Lady Jane-4 お転婆さん
我が家の猫たちには 「またの名」 というのがある。
フリスキーは、「アメリカンタビー」(American Tabby)
ハプスブルグは、「オーストリア人貴族」(Austrian Nobleman)
そしてロマノフは、「ロシア人」(Russian)だが、私は「デブチン」と呼んでいる。
レディジェーンは、頭の黒い毛が八分れになっていて、後も女の子の髪型みたいだし、
友人は「かつらちゃん」だと言った。
女の子と言っても、かなりのおてんばさんで、登れるならどんな所にも登っていく。
だからティムは、レディジェーンを「コマネッチ」と言う。
猫は高い所が好きだけれど、巨大化したロマノフは、情けないことに、
椅子の踏み台がなければ、私の机がある窓際には上れない。
それに比べてハプスブルグは、箪笥の上から、ひょいっと平均台のようなドアの上にも乗る。
そしてレディジェーンは、そこからさらに高い、
ベッドフレームのCanopy(天蓋)のパイプにジャンプする。
ベッドフレームの角でL字型の所なのだけれど、それでも、
親指の太さぐらいしかないパイプに乗るのは、かなりの平衡感覚がいる。
正にコマネッチだ。
レディジェーンは、木製の、折りたたみ式の洗濯物の物干しにも起用に上って行く。
レディージェーンは、はしごも上る。
我が家には、屋根裏部屋へ上るため、天井から下ろせる折りたたみ式のはしごが取り付けてある。
この屋根裏部屋に床はない。
暖熱材を入れた時に外されてしまったそうだ。
それでも小さな窓はある。
その昔、ここは子供部屋として使われていたそうだ。
壁には落書きが残っていて、小さな子供たちが、この小さな窓から空やブラックチェリーの木を眺めていたのかもしれない。
今は、断熱材の上にシートを置いて、物置として使っている。
はしごを下ろしている時、レディジェーンが屋根裏部屋へ行き、ふあふあピンクの断熱材の中に紛れ込まれては困ってしまう。
レディジェーンがはしごを上り始めると、いつも私は、
「上手に上っていくなーっ」と関心するのだけれど、もう少しで上りきるという所で、
「ゴメンネ」と言いながら捕獲する。
ジャンプの好きなレディジェーンは、羽の付いた猫じゃらしで遊んでやると、高々と宙を飛ぶ。
小柄なので身が軽い。
走り方も、マンクス(Manx)と言う、ウサギみたいに飛ぶ猫ではと思えるほど、
ピョーンピョーンと跳ねている。
ハプスブルグも高く飛ぶけれど、彼女ほどではない。
デカロマノフは、ドドドッと走るだけであまり飛ばない。
ロマノフが羽で遊び始めると、その威圧感のせいなのか、
他の二匹はやる気を無くし退散してしまう。
それでも、ロマノフはただ無邪気に遊んでいるだけなので、三匹は引き続き仲が良い。
だから、ロマノフとレディジェーンが一緒に寝ていると、
長毛と短毛でも、白黒牛柄の全く同じ色なので、
とてつもなくでかい1匹の猫が、寝ている様に見えるらしく、お客様などはビックリする。
レディジェーンは、袋や箱も大好きだ。
紙袋に頭を突っ込み、急に走り出して部屋を横切り、家具にぶつかった時、ティムと私は大笑いした。
とにかく好奇心旺盛なので、袋や箱は手当たりしだい入り込む。
ということは困った問題が出てくる。
外に出すと、もし変な所に入り込んだら出られなくなってしまうかもしれない。
猫はもともと好奇心が強いので、いろんな所へ入りたがる。
フリスキーは以前、スノーボールという名の猫と一緒に飼われていたそうだ。
ところが、スノーボールは、近所の人が引越した日にいなくなってしまった。
おそらく、引越し用トラックの中に紛れ込み、ドアが閉められ、
カリフォルニアまで行ってしまったのだろう、と飼い主は言っていた。
そういえば、引越し騒ぎで、別の猫が、このワシントン州から、
カリフォルニアへ行った話は、テレビのニュースで見たことがある。
その猫は、飼い主が見つからなかったので、引っ越した人が、そのまま飼ってくれたそうだ。
さらに、ある猫は、アメリカのシカゴから、大西洋を渡り、
フランスの田舎町まで、なんと一ヶ月も飲まず食わずで生き延びたそうだ。
そして、ファーストクラスで悠々と飼い主の所に帰って来て、今は、体重も元に戻ったと言う。
別の猫は、お父さんのバッグに入り込み、出張先まで行こうとしたが、
途中でバッグが摩り替えられ、別の人とホテルへ行ってしまった。
あわや、と言う所だったけれど、
この猫には、チップが入っていたので、すぐに飼い主に連絡が行ったそうだ。
スノーボールは、フリスキーと仲が良く、前足ですくって餌を食べていたと聞いている。
可愛いくて人懐っこい猫だったので、
ハッピーエンドとなったそれらの猫たちのように、
きっと、引越しした家族がそのまま飼ってくれたか、
そうでなくても、優しい人にめぐり合えたのではと思う。
友人の飼い猫 WBが、物置に閉じ込めれてしまったこともある。
夫婦で日本へ旅行した時で、彼女は出る前にちょっと物置に行き、
ドアを閉め、鍵を掛けた。
その時まさかWBが一緒に入っていたとは、思いもしなかったそうだ。
日本から帰って来るとWBが見当たらない。
旅行中に餌と水の世話をお願いしていた彼女の友人に聞くと、
もう一匹の猫のBBはいたけれど、WBを見ていないと言う。
とにかくWBの名前を呼び続ける。
すると、かすかにWBの声がする。
どこだどこだ、と探しまわり、まさかの物置のドアを開けた。
なんとそこには、やせ細ったWBがいるではないか!
