10.等身大羽虫
「どうも俺は暫く帰って来れなくなりそうだ」
「と言うと?」
あれからひと月が経過した。
給料日となったためギルドに足を運んでライセンスの更新を行うと、スペードランクが一つ上がりランクは3となっていた。
数日前に俺は警察署に呼ばれ、ブレスキー刑事から感謝状を貰った。
なおその感謝状は母さんが大切そうに額縁に入れて家に飾っている。
初めは父さんも動揺していたが、今はこうして額縁に目をやりため息をついていた。
「展示会の準備でさ……」
「あー……分かったわ」
イノキュオ・カルマ・メモリア。
俺の父は、宇宙でシェア1位のドロイドのメーカー『メルトリエ・インダストリーズ』で研究員をしている。
最初にそれを自分の親と認識した時、そのミドルネームが『業』だなんて、なんか嫌だなあと思ったのはここだけの話だ。
「いつも悪いな」
「良いのよ。仕事だし」
「仕事への理解のある奴で助かるよ」
親父がそうお袋に言うと、頬にキスをして玄関を出る。
確かに、うちの母親は仕事に非常に理解のある人間だ。
俺の嫁なんかこんなに寛容じゃなかった。ずるい。
「さ、アーティ。貴方も学校でしょ」
「うん。行ってきます」
自分も玄関に立つと、母が今度は俺の頬にキスをしてくれる。
いい年して何だかむず痒いが、ラルリビ星では一般的なことなのだろうか?
◇
「あれ、アーティ!」
ギルドにて。
いつものように放課後、ギルドに立ち寄って依頼受領即完了芸をしていると、聞き覚えのある声が俺の名を呼び、思わず振り返る。
「……ラトニス?」
「どうしたのこんな所で」
「見てのとおり、依頼遂行中」
「へーえ、いつの間にこんな依頼とかやってたんだ」
「そういうお前は?」
「あっ、気になる? 実は私も依頼を今受けていて〜……」
ラトニスはどうも今、病院で依頼をしているらしい。
忘れそうになるが、こいつは毒属性で回復のエキスパート。
そういう所で需要があるのだろう。
「アーティは採集依頼とかよくやるの?」
「楽だからな」
「アーティ戦闘の才能あるし感謝状も貰ってたから、戦闘系とかもっとやるのかと思ってた」
確かに俺は戦闘魔術では学校でもそこそこ優秀な成績を貰ってはいるが、基本的に戦闘系の依頼はランク上げをするための例外だ。
無論、地球に行くにはもっと戦闘系の依頼をこなさないと行けないのは事実だが、正直可能ならそんなことはしたくない。規定のランクまでレベリングする以外では受けるつもりは無い。
「めんどくさい」
「ええ〜……私がアーティならもっと積極的に魔物狩りとかするけどな〜……」
「おじさんはこないだの一件で疲れちゃったよ」
「誰がおじさんよ」
「俺だよ」
まあ、中の人は紛うことなきおっさんだし。
嘘はついていない。
生きていたら40代だし。
「アーティでおじさんなら私はなんなの」
「え? そりゃあ勿論ピチピチのお姉さんですけど?」
「確かにその言い方はおっさん臭いわ……」
ラトニスはくすくすと笑うと、思い出したかのように受付へと向き直る。
一応褒めているのにまるで気付いていない。まあ同年代から言われたら褒めてるって受け取れないか。
中の人年齢が乖離しているとこの辺の褒め方もどうも難しい。
「依頼完了の報告です」
「はい、ありがとうございます。またの御来場をお待ちしております」
受付のラルリビ星人がぺこりと頭を下げる。
それを見届けて、ラトニスは羽をぱたぱたと羽ばたかせると、ゆらりとこちらに飛びながら俺に目線を寄越した。
それをスルーし、俺は目の前に展開された半透明なタップスクリーンの上で指を滑らせる。
「……何してるの」
見ているのは依頼掲示板だ。
依頼の要件を絞り込み検索し、依頼の現場を地球にして再検索。
ほんと、まるで検索エンジンだなあなんてぼんやりと思っていると、前方に浮かんだ薄いスクリーンに地球を舞台とした依頼の一覧が出力された。
「ネットサーフィンならぬ依頼サーフィン」
「何それ」
「いや、このギルドって色んな依頼が来てるだろ。適当に依頼を眺めてるだけでも時間が潰せるからさ」
「ふーん」
本当は地球に行くために必要になるランクを見ているのだが、適当にはぐらかして依頼を一から並べる。
空中に浮かんでいるそのスクリーンに再び指を伸ばし、ゆっくりとスクロールさせながら俺は瞬きをした。
瞬きをする度に、誰にも聞こえないような小さな音が耳元で鳴る。
スカウターが瞬きをする度に写真を撮るように設定し、地球からの依頼をおおよそ100件程メモリに抑えて俺はスクリーンを閉じた。
「で、お前はいつまでここに居るんだよ」
「え? アーティがここを出るまで」
「何だそれ、誘ってるのか?」
「はあ? ただのおっさんじゃなくてセクハラ親父なの?」
なかなか言葉がぶっ刺さり胸を抑える。
セクハラ親父かあ。
俺40後半だもんなあ。オヤジだよなあ。
一人その言葉に沈んでいるとラトニスが苦笑いし、こう続ける。
「確かにアーティはなんか老け込んでるけど、私はそういう所も魅力だと思うよ」
「あ、ああ……」
傍から見たら微笑ましい光景なのかも知れない。
明るくて快活で、見た目だけは妖精みたいだし胸もあるし。
だが俺はなんというか、こう言う人間サイズのこういうのは求めていなかった。
妖精に求めているのは某千葉県の夢の国にいそうな小さい妖精さんなのであって。
人間大おっぱいバルンバルン虫羽モンスターじゃないんだ。
内心非常に複雑な心境でいると、ラトニスの眉間に皺が寄っていく。
「不服そうね」
「いや、そうじゃないんだけど、なんかラトニスに言われると複雑と言うか」
「何それ、喧嘩売ってんの」
でも俺はこう言うくだらないやり取りが結構好きだったりする。
少なくとも前世ではこうした軽口を言い合う人はいなかった。
「そんなんじゃおじさんの心は掴めないぞ」
「おじさんの心は掴まないからいいの」
そこまで言って、どちらともなく俺とラトニスは互いに笑った。
受付の女の人がそんな俺たちを見て、微笑ましそうな顔を向けている。
ひとしきり笑った後、一息をついてラトニスがゆらりと玄関から外へと飛ぶ。俺もそれに着いて言って玄関を出ると、彼女はくるりと振り返ってくすりと微笑んだ。
「じゃあアーティ、また明日」
「ああ……そう言えば明日はテストだったな」
「うん」
「お前テスト大丈夫なのか?」
「なんとかなるでしょ」
「そうか」
明日はラルリビ史学と数学、魔法化学と魔導具の試験がある。
数学は地球でもやってたのと脳が老化から開放されたお陰でどうにでもなる。
だがそれ以外は地球の高校では無かった授業だから俺もそこそこ真面目に授業は受けていた。
「じゃ!」
「おう」
それを最後にラトニスは俺とは正反対の方向に飛んで行く。
俺もまた念力を使って自分の身体を浮かせ、そのまま家まで飛んで帰る。
この後はひと仕事残っている。
早く戻って取り掛からなくては。




