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     Misty & Tiny-4 ブラックコットンウッド

 私たちの家の後ろには、ブラックコットンウッドの林が広がっている。

ブラックコットンウッドは、北アメリカの西海岸に生息しているポプラの木だ。


 ポプラには震えると言う意味があり、その名の通り、

そよ風が吹くと枝は揺れ、木の葉は震えるように擦れ合い、

さわさわと音を立てる。

そのとたんに、人間の作った都市の騒音は背後に押しやられ、

ただ聞こえてくるのは、その木の葉の擦れ合う音だけになる。

風になびくポプラの木は美しい。

それは、夏の青い空と白い雲にとても良く映える。


 そんなブラックコットンウッドに魅せられて、私たちはここに移り住むようになった。

一人の友人は、私たちの家に入ってくるなり

「わぁ〜っ!」

と声を上げ、椅子に座り、その大きな窓から見える豊かな緑に見入っていた。


 別の友人は、カントリーガーデンが好きで、自分の素敵な広い庭を持っているのに、

ここの景色と取り替えられたらと言う。

この林は、私たちを、ゆったりとした気分にさせてくれる。

夕方になり、薄暗くなると、周りの家々の明かりが灯り始め、

まるで避暑地にでも来たような気分になる。


 この林は、都市の中にあるのに、自然がそのまま残されている。

ある日、私は、アライグマが木に上っていくのを見かけた。

近くをコヨーテが歩いていたので、木に登って避難したらしい。

木の上のアライグマは、つがいだったらしく、もう一匹が近くに隠れていた。

そしてコヨーテが去ると、木から降りてきたアライグマは連れ合いを追うように行ってしまった。

そんなことが日夜、その林の中で営まれているのだ。


 我が家の猫たちは、外へ行く自由はない。

その代わりに、厳しい自然から守られている。

それに、飛んでいる鳥たちを目で追いかける自由があった。

この林には、季節ごとに色々な渡り鳥がやって来る。

朝には、その鳥たちが、美しい声を聞かせてくれたりする。


 そんなある日、私は、裏庭の家庭菜園で、

「ブン、ブーン」

と、虫が飛ぶような音を聞いた。

それは、小さなハチドリだった。

こちらでは、ハミングバードと言う。

ハム(hum)はブーンと言う音のことで、ハムする鳥という意味なのだそうだ。

その小さな鳥は、家庭菜園のラズベリーの花や、

林の縁にあるブラックベリーの花の蜜でも、吸いにきたのかもしれない。


 ミスティーは、ガラス戸添いのベンチに座り、外の自然を背景に、

日向ぼっこするのが好きだった。

吹き抜けの、階段の踊り場もお気に入りだったけれど、

二階にいた他の猫たちがやって来て、だんだん行動範囲が狭まってきた。

と思っていたら、そうでもなかったらしい。


 それは、日本から来ていた母が時差ぼけで眠れず、

父を起こさないようにと、一階へ降りて来た時のことだった。

ソファに横になり、その大きな窓から、月で明るい夜の林を眺める。

そして、猫たちがあまりにも活発に動いているのを知って、びっくりしたそうだ。

夜行性の猫たちは、月の光を浴びながら、しなやかに遊んでいた。

母は、ここのお月様にも驚いていた。

この家からは、眺めが良いせいか、夏になると、

月が上にのぼるのではなく、ほとんど真横に見えるのだ。


 八月になると、秋の訪れを予告するかのように、

ブラックコットンウッドの木の葉は、一つずつ色を変えていく。

ワシントン州の夏は最高だけれど、そう長くは続かない。

そのかわり秋は長い。

そして雨の日が多くなる。

残念ながらその雨のせいで、ワシントン州の紅葉は、東海岸ほど美しくはない。

それでも私は、まるで蛍光色のように鮮やかで、

濡れたような色に変わるここの紅葉がとても好きだ。


 秋が深まると、はらはらと、

ブラックコットンウッドの、黄色く染まった落ち葉が、風に舞う。

寒くなってきたので、ガス暖炉に火を入れた。

猫たちはその前で、気持ち良さそうに毛づくろいをしたり、眠ったりする。


 ガス暖炉は、薪割りや暖炉の掃除をしなくて良いし、

スイッチを入れるだけで、ボアッと音を立てて火が入るので、とても便利だ。

