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第5章 Nana-1 スペシャルラブ

 もしかしたら、ナナは、生まれた時からずーっと、スペシャルラブを捜していたのかもしれない。


 私たち夫婦は、犬好きだ。なんて言うと、それはおかしいでしょう、と言われそうだ。

なぜなら、我が家には、猫が六匹いるのに、犬が一匹もいないのだから。


 もちろん、私たちだって変だと思っている。

ペットを飼う予定はなかったけれど、犬だったら飼っても良いと思っているうちに、

猫だけが増えてしまっていた。

とにかく、以前住んでいた家にはフェンスがなかったし、

家を出入りするフリスキーもいて、犬を飼える状況ではなかったのだ。

それで引っ越した今、私たちは、ついに犬が飼えると喜んでいた。


 さて、犬を飼うと言っても、

我が家の六匹の猫たちと、上手く付き合える犬でなければならない。

私たちの周りには、犬を飼っている人が多く、

その中には猫を一緒に飼っている人たちもいる。

犬種も、コリーやロットワイラーなどの大型犬から、

小型犬のチワワに至るまで豊富で、雑種犬もいた。

私たちは、それらの犬たちに接したり、犬種を説明する本を読んだりして、

どんな犬を飼おうかと話し合い、

最終的に、ゴールデンレトリバーにすることにした。


 それは、ティムの従姉妹のジィニーも猫と共に飼っている犬で、

なにより、猫と同じサイズでない犬の方が良いと思ったからだ。

小さいサイズの犬は、人間の子供、特に小さい子供をけん制する傾向があるらしく、

我が家の猫たちと「ご主人様争奪戦」を繰り広げるかもしれない。

大型犬は運動量が多いけれど、

私たちは犬と散歩できるように、公園の近くに引っ越していた。

そして、猫の威嚇を物ともしないほど個性が強く、それでいて穏やかで、

訓練をしやすい賢い犬がいいなどと、

私たちがこれから飼おうとする犬に対する思いは、期待と共に膨らんでいく。


 ところが、やって来たのはレディジェーンよりちょっと大き目の、

一歳になったばかりの雌のヨークシャーテリアだった。

つまり他の五匹の猫たちより小さい犬で、全く予想外のことだ。

この犬が私たちをご主人様にしてしまったと言った方がいいかもしれない。


 この犬は、前の年の暮れに、知人のパムの家にやって来た。

そこには、すでにヨークシャーテリアのチャンピョン血筋の雄犬がいて、

子犬は、将来のお嫁さんとしてやってきたのだ。

ところが、その子犬は、耳が立たず、サイズは大き過ぎ、届くはずの血統書もなく、

売主に電話で連絡しても、電話番号は変えられていた。

詐欺に遭ったのだ。

パムが良く調べずに衝動買いしてしまった結果だったけれど、

高い買い物、と言う意味で、ティファニーと言う名前だけが、寂しく残ってしまった。


 そうこうしている内に、ティファニーは成長し、

初めてのヒート(発情期)に入る。

ところがパムと夫のジョーが出かけた時、留守番をしていた人が、

雄犬と一緒にしてしまった。

不本意とはいえ、保護者がうっかりしていたら、

ティーンエイジャーの娘が、妊娠してしまったと言う訳だ。


 私がティファニーに初めて会った時、毛が短くて、とてもヨークシャーテリアには見えなかった。

どちらかと言うと、散切りにされた、ミニチュアシュナウザーに近かったかもしれない。

ジョーは、子犬が産まれる前に、ママのお腹の毛が短い方がお乳をやり易いだろうと、

電気かみそりで毛を刈っているうちに、全部の毛を短くしてしまったのだ。

パムが帰って来た時、ティファニーはすでに丸刈りにされていたと言う。


 そして、ジョーは、突然に亡くなり、その二週間後に、二匹の子犬が産まれた。

その時ティファニーは、まだ十ヶ月の若さだった。


 それからしばらくして、私と友人たちは誘い合い、

ジョーの死を悲しんでいる家族の家へ、お見舞い訪問をすることにした。

その時、パムは不在だったけれど、家族を慰めながら、

私たちは代わる代わる、ふわふわの毛玉のような可愛い子犬達を抱っこする。

するとヤンママは、自分の子犬たちが安全かどうかを確かめに来る。

そして、無事だと分かると、

自分もまだ一歳にもなっていない子犬のようなものなので、

みんなに関心を持ってもらおうとする。


 ところが、人気があるのは子犬たちの方だ。

パパのヨーキーも可愛いし、

パムの娘の犬で、美しい黒毛のコッカースパニエルも、愛想を振りまいている。

変なカットで何の犬種かさえ分からない、

髪を振り乱して、子育てに奮闘しているヤンママには、誰も目を留めない。


 それで、ヤンママ・ティファニーが、

子犬たちと、自分の気持ちの間で、右往左往するのを見ていた私は、思わず、

"You are a good Mama, aren’t you?" (あなたは、良いママだね)

