12・防戦
アスマと魔女が気付いたのは、同時だった。アスマは気付くと同時に兵士たちの前に出て、剣を構えた。火の矢を切り落とせる腕前があるとは言い難い。勇者とはいえ、元は普通の男子高校生だ。けれど、勇者としての経験が働いて前に出てしまった。
実戦経験は、実のところ足りていない。魔王を封印するためした訓練は、一対一のもので、魔術に対するものだ。物理的な火の矢への対策は、叩き込まれていない。
アスマが前に出ると同時に、一陣の風が、火の矢とアスマの間を吹き抜けた。火の矢は直後、地に落ちる。
敵襲であるのは明らかで、兵は全員身構える。敵は、一歩たりともこちらに近づいてこない。
すぐに第二撃が放たれる。そして二撃目には火の矢だけではなく、砲弾が混ざっていた。
「くそ!」
それらもまとめて魔女が止めるが、魔力を含まない攻撃は明らかに魔女対策で放たれているものだ。
バスアトの侵攻なことは明白。魔女の結界の外、木で目視できない位置からの攻撃。これで仕留めるつもりはないが、弱らせる狙いなのだろう弾丸の数。
この国において砲撃戦は主流ではない。魔術を使った方が圧倒的に便利で、費用が掛からないからだ。よって、人々は魔術を使わない砲撃から身を守るのに慣れていない。それは魔女も同様だった。
更に魔女はその場から動けないでいた。相手は気配を隠す魔術具を使っているようで、どこに、どれだけいるのか正確に把握ができない。魔女一人ならばこの場から離れて敵を攪乱することも可能だろう。その気になれば、自分への攻撃などすべて防げる。
しかし、エアリやオースグラットの兵が居るため魔女は攻めあぐねる。この場から離れれば兵たちに被害が出るかもしれない。魔術で守ろうとも、相手の攻撃がどの程度のものなのか、索敵できていない状況ではわからないのだ。魔力探知による把握は完全ではない。鉄塊にそれらは通用しない。
「勇者、動くな!」
「でも!」
守りに徹して動けない魔女に、アスマが前へ出ようとする。この場において魔女の次に強いのはアスマだ。だから、アスマは魔女が守っている間に敵へ向かおうとしていた。
ただ魔女はそれを察知し、即座に止めた。相手が何を隠しているかわからない以上、アスマは向かわせられないと思って。
「守られるだけなんて、俺はごめんだ!」
「勝手に動かれたらこっちに迷惑だ! 相手はお前も死んで構わないと思ってんだぞ! お前はどうだ!?」
魔女に怒鳴り返され、アスマはぎくりとした。
相手は魔王ではなくバスアトの兵。しかも、もしかすると一般兵ではないかもしれない。もしかすると、魔女の守ろうとした元非国民かもしれないのだ。
完全に足手まといになっている。
多くの兵を引き連れてきたアスマたちは、魔女の荷物になっていた。バスアトは魔女が人死にを見過ごせないのを看破しているのだろう。だから、こんなにも早急に攻めてきた。
オースグラット兵が居るときに襲ってきたのも作戦のうちだ。一人ならば、魔女は反撃もできるし逃げることだってできる。一歩で何千キロもある国を跨ぐ魔術の使い手なのだ。
ひとつ気付けば連鎖して次々に気付く。自分たちの、失敗に。嫌な勘ばかりが働いて動けない。
「魔女様! このまま敵の攻撃を防いで後退しましょう、矢の届かないところまで下がれば、湖からこちらには入ってこられないのでしょう!?」
場を切るように、ひとつ高い声が戦場に響いた。
大きな声は魔女を冷静にさせるためのもの。エアリの声は、森に響き魔女へと届いた。驚いたような顔をした魔女ははっとすると、冷静さを戻しエアリの案を吟味する。この場では、そうするしかない。殺したくない魔女では現状敵を無力化できないのだ。
「わかった」
「ええ、全員このまま先へ進みましょう!」
姫の号令で兵士たちは動き始める。
