Tuffy-3 犬の散歩
犬は、散歩が大好きだ。
そして、人間を犬と思っている(いや、自分を人間だと思っているのかもしれない)
そんな犬たちは、親か親分のように慕っているご主人様と、
一緒に出かけるのが嬉しくてたまらない。
犬の散歩は、運動不足解消のためだけではなく、
社会性を養うのにも欠かせないそうだ。
ある犬の訓練士は、
「散歩に連れて行ってもらえない犬は、家の外に出してもらえない人間の子供と同じだ」
と言っていた。
最近、私は日本へ帰り、
ご主人様と一緒に散歩している嬉しそうなワンコたちを、あちこちで見かけた。
そして、男の人たちが、
いかにも可愛い、という小型犬を連れて散歩しているのを見て、「?」と思ってしまった。
日本の友人に言わせると、「妻」は家事で忙しいので、
「夫」が犬を散歩させているのだそうだ。
我が家でも、夫ティムが、ヨーキーたちを連れて散歩に行くことが多いので、
人のことを言えた義理ではないけれど、
日本人は変化している。(と言うか、ほほえましかった)
ところで、タフィーは、うちに来た頃は体力が無く、
散歩の途中でへたばってしまい、いつも抱っこされて帰って来ていた。
おまけに、下痢もする。
ヨークシャーテリアのお腹は、さほど強くない。
それで、ヨーキー専用のドックフードに変え、
さらに、レディジェーンの時と同じように、
納豆の力を借りることにした。
今では、タフィーを始め、我が家のヨーキーファミリーは、
毎日、程よい大きさと硬さのある、ホカホカの立派なウンチをする。
とにかく、散歩の途中で、下痢をしてもらっては困るし、
お尻の汚れたタフィーを抱っこして帰りたくもない。(何度かあったけれれど)
さて、私たちの犬の散歩は、公園コースと、住宅街コースがある。
私は、犬の用足し以外は、ただひたすら歩き続ける。
代わってティムは、頻繁に立ち止まって、
犬たちに様々な匂いを嗅がせたり、よその家の犬に会いに行ったり、
途中で会った人たちと会話したりする。
(なんと、それで、新聞の一面にあった、公園問題についての記事に載ってしまった)
またワンコたちには、友人の家に寄ると、チキンのおやつタイムもある。
ティムと犬たちは、することがいっぱいあるらしい。
そうしている内に、タフィーには体力が付いてきた。
もちろん、もう抱っこの必要はない。
スリムな体に筋肉も付いてきたので
「痩せマッチョー」
と、私は呼ぶ。
ところで、私の住んでいる市の公園では、
犬にリードを付けて散歩させなければならない。
とは言うものの、市民は、自分の犬の安全や、他人に迷惑を掛けないために、
自発的にリードを付けているようで、
そんな規制があるとは知らないかもしれない。
それに、市は、自由に走りたい犬たちのために、
公共のドッグランも用意している。
私たちの家の近所には、庭から脱走する犬がいるけれど、
アメリカでノーリード、またはオフリードの問題を聞くことはほとんどない。
犬にとって、リードは散歩の意味で、
リードを見せると、犬たちは喜ぶことこの上ない。
ちなみに、
「犬にとって、散歩と、公園で遊ぶのは、同じではない」
と、あるドッグトレイナーが言っていた。
英語で犬の散歩は、”to take a dog for a walk ”と言うから、
飼い主と一緒に、歩かなければ意味がない。
だから、アメリカでは、公園で、飼い主が座ったり、じっとしていたりして、
オフリードの犬が遊んでいるのを見るのは、散歩とは言わない。
(それだったら、ドッグランのことだ)
それで、公園で遊ばせたのだから、散歩には連れて行かなくても良い、
と言うわけにはいかない。
日本で聞かれるノーリードの苦情の多くは、
飼い主のマナーの悪さに端を発しているらしい。
以前に、
「日本人は犬を虐待している」
と、イギリス人に非難されたことがあり、
当時は、散歩にすら連れて行ってもらえない犬が多かった。
せっかく散歩に行ける犬が増えてきたのに、今度は
「飼い主のマナーが悪い」
と非難されたくはない。
それに、世間には、犬を怖がる人もいるので配慮したいし、
特に子供たちには、正しい犬の扱い方を知ってもらい、
好きになってもらいたい。(飼い主は、犬の大使なのだ)
私の市では、オフリードで散歩が出来ないからと、
わざわざ車に乗って、郊外の公園へ犬を散歩に連れて行く人もいる。
その人は、今まで問題があった訳ではなく、
単に、犬たちを楽しませたいからと言うだけの理由だけれど、
リードの規制が無くても、もし問題が起これば訴えられるアメリカだから、
リスクを取るのは飼い主だ。
さて私たちは、犬たちを自由に散歩させるために太平洋側の砂浜への散歩旅行へ行ったりする。
ワシントン州そしてオレゴン州には長い海岸線があり、
