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     Lady Jane-3 砂箱の惨事

 まだトイレの話が続くのか、と言われそうだけれど、

レディジェーンは、我が家に来た頃、下痢ばかりしていた。


 私は初め、レディジェーンが下痢になったのは餌が変わったからで、

その内治ると思い、あまり心配していなかった。

それに、ふあふあっとしたゴミが、ころころっと転がっていると、

まだ子猫っ気の抜けないレディジェーンが、それをパクッと食べるのを見て可愛いと思っていた。


 そうしたある日、私は、はっとした。

レディジェーンは、野良猫時代、空腹を満たすために、動く物は何でも口にしていたのかもしれない。

その習慣は我が家に来てからも続いていた。

だから彼女の小さなお腹の中には、消化されていないゴミが、たくさん詰まっていたに違いない。

そうしている内に、ゆるゆるだったレディジェーンの臭い落し物は音を立てて散在するようになった。


 ある日、たまたま私は、レディジェーンが、カバー付きの砂箱で用足しをすました後、

ハプスブルグが、そこへと向かうのを目撃した。

そして、様子が変なのに気付いたハプスブルグは、砂箱に頭だけ突っ込んで中を覘く。

なんと、レディジェーンの残した産物が、

砂箱の壁だけでなく天井にまで散らばっているではないか!

唖然とした貴公子ハプスブルグは、

「信じられないー!」と、私を見上げて、

「ニャー!」と一声。

私だって「信じられないー!」


 可愛い女の子、レディジェーンのために、なんとかしなければ、と思った私は、

納豆を使って自然に治してやれないかと思った。

もちろんレディジェーンは、動物保護センターの検査で病気は持っていない。

原因は、腸内菌のバランスが悪いからとも考えられる。

それにレディジェーンはまだ子猫だし、薬を使わないですむのならそれに越したことはない。

納豆はアメリカでも売っている。


 私は納豆をペースト状にしてレディジェーンの前足に塗った。

変な物がくっついたので困ったレディジェーンは、前足をフリフリッとする。

ところが、粘着力のある納豆はそんなことでは取れない。

仕方がないので、それをなめて食べる。

元々野良猫時代に何でも食べていたレディジェーンだから簡単だった。


 そうしてしばらくすると、立派なウンチが出るようになった。

私はついでに、ロマノフとハプスブルグ、そしてフリスキーにも納豆を食べさせた。

その後、レディジェーンをはじめ我が家の猫たちは、

納豆のおかげと思うけれど、お腹を壊すことなく健康に暮らしている。

私は、納豆を生み出してくれた日本に感謝した。


 ところで、日本人はみな納豆を食べるのかと思ったら、地域によってそうではないらしい。

私の友人は、大人になって初めて納豆を食べ、それっきり食べてないそうだ。(吐いたと言っていた)

そういえば、別の友人は塩辛が食べられない。

彼女は海産物を扱う会社で働いているし、彼女の作る魚料理はとても美味しいから、

魚が苦手と言う訳でもないので不思議だ。


 とにかく、そのようにして食べられない人がいるとしても、

納豆も塩辛も日本人が好きな食品で保存食だし、

特に昔の食の乏しい時代では、貴重なたんぱく源にもなりえたと思う。

私の祖父は、戦前に、接客用でもあったと思うけれど、塩辛をドラム缶で買っていたというから驚きだ。


 猫が食べる物は、犬とはいくらか違う。

ラテン語の 「猫」 の語源は、「ミートイーター」つまり、「肉食」からきているそうだ。

昔、日本の猫の餌は、ご飯に鰹節を乗せた猫マンマだったから、

自分でネズミでも捕らない限り、たんぱく質が不足していたかもしれない。

時が変わり、ペット産業が盛んな今では、猫の餌を簡単に買えるので便利になった。

フリスキーも、自分の名のブランドの猫の餌を、結構気に入っている。

他にも色々なブランドがあるし種類も多く、猫は飽きっぽいので、

私たち飼い主は楽だし、選ぶ楽しみもできた。


 食の豊かな現代では、私たち人間も、様々な味を楽しめるようになった。

私の夫ティムはアメリカ人だけれど、納豆が食べられる。

初めての時は、食べやすいように納豆巻きにした。

中華料理や日本食などの、アジア系の料理が好きなティムは、

色々な国の物が食べられるニューヨークにも住んでいたし、

私に会う前から、すでに箸も使えていた。


 とは言うものの、結婚した当時、イカとタコは絶対に食べないと言っていた。(中華料理に入っていたと思うのだけれど)

西洋人でイカやたこを食べない人は多い。(一説によると「ああ無情」に書かれていたかららしい)

「もしかしたら、ティムは単に偏見かもしれない」と思った私は、

ある日、計画を実行することにした。


 先ず、大きなイカを四角に切って、原型が分からないように下ごしらえをする。

そして、それをイカカツにして出す。

その時、ペギーと彼女の夫もそこにいた。

彼らはイカは食べられるし、この計画の全貌を承知している。

と言うか、ティムの反応を心待ちにしている。


 ティムは、食べる前に「これは何?」と聞く。

私は、"Fish."(魚よ)とだけ言った。(嘘はついていない!)

