『屋敷』
地方都市にある住宅街の中にその会社はある。
三階建ての細長い形をした、鉄筋コンクリート造りのビルのような家には『屋敷』という表札が掲げられているだけで、一見しただけでは、そこが会社だなどとは判る者はいないだろう。表札の掲げられた門柱の向こうには小さな庭が設けれており、そこには花壇が造られている。暦の上では春になったとはいえ、いまだ残る寒さからか、花壇に植えられた花には蕾はあれども、色付き花が開いているものは一つもなかった。
昼過ぎの住宅街は、遠くの道路工事の音以外には何一つ物音がなかった。道路を走る車もないことが、静けさをより際立たせている。
『屋敷』という表札の横に貼り付けられた五芒星が描かれたシールが、唯一この会社の業務を表していると言えた。
玄関を通り廊下を抜けた先にあるリビングには、社員のための机が四つ用意されている。小さな庭に面した掃き出し窓からは、春先の弱弱しい光が差し込んでいる。薄いカーテンを引いた窓に背を向けて、門倉佑二の報告を聞いていた外岡浩紀が、手にしているGBAに向けていた目を上げ、口を開いた。
「それで?」
「彼女は今、家から出ることができないほどに消耗しているそうです。学校を休んで一週間。さすがに心配した親からの依頼ですね」
「病院行けよ」
「もう行ったそうですよ」
外岡はふうん、と一息つくと、
「今回も市立病院のあのお医者さんかな?」
「ええ。正確には、医者から勧められた親からの依頼ですが」
「医者は何て言ってるんだい?」
「極度の消耗が見られる。栄養不足かと思って栄養とってもらったが、食事はとれないわけではない。点滴で水分を入れて、様子観察に三日入院してもらったが回復しない。ただし、危急的な生命の危機があるわけではないから、家に帰って様子観察してもらっている。退院後も回復していない、という話を聞いて、こちらに連絡するように伝えた。だ、そうです」
門倉はメモを読み上げ報告を終えた。外岡はGBAの電源を切り、窓に振り返る。
「前回あった病状に似ているから、そちらの仕事ではないか、だそうです」
門倉の言葉を聞いて、外岡が鼻で笑う。
「恋人と別れたことからくる喪失感、つまり十代特有の精神疾患なんじゃあないかね」
「一週間寝たきりになる喪失感、ですか」
門倉の問いかけに、外岡が頷く。
「君も経験ないかね。別れてもいい、と思った女と別れた時に、えもいわれぬ喪失感を覚えて、寂しくなることが」
「はあ」
「…なさそうだな」
「すいません」
外岡は呆れたような哀れめいたかのような表情で振り返ると、GBAを弄りながら門倉に尋ねる。
「ただの高校生の恋愛ごっこが終わっただけの話なんじゃないか?そう言ってるんだ」
「そうかもしれませんが。そうじゃないかもしれない」
門倉の言葉に、外岡が口をへし曲げて嫌そうな顔をした。
「所長の言い草だな」
「所長からも外岡さんを連れていけ、と言われていますので」
はあ、と外岡は嘆息すると、GBAを机に置いて、立ち上がった。
門倉はノートに書かれた、依頼者の住所をスマートフォンの地図アプリに入れると、事務所の鍵を手に取った。