11・遺言
鬱蒼と茂った木々の隙間から漏れる明かりを頼りに歩く。足元には、人里には生えていない薬草が目移りするほどに生えている。
魔王城に行く途中に通った道を思い出して、このような風景だっただろうかとアスマは視線を彷徨わせた。決戦に向かうため緊張していたのか。それとも魔女を救うという、今になっては明後日の方向である前を見て進んでいたため目がいかなかったのか。考えたところで、答えはわからない。
実際は、雰囲気を出すためにあたりを暗くし他に目が行って横道に逸れないように認識攪乱の魔法が掛けられていたためなので、答えなどわかりようもないのだが。
「この森を歩くのは、初めてですわ」
「そうなのか」
「ええ。危険だからと、牢からは出してもらえなかったので」
アスマとエアリは二人、魔王城を目指していた。
王に呼び出された二人に待ち構えていたのは、想定外の展開だった。思いつきようもない王からの指令。
「勇者。そしてエアリアクス第四王女はオースグラットの王宮兵士の一部隊を率いて、魔女の援護に迎え」
王ははっきりと魔女を守るように、二人に言いつけた。
詳しく聞けば、王は人払いさえせず、側近たちの前で二人に話を始めた。
バスアトの兵が砂丘の魔女へ強襲を掛ける算段を立てているという情報が入った。しかし、砂丘の魔女の家はオースグラット国内だ。砂丘の魔女へ攻め入るといっても国への進軍など看過できない。という建前があればバスアトが魔女を害するのを阻止することができる。特に魔女の弟子である勇者と、勇者ひいては魔女に助けられた姫ならば戦場に赴いても不自然ではない。
と、はっきりと建前などという言葉を使って。
魔女を守りたいのは自分たちだけではなかったのだ。
そうして二人は砂丘の魔女の家へ向かったのだが、家はもぬけの殻。家にいなければ魔女がどこに向かったのかと考え、本来の魔女の家にして魔王城のある森へ足を延ばしたのだった。
崖に沿って作られた道を上り、たどり着いた森の中へ足を踏み入れしばらくすれば、大きな湖に出る。ここまでの地図はオースグラットの書庫に収められていた。本来これほどに森の中枢近くにまで人が入ることもできないのだが、国を挙げて魔女を救うと決めた王は出し惜しみをしなかった。
瘴気を緩和する魔術具。この森ではアスマのように外部魔力に耐性の高い者以外行動できないのだが、この魔術具を使えば直径一キロほどの魔力を緩和できるのだ。それを使うことで、一つの部隊を引き連れたまま魔王城へ向かうことができている。
それは、敵であるバスアトも同じことだ。
「どうして来たのですか」
湖のほとりで一時休憩を取っていると、不意に声が響いた。全員、魔女の扱う移動魔術のことは知っている。揃って振り向けば、険しい顔をした魔女が立っていた。
「魔女様、やはりこちらにいらしたのですね」
「もう私に関わるなと、伝言したはずですが?」
「バスアトがこちらに向かっています」
二人が居ること自体には驚いていない様子の魔女は、森に入った時点で彼らが来たことに気付いていたのだろう。対するエアリも魔女の反応など予測していたように、向けられる怒りを無視して話を始めた。
「私たちは王命を受け、あなたを守りにまいりました」
「私に守られる必要があると? 第一、私がどうなろうとあなた方の国には何の関係もないでしょう。国を、娘を危険にさらしてまで私に助力する理由がありません」
「理由ならあります」
食い気味に言ったエアリの声は上ずっていた。緊張しているようで、肩口で切られた毛先はかすかに揺れていた。けれど、彼女の意志に揺らぎはなく。
「『たかが二百年程度前のことを、誰も何も知らないはずがないでしょう。貴女を遺して逝った貴女の友人が、未来の貴女を助けると言っているのです』」
魔女に向けた言葉は王から伝えられた言葉を一言一句違わずそのままのものだった。王は、魔女が二人を拒否することをわかっていたのだ。だから先回りして、彼女を説きふせる魔法の言葉を、エアリに授けた。
