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ジェリーフィッシュ実験記  作者: 八雲雷造
第1章 誰が為にキマイラは生まれる
18/18

15.タダキョウとアシッドボーイ

 9月22日に渋谷駅で発生した謎の閃光。それを浴びた人々は翌朝、不思議な力が備わっていることに気づく。その閃光は一体何なのか、自分たちの身体に何が起きたのか、彼らはそれらを議論するべく、白川教授の元へと集まった。そして、閃光を浴びた者たち全員を把握し管理し合うことを目的とした「ゲシュタポ計画」なるものが始動する。

 リンダとイヌイは、閃光で得た力を乱用する犯罪者たちを捕まえる特別班として活動を開始する。ユウを仲間に加え、アシッドボーイなる人物にも協力を要請しようと試みる。



 私の可愛いモルモットたちの中に、タダキョウという27歳の男がいる。興味のそそられる、非常にユニークな人物である。彼にはセルB-057「ブラッド(血液結晶化)」というこれまたユニークなセルが培養されているのだが、これはあまり人間社会での有用性は高くない。アシッドボーイ(本名は山村くんというのだが、私は彼に非常に親密な感情をいただいているためこう呼んでいる)に培養されているセルB-033「アシッド(酸分泌)」と同様である。


 このような、使い道の限られたセルを培養する対象として、私は創意工夫のできるポテンシャルを持ったモルモットを選んだのだが、どうやら私の人を見る目はたいそう優れていたに違いない、彼らは私の想像の遥か上をいく形で、その力を駆使したのである。


 ここからはしばらく、この二人が物語において重要な役割を担うことになるのだが、まずはタダキョウについて述べたいと思う。

 タダキョウに培養されたB-057は、血液を結晶化させ鉄の高度にまで高めることができるというものである。血液は汗腺から自由に分泌することができ、また、「ブラッド」の血液に含まれる成分のひとつが本体の神経と連絡しているため、ある程度自由に形を作ることができる。

 タダは、父の営む川崎市郊外の町工場を継ぐべく、大学卒業後、4年間の現場経験を重ねていたのだが、彼は閃光を浴び、この「ブラッド」の力に気付いた直後、それを使って、かねてより興味のあった、別の“商い”を始めようと考えた。


  *


 タダは子どもの頃より、人の顔に「死相」を見ることができた。


 こんなエピソードがある。彼が8歳の頃、担任の先生の顔に死相を見た彼は、図画工作の時間に、お腹に黒ゴマのような黒い粒をまぶした先生の絵を描いた。先生はそれを見るとこう言った。


「キョウくん、これ先生? お腹にあるのはなんだろう、黒子かなあ」

「痛いやつだよ」

「そうなんだあ、やだなあ。どうして痛いやつを描いたの?」

「いっぱいあって楽しいからだよ」


 担任の先生は、まだ当時30歳の若く健康な女性であった。週に一度ホットヨガにも通い、食事にも気をつかっている。しかし、彼女の腸内にはおぞましい規模のがん細胞が巣食っていた。


 幼き日のタダがあの絵を描いた約2ヶ月後に、彼女は末期の大腸癌で命を落とした。タダが先生の顔に見た「死相」は、現実のものとなったのである。


 彼女は医師に余命1ヶ月の診断をもらったその時、頭の中が真っ白になった。そして真っ白になった頭の中に、ふとタダの描いた絵が思い浮かんだ。ずんぐりとした体に描かれた黒いツブツブが。冷たい汗が背中を流れた。

 彼女はその翌週、入院のためクラスを離れることとなった。彼女は最終日、迷った末に、タダの母に電話をし、キョウくんの描いた絵とその絵についてのやりとりに少し“気がかりなところがある”ことを伝えた。


「ただの偶然だといいのですが・・・」


 母はその後、タダキョウが似たような発言をするたびに、それを叱った。息子ながらに気味が悪かった。しかし中学生になる頃には、彼もそのような言動をしなくなり、母はほっと胸をなでおろした。


 しかし、タダにはその後もずっと見えていたのだ。街中でごくたまに出くわす「死相」が。しかし、それについて口に出すのは決して褒められたことではない。それは信じてもらえないばかりか、人々の感情を逆撫でするだけだ。


 タダはどうしたか?


