15・落着
「ふむ。脈ありか?」
「あるかクソジジイ。つか、なんでお前そういう人間っぽい言葉使うの?」
「誰がクソジジイだクソガキ」
初めて名前を呼ばれたことと、魔女が自分の名前を憶えていてくれたことに感動を覚えていたアスマは舞い上がるような気持ちで居たのだが、残念ながら上がる間もなく突き落とされた。
まだ傷は浅いと態勢を立て直そうとするけれど、偶然目が合ったエアリが鼻で笑うような顔で見ていたのが追い打ちとなって深手を負う。姫なのに、その表情はどうなんだ。
そんなやりとりを一通りして、仕切りなおして席に戻る。
魔王制度は辞めることが決まり、魔女の精神的安寧のために対処を打つことも決まったけれど、まだ詳細は全く決まっていない。しかし時間は有限だ。二人とアスマだけならば構わないが、エアリを長々この場に居させるわけにはいかない。姫様なのだから。
それに、早めに手を打たなければオースグラットとバスアトとの関係が悪化するかもしれない。あまり茶番に割いている時間はないのである。
「さて、落としどころを探さなければならないわけだが」
「ん。魔王の脅威はなくなったことと、オースグラット王国に魔王との関わりがないことが周知されること……あたりが妥当かな」
魔王カロンの目配せで、リリアが答える。カロンはリリアの回答を聞いて頷く。そのあたりが、リリアが干渉しても傷つかないだろうラインだ。
前者は容易だ。魔王の脅威など魔王が人前に現れなければそれでいい。百年くらい家に籠っていれば、人々は魔王の存在など忘れおとぎ話にするだろう。この世界の人間の平均寿命は、かつてリリアやカロンが居た世界の人間と比べてそう長くない。外出するにしても、容姿さえ誤魔化せば二人の魔力で魔王と魔女だと気付く人間などいるはずもないが。
ただ後者は難しい。一度魔女とオースグラットは、王宮兵士を援護に派遣するという形で、正式に関わってしまっているのだ。少なくともその情報は、バスアト本国には伝わっている。
たとえこの王宮からの援護が正式なものでないと国が否定したところで、難癖つけて付け込む隙があるならばその時点で目的には達さないことになる。
「我が国が攻め入られる可能性は高くないと思いますが……」
「多くなくとも、以前より可能性が増えたらダメなんだよ。それに、なんだっけ、政治的圧力とか掛けられて、交易に不利が出るかもしれないし」
借りてきたような言葉を使って懸念事項を増やそうとするリリアに、カロンはこっそりため息を吐く。経験という名目のトラウマも相まって、考えすぎるきらいのある弟子に、師は何を言うつもりもなかった。適当な落としどころを自分の中だけで考える。口に出すのはリリアの思考が行き詰まり、自分の考えで丸め込めると思った段階になってからだ。
しかし、すべてを平等に済ませたいリリアとも、立場上下手な提案ができないエアリとも、リリアのことしか考えていないカロンとも違う者が一人この場に居た。
「なんで、関わりをなかったことにしないといけないんだ?」
アスマの零した疑問に、三人の注目が集まる。
「オースグラットを守るために決まってるだろ。うまく折り合いをつけて元に戻さないと……」
「堂々と守っちゃだめなのか?」
「え?」
アスマはぽかんとするリリアに、彼女らの話を聞いていて考えていたことを話す。
「守るなら、後ろ盾に魔王と魔女が居ることを知らせる方が手っ取り早いんじゃないか? オースグラットに手を出さなければ、魔王はどこにも手出ししないって条件がある方が他の国もわかりやすそうだし」
普通の、平和な世界で男子高校生として生きてきたアスマからすれば、折り合いだとか、元に戻すだとか、そういった回りくどい考え方こそ疑問だった。守りたいなら庇護すればいい。
魔王が人類の敵であるなら、国と関わりがあると思われるのはまずいだろう。しかし、魔王が人類に関わらないのならば、別に個人的な交友関係があってもいいんじゃないか。懸念事項が、オースグラット王国が攻められる可能性ならば、純粋な味方になって守ればいい。
