Romanov & Hapsburg-5 猫の甘やかし方
「私は、猫を甘やかしたりしない。」
なんて言うと、多くの猫のご主人様たちに、プッと笑われてしまうかもしれない。
「それは不可能!」と言ってもいいのだから。
初めて猫を飼い始めた頃、どちらかと言うと犬系だった私は、
「猫をデスクの上に乗せるのは甘やかしすぎ!」と思っていた。
もちろん、今でも我が家の猫たちは、テーブルの上には乗らない。
(キッチンカウンターの上は征服されつつある)
とは言うものの、私たちが寝ている夜中は、猫たちの天下なので、彼らは好き勝手にやっている。
さて、私のデスクは、キッチンに隣接したヌック(Nook-小さなテーブルを置く場所)にある。
そこの大きな窓と、窓際に置かれたお手製のデスクは、私の自慢だ。
私はそこで読書をしたり、時には何もせずぼーっと外を眺めたりして、
多くの時間を過ごしていた。
また、物置と変したりするこの小さな部屋は、
猫たちにとってもお気に入りの場所だった。
箱や本が雑然と置かれているのだけれど、何より、その大きな窓は、猫たちにとっても魅力的だ。
それでも、ロマノフとハプスブルグは私の言いつけを守って、デスクには上ろうとはしない。
私は、「よしよし、いい子たちだ」と思っていた。
ところが、私が出かけると、ロマノフとハプスブルグは、
「やったー!」とばかりに私のデスクの上に乗る。
私が車の中から、ひょいとその大きな窓を見ると、
窓の下の方に、耳のピンと立った小さな頭がポンポンと二つあり、外の景色を堪能している。
私は、「あーっ!」と思うがどうしようもない。
そんなことを続けていたある日、
私は、出かけようとして車に乗ったものの、忘れ物に気が付いた。
急いで家の中へ戻り、キッチンのドアを開ける。
私が出かけたとばかり思っていた2匹の猫たちは度肝を抜かれ、あわてふためき、
デスクから、こんなに高くジャンプしても大丈夫かと思うほど跳び上がった。
そして、私の目の前を、
まるで、映画のマトリックスのスローモーションのように、空中を飛んで逃げて行った。
その時、私は、彼らの、あまりのあわてぶりに、がっくりと負けてしまった。
今や猫解禁となったデスクで、私が何かしようとすると、
ハプスブルグがやってきて、まん前にでんと座る。
どけても、どけても戻ってくる。
仕方がないので、その広いデスクの上で、私の方が隅に寄りちまちまと書き物をする。
その内、私たちの生活は猫が中心になってきた。
ティムにいたっては、猫との遊びが行き過ぎて猫のストレスが溜まりそうなので、
私が、「かわいそーでしょー!」と怒ったりする騒動へと発展する。
特にロマノフは、アメフト選手が練習するように、足をばたつかせるのが可愛くて、
ついついからかいたくなる。
猫のおもちゃも増えてきた。
羽が付いた猫じゃらし(特にキラキラの付いたもの)は彼らの大好きなおもちゃだ。
ティムはそれで遊ぶ時、羽を激しく動かして、急に止める。
すると、2匹の猫たちは攻撃態勢に入り、
獲物を狙うかのごとく身を低くして動きを止め、緊張して歯をカカカッと鳴らす。
後は、羽を狙って飛んだり跳ねたりと、ただひたすら遊びまくる。
ティムと猫たちは、それをすぐに壊してしまうので、数本準備している。(ある時は、買ってきたその日に壊された)
猫は、箱に入って遊ぶのも大好きだ。
猫が遊べるようにと、箱の蓋をテープでとめて、
上の部分に小さな入り口を付けてやった。
色々と作った中で、その箱が一番のお気に入りだった。
猫たちは大喜びで、我先にと箱の中に飛び込む。
先に入ったほうが陣取って、後の方を入れまいとしたり、
ぎゅうぎゅうに2匹一緒に入ったりする。
ハプスブルグは、私のかばんに入っていることも多く、
それは子供が狭い所を好きなのを思わせる。
子供は胎児の時、お母さんのお腹の中で、
心地よくゆっくりと大きくなったからでは、と私の母が言っていたことを思い出す。
もちろんロマノフも、私のかばんに入っていたのだけれど、
そのうち大きくなりすぎて収まらなくなった。
猫ちゃんたちは、引き出しで遊ぶのも大好きなので、猫用にと中を空っぽにしたのもある。
ところでティムは、ベッドルームの箪笥の引き出しを閉め忘れることがよくあった。
そんな時は、猫たちがしめたとばかりに中に入り込んで遊ぶ。
それが夜中だと、うるさくて私たちは眠れない。
ある夜、騒ぐ猫たちに起こされた眠気眼のティムは、暗闇の中で引き出しを閉めた。
ところが翌朝、ハプスブルグが見当たらない。
「もしや」と思って引き出しを開けると、
ハプスブルグは引き出しの中で靴下に囲まれて寝っていた。
その後ティムは、猫たちのおかげで、引き出しを閉め忘れることはなくなったので良かったと思う。
私たち猫の飼い主は、いつのまにか 「主人格」から「下僕」に成り下がる羽目になる。
