0. 異世界転生……じゃない!?
この物語は、筆者が執筆している小説『魔法使いは銀河を翔ける』と世界観・設定を共有しております。
別に伏線等の共有やこの小説を読まないとあっちの話が分からない(逆も然り)と言う事は一切無いですが、もしご興味があれば其方も御一読頂けたらと思います。
突然だが、転生と言う言葉は御存知だろうか。
一般的に、人は一度死ぬとその魂は天だか地だか何だか知らんが、まあ何せ何処かへと旅立つとされる。
俺は決して輪廻転生なんて物は信じていなかったが、信じる派の人達の主張としては、その魂は、やがて大いなる意志と1つになり、その意志の気まぐれによって新たな生を授かるのだという。
中でも『転生』とは、生まれ変わる際に前世の記憶を持ったまま生まれ変わる事を指している。
重ねて言うが、俺は決して輪廻転生なんて物は信じていなかった。
信じていなかったのだが.......たった今俺はそんな物が存在していたのだと受け入れざるを得ない状況にいる。
「もしかしたら事件のショックで、一時的に混乱しているのかも知れません。取り敢えず精神を落ち着かせる薬草を処方しておきますので、お子さんに1日2回食後にあげてみてください」
「ありがとうございます.......」
手を取られ、病室を出ると、俺の手を取るその女性は心配そうな顔を俺に向け、足早に近くの道具屋と思わしき場所へと向かっていく。
メモリア夫人と呼ばれていたその人は、どうやら俺の母らしい。
母らしい、と言うのは、まだ実感が湧いていないからだ。
と言うのも、俺は一週間前まで出張で名古屋にいたはずだったのだ。
寝ぼけ眼で朝飯を作ってくれた嫁に行ってくると伝え、新幹線で名古屋へと向かい、そこからレンタカーを借りてうちの会社の支店まで走っていたはず。
車のエンジンを入れて、市内を走っていたのは覚えている。そこで俺は所謂『名古屋走り』をしている車が突然飛び出してきて、慌ててハンドルを切った瞬間このよく分からない場所にいた。
瞬きをした瞬間、俺は何処かのアパートみたいな一室のソファの上で丸まった状態で目を覚まし、首を上げるとなんかよく分からん制服を着た獣人共と、よく分からない光の玉みたいな物で囲まれていてそのまま保護されたのだ。
何が起こっているのか全く理解が出来ず混乱している状態で保護されて、魔法ともSFとも言えない瞬間移動でどこかの建物に向かったらこの人がこの世の終わりみたいな顔をして飛び出して俺を抱きしめてきたのだ。
俺には安藤弘と言う、ありきたりな名前があったはずだ。
嫁もいて娘も居た。いたはずなのだが、どうもその人は俺のことをアーティと呼ぶ。名前がアの部分しか合ってない。
そしてふと何かの拍子に鏡を見たら、全く別人の顔が映っていたからさあ大変だ。
金髪だし、明らかに少年通り越して幼児だし、目の色も違うし、肌色も白人化している。誰だお前。
一時は夢かと思い頬をつねってみたり、タンスの角に小指が当たるように我ながら器用な蹴り方をしてみたりしたが、いずれも激痛が走り夢ではないと諦めざるを得なかった。
そうこうしている内に時間だけが過ぎ去っていき、現実を受け入れる準備が整っていない内に何故か俺は病院らしき場所に連れてこられていたのだった。
「お.......ママ」
危ない、今奥さんと言いそうになった。
「どうしたの、アーティ」
メモリア夫人、もとい、母親が俺の顔を心配そうに見つめる。
「お、お腹空いた.......」
「おうちに帰ってからね」
咄嗟に『奥さん』を『お腹空いた』に言い変える事に成功すると、母親はやれやれと言った様子で肩を竦めた。
病院の先生に診察……と言うか問診された時、指はいくつ見えるかだとか音は聞こえるかだとか、そんな質問が飛んだ。それに対して自分は、問診された感じでは問題なくものが見えたり聞こえたりした。
特に視力については劇的に改善しており、遠くにある小さなものまでくっきりと見える。こないだまでは視力がド近眼かつ乱視で眼鏡が必須だったのに。