「攪乱する、全員合図で一瞬目を閉じてくれ」
アスマが合図をして光を放ち、相手の視界を奪うように弾けさせた。光の魔術。アスマの得意とする魔術で、魔力を見る魔王には使いどころのなかった技だ。元の世界の閃光弾で思う付き魔王戦では戦略上使うことのできなかった術は、兵器を使う人間相手には効果を持つ。
弾けた光に相手の攻撃の手が一瞬緩んだ。その間に全員撤退をしようとしたのだが、魔女が足を止めた。
上がる黒煙。火の赤。焦げたにおいに。
即座に思い出すのはこの場所は森で、火を使うのには適さないということ。
足を止めた魔女がすぐに水の魔術で滝のような大雨を降らせる。しかし、次の火の手が少し離れたところで上がった。逃げれば森を燃やす。木の隙間から上る煙はそれを魔女に伝えていた。
「魔女様! 先に逃げましょう、すぐに全てには燃え広がりません!」
数百メートルの下がれば矢も弾丸も狙って届かない場所へ行ける。火を止めに行くのはその後でも間に合うはずだ。数十秒で森が全焼するはずないし、魔術を使えば火を消し止めるのに時間もかからない。
しかし魔女は、エアリの声に反応を示さなかった。
目を見開いている。呼吸は浅く、手のひらは胸のあたりを握りしめている。視線はひたすらに炎に向けられていて、少しでも火の気配がすれば過剰ともいえるほどの雨を降らせる。そのうちに湿気てどこにも火が付かなくなるのではないかというほどに。
しかし魔女の足止めが狙いの敵にとっては火の手は攻撃手段ではない。すぐに次の砲撃が飛んでくる。まだ、オースグラット兵たちは届く位置に居る。
誰もが守られているだけではない。少しでも距離ができたぶん全員避けようと身構える。そして備えた彼らに向かった攻撃を、魔女は全て叩き落とす。
「魔女、もう少し後退すれば自分たちで避けることもできる。火を消したいなら見える位置で、もう少し下がろう!」
アスマが肩に触れて魔女へ声を掛けると、魔女は息を飲んで振り向いた。まるで、今までアスマが見えていなかったかのように。
「大丈夫、私の魔力が尽きるより、相手の弾が尽きる方が先のはずだ」
けれど脳は一応機能していたのだろう。持久戦なら勝てると魔女は言う。しかし魔女が疲弊しているのは誰の目にも明らかだ。必要のないところまで一人ですべてをカバーしている。
「魔女様! 我々は大丈夫ですから、ご自分の守りをなさってください!」
「大丈夫。ちょっと、集中してるから黙ってて」
見かねた兵の声も届いてはいるが、魔女は守ることをやめない。このままでは、魔女が危ないのではないか。
それは、魔女が倒れたら自分たちの身が危ないという保身から出た考えではなかった。誰もが、彼女の心配をしていた。目の前で自分たちを守ってくれているのは、実際はどうであれ、細腕の少女なのだ。
「これじゃあ、どっちが悪者だ……!」
舌打ちしてアスマは構える。アスマなら、この距離で敵を攻撃できる。彼女を守るため魔王をも倒したのだ。相手は自分たちを殺そうとする敵。ならば、倒してしまっていいのではないか。
攻撃姿勢を取ろうとしたアスマだったが、それさえも、魔女は阻んだ。
細い指がアスマの袖を掴む。
「魔女……!」
「私のために、お前が人を殺すのはダメだ。これは、私の落とし前だ」
そうして、それまで防御の姿勢を維持していた魔女は足を前に出した。アスマの前に出る。攻撃の的になるような位置取りに全員がたじろぐ。
「大丈夫、索敵も防御も済んだから」
しかし全員が何か言う前に、一歩動く前に魔女は三度目の大丈夫を口にした。
誰もその言葉を信用しなかったけれど。とても美しい彼女の顔はこれから攻めに転じる人間のする顔ではなかったから。
そしてもう一歩進んだ魔女は――それにぶつかった。