私たちは、餌、水、トイレの世話から毛の手入れ、さらにはエンターテイメントと、
かなりの労働を強いられている。
それなのに、猫は番犬にはならないどころか、
こちらの都合も考えず、自分の気に入った時にやってきて撫でさせ、
気が済むと、プイッと勝手にいなくなる。
こちらが強制しようものなら、逃げられるのは元より、猫パンチか、
引っかき傷のお見舞いを貰ったりもする。(なでるのを止めても引っかかれる)
それでも、そんな私たちへの見返りはある。
音もなく静かに現れ、私たちの心を和まし、ストレスを軽減し、血圧まで下げたりしてくれる。
それを彼らは、労することなくスマートにやってのける。
うらやましい限りだ。
しかも、こちらが失態をすると、ちゃんと指摘もしてくれる。
ハプスブルグが、私を怒った時はすぐに分かる。
私の持ち物が噛まれているからだ。
バッグから(値段に関係なく)、財布、本、ノート、鉛筆や定規に至るまで、なんでも被害に遭う。
しかも大げさにはやらない。
端っこを、こそっとやるところがにくい。
そして、「怒っただろうな~」と思っていると、その後で新しく噛まれたものを発見する。
ずいぶん後になって見つけて、「やられたーっ」と思うこともある。
時には、誰だか知らないけれど、意味ありげに、
ウンチがでんと置いてあったりもする。
下僕に成り下がった私たちは、「何が気に入らなかったの?」
と思いながら掃除をする羽目になる。
しかもハプスブルグは、毎朝四時に私を起こしに来る。
構ってもらいたいのだけれど、いくらなんでも朝四時は早すぎる。
もちろん私は寝た振りをする。
ところが、これ見よがしに私の耳元で大きくゴロゴロと喉を鳴らす。
そしてついに、痺れを切らしたハプスブルグは、
「起きてよー」
とでも言うように、前足で、私の下の蓋を引っ張って、目を開けようとする。
私は、ハプスブルグをベッドルームの外へポイッと追い出しドアを閉める。
ハプスブルグはクールを装う猫だ。
ところがある日、突然、大きな音がしたので、何事かと思いあわてて見に行くと、
ハプスブルグが目を大きく開けて私を見た。
どうやら、背の高い家具に登ろうとして、落っこちたらしい。
私は「あっ」と思い、すぐに目を逸らした。
ハプスブルグの自尊心は傷付いている。
するとハプスブルグは、
「大したことではなかった」と言わんばかりに、タタタッと走って行き、キャットタワーに登る。
ところが、そのてっぺんにはロマノフが寝ていて
「どうしたの?」とハプスブルグを眠気眼で見る。
出鼻をくじかれたハプスブルグは、またタタタッとキャットタワーを降りて、
どこかへ行ってしまった。
さて、猫ちゃんたちが一歳になる初めての夏がやって来た。
その夏は、日本から来た十八と十九歳の女の子たちが我が家に滞在して、
猫ちゃんたちとも仲良くなってくれた。
ロマノフは 「牛柄猫」というニックネームまで付けてもらった。
彼女らが突然に我が家へやって来たので、私はとても忙しくて、(彼女らを、あちこちと連れて行ったのも大きな理由)料理好きなのに、あまり料理ができなかった。
後で、「エーッ! なおこさん、料理されるんですか?(出来る?の意)」
と言われてしまった。
食べ物と言えば、ロマノフとハプスブルグは、バナナが好きだ。
ティムが、まるでサルのごとくバナナを食べるからかもしれない。
一本のバナナを房から離す時の「ピキッ」という音がすると、
ロマノフとハプスブルグは、何をしていても動きを止めてこっちを見る。
そして、バナナめがけて走って来る。
私たちは、バナナを手の上で磨り潰してそれぞれに食べさせる。(なぜかそうしなければ食べない。)
夏が過ぎ、秋になり、ハプスブルグとロマノフが我が家に来て1年になった。
そして蛹が美しい蝶に変身する様に、ロマノフは美しい猫になってくれた。
ティムは、ロマノフを、目の中に入れても痛くないほど可愛がる。
ティムが抱っこすると、ロマノフはティムをハグする。
私にはしない。
ティムの猫だから仕方がない。
彼らは熱い関係(?)で結ばれている。
私とハプスブルグは、クールな関係だ。
ティムの持ち物は未だ噛まれたことがないので、私の方を主人と思っているらしい。
それでもハプスブルグは、なぜかティムの脱ぎ捨てた服の上で寝るのが好きだ。
そして、その上での寝相はかなり悪い。
「猫は、その主人を操っている」と誰かが言っていたが、そうかもしれない。
私たちは、猫たちに操られて甘やかしているのかもしれない。
こうして、猫を甘やかす人間の一員となり、
猫アレルギーも鳴りを潜めてしまったティムは、今や猫の可愛さに取り付かれ、
さらに新しい猫を飼いたいと言い出した。
私は、「とんでもない!」と言う。
我が家には、すでに三匹もの猫がいる。(男の子たちばかり)
それで十分ではないでしょうか?