私たちは、犬たちに昼寝をさせながら砂浜での散歩を数日楽しむ。
そこではノーリードの犬を良く見かけるし、
私も、リードを外して犬たちを自由に走らせる。
そしてウンチは、たとえ砂浜であっても拾う。
(犬の糞は肥料にならないし汚染の原因になるのだ)
散歩の時、ナナはノーリードでも、たいてい私の横にいる。
それに比べタフィーはあちこちと散策する。
もしタフィーが遠くへ行き過ぎると、こちらへ呼び、私から離れないようにする。
また楽しそうに走り回っていても、途中で呼んでリードを付けて歩いたりもする。
それは、もし災害が起きた時、
犬をコントロールできるように訓練しておきたいからだ。
とにかく広い場所なので、自分の犬をコントロールできなければ、
人に迷惑をかけるどころか、犬を失うことにもなりかねない。
ある時、私がタフィーとナナを連れて砂浜を歩いていたら天気が怪しくなり始めた。
タフィーは、何度も私に、
「もう帰ろうよー」
と催促するのに、私とナナは、そのまま歩き続けていた。
しばらくして、やっと帰路に就いたのに、
痺れを切らしたタフィーは、
そこから一キロ以上も離れていたホテルへと、
自分で、勝手に帰ってしまった。
ホテルに戻ったタフィーは、私たちの部屋のドアをスクラッチする。
ところが、ティムは、部屋で映画を見ているので聞こえない。
私は、タフィーがホテルに戻ったと分かっていたけれど、
携帯電話を部屋に忘れていたので、
ティムに知らせる事が出来なかったのだ。
幸いにも、ホテルのスタッフの一人が、
ロビーの前を行くタフィーを見かけたので、
「お客様の犬では」
と、保護してくれていた。
(その人は、私たち夫婦が、まだ戻っていない、と思っていたのだ)
私は、つくづくと、タフィーの賢さを思い知らされた。
それでも、帰る途中で盗まれる恐れがあったし、
車の往来もあり、事故に遭ったかもしれない。
タフィーには前科があり、我が家に住み始めた頃、家を抜け出し、
それでも、無事に帰って来た。
迷子にはならないと思うし、マイクロチップも埋め込まれている。
とは言っても、いつも帰って来るとの保証は無いから、
気を付けなければならない。
さて、この砂浜では、他にも、散歩中のエピソードがある。
私たちが、波うち際を、
友人たちや、彼らの犬たちと共に散歩していた時のことだ。
それは丁度、引き潮から、満ち潮に変わり始めたころで、
突然に、太平洋の、遠浅の波がさーっと打ち寄せて来た。
とは言っても、人間にとってはたいした深さではないし、
濡れるほどでもない。
ところが、意気揚々と走り回っていた、小さなタフィーだけは逃げ遅れ、
お腹の辺りまで海水に浸かってしまった。
そして、引いていく波の力が強すぎるので、
ひっしにがんばるのだけれど、前に進めない。
(私たちは皆で、「カモン、タフィー!」と、野次を飛ばしていた)
それどころか、波に引っ張られ始めた。
ティムは笑いながら、あわてふためくタフィーを水から引き上げた。
また別の時には、私たちはこの砂浜で凧揚げをしていて、
ティムが、凧糸をタフィーのハーネスにくくりつけたのだ。
タフィーは、飛ばされないように、真剣な顔をして、
しっかりと足を砂の上に踏ん張っている。
風が強かったので、もうちょっとでタフィーは浮いたかもしれない。
さすがに私は、笑っているティムに、
止めるよう、言わなくてはならなかった。
そして、ナナとタフィーは、日差しの強い日は、公園はもとより、
砂浜でもゴーグルを付けて散歩する。
人間が、サングラスを着けるよう勧められているのと同じで、
犬も着けると良いそうだ。
最近は、犬の平均寿命も延びてきて、
白内障を患う犬が増えたらしい。
紫外線から目を守るためで、ファッションのためではないけれど、
かなり目立つ。
その度に、周りから
「セレブの犬」
ともてはやされている。
そうやって、散歩三昧の、砂浜での楽しい時は終わり、
帰りの車の中で、
疲れきったナナとタフィーは、ただひたすら眠り続ける。
軽いタフィーは、道が右や左へ蛇行すると、
車の中でコロンコロンと転がる。
それでも、タフィーは起きない。
次からは、ペット用ベッドを持って行ったので、
転がることなく爆睡していた。
家に着いても、ナナとタフィーからは海の香りがする。
ところが、砂だらけなので、すぐにシャンプーしなければならない。
海の臭いは消えて、その余韻に浸ってられないのが残念だ。
散歩が大好きなタフィーは、よく連れて行けと催促する。
連れて行けない時に無視しようとすると、私の視界に入って来る。
視界を遮ると、今度は、何とかして、私の視界に入ろうとする。
タフィーは、その愛くるしい瞳をうるうるさせ、
今か今かと、
散歩に行くのを待っているのだ。