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ジェリーフィッシュ実験記  作者: 八雲雷造
第1章 誰が為にキマイラは生まれる
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2.終電間際の閃光



 アシッドボーイはその時、副都心線ホーム中央部で池袋行きの電車を待っていた。人の列に並び、手に持った通信デバイス(以下、スマホと呼ぶ)を用いて、人を銃殺するゲームをしていた。


 彼が280人連続でヘッドショットを決めたちょうどその時に閃光は起こった。目の前のすべての物質がミルクの中に溶け込んでしまうような、経験したことのない眩しさだった。彼はとっさに目を閉じた。それでも、強い光に照らされたまぶたの血液が、オレンジ色に輝いている。アシッドボーイが顔を手で覆うと、数秒後には閃光は終わっていた。


 アシッドボーイが目を開けると、ざわめき合い、困惑と恐怖の顔を浮かべる人々の群れが見えた。彼は自分の体に異常がないことと、その場の安全を確認すると、再びスマホで銃殺ゲームを始めた。一人、また一人、彼は人の頭を撃ち続けた。


 となりでは若い女たちがこのようにささやき合っていた。


「テロ?これテロじゃない?」

「そうかなあ、でもどこも燃えたりしてないけどね」

「たぶん、電車の配線がショートしたりしたんじゃないかな」

「そっか。こんなに明るくなるんだね」

「てか、あんた髪の毛白くなってるよ。そこの毛先」

「本当だ。え、なんで? あ、ほら!レナも!」

「うわ、信じられない。この後、泊まりに行くのに」

「またあのおじさんのところ?」

「おじさんじゃないって。38歳!」


 辺りでは、駅のスタッフがばたばたと走り回っている。彼らの表情は、電車を待つ乗客たちと違わず、強い不安と困惑に染まっていた。


 アシッドボーイのヘッドショット連続回数が180人に達したところだった、駅からのアナウンスが流れた。


「えー、先ほどホーム上にて何物かが、えー発光した模様です。現在、安全確認を実施中です。皆様はその場から動かず、安全の確認が取れるまで、しばらくお待ちください。あー、また、何か危険物などを見つけた際には、お近くの係員までお知らせください。えー、また、体調の悪い方などいらっしゃいましたら、こちらも係員へお知らせください」


 近くの男が隣の友人にこうつぶやいた。


「その場から動かずに、どう係員に知らせるんだよ」

「確かに」


アシッドボーイは、その男たちを見た。年齢は20代半ばといったところだろう。身長は2人とも180cmほどで、アシッドボーイと同じくらいだった。1人は、アメフト選手のような骨隆々とした体格で、もう1人はどちらかというと細身な体格をしている。

細身の男が言った。


「それにしても異常なことだよ、これは。あんな力強い光今まで見たことない。これだけのエネルギーを発したものが何なのかわからないなんて。駅か電車の設備異常だとしたら、駅員さんもあんな風に途方にくれた顔はしないはずだしね」


体格の良い男が言った。


「たしかにね。光だけが発生して発火や爆発が起こってないっていうのも驚きだよ。これは本当に何かまずいことでも起こったんじゃないか?」

「例えば?」

「わからない。とりあえずこの場を離れた方がいいかもな」


そのとき、アナウンスが流れた。


「お急ぎのところ、お待たせしており、申し訳ございません。線路内、安全を確認できましたので、まもなく、池袋行きの列車が到着いたします。そのままお並びになってお待ちください」


男たちはささやき合った。


「そんなことあるか? おそらくまだあの閃光の原因はわかってないぞ」

「原因がわからない以上、電車が問題なく動くことの確認がとれれば動かすんじゃない?」


実は、このアナウンスを流したのは私である。私、ワトソンである。また、電車を動かしたのも私である。

理由はいくつかあるが、それらを全て述べるときりがないので、ここでは、実験の成功のためにはこうせざるを得なかった、とだけ言っておこう。


アシッドボーイは長身の男たちの会話を聞き、「たしかにな」と思った。何か異常なことが起こったのだ。彼は何食わぬ顔で続けていた射殺ゲームをやめ、スマホをポケットにしまい、周りを見渡した。


すると、遠くの方に人だかりが見えた。彼らは何やら騒がしく叫び合っている。


「おい!あれは何だったんだ、あの光は!普通じゃないだろう」

「本当に大丈夫なんですか?」

「私、髪の毛が白くなっているんですけど!ほら!ほら!」


おそらく、その人だかりの向こうに駅員がいるのだろう。人々は混乱のあまり、駅員をいじめるよりほかなかったようだ。状況を鑑みれば駅員の持っている情報も自分たちとさして変わらないであろうことは一目瞭然であるのに。


一部の人々は、ホームのエスカレーターを上り始めていた。この場を離れた方が良いと判断したのだ。

 アシッドボーイには、それは適切な判断なように思えた。このような何が起こるかわからない不確実な状況下では、自分の足で、できるだけ安全だと思う場所に、すばやく移動した方が良い。


しかし、アシッドボーイはそうしなかった。長身の男たちがこう話すのが聞こえていたからである。


「まあ、電車が動いているなら乗るか。とにかくこの駅から離れた方が良さそうだ。渋谷駅ではまた何か危険なことが起こるかもしれない」

「そうしよう。うちでしっぽりと飲もうぜ。ウィスキーしかないけどね」

「それで十分」


  *


無事に池袋行きの最終電車は渋谷を出発し、問題なく走り続けた。アシッドボーイはスマホを取り出し、射殺ゲームを始めた。

長身の男たちはその後、雑司が谷駅へ降りていったのだが、アシッドボーイはそのとき、199人目のヘッドショットを成功させたところであった。

もちろん彼らは知るよしもないが、アシッドボーイと長身の男たちは近いうちに再開することになる。



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