14・したいこと
到着した先はいやに現代的な家だった。テレビでお金持ちの別荘として紹介でもされそうな大きなログハウスは、とても魔王城には見えない。
森の中心、他よりも魔力濃度の高いこの場所が魔王の城にして魔王と魔女の家。家に入ればしゃれたソファやテーブルが置いてあり、なぜか宙を半球体の籠が飛んでいた。階段が上と下に向かって伸びており、地上二階地下何階かとアスマは困惑する頭で考えた。
「魔王城には見えないだろ」
ソファに座るようアスマとエアリを促しながら魔女が肩を竦める。彼女にもその自覚はあるらしい。
エアリはこちらには初めて入るようで、周りと物珍しそうにきょろきょろと見回している。実際エアリが居たのは牢という名の別棟なので、ここに入るのは初めてなのだ。
「さて、まず勇者とエアリ姫には礼を言いたい」
全員が座ると、自分で用意した茶を一口飲んで、魔王が言った。
「きみたちが居てくれて助かった。でなければ、これは一人で世界を敵に回せばいいなどと考えていたようだからな」
じとりと魔女を睨む魔王。彼は魔女の考えていたことをすべて知っている。それが頭突きの効果だと二人は知らないけれど、魔女の考えを自分たちと共に魔王も否定してくれたことに安心する。
ただ、自分が殺されかけたことなど忘れているような謝礼はアスマにとって居心地の悪いものだが。魔女もそうであるが、順番が理由なのか、アスマの起こしたことを忘れているのではないだろうか。
さすがに問う度胸は、まだ男子高校生であるアスマにはない。
「魔王様、これからどうなさるのですか?」
自分の前に置かれたカップに口を付け、エアリが真剣に問う。これからの話。魔王が復活した以上、同じことを繰り返せる役者は揃った。けれど、今までとは状況が変わる。魔女は世界から魔王の仲間だと疑いを掛けられている。オースグラットは、その魔女に加担した。
そして、その国の姫は人類の敵を魔王様と呼んでいる。
今まで通りにはいかない。
「これが土地全体に魔力を注ぎ込むことで叩き起こされはしたが、魔力を得て動けても実際の今の私は本調子ではない。この土地では動けるが、魔力の薄い人間の里に出向くことはできない」
先ほどの戦いというには一方的な蹂躙を思い出して、あれで本調子ではないのかとアスマは身震いした。勇者アスマの戦っていた魔王は、本気など微塵も出していなかったのだろう。負けるための一連の演技だった。死にかけたのだって、殺陣の途中に相手が死ぬ気で切りかかってきたから意表を突かれてしまっただけのこと。
わかっているし、仕方ないとは思うが、悔しいことだ。
「だからといって、これを魔王に仕立て上げる気はない。役者が揃わなくなるのだから、魔王だけ新しく配役したところで意味はない」
魔王はエアリへの説明を通して理由を伝えたところで、魔女へ向いた。勇者と姫の存在を忘れたかのようにまっすぐに弟子へ。
「いい機会だろう。もう辞めよう」
「……でも」
「きみが泣いてまで頑張ることを、彼女が望むと思っているのか」
厳しめの声に、魔女の肩がびくりと揺れた。視線は魔王に向かず、目は伏せられている。金の、はちみつ色のまつ毛が震えているのだけが見える。
「きみは今回徴兵された者たちを非国民だと認識したようだが、徴兵されたのは“国の民”だ。国民だから徴兵されたのだ。きみたちの目的は、とうに達している」
最初は“非国民”という制度が「どうしても許せなくて」魔王制度を作った。魔王は、差別という問題をなくすことはできなくて、ならばうやむやにするためにと用意したただの共通の敵だ。
いつしか忘れていた目的は、とうの昔に達成していた。
「争いたいのは人間の勝手だ、きみが心を痛めることではない。きみが関わるべきことではない。あれは、人間のしたいことなのだから」
戦争をさせないために復活させる魔王。しかし何度復活させても、人間は争う。間隔を狭めながら。始まらない戦いを堪えることができなくて。
いつからか変わっていた目的は、人間にとって望まないもので、本当は魔女も望んでなんていなかったこと。
「八つ当たりならば構わない。けれど、傷ついてまでしている今の平和の維持にきみの意志はないだろう。もうこれは、きみのしたいことではないのだ」
彼女の考える平和な世界はとうの昔に破綻していた。
魔女を見つめていたアスマは、それまで流れるように続けられていた言葉が一拍不自然に置かれ、不意に魔王を見た。不用意に魔王を見た。
彼の目は自分の庇護する少女しか見ていなかった。
「私ももう、きみに師と呼ばれるのは飽いた。もうやめて、私をカロンに戻せ。リリアレイン」
魔女は、少女は、リリアレインは、魔王の、保護者の、カロンの願いに頷いた。