と言った。

するとティファニーは、私の横にスッとやって来て、

ふせをしたかと思ったら、何をするでもなくじーっとしている。


 当時、その家には、

悲しみの奥底にいるパムを心配して、一緒に住むことになった娘夫婦と孫たち、

そして、三匹の犬と二匹の子犬、おまけに猫も一匹いた。


 大所帯になっているし、パムにはティファニーの世話をする余裕はない。

それで、子犬たちが乳離れしたら、ティファニーは、もう、ここにはいられない。

私は、ティファニーはいい子なので、すぐに新しい飼い主が見付かると思っていた。


 それからしばらくして、私たちは、再びパムの家を訪問した。

パムは、子犬たちの新しいご主人様は決まったけれど、

ティファニーの行き先は、まだ決まっていないと言う。


 私は椅子に座った。

するとティファニーは、またすぐにやって来て、前と同じ様に私の横でふせをして、頭を休める。

それを見てパムは言った。

"Could you take Tiffany?" (ティファニーを貰ってくれない?)


 私はびっくりして、

「こんなに大人しくて良い子を欲しい人は、たくさんいるでしょうに」

と答えた。

ところが、誰も欲しがらないと言う。

いや、欲しがっている人はいた。

ところが、相性が合わないらしい。


 もしかしたら、ティファニーは、私を待っていたのかもしれない。

私は、まだこの時、ティファニーがどんな思いでいたのか、

さらに、ヨークシャーテリアの性質について、何も知らなかった。


 ヨークシャーテリアは、気位が高い。

それは魅力の一つでもあるのだけれど、好き嫌いもはっきりしている。

相性がよければ、ヨークシャーテリアはその人といつも一緒にいたがり、どこへでも付いて行く。

そして、一匹だけで留守番させることが多いと、病気になったりするほど寂しがりやだ。

だから、ヨークシャーテリアを盗んで、知らない人に売るのは、とても可哀想なことなのだ。

それで私は、たとえペットショップであっても、

「出所がはっきりしていないヨークシャーテリアを購入してはいけない」

と誰にでも言っている。

少なくとも、高いお金を出して買うべきではない。

お金にならなければ、盗む人も減るかもしれない。

もちろんこれは、どの犬種であっても同じだけれど。


 ティファニーは、パムには懐かなかった。

そして、パムは、

「ティファニーは、ずーっと、自分だけのスペシャルラブを探していた」

と話してくれた。

だから、私の横にいるティファニーを見て、

「ついに捜していたスペシャルラブを見付けた」と思ったそうだ。

パムは、そんなティファニーだから、お金はいらない、ただで引き取って欲しいと言う。


 ところで、私たちは、犬を飼うことにはしていたけれど、小型犬を飼う予定はなかった。

その時、私の頭の中では、

「六匹の猫たちをどうするんだー!?」という叫びが渦を巻いていた。

それで、パムの申し出に、私は、

"I have to ask my husband." (うちの主人に聞かなくては)

としか、言いようがなかった。


 私は、この時、フリスキーを飼うことにした時を思い出していた。

私たちは、フリスキーを受け入れてから、助けを求める動物たちを見過ごせなくなっている。

とは言うものの、今や私たちには六匹の猫たちがいるし、

ティムはゴールデンレトリバーを飼うつもりでいるなどと考える。

私が戸惑っていたのは、パムの言った「スペシャルラブ」のことが気になっていたからかもしれない。

もし私たちがティファニーを引き取らなければ、

「この可哀想な子はいったいどうなってしまうのだろう」と気持ちが揺れていた。


 そして突然に、とんでもない方向から、ティファニーの助け手が現れた。

なんとその頃、ティムのお気に入りの従姉妹のレイニーが、

ヨークシャーテリアを譲り受けたのだ。


 レイニーは、宝石店で働いている。

そこのお得意様で、レイニーが担当しているお金持ちの奥様は、

いつも小さなヨークシャーテリアのペニーを、バッグに入れてやって来る。

もともと動物の好きのレイニーは、ペニーとも仲良くなっていった。


 そんなある日、そのお金持ちの奥様は、お店にやって来て、

ぽんっ、とペニーをバッグから出してカウンターに置き「あなたにあげる」と、突然に言い出した。

そして「ペニーは、あなたが好きよ」と付け加える。

しかも、その奥様は、別の子犬を買うのだそうだ。

レイニーは心の準備はなく、「お得意様だし、断る訳にもいかない」

なんて考えているうちに、奥様はペニーを残したまま、さっさとお店を出て行った。

と言うことで、その日からペニーは、レイニーの犬になってしまったのだ。


 そして、私たちはと言うと、ちょうどその時、東海岸へ遊びに行くところだった。

もちろん、レイニーの家も訪問する。

ティムは、ティファニーが我が家へ来る前に、ペニーと接して、

ゴールデンレトリバーを諦め、

ヨークシャーテリアを飼うための、心の準備をすることになってしまった。

レイニーはと言えば、同じ犬種で、しかも似たようないきさつに、

「奇遇だね。」と喜んでいた。


 斯くしてティファニーは、

私たちが、旅行から帰って来た後に引き取られ、

ナナの名に変えられた。


http://a-thera.com/pages/my/blog/article/edit/input?id=1830868


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