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     Misty & Tiny-3 猫のお引越し

 私たち夫婦は、六匹の猫を飼っている。

そして、私たちの小さな家では、あっちを向いても、こっちを向いても、猫がいる。


 猫が主な理由ではなかったけれど、

私たちは、以前からもっと広い家へ引越したいと考えていた。

それなのに、なかなか引越せないでいたのは、

家は小さくても、木々に囲まれ、隣に公園がある広々としたこの環境を、

捨てがたく思っていたからかもしれない。


 数年前、私たちがこの家に住み始めた頃、初めて飼った猫、

フリスキーは、家の中に入って来ない、全くの外猫だった。

ところが今では、フリスキーは昼夜を問わず家を出入りするようになり、

六匹に増えてしまった猫たちが所狭しと幅を利かせている。

おまけに、最後にやって来た二匹は問題児だ。

もはや悠長なことは言ってられない。

猫のために、猫の引越しをしなけばならないのだ。


 アメリカの夏は、引越しシーズンでもある。

寒い冬に比べ、夏は引越しやすい。

特に子供のいる家庭では、九月から新学期が始まるので、

それに間に合うように新しい家へ引越そうとする。

それで、春が終わる頃から売りに出される家は増えてくる。


 こちらでは、新築の家と中古の家には、値段に大きな差はない。

中古の家は良く手入れされ、改築などして、価値が下がらないようにしている。

私たちは、以前から不動産屋に足を運び、

新聞に出される住宅の情報や、インターネットなどで調べたり、

出かけたついでに、売りに出されている家を見たりしていたのだけれど、

気に入った家を見付けられないでいた。


 ついに痺れを切らした私は、その朝、奮起して、

この日は何が何でも新しく住む家を見つけようと家を出た。

それまで得た情報だけでは、その家の環境までは分からない。

それで、実際に、自分の目で見ようと思ったのだ。

そして、以前から住んでみたいと思っていた、湖のある公園の周りの道を、

一つ一つ車で、ゆっくりと回ってみることにした。


 しばらくすると、私は、公園の北側、住宅街の外れの丘陵に、

小さな新興住宅地を見つけた。

少し前まで雑木林だった所に新しい道が出来ている。

その道沿いに、四件の家が建てられ、建築中の家もあった。

四件の内、二件が売りに出されている。

家の後ろには、公園から続く、背の高いブラックコットンウッドの林があり、

私はひと目で、この場所が気に入ってしまった。


 家そのものは希望通りではなかったけれど、もう妥協するしかない。

ティムもこの家を気に入り、特に庭が狭いのを喜んだ。

と言うのも、今までの家は、広い庭の世話に手間が掛かっていたからだ。

この家には、狭い庭の代わりに、世話しなくてもいい自然が、奥に広がっていた。


 そして私達は、この家を見付けてから1ヶ月もしない内に、

さっさと引越してしまった。

引越したのは、六月三十日、初夏のさわやかな日だった。


 ところで引越しの前に、どのように猫を引越しさせるかを考えなくてはならない。

しかも、五匹の家猫たちをだ。

それで、朝から五匹をトリミングに連れて行くことにした。

猫たちは午後までそこにいるので、

一日中狭いキャリーの中に入れられることはないし、

かといって部屋に閉じ込めていたら、

うっかり誰かがドアを開けて、猫が逃げてしまった、なんてこともない。


 五匹の猫たちは、始めてのトリミングの後、

引越しが終わったばかりの、知らない家に連れて行かれ、

戸惑っていたものの、疲れていたらしく、皆すぐに眠ってしまった。

引き続き、荷物の整理で忙しい私たちにとって、これも好都合だった。

トリミングの費用も、五匹まとめてだったので割安だった。


 普通、猫は洗われるのを嫌がる。

ところが意外なことに、ミスティーだけは機嫌よく、

ゴロゴロと喉を鳴らし、猫パンチなどおくびにも出さず、

グルーミングを、エステ・スパにでも行ったみたいに楽しんでいたらしい。

私は、「さすがエンプレス!」と感心した。


 一方、外に放って置かれたフリスキーは、

引越しの手伝いの人たちが、ドヤドヤと家へ入っては荷物を出しいるのを見て、

心細くなっていた。

午後になり、ティムは、そんなフリスキーを物置小屋に閉じ込めておいたので、

最後の家の掃除を終えた後、フリスキーを探す必要もなく、

新しい家に連れて来ることができた。


 フリスキーにとって、この様子を見ることは、

かえって良かったような気がする。

自分のテリトリーが、もはや同じでないのを、目の当たりにしたのだから。


フリスキーはやって来ると、すぐにシャンプーされたので、

これで、綺麗になった六匹の猫たちが、新築の家に勢ぞろいした。


 さて、この引越しは、タイニーにとって状況を変える良い機会だった。

それまでタイニーは、他の猫たちに順応できないでいたからだ。

順応していないのは、ミスティーも同じだけれど、

タイニーは、ミスティーのせいで萎縮し、

