4. 臨時パーティ結成
「出たわね、アーティ」
「なんだよその言い方は」
日が暮れ始めた頃。
待ち合わせ場所に指定された峡谷への入口にひっそりと立つ門の前に行って見れば、まるで半端に強いザコ敵とエンカウントしたみたいな声色でそんな言葉が飛んだ。
「EEFUのレンタルは出来たのか?」
「うん、バッチリだよ」
ラトニスに確認を取り返事が返ってくるのを確認しつつ、改めて今回のパーティを俯瞰する。
まずは前衛となるモートンは、武器に銕色に輝く杖を採用している。
杖使いと言っても、所謂後方から呪文を唱える紙装甲魔道士の類ではなく、杖ポコをする物理偏重の前衛アタッカーだし、杖も重量があり本人が使うのも所謂『杖術』だ。
彼の属性も硬さに定評のある『金』であり、軽いプレートやすね当て等を装備していて魔法系にはとても見えない。
次にラトニス。
ラトニスは細身のレイピアを手にしており、毒属性を有している。立ち位置としては後衛。
毒属性と言っても敵を嬲り殺すタイプではなく、ヒーラーやバッファーとしての立ち位置が強い。
レイピアはガードの部分がやや大きく、モートンと違ってレイピアを所謂魔法の杖として代用している事が多い。
そして目の前にいるルビデ。こいつは純ラルリビ星人で黄色と白の体毛を両方持つ人間サイズの兎のような見た目をしている。
武器は女性にしてはやや大振りな大剣を振るうが、実はこれは中が空洞になっていて魔力を特定の部位に流すと剣の背が開き、中から細身の剣がもう1つ出て来ると言う、俗に言う可変型武器であり、本人の属性は虚。
前衛で大剣を振り回すと言うイカにもな見た目だがデバフや撹乱魔法と言った手段を幾つか袖に忍ばせており、武器も人の虚をつく物だしある意味では非常に合っている。
そして俺は固有スキルが要するに念力を拡大解釈したみたいな重力使い。
そこそこ念力は自由に出来るので前にも後ろにもふわふわと臨機応変に動ける器用貧乏ポジションだ。
武器は一応昨日の夜に手入れをしたばかりのダブルバレルピストルだ。
ダブルバレルと言っても、いつかのアーセナル社とかの物みたいにマガジン2つ引き金も2つみたいな物ではなく、銃口が単純に2つ付いているだけで後は1つのマガジンあるいは魔力から弾丸を供給する物だ。
「そいで、どうやって魔物を討伐するんだ〜?」
「そんなの論じるまでもないでしょ。飛べる人が2人もPTに居るんだからラトニスとアーティが上から探すでしょ」
モートンの気の抜けた声に対してルビデが呆れたように言う。
いやいや待って欲しい。
確かに俺はスキルで空を飛ぶ事も出来なくはないが、元々羽を生やしてるラトニスと違って一応はそれでも魔力をそこそこ消費する。
故に空からの先導をするならそれはラトニス単体での仕事だ。
「魔物と戦うのに魔力の無駄遣いは御免だな」
「ええ〜っ、じゃあ私が一人で上飛ぶの? アンタたち絶対私のスカートを真下から見るでしょ!」
「でもラトニスはそれを狙ってるでしょ?」
「はあ!?」
「っていうか、キメラのラトニスはともかく、あんまり異種族に萌える人っていないんじゃない?」
「ルビデの言う通りだな。萌えるのは半分同種族のアーティぐらいだろ」
「いや、俺もちょっとラトニスはキツい」
「自意識過剰だよな」
「どうやらアンタたちは一回酸魔法で溶かした方が良さそうね……?」
レイピアをチラつかせながらニッコリと笑う彼女を他所に、俺は本題を切り出す。
「とりあえずこの辺の魔物のランクってどんなもんなんだ?」
「この一帯はランク2とか3が大半、奥の方に行けばランク4とか居るみたいだからそこまで深く行く必要は無い」
モートンの言う事が事実なら、ここは俺達にはピッタリな場所だ。
少なくとも俺たちは実戦経験がないし、中でも俺は特に戦闘には疎い。
「魔物の分布はこんな感じな」
そう言うとモートンは俺たちの前に半透明なスクリーンを出力し、図鑑のような物を出現させる。
魔物をタップするとアップで画像が出現し、持っている属性と使用傾向の高い魔法や特性についてが記載されている。
