第6章 Tuffy-1 さようなら と こんにちは
ジョーの ミスター タフマン (Joe’s Mister Tuff Man )
それが、血統書に書かれた、タフィーの名前だ。
聞くところによると、タフィーの親は、ドッグショーで、
ヨークシャーテリアのチャンピオンになったことが、何回もあるそうだ。
そして、こんな立派な血筋の息子が、
うちのような、しがない小市民の家に、居ついてしまった。
「ジョー」は、タフィーの、最初のご主人様の名前だ。
二キロ半の重さしかないタフィーは、体の大きなジョーの後を付いて回り、
大木に、蝉が止まるごとく抱っこされ、いつも一緒にいた。
そう、彼らは、誰もが認める、一心同体の仲だった。
ところが、そんな仲は、長くは続かなかった。
ジョーは、心臓手術の後、経過が悪化し、危篤状態に陥ってしまったのだ。
息も絶え絶えのジョーは、「タフィーに会うまでは、死ねない」 と言う。
その最後の願いをかなえるため、タフィーは、ジョーのいる、
集中治療室に連れて来られた。
やっとジョーに会えたタフィーは、狂ったようにご主人様の手を舐める。
それから一時間後、ジョーは、本当に逝ってしまった。
ご主人様に会えるのを待ち望んでいたタフィーにとって、それは、
もう二度と会うことのない、最後の別れだった。
私が、初めて、タフィーに会った時の記憶は、まだ鮮明に残っている。
その、ふわふわ毛のヨークシャーテリアは、ぴょんぴょーんとジャンプして、
嬉しそうに、私の元にやって来てくれた。
お茶目で、甘えるような表情をして、私を見上げるその愛くるしい目が、
印象的だった。
さて、ジョーが亡くなってしまった後の家には、大勢の人がいた。
お客様も多く、子犬は生まれるし、猫はいつものように睨みを利かせ、
おまけに、黒いコッカースパニエルも、元気に走り回っている。
そんな、にぎやかな家の中で、タフィーは、ジョーの帰りを、
ただひたすら待っていた。
小さなタフィーには、自分のご主人様が、もう帰って来ないなんて、
分かるはずはない。
しばらくすると、子犬たちはいなくなり、若妻のナナもいなくなった。
なのに、待てど暮らせど、ジョーは帰って来ない。
ジョーの妻のパムは、夫を亡くした悲しみがいっぱいで、
自分も死んでしまうのでは、と思うほど、打ちひしがれていた。
だから、タフィーの世話はできない。
それでも、パムは、まだ、夫の残したこの犬を手放せないでいた。
そのうち、タフィーは、ご主人様が寝ていたベッドの上で、
じーっとしていることが、多くなっていった。
ご主人様の臭いが、まだ、そこにある。
そして、言葉で、自分の思いを言い表せないタフィーは、そこで、ウンチまでして、
必死に、
「ご主人様、帰ってきて!」
と訴える。
パムは、ジョーの帰りを待ち続ける、
そんなタフィーを見ているのは、辛かった。
タフィーのように、自分も、そこに横たわり、待っていたかった。
そうすれば、ジョーは、戻って来てくれるかもしれない、
と言う気持ちに、浸っていられる。
ついに、パムはタフィーを手放すことにした。
私は、タフィーのために、せめて、良い行き先をと、捜し始め、
そして、候補者を見つけた。
私がタフィーを、その候補者のために、引き取りに行ったのは、一月の終わり、
冬のどんよりした日だった。
偶然にも、フリスキーを引き取ったのと、同じ日だ。
その日は、すでに夕方になっていたし、小雨も降り始めていた。
それで、先ず私は、タフィーを自分の家へ連れ帰ることにした。
ナナにも会わせたかったし、タフィーが行くはずの家も、
すぐ近くなので、歩いて行ける。
とは言うものの、タフィーがそこへ行くのは、お試し期間だけのはずで、
引き取られるかどうかは、まだ、はっきりと決まってはいない。
それなのに、私はもうすでに、タフィーの代金をパムに払ってしまっていた。
帰る道すがら、私は、
「これからタフィーはどこへ行くのだろう」
とぼんやり考えていた。
ところが、そんな私の心配を吹き飛ばすかのように、ティムとナナは、
タフィーを歓迎してくれた。
ナナは、タフィーを見たとたん、嬉しそうに吠える。
タフィーも、
「ナナ!」
とでも叫ぶかのように、喜びを爆発させる。
それから二匹は、お互いをくるくると回り、再会を喜び合った。
それを見てティムは言う。
“We can’t separate the both of them.” (この二匹を離せないよ)