 彼は一人でそれを楽しんだ。


「誰も信じてくれないなら、一人で楽しめばいい」


 彼はそう考えた。

 中学生になり、自由に街を出歩けるようになると、できるだけ人通りの多い場所を探し、「死相」を探した。

 「死相」を見つけると、あとをつけ、家の場所を覚えた。そして、その人が死ぬまで家の様子をチェックした。


 高校生になると、タダはより深く、効率的にその“楽しみ”を享受するため、「死相リスト」なるものを作った。一人一人にニックネームをつけ、日々の生活の様子を可能な限りそこに書き込んだのである。


 観察をしていると、突然にその日は訪れる。サインは人それぞれであった。

 毎晩帰宅している時間に帰って来ないので部屋の様子を見てみるとそこはもぬけの殻であったり、お通夜が開かれていたり、家の中を覗いた時、そこで孤独死をしている人を見かけたこともあった。


 タダにとっての一番の楽しみは、それが訪れた日の夜、リストのその人のページに大きな×印を書くときだった。


 大学生になると、彼は、「死相」と話してみたい、という欲求が生まれた。しかし、引っ込み思案な彼には街中で人に話しかけることはなかなかできなかった。

 大学2年生の春休み前のこと、2月末だった。タダは、大学の講義でよく一緒になる後輩の女の子に「死相」が浮かび始めていることに気がついた。彼女とはグループワークで一緒になったことがある。女の子の名前は悠里といった。


 タダはその翌週、近くでお茶でもしないかと悠里を誘った。彼女は少し驚いた様子だったが、はにかんだ笑顔でそれを快諾した。話は弾んだ。音楽の趣味がまるっきり同じだったのである。タダはその年に来日予定のロックバンドのライブチケットを取ることを提案した。そのロックバンドの大ファンであったものの、一人で行くことをためらっていた悠里は、大変に喜んだ。


「ほんと楽しみ! 生で見たら感動で泣いてしまうと思う」


 彼らはその日からデートを重ねるようになった。


 あまり冗長になるのは良くない。タダについてのエピソードはこの辺りで切り上げたいと思う。

 結果はご想像の通りである。タダと悠里はその後すぐに交際を始め、悠里は交際してから約5ヶ月後に亡くなった。交通事故だった。関西の実家に向かう深夜バスの運転手が居眠りをしてしまったのである。それは約束していたライブの2週間前の出来事だった。


 知らせを聞いたタダは、この上ない興奮を覚えた。死を間近に感じることがここまで胸を締め付けられるものだとは思わなかった。彼にはその胸の苦しみがとても心地よく感じた。

 この時の感覚の忘れられないタダは、その後2度、「死相」と交際をした。


  *


 さて、渋谷駅で閃光に遭遇した日の翌朝、タダは体に異変があることに気づいた。血液を手などから汗のように分泌し、それを自由な形に、鉄のように固めることができるのだ。信じがたいことであったが、彼はこの力をすぐに受け入れた。

 奇妙なことに、タダは、なぜ突然自分にこのような力が芽生えたのかについて、ほとんど考えなかった。彼の頭の中には、この力を使えば、かねてより興味を持っていた、「死相」との新しい戯れをうまく行えるのではないかという考えでいっぱいだったのである。


 しかし、タダはそれを単なる遊びにはしたくなかった。それを遊びにしてしまうと、なんだか自分がサイコパスのような感じがしてしまうからだ。彼はそれをビジネスとして行おうと考えた。法には触れるが、人助けにはなる自分にしかできない仕事として。


 それはこのようなものである。


 まず、街中で「死相」を見つける。特に強く「死相」が出ており、可能であれば、自殺を望んでいる者を選ぶ。次に、彼または彼女が人気のないところに行くまであとをつける。彼らが自殺に及ぼうとしたその時、声をかける。


「飛び降り(または電車飛び込み)なんてやめたほうがいいですよ。僕が綺麗に殺してあげますから」

「わかりました。お願いします」


 彼は血液を注射器型に成形し、彼または彼女の体内に血液を流し込む、そして心臓で星型に変形し殺害する。その対価として“お小遣い”を財布から少しばかりもらう。ほんの僅かでもいいのだ。指紋のつかないように手袋をして、財布の中の現金を3割ほどもらうだけで良い。


  *


 閃光を浴びた日の翌日の昼頃には、彼はこのアイディアを固めつつあった。すぐにでも決行したくてたまらなかったのだ。私がちょうどデイヴィスを装ってモルモットたちを訪問していた頃である。