この宇宙には魔物が存在している。
宇宙的には単純に魔法を使える動物だから魔物なのだが、その危険性から宇宙では魔物狩りは一般的な物として普及している。
今でこそドライブなんて物があるから安全に魔物を狩れるようになったが、ほんの100年程前までは魔物が放つ火の玉1発で火だるまになっていたし、治療魔法や俗に言うタンクなくして魔物狩りなんてものは不可能だった。
それほどまでに、宇宙に置ける魔物とは危険な物だった。
だからこそ、この宇宙では魔物の倒し方については大真面目に勉強するし、実際に魔物を狩る授業なんてものもあった。
俺が最初に魔物を殺したのは去年の授業でだった。
当然元は日本人のおっさんである俺は動物なんかを殺した経験なんて無いし、初めて自分の魔法で倒した猪とゴリラとカラスを足して割ったようなスーパー不気味な魔物が、最期にビクビクと痙攣し息途絶えた時はトラウマに近い形で記憶に残っている。
だって俺釣りとかした事ないし、アサリやしじみの味噌汁すら自分で作らないし。
アサリやしじみの砂吐きさせて熱湯にぶち込んで味噌汁にするとか怖すぎるだろ。
無理無理。俺が殺したことがある物なんて蚊とハエとゴキブリぐらいだし、後は薬の力で風邪やインフルとかのウイルスや細菌を殺してるぐらいだ。いやほんとに。
それが気付けば今や魔物討伐のために学生同士で徒党を組もうとしている。いやはや慣れとは嫌なものだな。
「一番近い魔物のテリトリーがここから南に30分ぐらい歩いたところだから、まずはその辺まで行きましょう」
「そうだな。その辺になってからラトニスは偵察で」
「はーい」
こうして俺たちは一歩を踏み出した。
スカウターの側面についているボタンを操作すると、今見える景色の上に上から俯瞰しているかのような簡易的な2Dマップが出現する。
自分を表す矢印の傍にラトニス、モートン、そしてルビデを表した矢印があり、俺が歩み始めると共にその矢印も俺の後ろを付いてくるように移動し始める。
マップによればこの峡谷の名前はインシュピット峡谷と呼ぶらしい。
パストラル地区の南東部に存在するこの峡谷はかつてこの宇宙全土を巻き込む巨大な戦争で生まれたとされている。
どうも歴史書を見るに、当時光の守護者ーー要するに聖者的な奴ーーであった現アクアン星連合国外務大臣のピカザックが戦時中にぶっぱした大魔法で地形が抉れまくり、今の地形になったとのこと。
オレンジ色の土が所々見え隠れする峡谷の表面には木々がそこそこの密度で生い茂っており、もうあと数百年もすれば森にでもなりそうな気配を漂わせていた。
スカウターの採集ソフトを並列起動させ、パーティの最後尾を歩きながらめぼしい薬草やその他素材や食材を見つける度に、重力魔法を行使し自分の手元に運び鞄へとしまう。
こうすればギルドで依頼のある度に必要となる物を即納出来るし、まあ需要が無ければ自分で売ればいいし。
これが本当のファンタジーならそうもいかないだろうが、幸いここは科学も発達している宇宙。
最悪ネットオークションに出せばそれなりの金額にはなるだろ。
「あ、魔物」
ラトニスがやや小声で囁くと、俺たちの視線が一点に集まる。
茂みの向こう側に銀色に輝く鱗で全身を覆い、八本の足で素早く動くアラクレプトと呼ばれる魔物だ。
見た目は八本足で銀色のトカゲと言うとイメージに近いだろうか。
そのアラクレプトは、どうやら木から落ちてきたと思われる何らかの果物をかじっている。
アラクレプトは雑食性だ。
目に入るものは何でも齧ろうとする習性を持ち、口から酸弾を吐き出して敵を弱らせ、捕食する性質を持つ。
属性は確か、毒属性。
「お前ら、初戦の準備はいいか」
「もちろん!」
「ええ!」
「ったりめーよ!」
そして俺たちは一斉に駆け出す。
突然の物音にビクリと反応しこちらを捕捉したアラクレプトの鳴き声は何とも不愉快そうで、魔物の方もまたこちらに駆け出した。
こうして俺たちのクラスメートPTの初戦が幕を開けた。