Misty & Tiny-2 怖い叔母ちゃまたち
ご主人様を亡くしてしまったミスティーとタイニー。
この二匹の猫たちに、私たちのところで穏やかに暮らしてもらいたい、
と願っても、世の中そう簡単に行くものではない。
何しろ、やって来たのは、それまでご主人様と静かに暮らしていた、
十一歳の叔母ちゃま猫たちで、お世辞にも社会性があるとは言えない。
しかも、お互い仲が良くない。
その朝、この猫たちは、もう二度と戻ることはない、なんて知る由もなく、
キャリーに突っ込まれ、東海岸のコネチカット州から、何千キロも離れた西海岸へと向かった。
途中で飛行機を乗り換え、離陸と着陸を二回ずつ繰り返し、やっと最終目的地の空港に着いた。
かと思ったら、さらに車で三十分ほど移動し、
新しい住まいに着いた時は、すでに夜の八時を過ぎていた。(しかも、三時間遅れの)
一応、猫たちには安定剤が与えられていたものの、
怖さのためか、それとも長時間だったためか、
キャリーの中に敷かれたタオルは、お漏らしで濡れていた。
だからこの日は、二匹の猫たちにとって、まだ終わりではない。
とにかく、長旅を終えて我が家へ帰ってきた私とティムは、
ほっとする間もなく、このおしっこ臭い二匹の猫たちを洗わねばならなかった。
それなのに、キャリーの奥にしがみ付く猫たちは、なかなか外へ出てくれない。
しかたがないので、キャリーの入り口を下にして振ると、すべり降りてくれた。
そして、私たちは、直ちにバスルームへ連れて行き、わめき、騒ぎ、抵抗する猫たちを洗う。
それから、大きな音のするドライヤーで乾かし、最後に、私たちの狭いベッドルームに閉じ込めた。
猫たちを我が家に慣れさせるためと、落ち着くまで、他の猫たちと接触させないためだ。
まことに残念であるけれど、私達と、この猫たちとの新しい生活は、
穏やかどころか、過激な始まりとなってしまった。
では、我が家の、元猫たちはどうしたかと言うと、
どうして良いのか分からないと言うのが本音だろう。
やっとご主人様たちが(日本から)帰って来たかと思ったら、あっという間にいなくなり、
今度こそ(コネチカット州から)帰って来た、と、喜んだのもつかの間、
なんだか余計な猫たちまでが一緒だ。
しかも、感動の再会もなく、疲れ果て、ベッドルームに消えたご主人様たちは、
ドアをピシャリと閉めてしまった。
「こんなのあり?」と言いたい所だ。
フリスキーに至っては、全く忘れ去られている。(餌の補給以外は)
もちろん、この狭いベッドルームでの生活を余儀なくされた二匹の猫たちも混乱している。
おまけにミスティーは、すぐさま動物病院に連れて行かれ、
悪くなっていた歯を数本抜かれてしまった。
ここまで来ると、ミスティーの機嫌はもう最悪だ。
私たちのベッドを陣取ったミスティーは、
「ここは私のテリトリーよ!」とでも言わんばかりに、タイニーを憤然と威嚇する。
そしてタイニーは、忽然と消えてしまった。
慌てて探すと、タイニーはティム用の小さなクローゼットの奥に隠れていた。
それ以降、居場所のないタイニーは、その小さなクローゼットで、
ちんまりと、寝泊りする羽目になってしまった。
ティムは、そんなタイニーが可愛そうで仕方がない。
せめて居心地の良いようにと、私たちは、タイニー用ベッドを作ってやった。
そしてティムは、クローゼットに住むタイニーに「クロセット」、
ミスティーには、気難しい「エンプレス」のあだ名を付けた。
ミスティーは、私にも、「ヒシャー!」と金切り声を上げて威嚇する。
お近付きになろうとしても、ぱぱぱんっと、猫パンチを見舞われてしまった。
それでも私は、ミスティーに、抜歯の後の化膿止めの薬をやらなければならない。
そして、ついに怒り狂ったミスティーは、私の手を噛んでしまった。
ところが、ミスティーの牙は抜かれている。
私の手は、噛まれたと言うよりは、挟まれた、と言う感触で、痛くも何ともなかった。
ミスティーの方も、
「あれっ?」と、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
状況は最悪なのだけれど、なんだか私は、可笑しくなってしまった。
この二匹は、我が家に来る前、すでに爪無し猫ちゃん(declawed)になっていたので、
爪を立てられる心配もない。
ミスティーは、爪は無く、牙も無く、かんしゃくを起こしても、たいした効果が得られない。
その内、諦めたらしく、大人しくなっていった。
爪無し猫が良いか悪いか、賛否両論あるけれど、この時ばかりは、
ミスティーの爪、さらには牙が無いことに、私は深く感謝した。
その後、タイニーも二本ほど歯を抜かれてしまった。
この猫たちの前のご主人様は、カリカリやウエットフードなど、
