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     Lady Jane-5 完全家猫

 猫が外に出られないのは可哀想、と、以前、私は思っていた。

ところが当の本人(猫たち)は、お気に入りの場所さえあれば、

たとえ家は狭くてもかまわないそうだ。


 それに、多くの飼い主は、

猫が退屈したり運動不足にならないよう気を付けている。

リードを付けて、散歩に行く人もいる。(アメリカ人でもいる)

そのための方法は様々で、猫のおもちゃは元より、

棚のような猫の踏み台を壁に取り付けたり、

猫が壁を登れるようカーペットを張る人もいた。

 

 また猫たちのために、自分たちの家まで改造してしまった人たちもいる。

ある家では、家中の天井近くに、猫用の橋が張り巡らされていた。

壁には可愛い出入り口があり、猫用階段で、上り下りできるので、

猫たちは上であろうと下であろうと、自由にどの部屋にも行ける。

さらに、家全体がペンキで装飾され、まるでおとぎの国の小さな家のようだった。


 さらに、素敵な家を数百万円もかけて改造し、家の価値を下げた夫婦もいた。

(もっとも、彼らは笑っていたし、その改造もとても素敵だった)

うらやましいが、いくらなんでも私たちにそこまでは出来ない。


 そこで私たちは、買ってきたキャットタワーを、リビングルームの真ん中に、でんっと置いた。

ところが猫たちは、急に現れたこの巨大な物体にたまげてしまい、

恐れをなしてリビングルームに入りたがらない。


 それから二〜三日もすると、

まるで、リビングルームが存在しないかのような生活が定着してしまった。

そうして次第に、猫たちはキャットタワーの存在すら忘れていったようだ。

フリスキーだけは、キャットタワーを無視して、

いつものように、リビングルームでティムに撫でてもらう。


 そんなある日、レディジェーンが足取りも軽く、

何事もなかったかのようにリビングルームに入って来た。

すると突然、キャットタワーの存在に気付き、

まるでモンスターを見るかのように驚き、逃げて行ってしまった。


 それからしばらくして、三匹の猫たちは、ハプスブルグを先頭に恐る恐るやって来た。

ふんふんと匂い嗅いで、キャットタワーをじっくり調べる。

安全だと分かると、それを格好の遊び場にした。


 猫は外へ出られなくても、満足していたら、飼い主を困らせるようなことはあまりないらしい。

ある時、私はうっかりして、洗ったストッキングを、猫がいつもいる所の真上に干してしまった。

それは猫たちの手の届く所で、ゆらゆらと揺れる。

ところが猫たちは、「ご主人様の物だから遊ばないよ」

とでも言うかのように、その下で昼寝をしていた。(その後、そこは干し場になった)


 問題を起こす場合、猫たちにはそれなりの理由があると言う。

私たちはそれを改善するか、あきらめるかのどちらかで、怒っても仕方がない。


 我が家の完全家猫問題といえば、

砂箱の砂が、使用後に床に散らばっているくらいの事だった。

そこに猫用マットを置いたのだけれど、猫たちは気に入らないらしく、

それを避けるように砂箱から出てくる。

砂はマットの周りに広く散らばり、結局、意味を成さなかった。


 そう言えば、レディジェーンには困った問題が一つある。

私が料理をしていると、遊んでもらいたいレディジェーンは、

後ろから、私のふくらはぎに、ちょいちょいと優しく前足で触って、

「ネェン、ネェン」(ねえ、ねえ の意)

と甘えるように鳴く。

私が無視すると、突然、私の背中に爪を立てて乗る。

薄着の夏は、たまったものではない。


 とにかく、その場しのぎの解決策として、

私はレディジェーンを、高い高いして、天井近くまで放り上げることにした。

四〜五回それをやると、満足したレディジェーンは行ってしまう。

極度の緊張が、満足感を与えるらしい。(ジェットコースターのようなものだ)


 この高い高いは、友人たちにも披露した。

空中に放りあげられたレディジェーンは、前両足を体の脇にピタッと添わせる。

さらに、後ろ両足は、放り上げられた反動で上を向く。

美しい V の字が出来上がり、まるで体操競技の空中でのフォームのようだ。

そして、友人たちは、感動するというよりは、あきれていた。


 とにかく、レディジェーンの爪は痛いので、頻繁にその爪を切らなければならない。

ある時、レディジェーンの伸びてしまった爪が、何故か、

壁と床の継ぎ目の板に引っかかってしまい、抜けなくて慌てていた。

私は笑いながら助けた後、爪を切ってやった。


 そんな中、元気に遊ぶレディジェーンは、ひとつの事件を解決してくれた。

ある日、私が愛用していたネイビーブルーのマグカップが、忽然と消えたのだ。

夫ティムに聞いても知らないと言う。


 数日後、レディジェーンが、何かをコロンコロンと転がして遊んでいるので、

私は、何気なくそれを拾った。

なんと、それは、あの消えたマグカップの「取って」ではないか。

犯人はティムだ。

ティムが壊して痕跡が残らないよう掃除し、密かに捨てていたのだ。

ところが、そのカケラだけ、どこかに隠れて残っていたのを、

レディジェーンが見つけたらしい。

こうして、ティムの推理小説ごとき完全犯罪は、些細なことで発覚してしまった。


 その後、帰ってきたティムに、私は、知らない振りをして再び聞くと、

"I don't know what you are talking about!"

