6. ゴブリン戦
『あそこ、ゴブリンの巣がある』
ラトニスの声がスカウターの通信で聞こえる。
上空50m程の位置を飛んでいる彼女の指さした先にはツリーハウスの様に大木を改造して作ったと思われるゴブリンの巣があった。
ちなみにスカートの下は残念ながらスパッツで完全防備だった。
「ほー。やっぱ地球人素体の魔物ってだけあって知能はそこそこ高いんだな」
モートンが感心したように呟き、その後俺の怪訝な視線に気が付いて小さくスマンと言った。
ゴブリン。
元は地球人に鼻の長いネズミみたいな哺乳類とカエルの遺伝子を掛け合わせて作られたとされる狂気の産物だ。
醜い姿は主に動物を掛け合わせた事による弊害であり、緑色の体色はカエル由来。
知能がそこそこあり二足歩行で物を手に取り、群れで生活するのは人間の名残なのだとか。繁殖能力が高いのはネズミみたいな哺乳類の要素が働いているのだそうだ。
体長は50cmにも満たないが、これは果たして本当に小さい生き物を幾つか掛け合わせているからだけなのだろうか?
「種族が地球人だからって訳じゃないが、あんまり気分のいいものでは無いな」
「だから悪かったって」
かつての戦争が残した禍根は深い。
ヒトとイノシシのDNAを掛け合わせたオークや、オークを更に宇宙の生き物と掛け合わせて巨大化させたトロールや、トロールをさらに品種改良したギガース。
全て後進星たる地球から調達された地球人を元にした生物兵器だ。
初等部の歴史の授業でその事実を知った時、正直吐き気がした。
宇宙に置ける地球人の扱いは獣と殆ど変わらなかったのだ。
「いや、いい。それより魔物討滅だ」
今地球人が人として認められているのは、かつての戦争で世界を救ったのが地球人であったことに由来している。そして今急速に宇宙で広がっているギルドのギルドマスターが地球人であり、その彼が更に宇宙を護る闇の守護者であることもそれの後押しとなっていた。
こうした事のおかげで地球人の待遇は大幅に改善されたが、人の意識なんてものはそうなかなか変わるものでは無いのだ。
「ラトニス、そこからあの巣に攻撃できるか」
『うーん、難しいかも。距離があるから狙い定まらないし、近付くと気付かれる』
「分かった。ルビデ、モートン、お前らは地上から近付いて見つからないように待機しろ。俺とラトニスの合図を待て」
「了解」
2人が先に進み、茂みの中に潜むのを確認して俺は念力で自らの身体を宙に浮かせてそのままラトニスの元へと飛ぶ。
「ラトニス、特別に俺の傍に来ることを許可するから爆発系の魔法をあのツリーハウスに投げ込んでくれ」
ラトニス避けの斥力場を解除し、彼女の側まで飛んで行く。
彼女は一瞬ぱっと笑みを浮かべて見せたが、直ぐに表情を切り替えゴブリンの巣に集中した。
……改めて見ると、あの巣はよく出来ている。
大樹を囲うように建築現場の足場みたいな木の板が敷かれていて、螺旋階段のように上へ上へと続いている。
巣の上の方には木の枝と足場から伸びた板を利用した屋根が出来ていて、雨風を凌ぐことも容易い。
ふもとには焚き火がしてあり、近くの川で捕ったと思われるイカのような魔物が焚き火で焼かれていた。
う〜ん、やはり地球人由来なだけあって知能が高い。
「【スラッジボム】」
中身は兎も角、妖精みたいな見た目のラトニスがヘドロを濃縮した爆弾を生成し、それを投げ飛ばした。
それを俺のスキルでツリーハウスの頭上まで誘導し、空中に静止させて僅かに高度を持ち上げる。
「ーー今だ!」
ヘドロの爆弾を叩き落とすと、爆発で数匹のゴブリンが吹き飛ぶ。
それに合わせてルビデとモートンが茂みから飛び出し、地上にいて難を逃れ、何事かと見上げたゴブリンへの攻撃を開始する。
ルビデが大剣を振るいゴブリンを一体切り裂くと、横でモートンが杖をバットのように振り別のゴブリンの頭蓋を叩き割る。
ラトニスがツリーハウスへと飛んで行き巨大な薔薇の棘みたいな物を放つと、生きているゴブリンたちが一斉に弓と杖を手に取り空中のラトニス目掛けて飛び道具を放ち始めた。
「ちょっ、私さっきからこんな役目ばっかりなんですけど!」
「お前がハエのように鬱陶しいからでは」
「なんでアーティ今日そんな辛辣なの!?」
