依頼人の家へ
依頼者である双葉美智佳は、四十代に手が届きかけた主婦である。
駅で倒れた娘が回復しない一週間で、心労からか、少々窶れているように見える。
「初めまして。外岡と申します」
住宅街に建つ二階建ての一軒家が双葉家である。玄関口で頭を下げ、外岡が挨拶をする。門倉も同じように頭を下げた。頭を上げた二人を、双葉美智佳が訝し気に見てきていた。
「あの、市立病院の先生から聞いたのですけど、まじないし、だとか」
「ええ。正確にはまじないし、ではなく呪術師、あるいは祓い屋、と自称しております」
外岡がゆっくりと発音して答える。
「はらいや、ですか」
「呪いを扱う時は呪術師。呪いを祓う時は祓い屋、と自称しているだけですが。まあ、作法が異なるので」
玄関口に立つ二人の男が、スーツ姿でセールスマンにしか見えないことから、こうして訝しげに見られることは実に多い。そしてなにより、外岡が口にする呪術師、という言葉が二人の姿にそぐわないことから、最悪このまま玄関口で門前払い、という経験も、実に多くしてきた。
外岡はにこやかに口を開いた。
「呪術師としての怪しげな服装で来てもよかったのですが、大抵のお宅からは歓迎されませんので」
わざとらしくスーツのジャケットを指でなぞりながら、そのまま黙り込んでしまう。
双葉美智佳は面食らったかのように玄関口の二人を見ていたが、やがて家の中に掌を向けて、
「ここではなんですから、どうぞ」
と言った。
「娘様の御様子はどんななのですか?」
玄関に上がりながら、外岡が尋ねる。その目線は廊下の奥にある扉へ向けられていた。
双葉美智佳はその目線にびくりと一度、体を震わせる。リビングに向かっていたであろう足の動きが止まった。
「あの、なんで」
「どうされました?」
外岡の表情はにこやかなままだ。その表情が逆に依頼者の不安を強めることがある、と知っている門倉が慌てて口を挟んだ。
「体調は回復されましたか?娘様」
「え、ああ変わらないです。強い疲労感を訴えて、今は布団からも起き上がれないようで」
「それは心配ですね」
「はい。お医者に行っても原因がよくわからなくて」
「それで?」
外岡が先を促す。
「え」
「我々のような、その、失礼ながら胡散臭い職業に頼る。その理由を窺えますか」
双葉美智佳が廊下で立ち止まったまま、じっと外岡を見る。門倉が外岡の表情を見ると、にこやかだった表情から柔らかい笑みが消えていた。依頼者と呪術師は奇妙な緊張感を漂わせて見つめあっている。
「娘様の、そう。元恋人にお会いになりましたね?」
「…」
「お会いになりましたね?」
念を押すかのように外岡が繰り返す。
「どうして…」
「ああ。その言葉だけで結構です」
外岡は一度大きく頷くと、門倉に振り向いた。
「本来ならば依頼人に話を聞くべきだろうけど、このまま娘様と話させていただこうか」
外岡はそう言うと、廊下の奥にある扉に向かって歩き出した。門倉は慌ててその後についていく。
「あの」
「ああ、お母さん」
声を掛けてくる双葉美智佳に振り向くことなく、外岡が口を開いた。
「生兵法は大怪我の基。と申します。努々余計なことを為されないように」
外岡のその言葉に、双葉美智佳の表情が凍る。門倉が依頼人に何か言おうか逡巡している間に、外岡は扉をノックし、中にいるだろう依頼人の娘に声を掛けていた。