それが元で、他の猫たちにも、恐怖心を抱いていた。


 これを野放しにしていたら、問題はさらに悪化するかもしれない。

そう思っても、前の家では、ミスティーからタイニーを離すのは難しかった。

それで引っ越した今、私たちは、一週間の間、ミスティーを一階に残し、

タイニーを他の猫たち四匹と共に、二階の私たちのベッドルームに閉じ込めることにした。


 さらに、ご主人様とならどこへでも行く犬とは違って、

引越しを好まない猫の性格も、タイニーにとって都合が良かった。

猫はテリトリーが変わると不安になる。

それで、引越したばかりの我が家では、どの猫も不安で、同じスタート地点に立っている。

タイニーは、有無を言わさず、四匹の猫たちと一緒にされたので、

逃げることはできない。

彼らと対面しなければならないのだ。


 五匹の猫たちが一緒にされたベッドルームは、広くてゆったりしているし、

隣接したバスルームとウォークインクローゼットもあるので、狭すぎることはない。

しかも、大きな窓が、南向きに二つ付いている。

たとえ外には出られなくても、その窓から見える豊かな自然の景色は、

猫たちに、良い影響を与えてくれるかもしれない。


 私たちの新しい家の横には、雨の少ない季節には枯れている池がある。

それは、丘陵を降りてきた地下水が溜まる池で、リテンションポンドと言う。

秋になり、雨が降り初め、地下水がその池に溜まると、

枯れていた家の後ろの林の湿地帯にも水が張ってく。

その湿地帯から流れ出る小川はないので、

水は再び地下水となって、公園の人工湖へと向かう。


その林は都市の中にあるというのに、自然があるがままにされているので、

水があっても、なくても、様々な動物や鳥たちがやって来る。

猫たちは、そんな林を、二階の大きな窓から見下ろせるのだ。


 静かな夜、その水の張った湿地帯を見ていると、

地下水が湧き出ているのか、風もない暗い林の中で、

水面が、周りの家から漏れてきた夜の灯りを写しながら、ゆらゆらと揺れていた。


 新しい家での最初の一週間、ミスティーは一階すべてと、

階段や踊り場を、のびのびと使っていた。

そして一週間が過ぎ、ベッドルームのドアは開いた。

それまでにタイニーは、他の猫たちが、ミスティーのように怖くないと分かったらしい。

その後、レディジェーンと揉める事もなかった。


 ベッドルームから出てきたタイニー以外の猫たちは、

二階のほかの部屋を探索した後、徐々に一階にも降りてきた。

一階は、全部自分のテリトリーと思っていたミスティーは、それが気に入らない。

とは言っても多勢に無勢で、少しずつ自分の場所を譲らなくてはならなかった。


 ウッドデッキ添いのガラスドアからは、たくさんの光が入ってきて明るい。

そこには、ミスティーのためにピアノベンチが置かれていた。

なぜか、そのベンチだけは、引き続き、

ミスティーのお気に入りの場所として残された。


 さて、引越しでもう一つ気がかりだったのは、外猫フリスキーをどうするかだ。

シニアフードを食べるようになった十歳を過ぎたフリスキーに、

ここで新しくテリトリーを開拓させるのは酷だ。

しかも、この近所には、他の猫だけでなく、猫をも襲うコヨーテが出没する。

私たちは、フリスキーがそんな外の荒波に揉まれるより、

完全家猫として、居心地の良いリタイアメントを提供する事にした。

フリスキーは、退職したのだ。


 ペギーは、フリスキーも今さら外で苦労するつもりは全く無く、

かえって家の中の方が嬉しいのではと言った。

私もそう思っている。

その言葉通り、この家に引っ越して、フリスキーは外を眺めることはあっても、

以前のように、外に出たいとドアを引っかくことはなかった。

まるで、初めからの家猫の様だった。


 フリスキーが外に出たのは一度だけだ。

それは、ここに引っ越してきた頃、日本から来ていた二十代の若い女の子たちが、

うっかり、玄関のドアを開けっぱなしにした時のことだった。

私たちが慌てて捕まえようとすると、

フリスキーは少し逃げ回った後、自分で玄関へ戻ってきて私たちを待っていた。

この日本の娘たちは、とても優しくて、六匹の猫たちとも仲良くしてくれた。

彼女らが寝ていると、猫たちはその周りをうろうろしたり、

時には遊んでもらいたいのか、頭を引っかいて悪戯をした。


 タイニーは、二階の窓際に置かれた自分用のベッドで、いつも日向ぼっこをしている。

そこは、寒い季節でも暖かく、夏は窓が開いて気持ちが良い。

その内、タイニーのしかめっ面はなくなり、

しだいに穏やかな表情に変わっていき、

くるくるっとした明るい空色の目の、白くて可愛い猫になっていった。


 タイニーは時々、甘えるように、

「ニイッ、ニイッ」

と、愛らしく鳴く。

それからタイニーは、二階の他の部屋にも足を伸ばすようになり、二階がその生活空間となった。

そして、タイニーは、

ミスティーのいる一階に下りて来ることは、最後まで無かった。

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