそうだ。
ところがフリスキーは、リビングルームの入り口に座り込んで、
じーっと床を見つめたまま、なかなか入って来ない。
床に塗られたのはボート用のマリーンバーニッシュだったので、水面のように光っている。
私たちもカウチ(ソファー)に座ったままフリスキーを待つ。
ついにフリスキーは、まるで水を触るかのように、
前足でちょいちょいと、床を突いて確かめたかと思ったら、
そろーりそろりと足を踏み入れ私たちの元にやって来た。
そんなフリスキーは、毎晩私たちが仕事から戻って来るのを心待ちにしている。
私たちの車が公園の反対側、家が見え始める辺りに差し掛かると、
フリスキーはどこからともなく、タッと道の真ん中に飛び出して来る。
私たちの車の音を知っているのだ。
かなり遅くなっても、そこで私たちを待っている。
フリスキーは車のヘッドライトに照らされながら、
小走りで道を横切り、公園のフェンス添いに走って家へ向かう。
そして私たちより先に家に着いて、「ニャー」と言って迎えてくれる。
それは判で押したように、いつもいつも繰り返される。
それから家の中へ入り、ティムのひざの上に乗り、あごの下を撫でてもらう。
ゴロゴロリリリ、ゴロゴロルルル、
うれしそうに目を細めて大きな音を立てる。
ずっと撫でてもらいたいので、
二本の前足で、ティムの手をしっかりと挟む。
私たちは、帰って来る時、
道に飛び出し、車の前方を横切るフリスキーを見つける度に、
いつもこう言う。
"Their he is!" (フリスキーだよ!)
車のライトに照らされ、
その白っぽく光る足が、パラパラと動くのが印象的だ。
フリスキーは私たちが飼う初めての猫だ。
ティムは子供のころペキニーズを飼っていたし、
私も、雑種やマルチーズの犬系だった。
猫は、友達の飼っているのか、
子供のころ祖母の家にいた猫と遊ぼうとしていつも逃げられた、などしか知らない。
だから私たちは、もしフリスキーに出会わなければ、
今でも猫を飼ってないかもしれない。
ラジオで、「猫は飼い主に催眠術をかけている」というのをティムが聞いたそうだ。
猫は「すべての飼い主を、自分の猫が世界で一番だ!」と信じ込ませるからで、
犬に関しては、自分の犬は世界一とまでは言い切れないらしい。
別の人は、「猫は飼い主の性格を、自分の中に取り入れるので、飼い主と気が合うのだ」
さらに、「猫の魅力は、自分で実際に飼ってみなければ分からない」と言う人もいる。
とにかく猫は、不思議な魅力を持っている。
ティムには猫アレルギーがある。
そうであっても、それを超えて、ティムは、
slowly but surely (ゆっくり、それでも、確実に)
猫の魅力に取り付かれていった。
<詩> ここに帰ってきてね
待っている、そこで待っている
あなたが帰ってくるのを、待っている
道の灯りも、静かに、ずーっとだれかを待っている
誰もいない夜の道、点々と続く灯りは寂しくて、
それでも、ふんわりと暖かい
飛び出す、そこから飛び出す
あなたの車の音を聞いて、はじけるように道に飛び出す
やっとあなたが帰ってきてくれた
ヘッドライトに照らされながら、私は急いで道を横切る
走る、私は嬉しくて、急いで走っていく
ピョーンピョーンと飛びながら、私たちの家へと走っていく
あなたが、ゆっくりと付いて来てくれるから、
ヘッドライトに追いかけられながら、あなたの前を走っていける
そして家に着くと、あなたを迎えて「ニャー」と鳴くの
しっぽを思いっきり上げて、迎えるの
そう、私はいつもあなたを待っている
だから、ここに、私の元に帰ってきてね