それでもやはり、薪ストブーの火の暖かさには勝てないと思う。

自然の火には、心を落ち着かせる、まろやかさがある。


 さて、ティムによって、「気難しいエンプレス」と呼ばれたミスティーは、

キッチンのアイランドの、私の高椅子を陣取ってしまった。

我が家を訪れるお客様は、そこに優雅に座っている白い猫、ミスティーを見ると、

「まあ、可愛い」とでも言わんばかりに手を伸ばす。

が、次の瞬間

「ぱぱっん!」と猫パンチをお見舞いされる。


 不意を付かれたお客様は、びっくりするするけれど、

ミスティーには爪がないので、傷を負わされることはない。

そのせいか、私は、つい、そのことを言い忘れてしまい、

お客様に怖い思いをさせて申し訳なく思っている。


 いや、怖がっているのはミスティーの方なのかもしれない。

爪なし、牙なし猫ちゃんは、自分をプロテクトできないからだ。

代わって、同じ爪なし猫のタイニーは、二階にいるので、訪問者を心配をすることはない。


 では、あの訪問者にフレンドリーなフリスキーは、と言うと、

ここへ引っ越して来て、しばらくは、ロマノフの影響を受けてしまっていた。

ロマノフは母猫に、しっかりと人間から逃げるように教えられていた。

それに、持ち前の臆病さも加わって、お客様があると、あわてて二階へと逃げていく。

しかも、でかい図体で、ドドドッと迫力ある逃げっぷりなので、

ハプスブルグと共に、フリスキーもつられてしまったのだ。

レディジェーンも、えっ?えっ?と混乱しながら後を追って行く。

それからフリスキーとレディジェーンは、再び降りて来て、お客様に愛想をふりまく。

その内フリスキーは、あほらしくなったのか、逃げなくなった。


 ミスティーは、断固として逃げない。

そんなエンプレス・ミスティーは、つんとして、

「私の許しがない限り、触ることを許しません!」

とでも言っていたのかもしれない。


 猫たちは、新しい家にも、お互いにも慣れてきて、我が家は平和だった。

そして、猫たちを家に残して、旅行へ出かけるのにも心配はなかった。

旅行中、猫の世話は友人がしてくれる。


 友人は、始め、猫たちの姿を見ることはなく、静かな家の中で、

水をかえ、餌をやり、砂箱をきれいにするだけだったと言う。

ところが、そのうち、ドアの鍵を開ける音がすると、

「あっ、ご主人様だー!」

と、私たちの帰りと勘違いして、白い叔母ちゃまたち以外は、全員、

玄関に、勢ぞろいする様になったそうだ。

やはり、寂しいのだ。


 旅行にまつわる猫の騒動は、思い出すと、つい笑ってしまうが、

セキュリティーアラームが作動して、夜中に警察が来てしまう、

と言う騒ぎになったことがある。

身軽なレディジェーンが、トイレのドアの上に乗った時、

光センサーに引っかかったのが原因だった。

しかもそれが二度も起こり、

おかげで私たちは、高額のペナルティーを払わされてしまった。


 アメリカの家庭では、トイレのドアは使用していなければ開いている。

私たちは、それからは、出かける時は、トイレのドアを閉めるようにした。

ところが、次に、旅行へ行った時、

猫の世話をしてくれた友人が、トイレを使用した後に、

うっかりレディジェーンを中に入れたまま、ドアを閉めてしまった。

それで、レディジェーンは、自分が蒔いてしまった種を刈り取ることになり、

翌朝まで、ドアを開けてもらうのを、待たなければならなかったらしい。 


 猫ではないけれど、旅行中のこんな話もある。

夫のティムが、東京駅で迷子になりかけたのだ。

私達は、成田空港で成田エクスプレスに乗り、

そして東京駅で新幹線に乗り換え、友人の家へ行こうとしていた。

ところが、東京駅では、たった十五分の待ち時間しかない。

私は、東京に住んだことはない「おのぼりさん」だし、

どこに新幹線の乗り場があるのかさえ知らない。

心配だったけれど、成田駅の旅行案内所で、

「大丈夫」と言われ、その新幹線の指定席を予約した。


 私たちは、東京駅で成田エクスプレスを降り、

なが〜いエスカレーターを上って、やっと正面入り口にたどり着いた。

私は緊張して先頭に立ち、新幹線乗り場の表示を捜しながら、乗り場へと急ぐ。

時は、夕方の会社帰りの人々がごった返す時間帯で、帰路に着く群集が、足早に東京駅へ入って来る。

