5. 遭遇戦
「来るぞ!!」
アラクレプトが6つの足を進め、カサカサと迫りながら口を開く。
「はぁっ!」
モートンがこれを横にダイブして回避すると、杖が脚の1つに叩き付けられアラクレプトは小さく呻き声をあげて見せた。
するとそのアラクレプトは口からくすんだ緑色の液体を吐き、モートンに対して追撃を図った。
「【三点障壁】!」
ラトニスの詠唱によって、モートンの目の前に三角形の電磁シールドが出現すると散弾を防ぎ、ルビデがその隙に大剣でアラクレプトを切り付ける。
「コイツ、見た目より硬いわーーぐっ!」
切られて苦痛の声を上げた魔物が尻尾で薙ぎ払い、ルビデはそれに正面衝突し地面を転がる。
そこで自分が銃を構えて発砲すると、アラクレプトの脚のひとつから血がドクドクと流れ出し始めた。
「ギャァアッ!!」
2m程あるその体躯が震えると共に、毒のブレスが放たれ辺りに毒ガスが充満する。
すぐさまモートンが杖で薙ぎ、風を発生させて毒を散らそうとするが紫色の煙がもうもうと辺りに立ちこめ始めた。
「【定点解毒】」
上空からそんな声が聞こえると、ラトニスのレイピアが指した先の霧が晴れる。
そこで俺は自分のスキルを使い、ラトニスの腕を無理矢理操作し、その点がかの魔物の口に重なる様に強制誘導した。
「ちょっ、何今の!?」
「うるせえ、口を解毒しろ!」
口から放たれたブレスを解毒し、無害な吐息に変換する。
すぐに俺の意図を察したラトニスが魔力の出力を上げると、たまらずアラクレプトは攻撃を中断し再び突進攻撃を仕掛けてきた。
「【鉄の壁】ッ!」
モートンが杖を向け、呪文を唱えると鋼鉄の壁が前方に展開され魔物が正面衝突する。
まるで銅鑼が鳴るような音が辺りに木霊するのをよそに、俺はまたスキルの念力を使い、モートンの生み出した鉄の壁を浮かび上がらせてそれをアラクレプトの頭上に叩きつけた。
「グェッ!?」
「えーい!」
明らかに脳震盪を起こして痙攣している魔物に、上空からラトニスがレイピアを構えその先端から火の玉を幾つか放つ。
火の玉が身体に直撃し、火傷で正気に戻った魔物は酸弾をラトニスに向けて幾つか放つとラトニスはそれを空中でヒラヒラと避けて見せた。
飛び回るラトニスに魔物が気を取られている隙に俺はルビデに合図を送る。
すると彼女が大剣を構えて飛び上がり、同時に俺は重力を操作しルビデに掛かる重力を半減。
いつもよりも高く跳躍した彼女が頂点に達した瞬間、逆に重力を通常の2倍にまで引き上げ彼女を急降下させる。
アラクレプトの頭蓋を彼女が叩き割ると、魔物は大きく痙攣しそのまま沈黙して見せた。
「思っていたよりも楽だったな」
今回あまり見せ場の無かったモートンが呟く。
ルビデはベットリと返り血を浴びていてなかなか酷い事になっていたが、彼女は清掃呪文を唱えると浴びていた返り血がキレイさっぱりと無くなった。
「まあ、ランク3の魔物を俺たち4人でボコってるから流石にな」
「しかしまあ、話には聴いていたけれど、アーティの重力操作はなかなか狂ってるわね」
ルビデの褒めてるのかよく分からない言葉に頭を思わず傾げる。
するとルビデはため息をついて改めてその胸中を語った。
「いやまあお互いに合図したとはいえ、まさかあの短時間で重力を無詠唱でコロコロ操作出来るとは思ってなかったよ」
俺のドライブに紐付けられた固有能力は単純だ。スキルは『念力』。
念力スキルはイメージが大事で、物を単に浮かせたり動かしたりする事であればそれは呪文さえ唱えればはっきり言って誰にでも出来る物だ。
しかもこの念力は、困ったことに重力魔法出ない魔法でも一般的に術式に組み込まれている程度には汎用化も進められている。
例えば、火の玉を生み出し敵に放つ『ファイアリフト』は、呪文を唱えると手のひらから5cm〜10cm程度離れて火の玉が出現し浮かぶ。
そしてそれを飛んでいけと念じると文字通り火の玉ストレートで念じた方向に飛んでいくのだ。
「と言っても、俺のは誰でも使えるようなスキルだからなー」
「いや誰でも使えるからと言って、それを息をするように使いこなしているとまた次元が異なってくる」