彼女は、餌はさておき、水分をどのように補給していたのかは分からないと言っていた。
とにかく、生きていてくれて良かった。
まもなくWBは、元通りの元気な猫に戻り、今でも健在だ。
猫は砂漠出身なので、飲水量が少なくてすむ動物だそうだ。
捕らえた新鮮な獲物から水分を補給するらしい。
ところが、カリカリは水分がほとんど無いので、新鮮な水をいつも準備しておきたい。
だから我が家でも、頻繁に新しい水に変える。
しかも、フィルターでクロールカルキを抜いた、できるだけ自然に近い水だ。
水といえば、こんなことがあった。
ある夏の日、ティムと私が庭掃除をしていると、大きな犬がやって来るではないか。
そしてその犬は、家の外の水道の蛇口の下に置いてあるバケツの中を覗いた。
中はからっぽだ。
その犬はそこで力尽きたらしく、がっくりと座り込んでしまった。
実は最近まで、この蛇口は壊れていて、滴り落ちる水がバケツいっぱいに溜まっていた。
どうやらこの犬は、ここに水があったのを知っていたらしい。
迷い犬ではなさそうだし、なぜへたばるほど喉が渇いていたのかも不思議だ。
とにかく器に水をたっぷり入れて与えると、まるで命を救われたとでも言うように水を飲む。
そして元気を取り戻したその犬は、再び来た方向へと戻っていった。
それ以来、私たちは、いつもこのバケツに新鮮な水を入れて置くようにした。
この水は、私たちの知らない、たくさんの動物たちを救っているのかもしれない。
さて、しばらくの間、私たちは我が家に新しく来た猫三匹を、
フリスキーのように外猫にするかどうか迷っていた。
元々外猫にするつもりで飼い始めた猫たちではある。
その理由は、夫ティムの猫アレルギーだった。
ところが時経つ内に、ティムのアレルギーは、なりを潜めてしまった。
それに、今や4匹にも増えてしまった猫たちが、我が家の周りをうろうろするのも考えものだ。
そんな時、レディジェーンがリスを追いかけて道路に飛び出す、と言う事件が起こった。
私が、
「レディジェーン!」
と叫ぶと、レディジェーンは道の真ん中で、はっと我に帰って立ち止まる。
そして「しまった」と言わんばかりに、あわててこちらへ戻って来た。
その間、車は通らなかった。
そんなことを繰り返すようになり、私はどうしたものかと思案していた。
頭の良いレディジェーンのことだから、
その内、道に飛び出さないよう学ぶと思うけれど、
その前に事故に遭わないとは言えない。
さらに、大胆になっていったレディジェーンは、
リスを追いかけて頻繁に道の反対側に行くようになり、
新しい世界へとテリトリーを広げ始めた。
加えて、どこへでも入り込むという旺盛な好奇心もある。
私は、猫たちをこのまま外に出して良いのか悩んだ。
それと同時に、ティーンエジャーを持つ親の気持ちも思った。
子供はいずれ親から巣立っていく。
またそうでなくては困る。
とは言っても、世の中は子供たちにとって、猫が道路へ飛び出すより、もっと危険な所でもある。
だから親たちは、自分の子供が、この世の中で生きていけるように育てる、
と言う、大変な作業をしているのだ。
さて、知人の猫は、ある夜忽然と消えたそうだ。
その夜、彼女の夫が、最後に塀の上を歩いている猫を見かけた時、猫の名を呼んだ。
すると猫は振り返った。ところが、そのまま再び歩き出したので、彼は、
「Fine! Be there!」 (好きなようにしろ!)
と言ったそうだ。
そして、後でそれを後悔した。
二度とこの猫を見ることはなかったからだ。
私たちは、ロマノフ、ハプスブルグ、レディジェーンの三匹の猫を、
完全室内猫にすることにした。
可愛いレディジェーンを失いたくない。
それに獣医も、できれば完全家猫にした方が良いと言っていた。
この時私は、この三匹が、人間ではなく、猫であって良かったと思ってしまった。
人間の子供を、危険だからと言って家に閉じ込める訳にはいかない。
もちろん、人間の子供であれば、その苦労が報われた時、喜びもまた、猫とは比べものにはならない。
そして、人間であろうと猫であろうと、
安全で、自由に外へ行ける世の中であった方が良いのに、などど、とりとめもなく考えたりする。
時は過ぎ、あれから十年になる。
三匹の猫は、未だに家猫のままで健在だ。
そして、レディジェーンは、この文章を書いている今、私のひざに座り、
ふんふんと鼻を鳴らして、私の邪魔をしながら甘えている。