 私は14時過ぎに彼の家を訪れた。ドアのベルを鳴らしたが、彼はそれに気がつかなかった。風呂の中で、血液の結晶化を練習していたからである。私は、彼が説明会に来ないことを知っていたので、そのままにしておいた。それに、セルの使い方を訓練するのは、実験において非常に大切なことなのである。実験を行っている身としては、そっとしてあげるべきであろう。


 その夜、タダは例のビジネスを決行しようと、渋谷へ赴いた。しかし、彼の考えていたように物事はうまく進まなかった。まず、自殺をしようとしている人がなかなか見つからないばかりか、見つかったとしても、二人きりになれる状況がぜんぜん作れないのである。彼らは「死相」が出ているのにもかかわらず、渋谷の人混みの中で買い物をしたり、レストランや漫画喫茶に入っていったり、他の人と変わらぬ行動をとっていた。


 思い通りに事が進まずに時間ばかりがたった。苛立ちを隠せなくなったタダは小さく呟いた。

「くそ、なに悠長にショッピングなんかしてるんだよ。もうすぐ死ぬんだろ」


 そしてその後も、渋谷の街をさんざんさ迷い歩いた挙句、彼は「死相」の浮かぶホームレスの男に狙いを定め、何の交渉もないままに、血液を体内に流し込んで殺してしまった。

 衝動的な行動ではあったものの、タダはいたって冷静だった。彼は非常に慎重な性格である。「殺しても誰にもバレない」自信があったのだ。

 彼はおよそ2秒足らずの間に、指先から分泌した血液を注射針のような形にして、男の体に突き刺し、体内に血液を流し込んだのである。一瞬の出来事であった。恐ろしいほどに器用な男である。男はその10秒後に、心臓と頸動脈が破壊され、声を出すこともなく静かに息を引き取った。

 周りにもホームレスはいたが、皆寝ていて誰も気づく者はいなかった。


 タダは男が死んだことを確かめると、その場から離れ、渋谷の人混みを歩いた。顔には満面の笑みが広がっていた。タダは思った。


 これまで、あれだけの時間と労力をかけて「死相」を追いかけまわしてきたのは、“これ”のためだったか。この快楽、この上ないスリルと快感、あらゆる感情を超越した恍惚の瞬間、これを求め続けてきたのか。


 このようにして、非常にユニークなセルを持ったユニークなモルモット、タダキョウが生まれた。彼はその後1週間の間に、別に2人の「死相」を殺害した。それらは、もはや商いというには程遠い所業だった。自殺をしそうな人を見つけると無断で殺し、勝手に財布からお金をとっていたのである。


  *


 リンダ達3人は、白川教授の集まりを途中で抜け出し、神泉駅近くにあるナイトクラブ「D・A・L」へと向かった。タダキョウの不愉快な所業を終わりにするために、アシッドボーイの協力を得る必要があったのだ。リンダは、アシッドボーイがその日の夜、そこに現れると見ていたのである。


 18時頃にそこ着くと、リンダは言った。


「よし、ここだ。間違いない」

「まだやってないよ」イヌイは入り口の様子を確かめて言った。

「うん。飯でも食いながら待とうか」

「そうだね」


 3人は、近くの中華料理屋に入った。

 リンダとイヌイは麻婆豆腐定食とビールを注文し、ユウは回鍋肉定食を注文した。イヌイはビールを半分ほど飲み干すと尋ねた。


「ところでいったいアシッドボーイってなんなんだい?」

「どうやら、その山村くんっていう人にワトソンが名付けたニックネームらしいんだ。酸を分泌する力を持っているみたいで、だからアシッドボーイなんだと思う」

「なぜそれがわかったの?」

「天野さんがそれに気づいたみたい。僕らにはエイリアンの記憶とかにもアクセスできる力があるみたいなんだ。天野さんと話してみて僕も徐々にわかるようになってきた」

「何が?」

「ワトソンは我々の身体に埋め込んだ細胞に名前をつけているんだよ。アシッドとかアンサラーとかライズマンとかね」

「何のために?」

「我々に認識してもらうためじゃないかな」

「何のために認識してもらうの?」

「何でだろうね、はっきりとはわからない」


 定食が運ばれてきた。彼らは美味しそうにそれを食べた。余談だが、食事をする人間とは何と可愛らしいものだろうか。


「それでこの後、21時くらいにアシッドボーイが来るから、来たらさっき言った作戦で彼を口説く。ユウちゃん、そこの説明はもう大丈夫だよね?」


 リンダがそう尋ねると、ユウはうなずいた。


 イヌイは伸びをしながら言った。「おれは出番ないのかあ」


「適当に近くにいてくれればいいよ。いるだけで威嚇にはなるし」


 21時までにはまだ時間があったので、リンダとイヌイはザーサイとビールを注文し、ユウはウーロンハイを注文して時間を潰した。無口だったユウもお酒を飲むと、ポツリポツリと言葉を発するようになってきた。