斯くして、タフィーは、我が家の八番目のペットとなってしまった。
タフィーは、ご主人様の住んでいた家を離れる時、心細かったはずだ。
ところが、新しい家には、ナナがいた。
ご主人様と別れた
「さようなら」
の悲しみは、突然、再会の喜びに変わり、
それはタフィーにとって、新しい生活への
「こんにちは」
の瞬間だった。
タフィーが行くはずだった家も、結局は犬より猫の方が良いということになり、
その後、そこにはロシアンブルーの美しい猫がやって来た。
そこの家の人たちは、猫アレルギーがあったので、
猫を飼うのを躊躇していたのだ。
それで、犬を飼うことを考えたのだけれど、
かえって、この機会は、この家族に、
元々、欲しいと思っていた、猫を飼う勇気を与えたようだった。
さて、タフィーは、チャンピオン犬の息子と言うだけあって、
美しいヨークシャーテリアだ。
ティムはプリティーボーイと呼ぶ。
そして、タフィーは去勢されていない。
だから、もちろん、女の子に目がない。
タフィーが我が家に来てさほど経ってないある晴れた日、
タフィーの姿が、家の中から、忽然と消えたことがある。
家中どこを捜してもいない。
家の外も捜したけれど、どこにもいない。
そのいなくなり方が、あまりにも不思議だったので、
まだ家の中にいるのかもしれないと、私は、家へ戻り、二階を捜し、
そして、ふっと窓の外を見た。
すると、ちっこい犬が、坂道を上って来ているではないか!
タフィーは、とんがった小さな耳を揺らし、シルキーな毛をたなびかせ、
とことこと、帰って来るところだった。
どうやら、坂の下の住宅街へ、女の子を捜しに行った帰りらしい。
そちらの方から、そよ風が吹いていたので、匂いに誘われたのかもしれない。
女の子に会えたのかどうかは知らないけれど、
タフィーはいたって機嫌が良かった。
その後タフィーは、友人の飼っている雄のパグ、ジョージとも仲良くなった。
ジョージも去勢されていない。
ジョージは温厚なので、去勢されていない雄同士でも、怒ることはしなかった。、
それでも、始めは、自分の三分の一しかない大きさの、
ちゃかちゃかしているタフィーに圧倒され、迷惑がっていた。
しかし、なぜかタフィーは、ジョージが大好きだった。
どっしりした、おじさんぶりを気に入ったのかもしれない。
タフィーは、前のご主人様みたいに、大きい人が好きだ。
ところが、突然、ジョージに恋人が出来てしまった。
二匹は、熱々の一週間のハネムーンの後、
公園でのバーベキューパーティに連れて行かれ、
そこにはタフィーとナナも招かれていた。
タフィーは、
「あっ、ジョージだ!」
と駆け寄ろうとする。
ところが、なんと、女の子の、いい匂いがするではないか!
「えーっ、なになにっ?」
と興奮するタフィー。
ジョージは自分の雌犬を守るため、
彼女を後ろに隠し、雄々しく胸を張り、
憤然と、タフィーの前に立ちはだかった。
ところで、ジョージの彼女は、パグとはいえ、体が小さめで黒色だ。
しかも、ベージュ色のジョージの後ろで、しおらしく、じっとしている。
だから、タフィーには見えない。
おまけに、ジョージは一週間も彼女と一緒だったので、
女の子の匂いがプンプンする。
我を忘れたタフィーは、おっさんジョージ目掛け、LOVE突進をする。
もう、タフィーの眼中にあるのは、パグの雌犬ではなく、ジョージだった。
ジョージは、予想だにしないタフィーの反応に、どう対処していいのか分からない。
それを見ていた友人たちは、皆、お腹を抱えて、笑いこけてしまった。
そして私は、無言で、タフィーを反対側に連れて行った。
タフィーのご主人様だったジョーは、楽しみにしていたタフィーの子犬たちを、
見ることはなかった。
パムは、落ち着いたら、タフィーとナナの子犬を引き取りたいと言う。
私は、出来れば、ジョーとパムが、最初に望んでいたように、
血統書付きの、可愛いヨーキーの女の子が見つかったら良いのに、とも思っている。
ペギーは、今まで見た、数多いヨークシャーテリアの中でも、
タフィーは、健康で、可愛く、性格が良く、
体のバランスも良く取れているので、お勧めの雄犬だと言ってくれた。
だから私は自信をもって、タフィーは、その精力続くまで
「女の子募集中」だと言っている。
http://frisky-friends.a-thera.jp/archives/20090925.html