「いや、でもそれだと他の国との折り合いが……ん、あれ?」
「なるほどな。その小僧の考えの方が、この場合良いのかもしれん」
混乱しているリリアを尻目に、アスマの考えに初めに賛同したのはカロンだった。腕を組み、納得したように頷いている。説明を求めるようにリリアはカロンを見る。まるで教えを乞う生徒のようだ。
「非国民問題という多国に関わる前回と違い、今回きみの守りたいものはオースグラットという、きみの恩国である一国だけだ。一国に付くことに何の問題がある。元よりきみはこの国に守られているのだから、説得力もある」
その生徒を丸め込むように師匠は教える。リリアの前提に沿って方法を模索していたカロンにはない発想だったが、アスマに言われて考えれば使える方法だ。元のリリアを知り、今回手助けを出してきたかの国を守る。ただし自分からはどこにも手を出さずに。
これ以上ない、リリアの傷つかない方法ではないか。国の長が政治や戦争のだしにリリアを使おうとするならば自分が牽制すればいいし、魔王の脅威も力も知っている中、それを倒せと兵を出すバカはいないはずだ。たとえばこれが、現在バスアトに攻め入られているような小国ならばまだしも、交易面でオースグラットは多くの国と同盟を結び、国交を持っているのだから。
居たところで、リリアにばれないように自分が早めに動いて始末を付ければいいのだし、と魔王のようなことを考えるカロンの思考を知らないで、リリアは混乱していた。
「でもそれだと、元の落としどころから外れるから……」
「前回だって、初めに考えていた落としどころなど無視して、全部うやむやにしたろう。同じことだ」
「でも、それだと贔屓になるし」
「贔屓しちゃダメなのか?」
もはや自分が何を心配しているのかわかっていないような様子のリリアに、アスマは本気で問いかけた。なんで、この子は自分を敵に回そうとした国と自分を守ろうとした国を平等にしなければならないと考えているのだろうかと。
彼女は神でもなければ、もう世界の敵でも、世界の指南役でもないのだ。
リリアが自身の顔を手で覆う。考え込むように小さく唸って思考をまとめているようだ。自分で混乱していることに気付いたらしい。
自分は何を不安に思っているのか。手で作った暗闇の中で答えを見つけるのに数分かかって、消え入りそうな声で誰にともなく、呟く。
「失望されないかな……」
その声色に、どこか自分と似たようなものを感じてアスマは首を傾げた。言っている内容をアスマはわからない。エアリも、同じく。
ただ二百年来の付き合いの親代わりは当然わかって。
「されるものか。あの子も、いつだってきみのことしか考えていないだろうが」
カロンの答えを聞いたリリアはまた一分ほど黙って、うん、と相槌とも独り言とも唸り声ともつかない声を出してから顔を上げた。その目は納得したような色になっている。
「エアリも、それでいいか?」
「私は、魔王様や魔女様と今後も縁を持ち続けられるならばこれ以上はありませんわ」
「あと、オースグラット王にも聞かなきゃな。さすがに、勝手に結構できないし」
「断られる前に強行した方がいいのではないか?」
「どんな悪党だ、それは。つか、何代も前の王の弟の遺言持ち出して援軍寄越すような奴が断るかよ」
「断られないとわかっていながら問うのも、善良とは言い難いと思うがな」
ひとつ決まればとんとん拍子だ。王に許可を取ったあとは、オースグラットから世界にすべての真実を公表する。この国は魔王と魔女の庇護下にあると知らしめて、安全を確保。その上で魔王も魔女も基本は無害であると知らせる。
後のことは何も決めない。守るものが大きな一国とはいえ一つな以上、後手対応でもなんとかする力はある。
前回と同じ轍は踏まない。
「アスマ」
肚を括りすがすがしい顔をしたリリアはアスマに振り向く。ふわりと揺れた金髪にアスマの胸が高鳴っていることに、彼女は気付かないのだろう。
「ありがとう」
けれど彼女の感謝の言葉と笑顔に、アスマは報われた気がした。ずっと見たかった笑顔が、ここにあった。
「ああ」