念力は、動かそうとする物の重量や元々掛かっている運動エネルギーによって、消費魔力が変化する。
野球のボールよりもダンベルを動かす方が消費魔力が大きいし、床に落ちてるボールとピッチャーが火の玉ストレートを念力で動かすなら後者の方が消費魔力が大きい。
だから一般的な念力使いは、せいぜい静止した物を動かしたりするくらいしか出来ないのだ。
ところが、俺は生まれつきーー生まれ変わりつきか? ーーまあなんせ元からかなりの魔力量を持っている。
それに加えて元からこうして念力スキルを持っているため、かなりテレキネシスの応用が効く。
具体的には、今回の様に人の動く方向に合わせて人を同じ方向に押しやり、加速させてみたり。
あるいは落下する人を空中で掌握し、落下死することを防いだり。
日常生活では普通の人なら手元に資料とかリモコンとかティッシュとかを呼び寄せたりする程度だが、俺なら例えば花瓶をうっかり落としてもそれを割ったりしないし、覆水も盆に返る。
変化球では、弾丸の弾道をねじ曲げたりする事も可能だ。というか、俺の武器はそれを前提で銃にしている。
「でもアラクレプトってランク4ではないから、もっと強い魔物を探す必要があるんだよな?」
「そうね」
「ならもっと奥に進むか」
アラクレプトは、主に尻尾が食用で取引されているのでそこだけルビデが切り取り、俺が重力魔法を応用し血が流れ出るのを止めさせて鞄に放り込む。
大剣を鋸の様にギコギコ押し引きするルビデとアラクレプトはただのグロだったので俺は目を逸らした。ついでに鞄に尻尾を放り込んだのも呆れ顔のルビデだ。
俺はグロ注意だったそれから目を逸らしていたらラトニスが悪ふざけのつもりか、尻尾の先端を汚物でも持つように人差し指と親指でつまみ上げるとニチャア……と気持ち悪い笑みを浮かべながら人の目の前でユラユラとさせやがったのだ。
当然そんな事されたら頭にもくるし心臓にも悪いので、俺は念力スキルで思い切り空の彼方までラトニスを吹き飛ばした。
あいつはどうせ空を飛べるし勝手に戻ってくるから気にしない。と言うか、実は気楽にこういう事が出来るのでは? 俺は気付いてしまった。
「ちょっとー!あそこまでやる!?」
「そこのモスマンは今後一切俺の半径2m以内に近寄る事を禁ずる。【斥力場】」
「ちょっと!!」
斥力のバリアを展開し、ラトニスを威嚇する。
ラトニスが近付こうと手を伸ばすと、それに対する反発力が強まり彼女の指先が反っていく。
「あーあ、嫌われちゃったなー」
「ラトニスはガサツだもんな」
「ちょっと!大工みたいに魔物のしっぽ切ってたくせに!」
「斬る武器を持ってたのが私だけだから仕方ないだろう。それともお前がやるか?」
「なあアーティ、俺がこんな事言うのも何だが、このパーティ色々と男女逆転してねえか」
「分かる」
モートンとこっそり頷いて、俺たちは再び歩き始める。
歩き疲れて早々に飛び始めたラトニスが、たまにうっかり俺の2m圏内に入ってしまい斥力場が働き、彼女がバランスを崩す事が何度かあったが、そこはもう気にしないことにした。
「ランク4の魔物っつーと、何があるんだ?」
「ゴブリンとかランク4じゃなかったか」
実はこの宇宙にもゴブリンと言ういかにもファンタジー然としたザコ敵は存在する。他にもやれオークだのヴァンパイアだの、大半のモンスターは地球を含めたこの世界の至る所を闊歩しているのだ。
ただし、そのモンスター共の大半はかつて起きた宇宙戦争や、さらに昔の時代に生物兵器として生まれた物だ。
先程のアラクレプトですら、元を正せばこの惑星の爬虫類っぽい生物に地球の蜘蛛のDNAを組み込んで作られた魔物とされている。だからアラク・レプトなのだ。
「ならとりあえずゴブリンかなんかでも探すか」
「そうね」
「じゃあモスマンは上空から索敵宜しく」
「ちょっと!私はモスマンなんかじゃない!」
この宇宙は、地球と比べると非常に発展している。
だがその代わり、倫理的に逸脱した者共のする事も、地球の狂人と比較した時、大きく発展していて狂っていると言うのがこの世界に転生してから感じた物だ。