14.ゲシュタポ計画、犯罪者担当班
もうひとりのアンサラー、天野雪の話を聞いたモルモットたちは、自分たちの正体が世間にさらされることを恐れ、「ゲシュタポ計画」と名付けられた、閃光を浴びし者同士の組織化計画を立案する。
「なるほど、まるで秘密警察だ。ゲシュタポですね」
茶色いスーツに身を包んだ老紳士、大門六郎。モルモットのたちの中でも最年長のこの男の発言から、その計画名は命名された。
ゲシュタポ計画。
こう呼ばれたモルモットたちの行動は、ジェリーフィッシュ実験の初期における主要な観察対象となった。ゲシュタポ計画の経過がこの実験の方向性に大きく影響を及ぼすからだ。
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ゲシュタポというワードを持ち出した大門六郎に対し、百瀬はこう言った。
「ゲシュタポというと感じが悪いな。でもそうですね、秘密裏に警察的な活動をするという意味においてはその通りかもしれない。言い得て妙だ。ゲシュタポのような非倫理的なものへの皮肉を込めて、あえてこれをゲシュタポ計画と名付けましょうか」
白川が呆れ顔で言った。
「縁起が悪いですね。でもまあ名前は必要だし覚えやすい」
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ナチスドイツ政権下の秘密警察「ゲハイメ・シュターツポリツァイ」、略称「ゲシュタポ」は反乱分子やスパイの摘発、ユダヤ人狩りなどを任務としていた悪名高い組織である。
百瀬がモルモットたちに提案した行動は、警察や世間の目につかないうちに閃光を浴びた人々全員を探し出し、管理・統制することで世間の目から逃れるという単純なものだった。
彼は当初、警察に隠れて警察のようなことをすることからゲシュタポという表現を用いたのだが、のちに名前通りの過激な様相を呈することになる。
だが、それはもう少し先の話だ。
初期の段階では、それは閃光を浴びた者たちが社会に危険視される前に、問題の芽を摘み取り、時間をかけて社会との共存策を練ろうというごく単純な組織的行動だった。
世間が自分たちの存在を知ってしまったら、何をされるかわからない。だから存在を知られないための行動をする。シンプルで合理的だ。アンサラー天野雪の発言がきっかけとなったことは言うまでもない。
問題は、その方法である。一体どうやって閃光を浴びた人間すべてを探し出し管理・統制するというのだろうか?
彼らモルモットたちは、実に面白い方法を思いついた。A-082「メモリーダイバー(記憶探索)」、セルA-038「プロジェクター(思考映写)」、セルA-053「オブザーバー(観察)」の3人による連携プレーである。
しかしここまでにしよう。ゲシュタポ計画の詳細については、また後ほど述べさせていただく。ここでは、この計画は初め、白川と百瀬のリーダーシップが寄与したことで、順調に進んだとだけ述べておこう。
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さて、注目の2人組、リンダとイヌイはゲシュタポ計画に対してどのようなアクションを取ったのだろうか?
興味深いことに、彼らはこの計画では目立たないように努めた。
なぜか?
それは、リンダの頭の中で、漠然とした危惧の念が漂っていたからだ。
「ルーラーに気をつけろ」
天野雪と話してからというもの、この言葉がしつこく思い浮かんでくるのである。
ルーラー?
リンダは、天野雪の口からアンサラーという言葉を聞いた直後から、ルーラーや、ライズマン、コミュニケーターといった不可思議なワードが頭に浮かぶようになっていた。
おそらく、我々の持つ能力の名前なのだろう。天野さんと話したことで、エイリアンの持つ情報にアクセスしやすくなったのだろうか。リンダはこのように考えた。
彼は正しい。余談だが、私がセルに英語の名称をつけたのは、彼らモルモットにセルについて議論し、理解を深めるための語彙を与えたかったからである。セルAを持つモルモットのうちの誰かが、いつかこの「セル名称」を認識するだろうと考えていた。特にアンサラーたちが。
これは想定通りだった。アンサラー天野雪が最も早く「セル名称」を獲得した。ちなみに、ドリーマー陽二郎も、のちに夢の中で『セル能力図鑑』を発見し、その全貌を知ることになる。
リンダは、「ルーラー」とは百瀬のことを指しており、百瀬の持つ洗脳能力は確かに、人間にとって非常に危険かつ、有害な代物であると考えていた。百瀬自身がどれほど善良で信頼できる人物であったとしても、ルーラーという存在とは距離を置くべきだと。
そういうわけで、リンダはゲシュタポ計画の目指す、閃光を浴びた者たちの組織化という目的には賛同しつつも、百瀬とは距離を置き、彼のことを観察した方が良いという結論に至った。
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リンダは天野雪との会話のあと教室に戻り、百瀬の提案したゲシュタポ計画についての議論の成り行きを見ながら言った。
「イヌイ、この流れは悪くない。だけど僕らは少し距離をおいた方がいいな」
「どうするつもりだい?」
「考えがある」