  *


 21時前になると、3人は「D・A・L」へと向かった。

 開店間もないということもあって人はほとんどいなかった。聴いたことのないトランスミュージックがけたたましい音で鳴り響き、赤と青のライトが壊れたサイレンのようにチラチラと光っていた。

 リンダはバーカウンターでドリンクを注文し、立派な髭をたくわえた男性スタッフに尋ねた。


「山村くん来てます?」


 髭の男性スタッフは、眉間にしわを寄せた。「どうかしました?」


「彼にお金払わなければならなくて。9月23日に渋谷駅にいた人が会いに来てるって伝えてもらっていいですか? そう言えばわかると思うので」


 髭の男性スタッフは2、3秒考えてから、うなずいて奥に入っていった。

 リンダはイヌイとユウに小さな声で言った。


「さあて、ハードボイルドリンダの出番だ。ユウちゃん、よろしくね」


 1分後くらいに、髭の男性スタッフに続いてアシッドボーイが出てきた。黒いパーカーに薄い色合いのジーンズを履いている。髪は長く、後ろに小さなポニーテールを作っていた。背は高いのだが、目がギロリとしていて大きく、鼻が子供のように小さいため、実際よりも幼く見える。


 「向こうの隅で話して」


 髭のスタッフはそう言い残して、バーの奥に行ってしまった。

リンダはアシッドボーイとともに、店内の奥まったところにある丸テーブルまで歩いて行った。店内はまだほとんど人がいない。ユウとイヌイはそのままバーの前にとどまり、静かにその二人の様子を伺っていた。


 リンダはこう切り出した。

「やあ。君がアシッドボーイか。とつぜん呼び出して悪かったね、アシッドボーイの山村くん。それにしてもアシッドボーイがアシッドを売っているなんて、ワトソンもなかなかいいユーモアのセンスをしているよ」


 アシッドボーイは冷たくこう言った。

「何の用?」

「山村くん、一つ協力して欲しいことがあってね」


 アシッドボーイは思った。誰だこいつ、めんどくせえ。


 リンダは笑いながら言った。

「まあまあ、そう思わずに、めんどくさいかもしれないけどお互いにとって必要なことなんだよ、これは」


 アシッドボーイは黙ったままだった。


 リンダは続けた。

「タダキョウという厄介な奴がいる。こいつは人の体内に鉄の造形物を作って殺すのが趣味という頭のおかしいやつなんだ」


 リンダはアシッドボーイの反応を待ったが、彼は黙ったままだった。


「我々はね、その人物を捕まえたいと思っている。君にも協力してほしい」


 (マジで何なんだこの男、めんどくせえなあ)


「そうめんどくさいめんどくさい思わないでくれよ。怠惰は悪の根源だぜ?」


 (!?)


「驚いたかい? 今の僕には君の考えていることがわかるんだ。協力してくれればそのカラクリも教えてあげるよ」


 ちなみに、もちろんこれはユウのおかげである。ユウがアシッドボーイの思考を読み取り、それを瞬時にリンダへと転送していたのである。これがリンダの考えた作戦である。交渉において相手の考えが読めることほど有利なことはない。


 アシッドボーイは顔をしかめた。こいつ、俺と同じであの日の渋谷駅で特殊な力を手に入れたんだな。あそこの男女二人もそうに違いない。何がしたいんだこいつら。


「君に協力してもらいたいだけだよ。でももちろん、君がただで手を貸してくれるとは思ってないよ。アシッドボーイはかなり打算的な少年みたいだしね。我々の間には契約が必要だ」


 アシッドボーイはようやく口を開いた。


「どんな?」


 リンダはニヤッと笑った。別人のような顔であった。

「手を貸してくれたら、君が生業にしているささやかなビジネスのことを黙っておこう。手を貸してくれないというのなら、君の製造したLSDを警察にプレゼントすることになる。アシッドボーイからの少し早めのハロウィンのお菓子としてね」