ペギーと夫はニヤリとし、魚料理が好きなティムは、喜んで食べる。

そして、な、なんと 「美味しい」と言うではないか。

ティムが最後の一口を楽しんでいるその時、ついに、私は言った。

"It’s squid." 「それは、イカよ。」と、ね。 

ティムは、目を真ん丸くして私を見た。


 今やイカ、タコが平気になったティムは、

日本のものは、なんでも食べられると自負する。

それは嬉しいのだけれど、アメリカでは日本食は高く付くので、

あまり好きになってもらっても困る。


 さて、人がそうであるように、猫も育った所で食べる物が違うらしい。

例えば、日本の猫はお魚が好きなのに、

アメリカの猫は、牛やチキンなどの肉類を好むそうだ。(でもツナ缶は好き)

私は、猫は魚を好きな動物と思っていたので、ちょっと驚いた。


 それに、人は、自分の慣れ親しんでいたものを食べていれば、ホームシックにはなりにくいそうだ。

それだからなのか、日本の食材を手に入れやすかった私は、ホームシックとは無関係だった。

とは言うものの、私の夫はアメリカ人だし、

味付けは、ハーブ、ガーリック、香辛料などこちら風が多い。

それで、私は、十一年ぶりに帰った日本で、自分の味覚が変わっていたのに驚いてしまった。


 もうひとつ驚いたのは、日本人の可愛さだ。

久しぶりに帰って、「えっ?お子ちゃまの国?」と思ってしまった。

それを言うなら、アメリカ人は、カッコ良く見えるかもしれないけれど、「粗野」である。

白人の友達は、「アメリカ人は野蛮人だ。」 と言っていた。

どちらにも長所短所はある。


 日本人の繊細で優しい気遣いは、人の心を和ませるし、美しい。

だから私は、日本人として日本で生まれ育って良かったと思っている。

では、なぜアメリカに住んでいるのかと言うと、こちらに住む良さも捨てがたい。(我ながら、かなり調子がいい。)


 さらに私は、こちらに長く住んでいる日本人(移民の子孫も含めて)に接して、

日本にいる日本人とは違うものの、過ぎ去った古き良き日本を感じたりした。

外国に住む日本人は、日本を離れた時の時代が、

その人の中で止まってしまっていると聞いたことがある。

と言うことは、他人からすると、当然、私もどこか違っているはずだ。


 実際、久しぶりに帰った日本で、私はアメリカ人かと思われてしまった。

さらに、友人たちからも、私の「日本語が変!」と言われた。

その後はちょくちょく日本に帰るようになり、

最近は、日本のテレビ番組を毎日見ているので、

「今の時代」 の日本人に近付いているかもしれない。

とにかく私は、あの時期、日本から十一年も離れられて良かったと思っている。

日本の味、日本人の気質、そして古い歴史に支えられた文化などの魅力を、

また、違った角度で見させてもらったからだ。


 納豆から始まって、日本の文化について考えるなんて、話がかなり飛躍してしまったけれど、

とにかくレディジェーンは、

その日本の生み出した偉大な健康食品「納豆」のおかげで、下痢が治り、汚名を返上することができた。


 そして、もしかしたら、それを一番、喜んだのは、ティムだったかもしれない。

なぜなら、我が家では、猫の砂箱はティムの管轄下にあったからだ。

私はごくまれに、緊急事態でも生じない限りタッチしない。

だから、レディジェーンが砂箱を汚す度に、私はティムに、

「砂箱が汚いわよー!」と、言うだけで良かった。


 毎日、二つある砂箱を洗う度に、ため息ばかり吐いていたティムは、

大変だった事などもう覚えていないと言う。

人生とはそんなものだ。

いやなことがあっても、時間が経つと、たいした事でなくなり忘れてしまうことが多い。

とは言うものの、すべての人が先に進める訳でもない。

それどころか、過去が仇となって、

「年の取り方が上手くいかない人もいる」と、カウンセラーか誰かが言っていた。

そうして、幸せになり損なったりするのだそうだ。


 それに比べると、動物たちはたくましい。

人間にひどい扱いを受けて、性格が変わってしまうペットもいるけれど、

基本的に、動物たちは、生きるか死ぬかの厳しい自然界でサバイバルしていくために、

必要のない思いは捨てていくそうだ。

それを知った時、私はちょっと感動した。

必要のない思いのなかに、善意で助けた人間の親切もあったりする。

忘れ去れてしまうのは悲しいけれど、すごいとも思った。

だから、レディジェーンも、辛かった野良猫時代の思いを引きずってはいない。(むしろ、今の状態を喜んでいる)


 とにかく、砂箱問題が無くなったので、私たちは諸手を挙げて喜んだ。

終わり良ければ全て良し! 

ロマノフとハプスブルグも、安心して、レディジェーンと砂箱を共有できるようになった。

とにかく、清潔な共同トイレは気持ちの良いものだ。


 そして今日も、ロマノフとハプスブルグは、

カバー付き砂箱の出入り口から、頭を出して、真剣な顔をして用足しをしている。

とても可愛い。

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