魔女の同意に魔王はほっとしたように小さく息を吐いてカップに口を付ける。
アスマはその人間のような表情を見ながら、同じように安堵できないでいた。
魔女を守りたいのは本心だ。その想いは魔王と重なる。しかし、それだけでいいのだろうか。彼らの用意した魔王の脅威を人間に残したままでいいのだろうか。
魔王制度ができたのは人間の行動が原因だ。しかし、事を起こしたのは魔女と魔王の勝手である。勝手に人間を平和にしておきながら、彼らは勝手に辞めるというのだ。
つい先ほどまでならそれでもよかっただろう。魔王の脅威はなくなった。魔女はそれに反論して人間に造反の疑いを掛けられる。それに嫌気がさし、魔女も人間の世から姿を消す。
けれど今は状況が違う。魔王の復活を見てしまった者が居るのだ。そして魔女が彼の味方で、一国の姫が魔王のことを慕っていると知られている。オースグラットとバスアトは今後敵対するだろう。このままでは居られない。
今この時は、魔王が復活して前と同じようにできないのと同様に、魔王が勝手に居なくなることができない状況のはずだ。
それをこの魔王はわかっているのだろうか。わかっていて、敢えて弱っている魔女に何も言わないのかもしれない。彼にとって重要なのは魔女で、人間ではないのだから。
魔王の視線が向いているのは魔女にだけだから。
「ダメだ」
「え?」
気付くと口からこぼれていた。突然向いている方向を違えた勇者に、三人分の視線が集まる。
けれど、だって。人間の事情を無視して人の目から離れて生きていくことは魔女にとって正解になるか。そんなはずはない。これほどまでに人間のことを考えて生きてきた魔女だ。二百年も、彼女は人間に尽くしてきた。自分たちの始めた行動をやめた後でも、人間同士が争えば彼女はきっと、傷つくことになる。
「俺も、砂丘の魔女がこれ以上傷つくのは見たくない。でも、ここで全部投げ出して、人間に関わるのをやめたら、魔女はきっと後悔する。自分たちが始めたことは……自分たちで責任をとるべきだ」
顔を上げて主張したアスマの顔を三人が見ている。目を瞬いている彼らに途端居心地が悪くなって、アスマは視線を逸らした。大きな窓から塔のような建物が見える。
「と、思うん、だけど」
「あ。いや、別に否定してるわけじゃないよ。大丈夫、ちゃんとアフターケアはするつもりだから。じゃないと、これきっかけでオースグラットが攻められたりしたら、その」
「これが更に傷ついて、私が人間を滅ぼす羽目になるからな」
「滅ぼすな」
口から出た時は勢いだったけれど、意を決して述べた主張。それを下手に濁したところでフォローするように入れられた「初めから考えてる」という反論に、アスマは穴があれば入りたい気分に駆られた。
恥ずかしすぎる。威勢よく魔女の今後を考えて発言をしたのに、既に相手は想定済みだった。しかも、気まずそうにフォローされた。勇者のメンタルにクリティカルヒットだ。
「魔王様が、魔女様のことしか考えていないようだから勘違いされたのでは?」
「私は確かにこれのことしか考えていない。だからこそ、今勇者の小僧の言ったことくらい想定している。でなければ、二百年もこんな茶番に付き合っていない」
「魔王様、それは追い打ちですわ」
「にしても、この勇者はやけにリリアのことを気にするのだな? 優先順位が世界よりもリリアにあるような口ぶりだ」
「それは、この勇者様が魔女様に恋心を抱いているからでしょう」
「恋心。はあ、はあぁ。なるほど、それは厄介な」
「もうやめてやれよ」
魔王とエリアによる更なる追い打ちに次ぐ追い打ちに、勇者は虫の息となった。本人に知られている恋心ではあるけれど。周りにも隠していない恋情ではあるけれど。それをここで暴露されるのはあまりにも酷だった。魔女本人が制止をかけるほどに。
それが更なる追撃になると知らない魔女は気遣うようにアスマに苦笑を見せ、どうどうと背中を叩く。周知の恋心を持つアスマはそれに心臓を高鳴らせるのも、彼女は知らない。
眉を下げて微笑む魔女を見る。氷のような無表情や、作った「世界の指南役」の――砂丘の魔女の顔ではない、素の彼女の顔。
「リリア」
ぽつりと、先ほどから耳につく魔王の使う呼称を呟く。
「ん?」
それに魔女は、自分が呼ばれたように首を傾げた。リリア。リリアレインといったか。
「それが、あんたの名前か」
今まで聞いてさえこなかった彼女の名前。きれいな名前だと名前の由来を知らないアスマは思う。こことは異世界から来ているアスマからすれば、百合の雨という意味を持った名なので。
「ああ、うん。そう。リリアレイン」
久方ぶりに自分で自分の名を口に出す魔女は、些か照れながら自己紹介する。
「改めてどうぞよろしく、勇者アスマ」