リンダは、計画の詳細について議論が及んだ頃を見計らって、白川と百瀬に相談を持ちかけた。内容は、彼とイヌイ、そして数名の者を、特異な能力を使って犯罪を犯している者の捕獲を目的とする「犯罪者担当班」として活動させてほしいというものだった。
百瀬は言った。
「ちょうど、その役割を担う人が必要だと思っていたところでした。しかし本当にあなたたちに任せてしまっていいのでしょうか?」
「大丈夫です。私の未来予知能力はこれをやるのに適していると思うんです。それにキン肉マンの相棒もいますし」
「それでは、お願いしよう。申し訳ないね、リンダくん、イヌイくん。危険な仕事を任せてしまって。何か助けや困ったことなどあったらすぐに教えてほしい。きめ細やかに情報を交換し合いましょう」
こうして、リンダとイヌイの2人は、自由に行動ができ、かつ計画に参画するモルモット達に対する発言力や関係性を維持できるようなポジションを確保することができた。
また、これによってリンダとイヌイの2人は、狙い通り百瀬からある程度の距離を置くことに成功したのだが、彼らが「犯罪者担当」を名乗り出た理由の一つに百瀬を危険視しているという事実があることを、他のモルモットたちはもちろん知る由もなかった。ただ一人「コミュニケーター」であるユウを除いては。
リンダも、ユウが自分の能力に興味を抱いており、ずっと思考を読み取られていることに気づいていた。それでも止めずに思考を続けたのは、ユウがリンダとイヌイの2人に付いてくると確信していたからである。
リンダは、百瀬と白川への相談を終えると、ユウに向けてのメッセージを頭に浮かべた。
「ユウちゃん。人の頭の中を盗み見するなんて、あまり褒められた趣味じゃないね」
「あなた、あの百瀬って人を信用していないの?」
「彼の力があまりに強力だから、距離をおいたほうがいいと思っているだけだよ」
「なぜそれをみんなに言わないの?」
「このゲシュタポ計画ってやつは実行されるべきだからだよ」
「みんなを身代わりにするって訳?」
「そう言われると聞こえが悪いな。僕はその代わり、危険な犯罪者を捕まえる役目をもらったよ。こっちの方が重要だし危険だ」
「正直に言うと、私も洗脳は怖い」
「僕らのチームに入りなよ」
「でも私は別に何にも関わりたくないの」
「犯罪者担当班に入っているってだけで他の責務には関わらなくてよくなる。この後、役割分担がなされるだろうけど、毎週集まったりとか、電話のやりとりがあったりとかめんどくさいことが増えるよ。それに君の能力はものすごく便利だし、学生だから色々と頼まれることが多くなると思う」
「うーん」
「それに僕らのチームに入っても危険な目にはあわせないよ」
「じゃあわかった」
リンダはユウに向かってウィンクをした。ユウは肩をすくめた。
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この後も、教室では2時間にも及ぶ議論が続いたのだが、リンダとイヌイ、そしてユウの3人は途中で退席し、渋谷へと向かうことにした。アシッドボーイに会いに行くためである。
「百瀬さん、白川さん。どうしても今日中にやらなければならないことがあるので、我々3人は先に出ますね」
「どこへ行くんです?」と百瀬は尋ねた。
「いま話題になっている不審死があるでしょう。その犯人を捕まえるために必要な男がいましてね。その人に会いに行くんです」
「天野さんから聞いたんですか?」
「はい。誰よりも先にこの犯人だけは捕まえた方が良さそうなんです。すぐにでも動き出さないと」
「そうですか。でもどうやって捕まえるつもりですか? 捕まえてからどうするかも考えないと。警察に渡すことはできませんよね。そうなってくると我々も法を犯さなければならなくなる」
白川は心配そうな顔でこう言った。
「何も君たちだけで行く必要があるかな。我々も付いて行った方がいいんじゃないか? いくらイヌイくんが強いと言ったって、これはただのケンカじゃないんだし、何が起こるかわからない」
イヌイが言った。
「これから会いに行く人がいれば大丈夫なのだそうですよ」
リンダはうなずいた。
「犯人を捕まえる際には、いずれにせよ百瀬さんのお力を借りなければならないと思っています。百瀬さんに命令してもらって行動を操作するより他ないと。ただ、それをするにしても、用心棒はたくさんいた方がいい。イヌイの他にもね。これから会いに行くのは、それに最適な人物です」
「なるほど、それはどなたですか?」と百瀬が尋ねた。
「山村くんです。彼の協力を得て、明日の夜には犯人の元に行きたいと思っています。百瀬さんもその時には一緒に来てほしいのですが、大丈夫ですか?」
「わかりました。犯人の身元はもうわかっているのですね?」
「はい、タダキョウという男です」
「今日、あなたたちが山村くんに協力を依頼する。明日、我々4人と山村くんの合計5人でタダキョウのところへ行く。それでいいですか?」
リンダはうなずいた。「明日についてはまた連絡します。LINE教えてもらってもいいですか?」
リンダ、イヌイ、百瀬、白川の4人はLINE交換をした。ユウはその輪には入らなかった。LINE交換が終わると「犯罪者担当班」の3人は教室を後にした。
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