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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と砂丘の魔女
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3・修行と決意

「無詠唱で魔術を使う際は、魔力を自分でコントロールします。その分狙ったところに術を放てなかったり、威力が想定と違ったりするので、とにかく反復練習が必要なんですよ」


 アスマが砂丘の魔女と出会って、二週間が過ぎた。つまりアスマがこの世界に来てから一か月半が過ぎたことになるのだが、アスマは彼女と出会ってから「砂丘の魔女の家」で訓練をしていた。

 表向きの理由は、王宮では力はあれどまだまだ技術の拙いアスマを教えられる魔術師が居ないことや、要請があった場合すぐに他国に迎えることなどいくつかの理由があるが、実の理由はアスマが国に、彼女の元で学びたいと直訴したところにあった。

 砂丘の魔女に一目ぼれをしたアスマは、その後の道中も、王宮に帰ってからも頭から彼女のことが離れなかった。おかげで初の遠征任務はあまり思い出したくないような悲惨なものだったが、それが逆に上手く働き彼女の元で学べる運びとなったのだ。

 とはいえ、体術の訓練もあるし、そもそも砂丘の魔女の家は二人の人間がともに暮らすようにはできていないので一日中、住み込みで弟子入りしているなどということはない。

 この場所には昼に迎えに来た砂丘の魔女に連れてきてもらって、夕方に王宮に送り届けてもらうことになっている。健全な男子高校生であるアスマには、良し悪しといったところか。

 砂丘の魔女とは誰が呼び始めたのか。彼女の家は、確かに呼び名の通りの場所だった。

 周りは広く半径一キロくらいは草木の生えない砂の山で、中心にぽつんと家が建っている。その家も大きなものではなくて、魔女の自室と応接室兼リビング兼職場があるのみだ。形ばかりの庭もあるけれど、砂山の中心にある芝生の庭はどうにもミスマッチに見えて仕方がない。

 聞いた話によると、魔女がこの砂丘に住む理由は魔王が自身を封印する魔女の魔術を疎み、魔女を狙っているためだそうだ。この砂丘には魔女に対し悪意あるものを中に入れない術が施してあり、魔王が中に入れないようにしているのだとは、魔女自身に聞いたことだった。


「……そろそろ、休憩にしましょうか」


 アスマの訓練を庭に置かれたベンチで眺めていた魔女は小さく声を掛けて立ち上がる。そして家に戻るのは、お茶を淹れてきてくれるという合図だった。

 その場に座り込んで、アスマは空を見上げる。砂丘といえど、砂漠のように熱いわけではない。太陽は照り付けているが時折気持ちのいい風も吹く。

 すぐに戻ってきた魔女からお茶を受け取り、ベンチに座って一息つく。隣に座る魔女は、何を思っているかわからない顔で空を見上げている。あまり表情変化がなくて、まるで作り物のようだ。


「あのさ、あんた自身も封印の魔術は使えるんだよな?」


 初めの頃は訓練の休憩中に雑談をするような余裕はなかったのだが、近頃はだいぶ慣れてきて、会話をする余裕も出てきた。

 そうなれば惚れた相手のことは知りたいもの。間を持たせる雑談の体を装って問いかければ彼女は「はい、まあ」と意図のわからない様子で、首を傾げながら相槌を返した。

 先日からこうして返される、彼女を人間(少なくとも人間と似たもの)であると再認識させられる反応を見てアスマはこっそり喜んでいるのだが、それを表情には出さないように努め、質問の続きをする。


「だったら、自分で魔王を封印できないのか?」


 その隠し事は敏い相手ならば簡単に見抜けそうなものなのだが、彼女は無垢な少女のように何も気づかない。眼中にない、ともいえるのだろう。


「私の魔力は魔王に知られていますから、私が何をしようと魔王には通用しません」

「魔力が知られてる……?」

「はい。長い付き合いですしね」


 魔女は視線を上げる。その先にあるのは、周りを砂に囲まれ、ビルなどの高い建物もない中でよく見える空を二つに割ったような、高い壁のような崖。その上にあるのは、魔王の居城だ。

 砂丘の魔女は、魔王の居る場所の真下に居を構え、魔王の動向を見ている。ここに学びに来てから時折崖の上を眺めているので、魔女にとっては癖のようなものなのだろう。

 王宮で習ったことを、アスマは思い出す。魔王城のあるあの地は非常に瘴気が濃く、勇者など魔力耐性の高い者しか入れない。そのため、国軍も簡単には手が出せないのだという。