王から託された手紙を魔女に渡す。魔術で劣化していない手紙を手に取ると、魔女は大きくため息を吐いた。
「…………勝手な遺言残してんじゃねえよ」
王宮に大切に保管してある、王にはならなかったけれど国の優秀な王族の一人の直筆の手紙。アスマはその内容を見ることは叶わなかったが、魔女の表情で書いた相手が魔女と親しかったと窺える。
魔女は手紙をきれいに畳んでエアリに返すと、二人と、ともに付いてきた兵士たちを見た。
「協力してくれようという気持ちは嬉しい。でも、私のことは守らなくて構わない」
「魔女様!」
「別に、自暴自棄になったとかじゃないよ。ちゃんと策はある」
策。魔女の言葉を一度信じ、失敗したアスマはその単語に身構える。今度は間違えないようにしなければと、魔女を窺う。彼女がこれ以上追い詰められるようなことにならないように。
「難しい話じゃない。私が次の魔王になればいい。相手がそれを望むんだからな」
魔女は、けれど彼女を思う人間の心を知らない。
「私の正体を破ったからとバスアトへ攻撃もできる。多少人に恐怖を与えることになるかもしれないが、他の魔物を開放して私だけが敵となれば、常に怯える必要はなくなるだろう。あとはダークヒーローぶって適当に主観で悪い奴らを襲ってれば、悪さをすると魔女が来るぞなんて言い伝えられてちょうどいい塩梅になるんじゃないか」
「そんなことをしたら、あんたが一人になる!」
努めて楽観的に説明した魔女に、アスマは黙っていられなくて声をあげた。ぱちりと金の目が瞬いた。
「世界中の人があんたの敵になって、世界中の国があんたを倒そうとここに来るかもしれないんだぞ」
「ここには普通の人間は入れないし、私は誰かに倒されるつもりはない」
「そんなのわからないだろ。倒せないはずの魔王は俺が倒した。俺たちが魔術具を使ってここに来たように、他の奴らだってここに来られるようになるかもしれない。今も、きっとバスアトはここへ攻め入ろうとしてる!」
「ああ。もうそんな魔術具ができてるのか」
魔女はアスマの持っている魔術具を見ると、目を伏せた。途端に空から光が差す。
ざわりと兵士たちが揺れているうちに光は散り、そうして直後――アスマたちに大きな圧力がかかった。
息苦しいような感覚。何かに掴まれて足の一歩、指先一つ動かせないようなプレッシャー。寒気のする気配。今にも押しつぶされそうな力が、一瞬のうちに降り注いだ。
「っと、範囲を間違えた。悪い」
魔女が一言、謝ると同時に圧力から解放される。魔女が何かしたのは誰の目からも明らかで、全員の視線が魔女へ集まる。
「私の魔力でこのあたりの空気中の魔力を増やした。このあたりなら、ちょうど湖の外周を覆うくらいか。心配しなくとも……ここへだけは、誰一人立ち入らせない」
アスマ自身外部魔力に耐性があり、更に魔術具を付けているというのに、一歩たりとも魔女の方へ足を進めることはできない。これまで隠していたが、アスマなど手の届かないような強さを彼女は持っている。
「聞き分けろよ。わかるだろ、私はお前らと違って化け物なんだ」
「聞き入れてくれよ。俺たちはそれでも、あんたを守りたい」
「それは、本当に総意か?」
するりと魔女の視線が、アスマの後ろを流れるように見る。アスマは魔女を守りたい。それは本心だ。エアリもそうだろう。彼女は魔女の本性を知っている。
ただ、他の人たちは? 王に命じられてここに来た者たちは? そして、魔女に味方することで大国から敵とみなされかねない国民は?
王の真意を聞いてはいても、他との折衝のことなど聞いていないアスマは、思わず口ごもった。一瞬の動揺は魔女に悟られ、彼女は「だろ」と素の口調でアスマに言った。
彼女から見えている他の兵士たちの顔をアスマは見たくなかった。けれど否定するためにも次の案を出すためにもそうしないわけにはいかない。
振り返って、アスマは声をあげた。
「危ない!」
湖の外から迫ってくる火の矢を目視して。