猫用の餌をきちんとやっていたのだけれど、
甘いものを食べない猫が、虫歯になるなんて思わなかったらしい。
猫は我慢強い。
それで、歯が痛くても、飼い主に気付いてもらえなかったりする。
動物看護師のペギーは、いくら我慢強い猫でも、歯痛が無くなれば、
その性格は少しは良くなるはずだ、と言ってくれた。
そして、性格が良くなって欲しいのは、ミスティーだけではなかった。
タイニーは、ミスティーとは違い、とても綺麗な青い目をしている。
獣医によると、タイニーのように白い毛で青い目の猫は、耳が聞こえなかったりするけれど、
タイニーの聴力に問題はなかった。
それで、白くて、まぁるい顔に、空色のつぶらな瞳のタイニー、と言いたい所だけれど、
残念ながらそうではなく、いつも、しかめっ面をしている。
しばらくの間、私は、タイニーはなんて不細工な猫だろうと思っていた。
今でも時々、その理由をあれこれと考えたりする。
とにかく、そんな様子だったので、この、恐ろしくも、可愛くない叔母ちゃま猫たちは、
もし動物保護センターへ連れて行かれたら、きっと、殺処分されてしまっただろう。
やがてベッドルームのドアは開き、いよいよ四匹の元猫たちとの対面となった。
そのころまでにミスティーは、かなり落ち着いていたので、たいした問題も起こらなかった。
それでもミスティーは、ベッドを譲るつもりも、
ましてや、他の猫たちと共有するつもりも、全く無い。
ロマノフとハプスブルグは、その威圧ぶりに圧倒されたらしく、
気になるものの、怖さゆえか、鳴りを潜めている。
誇り高き「女帝野良」の血を受け継いでいるとは言え、
箱入りの、若造息子たちが、(三歳八ヶ月)
この年季の入った、気難しいエンプレスに太刀打ちするには、あまりにも経験不足だ。
それで挑戦などしないで、ベッドを簡単に譲ってしまった。
ロマノフとハプスブルグは、タイニーにも近寄らない。
ところが、子猫だったころ、野良猫の実践経験のあるレディジェーンは、
小柄ではあっても、そう簡単にあきらめるつもりは無い。
とにかくタイニーは、いつまでも、クローゼットに隠れているわけには行かない。
ここで自分の居場所を確保しなければならない。
タイニーは、怖々ながらもベッドルームから出て来ると、
ロマノフとハプスブルグのいるリビングルームを避け、キッチンの猫ドアを通り抜け、
後ろのランドリールームから、奥のベッドルームへと、足を伸ばし始めた。
その様子をうかがっていたレディジェーンは、
影のように、音も無く、するりと猫ドアを通り抜け、タイニーの後を付ける。
しばらくは何の音もしない。 静かだ。
そして、突然、その静けさは破られた。
「ドドドッ」と猫の走ってくる音がしたかと思うと、
「パーン!」レディジェーンがダイビングでもしたかのように、猫ドアから飛び出した。
それから、まっすぐにリビングルームへと逃げて行く。
それに続き、
「パーン!」また猫ドアの開く大きな音がする。
タイニーだ。
タイニーは猫ドアから飛び出すと、すぐに右に曲がって、
ベッドルームのクローゼットへと、逃げて行った。
どうやらタイニーは、後を付けて来たレディジェーンを追い払おうとしたらしい。
そして、その攻防戦は、毎日繰り返された。
フリスキーは、ただ見守るだけで何もしない。
フリスキーは、今や、十歳の熟年猫となった。
二匹の叔母ちゃま猫たちより、ひとつ年下のフリスキーは、無駄な争いなどしない。
そして、以前と変わりなく、ティムの膝に乗り、そこに座り、撫でてもらい、至福の時を楽しむ。
ティムは、どんなに他のペットが増えようとも、
フリスキーが、トップの座にいることに変わり無いと言う。
フリスキーには、その貫禄がある。
もの静かなのに存在感のあるその雰囲気は、様々な経験と共に、
自然にフリスキーに備わっていったものだ。
我が家にしょっちゅう出没する、人間娘のニッキーは、
虫も動物も苦手な都会っ子なのに、なぜかフリスキーのファンだ。
ミスティーにも貫禄はある。
その貫禄は、「エンプレス」と言うあだ名にふさわしい。
ただフリスキーとの違いは、ミスティーには威圧感がある事だ。
人間もそうかもしれない。
力や気迫で押して、威圧感を出す権力者と、
そこにいるだけでにじみ出てくるような、オーラのある実力者との違いを見るようだ。
それでもミスティーは、飼い主の私たちからすれば、可愛い猫であることには変わりない。
そう、この怖い叔母ちゃまたちが、私たちのことをどう思うが、
私たちにとって、愛すべき猫たちには変わりはない。
問題は山積している。
それでも、時間をかけて見守って行こう。
彼女らは、まだ十一歳だ。
この先も、長い道のりが、私たちと共にある。