私は、その群集を斜めに横切って、前へと進んだ。

そして、ティムは、私のすぐ後ろにいると思っていた。


 突然、ティムが私の名前を叫ぶ。

振り返ると、ティムは十メートル程後ろで、私を見失いパニックに陥っていた。

ティムはその昔、ニューヨークのブルックリンに住んでいて、雑踏には慣れている。

と、思っていたら、他民族のルツボと言われるニューヨークとは違い、

大和民族だけの日本人は、後ろからは見分けが付きにくかったらしい。

この話をニッキーにすると、

「あまりにも恥ずかしいので、一緒にいなくて良かった」と言う。


 私たちは無事に新幹線の座席に着き、ティムはほっとしてそこに座った。

出発まで、まだ5分もある。

それで私は「駅弁を買うからホームに出る」と言ってティムの乗車券を渡そうとした。

そうすると、驚いたティムは、こう叫んだ。

"Don't go !" (行かないでー!)


 そういえば、ミスティーとタイニーを、コネチカット州 ハートフォードの空港から連れて来た時の、ちょっとしたエピソードもある。


 空港では荷物検査をする。

もちろん、猫の入った二つのキャリーも検査されるのだけれど、私たちは、そのことを全く忘れていた。


 「猫をキャリーの外に出してください。」

と検査員に言われ、私は恐る恐るこう答えた。

「いいですけれど、猫が逃げたら、私たちには捕まえられません。」

その時ティムは、

猫が逃げないようにと、頑丈に閉じられたキャリーのドアを開けるのに奮闘していた。 

検査員は、ちょっと躊躇した後、猫を外に出さないで、自分の手を中に入れて検査すると言った。

そして、

「噛みませんよね?」

と私に聞く。

私は、その時、

「さぁ〜? 私の猫ではなかったので、分かりません。」

と、無情とも言える答えをしてしまった。


 それで検査員は、決心したようにキッとして、キャリーの中に手を入れ、

サササッと調べて、検査は無事に終わった。

検査員は、やはりプロなのだ。

もし、この時、私がミスティーの本性を知っていたら、

もっとこの検査員を怖がらせていたかもしれない。


 そんなこんなで時は過ぎ、ミスティーは、いつものように、

キッチンにある高椅子に座って、気持ち良さそうに微睡む。

窓の外では、ブラックコットンウッドが風に揺られ、さわさわと歌っている。

この気難しいミスティーは、自分の高椅子を誰にも譲ることなく、

これからもずーっと、そこに座り続けるのだろう。


 その内、ミスティーは、私がキッチンにいると、

なでて〜っと甘えてくるようになった。

ゴロゴロと喉を鳴らしてもくれる。

それでも、ついに、私の膝に乗ってくることはなかった。

ミスティーにとって、前のご主人様の膝だけが自分の認める場所だったのだ。



- 詩 -

PET ME     ( なでて )

Pet me Pet me Pet me        

I want you to pet me         

Pet me Pet me Pet me       

I’d love you to pet me       

But, you are not my master      

Your lap isn’t like her lap  

She is gone now... So,        

Pet me Pet me Pet me       

I want you to pet me         

Because now I know       

You will always be next to me   


なでて、なでて、なでて。

あなたに、なでて欲しいの。

なでて、なでて、なでて。

私は、なでられたいの。

でも、あなたは、私のご主人様じゃない。

あなたの膝も、あの方の膝のようではないわ。

あの方は、今はもう、逝ってしまった。 だから、

なでて、なでて、なでて。

私は、あなたになでて欲しいの。

どうしてって、それでも、私は知っているのよ。

あなたは、ずーっと、私のそばにいてくれるのだから。

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