「何の事かさっぱり分からない!」

と、しらを切る。

私がマグカップのカケラを見せると、ティムは、

「ばれないと思ったのにー!」と言って苦笑した。


 私はそのマグカップは気に入っていたけれど、特に思い入れはなく、

金文字でボストンバンクと書かれていて、元々は友人のお古だった。(ボストンはアメリカ大陸を横断する反対側の都市)

それで、私が怒るのを恐れて、ただひたすらとぼけていた夫に、

「ご苦労様でしたー」と、一緒に笑った。


 ところで、夏の間、リビングルームの薪ストーブは、ただのひんやりした鉄の箱だ。

猫たちは、よくその上に乗って遊ぶ。

珍しく三匹一緒に乗ったので、カメラを向けるのだけれど、

ロマノフがじっとしていないので、上手く撮れなかった。


 私たちは自分の子供のように、猫の写真を撮りまくる。

猫たちも心得たもので、シャッターを押すまで待ってくれたり、

時にはポーズまで取ってくれたりする。

レディジェーンの、「裸体のマハ」風の一連の写真は、私のお気に入りだ。


 そして秋も深まり、だんだん寒くなったので、

久しぶりに薪ストーブに火を入れた。

ところが、ストーブが何のためにあるのかを忘れたらしく、

ハプスブルグが、ぴょんと熱いストーブに飛び乗った。

私が「あっ」と声を上げる間もなく、ハプスブルグは飛び上がる。

無条件反射だ。

私はあわてて肉球を調べたけれど、火傷はしていなかった。


 そして私が別の日に、再びストーブに火を入れると、

ハプスブルグは、まだ温まっていないストーブに飛び乗った。

ストーブはじわじわと熱くなっていく。

ハプスブルグは、しばらくそこで何かを確かめたい、と言う風だった。

もちろん、その記念写真も撮った。

そしてその後、ハプスブルグは二度と、火が入ったストーブには乗らなかった。


 ハプスブルグは、レディジェーンがやって来て、ますます我が家の完全家猫のリーダーとして、

責任感を持ってその役割を果たしているようだった。

かといって、外猫の実力者、フリスキーと問題を起こす風でもなかった。


 ところがある昼下がり、私が読書をしていると、カタン、コトンと音がする。

ダイニングテーブルの下を見ると、フリスキーとハプスブルグが、

スローモーションであるかのように、静かにレスリングをしていた。

そしてフリスキーは、その貫禄で優しく、しっかりとハプスブルグを押さえた。

するとハプスブルグは、それに反することもなく、静かに負けを認めた。


 私は、後にも先にも、こんな不思議な戦いを見ることは無かった。

元々、争い事の嫌いなハプスブルグの挑戦を受け、

それに対処したフリスキーは、やはり我が家の長だったのだ。


 そんなある日、友人が私に旅行中の猫一匹と大型犬四匹の世話を頼んだのに、

彼女は家の鍵を私に渡さないで出かけてしまった。

連絡は付かないし、しかたがないので、大型犬を飼っている別の友人に応援を頼み、

私は裏のフェンスのドアを、こじ開けて中に入ろうとする。

すると興奮した犬たちは、私を押しのけて逃げてしまった。

しかも逃げた犬達は、前庭にいた猫のアローラを襲った。


 私はその時、アローラは殺されたと思った。

すぐに友人が三匹の犬を猫から離してくれたけれど、

最後の一匹の犬がまだアローラの前足を銜えている。

私は逃げようとするアローラを押さえて、犬の口をこじ開けようとした。

その時、アローラはカッと私に目を向けて、思いっきり私の親指を噛んだ。

痛いが、そんなことは言ってはいられない。

この猫には、私が助けようとしているのなんて分からない。

とにかく、犬たちは無事に家に戻り、猫も捕獲できた。


 私はアローラを家に連れて帰り、奥のベッドルームのベットの上の、

ケージに入れて介抱することにした。

動物看護師のペギーは、傷はたいしたことは無いけれど、

化膿しないための薬を与えるよう言った。

後で知ったのだけれど、アローラは、薬も獣医も大嫌いなのだそうだ。

ところが、おとなしく薬を飲んでいるので、飼い主はびっくりしていた。


 何しろうちには四匹の猫がいるし、私も忙しい。

猫に薬を飲ませるのは慣れているので、ちゃっちゃとやる。

とは言うものの、まだ不慣れな頃、薬を飲ませたと思ったロマノフを放すと、

小さなピンクの薬が、走り去るロマノフとは反対方向に転がって行くのを見て、

がっかりしたことがある。


 ところで、我が家の猫たちがアローラに始めて会った時の、それぞれの反応が面白かった。

レディジェーンは、頭を下げ低い姿勢を取って、

さささっピタッ、さささっピタッと徐々にアローラに近付く。

ロマノフは疑心暗鬼だ。

ベッドルームの入り口で顔を半分だけ出して中の様子を伺う。

ハプスブルグは、ふんふんふんと、まるで鼻歌交じりで、私の後を付いて来たかと思ったら、

突然、見たこともない猫の存在に気付き、バッと構える。

フリスキーは、私が後ろで何をしているのかなーと、興味本位でやって来て、

アローラに気付き、

「えっ、またー!?」と、どんどん増えていく猫にあきれていた。


 「フリスキー、この猫はお家に帰るけれど、この先もっと猫たちが増えていくのよ」

と続くのである。


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