驚いたのは、自分が幾つかと名前が何かを答えられなかった時に、手のひらサイズの棒を先生が振った瞬間半透明なスクリーンが目の前に現れ、そこに自分の情報が書き込まれて行った事だ。
そこで、自分の名前が何故かアーティ=デスデ=メモリアとか言う名前に変わっていたことと、年齢が何故か6歳に戻っていた事を知った。
嫁に連絡を取ろうと思ったら、どうもスマホなんて物は無かった。アイツは今頃何をしているのだろうか。
会社はどうなったのだろうか。別にブラックと言うほどではなかったが、商談はどうなったのだろう。
思うことは色々とあったが、2日、3日、1週間と時間が過ぎて行くに連れて、少なくともこれが夢ではない事と、今の自分では現状をどうする事も出来ないと言う事が分かった。
この世界は魔法が飛び交う世界であり、俺たち人間以外にも獣人の様な輩と共存関係でいることを知った。
この一帯には兎のような知的生命体がいるが、他にも亀のような知的生命体とか、猫の様な知的生命体、熊の様な生命体、そして犬、鳥、蝶の様な知的生命体がいる。そして極めつけはそれらを混ぜたような知的生命体も少数ながらも存在しているとか。
そしてもう1つ。
「【ファイアリフト】」
いつの日か、手のひらサイズの火の玉を前方に出現させると、家庭教師の先生が喜んだ。
「メモリア夫人、アーティは素晴らしい魔導の才をお持ちですよ。6歳児で適性検査すら受けていない子供が、呼吸をするかのように魔法を行使できるなんて、奇跡に近いですよ」
ザマスな赤ぶちの眼鏡を掛けた、性格のキツそうな家庭教師のおばさんが両手を合わせて喜ぶ。
「そ、そうなんですか? でも、言われてみれば私も魔法を使うようになったのは学校に入ってからのような……」
この世界には魔法がある。
魔法の使い方は基本的に呪文を唱えるか、魔法陣を描くか、魔力を魔法陣の通りに発して魔法を展開するか。
魔法の作用する秩序は、基本的に呪文を唱える時の音波の波形が魔法陣を描くと言う事を知ったのは、9歳になる頃だった。
どうやらこのアーティと呼ばれる肉体は、魔法の才がある様だ。
まさか地球のしがない社会の歯車であった自分にそんな力が秘められているとは夢にも思わなかったが、どうやら自分は相当に強い能力を宿していたようで、それは小学校に相当する学問機関に入学した時に判明した。
「す、凄い……まさか、まさかトリプル相当をこの目で見る日が来るとは……」
目の前の垂れ耳兎みたいな担当教師が声を絞るように呟く。
後ほど知ったのだが、トリプルとは保有できるドライブの数を意味しているらしい。
ドライブと言うものは、その生命体が魔法を使う時に、その魔法の出力を最適化し、同時に身体を魔法や危険な環境・攻撃から身も守ってくれる生活必需品であるとのこと。
このドライブと言うものさえあれば、人間は海の底に沈んでも溺れ死ぬこともなければ水圧に潰されて死ぬことは無くなるらしい。と言っても死なないだけで息は出来ないから無限に溺れ続けるが。
そのドライブは、起動すると身体を魔法の膜で守ってくれるらしく、これをシールドと呼ぶ。
シールドとは、どうも話を聞いている限りでは早い話がHPの様な物であり、これがゼロになるとシールドが破壊されてその人間は無防備になるとか。ゼロでは死なないと言うか、HPが0=HPが1というか。
どうやらアーティはこのドライブと言うものを同時に3つまで起動することが出来るらしい。
これは並大抵の魔力の持ち主では到底出来るものでは無いらしく、教師が話しているのを横から聞いている限りでは一個連隊に匹敵する戦略的な価値があるとか何とか。
それだけの非常に膨大な魔力が自分に宿っているらしい。
しかし、自分にとってはそんな事はどうでもよかった。
自分が転生してから最も強い衝撃を受けたのは、その教師によって自己紹介がされた時の事だった。
「は〜い皆さんこんにちは〜! 私の名前はルオロ・ミノーレ、今日からみんなの先生になる地球人だよ〜!」
……え?
こいつ今何て言った?