「いや、前から思ってた」
「酷くない!?」
ラトニスは踊るように矢と魔法を空中で回避し、更に薔薇の棘を飛ばして攻撃する。
彼女に当たりそうな物は俺が念力でベクトルを反転させ、敵へと跳ね返す。
「【炎上】!」
ラトニスを守るついでにヘドロ爆弾の衝撃で崩れ落ちた足場を炎上させ、足場だった物を浮かばせる。
燃え盛る木片をスキルで浮かび上がらせた後は、それを念力で振り回し、ゴブリンを殴打し攻撃する。
「モートン!」
「【鋼鉄化】!」
モートンが杖を振り回していると、後方の死角からゴブリンが飛び出し斧で殴りかかろうとした。
するとモートンはゴブリンの足元の草に杖を向けて咄嗟にそれを鋼鉄化させた。
鋼鉄化させた草にゴブリンがつまづき転ぶとモートンは同じく鋼鉄の杖で容赦なく頭を叩き、ゴブリンを沈黙させる。
「はあっ!!」
ルビデが大剣で一線を放ち、別のゴブリンが真っ二つに切り裂かれる。
そこに俺が空中から念力を更に使い、先程上半身と下半身に分断されたゴブリンの死体を浮かび上がらせ、別のゴブリンへと投げつけてみせる。
突然の出来事に視界を塞がれて動揺したゴブリンの隙を突き、ラトニスがレイピアでゴブリンを2匹貫いて見せた。
「思うに何処ぞの騎士たちはなんでわざわざセイバーなんて奮ってチャンバラしていたんだろうな……絶対念力乱用の方が強いだろ……」
ボヤきながら俺は空中で静止したまま武器の銃でツリーハウスの足場を支える骨格を攻撃し、ゴブリンを数体崩落した足場の下敷きにした。
……そう言えば転生前に、どこぞの暗黒卿は本来セイバーなんて使わない方が強くて、セイバーは相手を馬鹿にし嘲笑うためにしか使わなかったみたいな設定を読んだ記憶がある。
あのシリーズどうなったんだろう。地味にずっと追ってたから気になってるんだよな。
地球に戻れたらその辺も追うことにするか。
「そろそろ終わるか……」
燃え盛る木片を振り回すことをやめて、木片を崩落した足場に放り込む。
やがて火の手は大樹と足場に燃え移り、巨大な炎の塊となって辺りを焼き尽くし始めた。
「ルビデ、モートン、撤退しろ!」
『了解!』
『ああ!』
2人が身を引くと、生き残っているゴブリンたちが追撃をしようと彼らの後を追い始める。
そこで俺は念力でゴブリンたちを捕まえ、炎の塔と化した大樹の元へ片っ端から放り込んでいく。
そして最後に残った少数のゴブリンたちを念力でひとまとめにしたあと、俺は燃える大樹自体を念力で持ち上げ、念力で拘束して動けないゴブリンたちの頭上に叩きつけた。
「ギャァァアァアッッ!!」
ゴブリンたちの断末魔が僅かに聞こえるが、それもやがて聞こえなくなる。
散乱していたゴブリンの死体も全て炎の塊に放り込んで処分し、地面に落ちていてまだ使えそうな武器とかを念力で回収。
血や泥のついているものはそれだけを念力で引き剥がし、綺麗にした状態で鞄に放り込んで終了。
「アーティのテレキネシスエグいわね……しかも地味に1歩も動いてないし……」
「1歩も何も、空飛んでるのに歩けるわけないだろ」
「いや、私が何を言わんとしているかぐらい分かるでしょ」
延焼されても困るので、近くの土を上から念力で被せてそのまま鎮火活動をしているとラトニスがドン引きした目で此方を見ていた。
「たかが課題で峡谷が全焼しても困るからな」
「うーん……まあそうなんだけど……うーん……」
ラトニスと共に地上に降りる。
ルビデとモートンには小さな傷がいくつかついていたが、その辺はラトニスの回復魔法でどうにでもなるだろう。
思ってたよりもいいパーティだ。
モートンもさっきみたいに草を鋼鉄に変えたりして、見た目に反して小技も使えるし。
ルビデもアタッカーとして堅実だ。俺の重力魔法にもすぐに適応してくれて火力も申し分ない。
ラトニスはアラクレプトも今回もヘイトを買う回避盾型のタンクみたいな使い方をしてしまったが、最初のヘドロ爆弾の威力も申し分ないし何より制空権があるのはそれだけで強い。俺も一応制空権握れるし。
これなら今後も依頼とかで手を組んでみてもいいかもしれない。
内心満足しつつ、俺たちは課題をこなせた事もあって今日はここら辺で引き上げることにした。