(クソ野郎、やっぱり知ってるのか。めんどくさいことになった)


 アシッドボーイは口を開いた。

「手を貸したとして、あんたらが黙っているとは限らない。そこはどう証明してくれる?」


「買ってやるよ。君のアシッドを。その姿を写真に撮ってもらっても構わない。これで運命共同体になれるというわけだ」


(そこまでするか)


「ああ、それくらい切羽詰ってるんだ。そのタダキョウというやつはかなり危険な奴でね。君のそのとびっきりクールな力が必要なんだよ」

「わかった。じゃあ、約束通り買ってもらうよ。写真も撮らせてもらう。あんたのお友達も一緒に。こっち来て」


 そう言ってアシッドボーイはエレベーターの方へと向かった。リンダはイヌイとユウを手招きして、彼について行った。


 3人は無言でエレベーターに乗り、地下1階まで降りて行った。

降りると、そこは様々な機材の置いてある物置のようなスペースだった。切れかかった白い蛍光灯以外に明かりはない。


 アシッドボーイは、「修理」と書かれた紙の張られた古く大きなスピーカーの後ろに無造作に手を伸ばし、透明の袋を取り出した。中には白い錠剤がざっと30粒ほど入っている。アシッドボーイは、ポケットからジッパー付きの小さな袋を取り出すと錠剤を三つ、小袋の中に入れ、リンダに渡した。うんざりした表情だった。


「はいよ。取り扱いには気をつけて。やったことある?」

「もちろん、ないよ」

「初めてなら砕いて少量ずつ使ったほうがいいよ。きついことになるから」


「ご忠告ありがとう。まあ、僕らは君の協力を得たいだけだからご心配なさらず」

「じゃあ、写真は撮らせてもらうよ」

 アシッドボーイは携帯を取り出し、カメラを構えた。


 するとリンダは言った。


「あ、ちょっと待って。君も写ってもらわなきゃ意味がない。運命共同体だと言っただろ」

「別に俺が写っても写らなくても変わらないよ」

「いや、写ってもらう」


 アシッドボーイはリンダを鋭い目つきで睨んだ。イヌイはアシッドボーイが何らかの強硬手段に出るのではないかと身構えた。


「イヌイくん、大丈夫。彼ならわかってくれる」

 リンダは穏やかな調子でそう言った。「それに、我々はこの場では彼に敵いっこない。ちなみに、山村くん、これはどうやって作ったんだい? もしかして君の体のエキスで出来てるんじゃなかろうね」


 アシッドボーイは驚いた調子でこうつぶやいた。

「なんでわかるんだ気持ち悪い」


 リンダは笑った。

「そうか、君は本当に面白い人だね。イヌイくん、この子はただもんじゃないよ。おそらく、分泌した酸を熱するか何かして、凝固させると幻覚作用を催すキャンディが出来上がるということみたいだ。ワトソンもまさかこんな風にこの力を使うなんて思ってもみなかっただろうな」


 その通り。実に類い稀なる発想力の持ち主である。


「まあ、アシッドボーイの山村くん、仲良くしようよ。ここにいるのはみんな人間離れした孤独な若者たちなんだ。僕らはこれから、僕らなりの人生を楽しく生きていかなければならない。そのためには時には協力し合わなければならないんだ」


 そう言って、リンダはアシッドボーイに千円札を渡し、彼の肩に手を回した。アシッドボーイは抵抗しなかった。リンダはユウとイヌイを近くに寄せ、4人揃って写真を撮った。リンダの手には3粒の錠剤が、アシッドボーイの手には千円札があった。


 この写真は、いま私の手元にもある。携帯のインカメラで撮られていて、暗く、あまり出来の良い写真ではないが、なんだか私の心を和ませれくれるからだ。


 写真を撮り終わった後、イヌイは言った。

「はあ、またこんな変な状況になっちまったな、リンダ。ユウさんまで巻き込んで」

「すまない。ユウちゃん、絶対に悪いようにはならないから」

「大丈夫」ユウはそう言って肩をすくめた。


「さて、早速だけど、この後すぐにタダキョウのところに行くよ。今日中にケリをつけてしまいたい」


 4人はエレベーターを登った。




あけましておめでとうございます。

火曜日更新予定です。宜しくお願いします。

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