「長い付き合い……魔王を倒すときはあんたも一緒に行ってくれるのか?」

「途中までは案内しますが、魔王城付近にはここと同じように、私を近づけない結界がありますから。ともに戦うことはできません」


 落ち着いた魔女の声に、アスマは残念を半分、安心を半分覚える。これまで魔術を教えてもらい、彼女が強いことは知っている。だから自分が心配することなどないのだが、それでも女の子を危険なところに行かせることには抵抗があったため、その場所に彼女が行かなくてよかったことに安堵した。一方で、自分の雄姿を見てもらえないことにがっかりしたのは、かっこいいところを見せたい男の子の性というものか。

 すらすらと、用意された答えを返す彼女は、かつての勇者もそうして導き見送ってきたのだろう。


「いつも、勇者にはこうしてるのか?」

「案内ですか? そうですね、あの場所は外から見るよりも広いので、魔王までの一本道を案内する必要があるから」


 案内だけではなかったのだが、魔女はとぼけた風でもなく答えた。アスマの、どうしようもできない昔の勇者への嫉妬に気づいている様子など毛程も見当たらない。

 見るよりも広いというのは、彼女があの場所をよく知っているということだろう。まさか、彼女も前は魔王討伐に行っていたのだろうか。

 思い立って聞けば、彼女は首を横に振った。


「私にあの魔王は倒せませんから。勇者と共に戦っても足手まといにしかならないから、初めから戦いません。あの場所に詳しいのは……『魔王』が現れるまで私があそこに暮らしていたからですよ」

「それって……魔王に追い出されたってこと?」

「追い……そうではな、いや、そうなのかな」


 いつも断定的な敬語で話す魔女は、迷うように首を傾げて考える。思わぬ姿にどきりとして、アスマは顔を背けた。

 追い出されたのとは違う。のだとすれば、彼女が自ら出てきたのか。それは魔王の存在に危険を覚えてか。それとも魔王の脅威を人に伝える使命を持ってか。ともかく、現在の暮らしは魔女にとって望まぬところなのだろう。

 当然だ、身を守るためとはいえ一人こんな砂丘の家で暮らしているのだ。魔王がいつ復活するかと心配しながら。


「あのさ」


 出会って最初に必要ないと言われ敬語を外したため、いっそう同じくらいの年頃に思えてしまう年上の魔女に、アスマは向き直る。彼女の笑顔を見たい。喜ぶ姿を見たい。

 強いられているようなこの生活から抜け出させたい。年上でも、純粋な戦力としては自分よりもきっと、まだ強くとも。それでも彼女を守りたいと、恋する少年は、そう思った。


「俺が魔王を倒すよ」


「……魔王を倒す?」

「ああ。魔王の脅威なんてなくして、あなたを……世界を本当の平和にしてみせる」


 まだ照れてはっきりと、あなたを笑顔にしてみせるなどとは言えない男の子ではあるが。

 本来ならば封印ではなく討伐できるのが最も望ましいことなのだ。魔王が居なくなれば世界は魔王の脅威に怯えなくてよくなる。いつ復活するかわからない存在に震える必要がなくなる。だから世界を平和にしたいというのは間違いではないけれど。

 それ以上にこの少女のような見た目をした魔女を何百年か縛り付けてきた存在が消えるのだ。自分が彼女の最後の勇者になれるのだ。感謝されて、勇者と魔女の関係を越えて……という下心もありつつ、彼女に安穏をあげたいと、勇者は立ち上がった。

 立ち上がり太陽を背負う勇者に魔女は小さく俯く。


「……れで、すべて……ならいい……な」

「え?」

「いえ。ひとつ言っておきます」


 何か呟いた彼女は追って立ち上がり、アスマを追い越して数歩前に出る。その視線は魔王の居城のある高い崖の先を向いている。見上げる彼女の表情は見えないが、見たところできっといつもと同じ顔をしているのだろう。


「力もないままに何かを救うなんて幻想を見てもろくなことにはなりません」


 それはいつもよりも少しきつい言葉。けれど続けられた「修行に戻りましょうか」という言葉で勇者を鼓舞するための言葉だったのだとアスマは思う。

 力を込めて返事をし、アスマは好きな女の子のため、世界のために力を蓄え続けた。


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