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できたぞと呼ばれたのはそれから十五分くらい後だった。さすがにのぼせそうになっていたから助かった。ただ風呂で待っている時間としては長かったけれど、服を作るにしては短すぎる時間だ。
どんなもんかと着てみれば、リクエスト通りのものになっていた。
「これ、どうやって縫製したんだよ」
「なに、別に手で作ったわけではない。魔法で縫合したのだ。時間があればきちんと、人間と同じ手法で作ることもできたのだがな、今回はそれで我慢したまえ」
結局魔法を使っているのか。とはいえ風呂を作ったことといい、服といい、器用なオッサンだ。大丈夫だろう。長年生きていると多才になるのだろうか。多趣味は、性格からみてわかるけれど。
風呂上がりに、先に作ってもらっておいた木のコップで水を飲む。これは川から持ってきた水だが、自分で魔術を使って空気中の水を集めて飲むこともできるらしい。ほこりとかが混ざって汚いんじゃないかと思ったが、集める段階で水以外のものをはじけばきれいな水になるそうだ。まあ、そもそも現代日本に比べると空気のきれいさから段違いなんだろうが。
特に森の中で、他に生物もいないこともあってこのあたりはマイナスイオンがあふれていると感じるような空気だ。実際溢れているのは魔力なのだが。
「そういえば、あんた水は飲めるんだよな?」
「ああ。水分程度ならば魔力と一緒に体内に取り込める」
「それって不純物とか入ってたらダメなわけ?」
「不純? 水と魔力以外のもの……という意味ならば、別に可能だ。昨日も薬を飲んだだろう。固形物を体内で消化することができないだけで、液体ならば基本問題はない」
じゃあ果汁とかならば問題ないのか。スムージーくらいのドロドロ感はどうなんだろう。今度果物が手に入ったときに試してみるか。野菜もあるだろうか。実際探しに連れて行くのはオッサンなので、リクエストしなければならないが。
温風を頭に当て髪を掻きまわしながら、考える。
まずは果実を探して、それからその場で気付いたかのように、ジュースにすれば飲めるんじゃないかと問う。初めから考えて探しに行ったと知られるのは気持ちが悪いからな。
ミキサーをどうするかが問題だ。この、風の魔術を応用すればかまいたちなどでできそうなものだが。蓋のできる容器に果実を入れて、密封状態でかまいたちを吹き荒れさせれば、ミキサー代わりにくらいはなりそうだ。
「それが『どらいやあ』か」
「うん。髪はこうして乾かさないと痛むって…………誰かが、言ってたんだよ。女子は気にするんだと」
誰が言ったのかは思い出の範囲なのだろう。まったく思い出せなかった。母親か、女のきょうだいが居ればそれかもしれない。もしかしたら彼女や奥さんの可能性もある。享年さえも覚えていないので、そこは想像に任せるしかない。彼女ならいいなあ。
「きみの美しいはちみつ色がくすんでしまっては大変だからな。しっかり乾かしたまえ」
「へーへー」
気障ったらしいセリフをよくも素面で吐けるよなあと、内心唾を吐きたい気分で適当に相槌を打つ。もらった体の髪がきれいなのは、納得できるからだ。
中身は男の俺でも、容姿は美少女だし髪は絹のように細くきれいだ。なので、面倒でも手入れはしなければという気になる。どんなにずぼらな人間でも、この状態を崩して汚くなろうとする奴はいないんじゃないだろうか。
指先で髪を掬い上げる。オッサンの言う通りはちみつのような色だ。腰くらいまで長さがあるので、髪留めが欲しいところである。
脱衣所で乾かし終わると部屋に戻る。そこからは読書の時間だ。体をきれいにしたのにこれから汗をかくようなことはしたくないからである。
ベッドに戻って続きの本を読み始めると、オッサンも特に何も言わずにソファで読書を始めた。
「あんたは何読んでんの?」
「以前の世界の魔術の基礎書だ。仕組み自体は知っているが、こういったものは自分には必要がないためあまり深く読み込んでこなかったからな」
「私のためか」
「そうとも」
わざわざ教えるために復習をしているのだと、謙遜のかけらもない調子で答える。国民性……というか種族性の違いだろうか。しかし感謝はすべきところなので、素直に「そりゃどうも」と返しておく。語調はやや素直な気持ちを伝えるのを阻害したが。
「明日はどこに行くかな。何かやりたいことはあるかね?」
「あー……果物とか、野菜とか食べたいかな」
「ふむ。南の森ならば果実の生っている木があったな。食べられるものかはわからんが行ってみるか」
「あんたも知らないことがあんの?」
「そりゃ、あるさ」
自分が食べられないものを食べられるかなんてわからないのを筆頭に、知らないことだらけだとオッサンは言う。まあ、このあたりから出るのは呼吸の関係で難しいのだろうし、外からもここの魔力の強さのせいで何も入ってこないとなると、情報は制限されるのだろう。
亜空間で拾いものをして、家を建てたりクロスを作ったりするのがこの男の楽しみだったのだ。
「他の人間と話したりしたことはないのかよ? 一応、少しの間なら人間の居るところまで行けるんだろ?」
「きみ、さては勉強に飽きてきてるな?」
「うっ」
次々質問していると、じろりと睨まれた。別に眼力に怯えたのではないが、半分図星なので言葉に詰まる。本を読むことに飽きてきているのは本当だ。実践派なのだ、俺は。
「飽きたならば寝なさい。時間は嫌というほどにあるのだから」
言うなり照明が落とされる。なぜか、無駄に夜目が効くので周りが見えなくなるほどではないが、本に書かれた文字を追えるほどではない。魔力で浮いて光る仕組みの照明は、すでに沈黙し地面に下りた。浮いているのは俺のベッドだけだ。
足がないので足音は立てずに、オッサンは階段を上る。律儀に一段目から登っているのだから、その浮遊能力はなんのためにあるのだと思う。
「おやすみ」
一言だけ残して、今日は部屋に戻る。昨日は俺が眠るまでは確実に風呂の工作というか、建設に勤しんでいたからな。
月明かりの入ってくる部屋の中、布団をかぶって目を閉じる。まだそこまで眠たくない。
そういえば、風呂は作ってくれたけれど結局トイレは作ってくれなかったなと、ぼうっと考えているところで気になった。いや、俺、ここにきて一度も排泄してなくないか。
食事はしたのに排泄はしていない。まず便意さえこない。もしかして、この体トイレに行かなくていい身体だったりするのか。どうなってんだ。アイドルか。アイドルではなく神様か天使と同じような体なので、ありえなくはない。
オッサンのことを言えない。俺が人外だ。人間ベースとはなんだったのか。
だとすれば飯も別に必要ないのだろうか。明日オッサンに言ってみようか。いやでも、食べられることを羨んでいた相手に、必要ないから食べないとは言い難い。部屋で本を読んで勉強よりも、今日のようにいろいろ動き回る方が楽しかったので、しばらくは採集と食事を楽しもう。
時間は言われた通り、きっと嫌というほどにあるのだから。




